月が導く異世界道中extra

あずみ 圭

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extra26 その頃現代⑦

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「夏、真の知り合いを入門させたんだって?」

「……耳が早いねえ。どこから聞きつけてくるんだか。入門じゃない、ただの生徒だ」

「何が違うんだよ」

「弓道しか教える心算は無いってことだ。真の事を聞きにきた達で、高校生。全くの一般人だから妙な気を起こすんじゃないよ」

 いつも通り唐突に道場兼自宅に上がりこんできた男に、主である女が応じた。
 ここは真が師事する宗像夏むなかたなつの所有する弓道場。
 今は人もいないが、それなりに学びに来る人はいる。
 彼女にとって入門といわれる事は、弓道ではなく弓術を指しているような気がし、反論の切っ掛けになっていた。
 男はがっちりした体格で、鍛えられた筋肉が服の上からでも存在を主張していた。
 今は手に何も持っていないが剣士を生業にしている。
 平和な日本で、だ。
 名を石堂玄一いしどうげんいち、特殊な世界に生きていると言えた。
 
「何だ、楽しみにしてきたのに」

「この日本に、そうそうお前好みの人材がいると思うのが間違いだよ。前にも言ったけど、真が帰ってきたらお前の企みをバラして逃げるのを勧める気でいるからね私は」

「ツレねえなあ。んじゃ、お前も普通に弓道を教えてるだけか」

「当然。仮にも私の唯一の弟子の友達だ。本人が望む限り大事には育ててやるが余計な方には足を突っ込ませる気は毛頭無い。当然、お前は会うのも完全アウトだ」

「俺だってお前、古流の一つや二つはだな」

「最低でも剣道が出来れば会わせる位は考えても良かったけどねえ。あんたは裏道にどっぷりだ、もしあの娘達があんたと真に関係があると知ったら危なっかしい事をしそうでね。だから今回の事は忘れな」

「スポーツの指導者にゃあ、確かになれねえが……」

「わかってるじゃないか」

「……なあ、夏よ。お前はどうしてあいつに、真に銃の扱いを仕込まなかった?」

 ぽりぽりと顔を掻きながら、諦めの表情を浮かべた石堂。
 だが、思いついたように話題を変えて話を続けた。
 石堂にしてみれば、真は独特の才能を持った弓道少年だ。
 だが夏からすれば、弓術まで教え込む程認めた弟子でもある。
 幾ら弓術が日常で発揮される事が少ない武術とは言っても、師として最後まで面倒を見たのなら、同じく自身が持つ実戦で磨かれた銃器の扱いをも叩き込んでも、不思議な事ではないのに、と石堂は思っていた。

「なんだい、いきなり」

「あの奇天烈な命中力が弓以外に発揮されるか、気にならなかったのか、と聞いてる。で、やってみたりはしなかったのかってな」

「……してないよ。大体、どうやって、どこで、銃を撃たせるのさ? 玄の字、戦場をはしごし過ぎてボケたかい?」

 夏は呆れたように石堂を見つめ、溜息と一緒に答えた。
 対する石堂は右手のひとさし指を下に向けてニヤリと企みある笑顔を作る。

道場ここの地下。立派な射撃場があるよな。それにお前が幾つか採石場跡を所有してるのも知ってるぜ」

「……っ。ストーカーかい、あんたは」

「で? 教える事は出来たのに、そうしなかった理由を聞こうか? 真の友達には会わないでおこうって言うんだ、この位教えてくれてもよかろ?」

「才能が――」

「無かった、ってのは無しな。命中力の応用への興味、その答えになってない」

「……」

「夏」

「……一応、持ちかけた事はある。あれも男だからね、銃にまるで興味が無いって事も無いだろうと思ってね」

 少しの沈黙の後、夏は口を開いた。

「ふむ」

「だが見事に振られた。興味がありませんとしっかり拒否された、あれにしては珍しくね」

「真が拒否、ねえ」

 意外、といった顔をする石堂。

「ああ。銃も弓も同じ遠距離用の武器だから試してみないか、と言っても頑固にねえ。銃は弓と違う、あれは人殺しのイメージが強すぎて触る気が起きません、だとさ」

「……」

「真剣は良くて銃は駄目ってのは良くわからない所だけどねえ。あれが言うに、銃道があれば少しはイメージも違いますけど、と意味不明な事を言われたね」

「銃も、今じゃスポーツ競技になってるのにな。ライフルとか、クレー射撃とかそうだろ」

「ああ。武道である事に拘っているのか、それともよくある平和主義からの適当な拒否かは、結局わからずじまいだ」

「追及しなかったのか」

「あのな、私があいつに銃を使ってみないかと試しに言ってみたのだって最近の事だったんだ。まさか義務教育中の子供にそういう事を言える訳もないだろう。外国の少年兵なんぞ、自分で育てたいと思うかお前は。元々、お前が言ったように、あいつの命中力が銃でも活かされるのかが気になって言ってみただけの、思いつきだ。……私だって、銃が日本や平和な社会にそぐわないものだって認識はあるしな。無理に教えるスキルでは、無いよ」

「確かに」

「……そう言えば、真の友人二人に聞いた話だがな。中津原高校で真と同時期にいなくなった生徒がいるというのは聞いているか?」

 今度は夏が話題を変えた。
 
「ああ、何か聞いた覚えがあるな。生徒会長をやっていた子だろう? 名前までは知らんが」

音無響おとなしひびきだ」

「ほう。調査を頼んだ知り合い曰く、真が消えた件とは無関係って事だからあんま気にしてなかったが、そんな名前なのか」

「え?」

「は?」

 二人の間に間の抜けた疑問の声、そして沈黙。

「玄の字。音無響だぞ?」

「おお、それがどうした?」

「……はぁぁぁ。お前の弟子だった子だろうが!! きっちり調べはついてるんだよ、このど阿呆!!」

「で、弟子だと? う? うーん? どうだったかな、そんなのいたか?」

「弟子の顔も覚えてないのか、お前は。中津原高校の三年で女子、こう、黒髪でストレートにしていてだな、長さはこれくらい、それで実家が……」

 夏は呆れながら音無響についての仔細を教えていく。
 彼女からすれば石堂の驚く顔を見ようとしての話題だったというのに、まさか呆けた顔をされるとは思わず不本意だった。

「あー!! そう言えば人の紹介の紹介とかでそんな娘がいたような気がするな! ほお、うっすらと覚えてるが、そうかあの娘がねえ」

 うっすらと、では響も浮かばれない。
 もっとも、付き合いがまだ薄く石堂からすれば見習いの見習い程度にしか認識していなかった相手であり、弟子と言われてしっくり来ないのも無理はないが。

「お前って男は。まったく、どうしてそのお前が真みたいな弓しか引けない子に興味を持ったんだか、本当に不思議だね」

「あいつは色々規格外で面白いんだよ。素直だしな」

「規格外? あれのどこが? 巻藁もろくにぶった切れなかったんだろう? あんたの弟子になるような子は誰でも最低二太刀は一息に入れるって聞いたけど?」

「ああ、それは最低ラインな。んでも、逆にそいつらに出来なくて真にはさくっと出来た事もあるんだぜ? 前は言わなかったが」

 巻藁に斬りつけ、一息の間に複数回の斬撃を加えるのは相当な技量を必要とする。
 振り抜いた後、再度斬りつけるのが最低条件の一つにある辺り、石堂門下がまともな環境ではないのがわかる。

「信じられないねえ」

「ふふん、あいつは数回見ただけで“合撃がっしうち”はやってのけたんだよ。命を軽く見てるのかどうか知らないが、それだけで出来る事でもないのにな」

「……」

 夏は怪訝な顔で石堂を見る。
 明らかに疑念のこもった目をしていた。

「あ、夏。会いはしねえけど、真の友達の二人の顔、教えてくれよ。確か長谷川温深はせがわぬくみあずまゆかりだっけ?」

「……きっちり名前は知ってるんじゃないか。何でそんなもの知りたいんだい」

「いやなに、何かあった時には力になりたいだろ? それだけだって」

「教えなかったら高校に行きそうな勢いだね」

「おう」

「仕方ないね。この間来た時に確か写真が……ああ、これだ」

 夏が一枚の写真を見せる。
 そこには夏と二人の女子高生が写っていた。

「おお! 真の奴、こんな可愛い娘に心配されてるのか。なんて羨ましい青春だ、分けろ。俺はこっちの娘が良い」

「射抜くよ」

「いや真ん中の女性が一番だな。銃の扱いも上手そうだし」

「アンチマテリアルは好きかい?」

「……悪かった」

「用が済んだならとっとと帰って、いい年して溜まってんなら風呂にでもいきな。ったく、真を見習いな、中津原の弓道部はこの娘たち位が標準らしいんだから。あれはそれでもちゃんと部活に汗を流していたんだ」

「……ほお、このレベルが普通。わかった、帰る」

 石堂が熊を思わせる体をのっそりと動かして席を立つ。
 
「二人の顔は教えたんだ、間違っても中津原高校に行くんじゃないよ。わかってるね?」

 不穏なものを感じた夏が念を押す。

「……いやいや。弟子が行方不明とあっては俺も一度話を聞きに行かねばならん」

「元、弟子だよな? しかも存在ごと忘れていた」

「礼を言うぞ、夏。俺は不義理を働くところだった。音無なんとかが心配でならん。中津原高校に行かねば!」

「前言撤回だ! 帰るな! 待て変質者!!」

 夏の制止を初動の差で振り切って、石堂は体に似合わないナビ付のエコカーに乗り込む。
 そして玄関まで出た夏が見たものは、既に発進した石堂の車の後姿だった。
 どこか冷めた目でそれを見送る夏。

「心配するまでも無かったかねえ。見事に逆方向だ。いっそ樹海にでも突っ込めばいいのに」

 ナビのついた車で道に迷う。
 石堂にはそんな特殊能力がある事を彼女は忘れていた。
 彼女の言葉どおり。
 石堂は車で十分の中津原高校に着く前に隣の県に到着した。
 真の愛した弓道部は、誰の手にもかかる事なく今日も平和だった。

「まったく、あれも真がいなくて退屈なんだろうが。だが真がいないと言うだけで、私も随分と毎日が違って感じるな。すっかり表の世界に馴染んだつもりでいて……その実、真を通じてでしかそうなっていなかったとでも言うのかねえ。桜が咲くまでには、帰ってくるといいんだが……」

 その後の消息が無い消えた愛弟子を思い、宗像夏は呟きを漏らすのだった。
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