まったく知らない世界に転生したようです

吉川 箱

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ルカ様と、勇者

第31話

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「うん? うん。まぁ、三十歳なんてわたくしからしたらひよっこだよ。雛鳥だね」
「うう~ん、そう、かなぁ……」
「でもまぁ、これで君が異様に賢い理由が分かりました。でもわたくしから見れば全然子供なので子供扱いします。大体さぁ、ヴェンだってわたくしから見ればまだ三十ちょっとしか生きていない小賢しいガキなのに、『自分以上に小賢しい子供がいるのですがベステル・ヘクセ様はご興味があると思います』とか抜かしたんだよ。君のこと。ヴェンが子供扱いなんだから、君なんて赤ちゃんだよ、赤ちゃん。いいね?」
「はい……」
 けれどぼくは見逃さなかった。ぼくが中身は三十歳だと言った瞬間、フレートが微かに複雑な表情を浮かべたことを。そうだよね、見た目が五歳の主が実は中身は自分と年がそう違わないとか困惑しかない。いつもなら静かに控えているベッテが、ぼくへ向け一歩進み出た。
「ベッテは今まで通りにお坊ちゃまをこのベッテの子として接しさせていただきとう存じます。スヴァンテ様がベッテのお乳を吸っていたのは、まだほんの四年前でございますもの」
「あのう、ものすごく複雑な気持ちなので、お乳吸ってたとかもう言わないでほしい、です……」
 中身二十五歳成人男子でおっぽい吸ってたとか犯罪だからねッ! 体は赤ちゃんだったから生きるために仕方ないとはいえ、犯罪臭が! 半端ないからッ!
「いいえ、申し上げます。ベッテにとって、お坊ちゃまはお坊ちゃまで、ベッテのかわいいウサギさんですので」
 ひええ、恥ずかしいからやめてほしい。珍しくフレートが僅かに声を上げて笑った。
「懐かしゅうございますね。ラルクと共にベッテの胸に抱かれてウサギさん、こぐまさん、とあやされておりましたのが、まるで昨日のことのようでございます」
「どうしてぼくは兎で、ラルクはこぐまなの?」
「スヴァンテ様は生まれた時から大変に大人しく愛らしいお子様でしたが、ラルクは生まれた時から力の強い子でしたので」
 いつでもぴんと背筋を伸ばしたフレートを見つめる。ぼくはとても恵まれている。だって、ぼくを守ろうと慈しんでくれた人たちはちゃんと居てくれる。ねぇ、本当なら今ここに居たはずの君。君にもそのことが、伝わるといいのに。
「いつもありがとう。これからもよろしくお願いしたいんだけど、フリュクレフ公爵令嬢の元へ戻りたい時は遠慮せず言ってね、フレート」
「……!」
 フレートはフリュクレフ公爵令嬢の執事だ。本当はフリュクレフ公爵家へ戻りたいのではないだろうか。それは、ずっと考えていたことだった。
「……スヴァンテ様。私が皇王陛下にスヴァンテ様を皇室で預かっていただきたいと、願い出たのです」
 それはフレートが考えた、生まれたばかりで両親のどちらにも引き取りを拒否されたぼくを守る精いっぱいの方法だったのだろう。フレートは少し、身を屈めた。いつも完璧に感情を隠した執事は、何かを懐かしむように、視線を落とした。
「その際に、シーヴ様には二度と公爵家に戻るなと申しつけられております」
 手を胸に当て、きっちりと腰を折ったフレートの正しく撫でつけられたつむじを目路へ入れる。主に逆らってまでぼくを守ってくれたフレートは、一体何を想うのだろう。今、ここに居るのは生まれたばかりで何もかもを失ったぼくを、見捨てることができずについて来てくれた人たちだ。
 ルクレーシャスさんの膝に抱えられたまま、手を伸ばす。完璧な執事は目を丸くし、それから初めて見せるはにかんだ笑みでぼくの手を取った。
「じゃあ、もうぼくの傍から離してあげませんので覚悟してください」
 にっこり笑って顔を傾ける。フレートはくしゃりと顔を歪めた。笑顔は失敗したのに、それはとても優しい表情だった。
「承知いたしました、スヴァンテ様」
「うふふ」
 顔を合わせて微笑みを交わす。握手するように手を揺らすと、軽く握り返された。
「とりあえず、君の前世の知識は強みだからこれからは隠さずどんどん出して行こう。いいね?」
「はい」
「じゃあ早速、ヴェンにわたくしが君の後見人になるって話をして手続きを済ませて来るよ」
「あ、待ってください」
「ん?」
 立ち上がろうとするルクレーシャスさんを制止する。再びソファへ腰を下ろしたルクレーシャスさんを仰ぐ。この人、結構思い立ったら即行動の人だ。
「建物が既にある土地を買ったとしても、離宮を離れるのは少なくとも一年は先になりますよね。土地だけを買ったとしたら、そこへ屋敷を建てなければなりませんし、屋敷を住める環境にするために人も雇わなくてはなりません。後見人の手続きをするのも、できるだけ離宮を離れる直前に行ってほしいのです」
「ヴェンが悪知恵で妨害するのを防ぐため、かな?」
「はい。なるべく騙し討ちみたいな感じで、事前に対策を講じることのできないタイミングにしたいです。それまでは、とにかく大人しくお金を稼ぐことに集中したいと思います。なので、まず先に孤児院を作ることにします」
「タウンハウスの方も、孤児院を建てていると勘違いさせられる、ということだね?」
「はい」
「そちらの名義もスタンレイ様にお願いするおつもりでしょうか」
 フレートが確認のための質問を口にした。ぼくは小さく何度も頷いた。
「そうだね、そうしてもらえるとありがたいです。名前も『ルクレーシャス・スタンレイ記念孤児院』とかにしましょう。法的、政治的にはルカ様のお力で守っていただいて、物理的にはルチ様の魔法で守っていただきます」
「戦争中であろうと、わたくしの名義の土地には攻撃してはならないことになっているからね。幾度かはフレートと一緒にパトリッツィ商会と離宮を行ったり来たりかな?」
「ええ。お願いします。例えルクレーシャスさんの名義にするにしても、タウンハウスは貴族の居住区画に造ることになりますよね。だからタウンハウスも、貴族籍を持つ子供の孤児院として申請します。実際、タウンハウスの敷地に貴族籍を持つ子供の孤児院も建てます」
「君は本当に知恵が回るね。他の誰でもない、君が貴族籍を持つ子供の孤児院を建てると言えば、誰もが納得せざるを得ない」
「小賢しいのですよ」
 孤児院の視察をする体で、タウンハウスの準備を進めてもらって、なるべく皇王には秘密で事を済ませたい。皇王は皇室の利益とぼくの人生を天秤にかけたのなら、非情だろうとぼくの人生を壊す選択を冷静にするだろう。そういう意味でも、しばらくジークフリードの訪問は遠慮願いたい。ジークフリードが来なければ、バルタザールが離宮へ来る理由もないのだから。
「スヴァンくんはしばらく、体調不良ということにしよう。ヴェンに伝わるのを防ぐためだ。それでいいかな?」
 ルクレーシャスさんの提案に一同が頷く。もうね、知るもんか。ぼくをここまで育ててくれたお礼は、丁重にあのバカ両親がするべきだ。ぼく、まだ五歳だもん。
「ではぼくはこの冬、自室にこもることにします」
「そうだね。鍵星の部屋にはフローエ卿は近づかないから、ヴェンへ何か漏れることもなくなるだろう。フローエ卿にはいくつか幻影魔法をかけておくよ」
 魔法をかけなくてもフローエ卿ならぼくの部屋どころか、ぼくにも近付かないと思うな。ルチ様に膝抱っこされているぼくを見てから、ぼくに近づかなくなったから。ほんとフローエ卿は皇王に忠実なのか違うのか分からない。
「かしこまりました」
「承知しました」
 ベッテとフレートも頭を下げる。ラルクはいつも通りでいいだろう。あれでなかなかちゃんと空気の読める七歳児だし、癒し枠なのであのままでいてほしい。
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