まったく知らない世界に転生したようです

吉川 箱

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初めてのお茶会

第97話

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「……抱っこ前提かよアス……。お前、過保護だぞ……」
 そう、過保護である。過保護であるが、下りようにもがっちり両手で足を掴まれていては下りられないのだ。
「イェレミーアス様は、スヴァンテ様のことを『ヴァン』とお呼びになっておられるのですね」
「ええ。ヴァンが私をイェレ兄さまと呼んでくれるので、かわいい弟が出来たような気持ちなのです」
「まぁ、何て麗しい兄弟かしら! 素敵ですわ」
 これは……恋の予感というか、イェレミーアスが婿候補として狙われているのか。うちの子ちゃんと伯爵位が取り戻せれば、顔よし性格よし家柄よしおまけに剣の腕もよしで有望株だもんねぇ。なかなかお目が高いぞ、イルゼ嬢。ぼくはお見合いをセッティングした仲人よろしく、「あとはお若い二人で」みたいな顔で見守る。
「そうですね。こんなに美しい弟ですと、色々心配で目が離せません」
「?」
 ぼくが首を傾げると、イェレミーアスは苦笑いのような表情をした。ぼくのことをそんな風に言うのは恩人の欲目だと思う。イェレミーアスは「うちの子世界一かわいい。自分にとっては」状態なんだろうな。水を差すのも野暮なので、大人しく抱っこされておく。
「分かりますわ……これだけ麗しいと、張り合う気も起こりませんもの……」
 イルゼはほう、とため息を吐いて頬へ手を当て遠くを見るような素振りでぼくへ顔を向けた。分かる。イェレミーアスを直視できないんだよね。ぼくも時々、麗し過ぎて直視できない。知ってる? 美少年の微笑みってね、本当に眩しいんだよ。目を開けていられないんだ。本気で発光するんだよ。美少年怖い。 
「ヴァン? 喉が渇いた? お水をもらおうか?」
「ううん。大丈夫です」
 ぼくは少しでも負担にならないよう、しっかりとイェレミーアスの首へ手を回した。そうすると必然的に顔を寄せることになる。勿忘草色の虹彩は、縁がほんのりとピンク色に見える。その勿忘草色が優しくぼくを覗き込む。イェレミーアスは下瞼の目頭辺りに笑い皺ができるんだなぁ。
 こんな風に下瞼の目頭側に笑い皺ができる人をぼくは他にも知っている気がする。古い記憶と、新しい記憶の中で自分に向けられた優しい瞳がそんな風に笑っていたはずだ。
 ぼんやり眺めていると、おでこを押し当てられた。
「ひぃやぁぁぁん……っ」
「びっくしりた!」
「変な声出さないでよ姉さん、恥ずかしいっ!」
 ローデリヒとロマーヌスが同時に叫んだ。ローデリヒとロマーヌスのコンビは普通の子供って感じで和む。
「そういえばさ、イェレミーアス様がスヴァンテ様と仲が良いとは知らなかった。離宮から出たのも、びっくりしたし」
 ロマーヌスはラウシェンバッハ辺境伯家のことや、ぼくの話を知らないのか。まぁ、まだ七歳だもんね。何と答えようか一瞬、迷ったぼくに先んじてイェレミーアスが答える。
「ヴァンは、私と考えることや好きなものが似ているようで一緒に居て心地よいのです」
「そうですわね、お二人は不思議と雰囲気が似ておられますわ……」
 イルゼ嬢はぼくらの事情を知っているのか、少し顔を俯けた。無邪気な弟の頭を撫でる手が「お姉さん」の手だ。おそらくメッテルニヒ伯爵家は普通の、良い家庭なのだろう。
「そうだね。二人は何だかこう、一緒にいるのがしっくり来るね」
 ロマーヌスも頷いた。覚えずイェレミーアスの胸へ手を置く。当たり前に育つロマーヌス姉弟が、少しだけ眩しい。イェレミーアスは両手で抱えていたぼくの足から離した片手の指の背で、ぼくの頬を撫でた。聡くて優しい子だ。
 イェレミーアスはぼくにとって心地いい距離感を保ってくれる。ものを作る人なら分かってもらえるんじゃないかと思うが、ぼくは一人で何かを作ったり、考えたりする時間が必要なタイプだ。そしてその時間を邪魔されるのが好きではない。
 イェレミーアスはぼくが集中している時は、隣で静かに読書をして待っていてくれる。ぼくが顔を上げれば黙って近づいて来て、次にどうしたいかを尋ねてくれる。自分の体調を顧みず無理をしそうな時は、ストップをかけてくれる。フレートですら遠慮して時々ぼくの暴走を見逃してしまうけど、イェレミーアスはその辺りの気遣いが実にスマートだ。
 ぼくとの関わり方というか、人との関わり方がとても上手いのだ。それは観察眼が優れているゆえなのだろう。その観察眼の鋭さが剣術に於いても、イェレミーアスを天才たらしめているのかも知れない。
「宝石姫とピンクサファイアの王子さま、運命に導かれし二人……麗しいですわ……」
 イルゼ嬢はなんかちょっと独り言の多い子だな。両手を胸の前で握りしめているイルゼ嬢、ちょっと怖い。
 全員、生まれた時からこんな生活をしている貴族令息、令嬢だから気にならないのだろうけど、ぼくは前世がド庶民なのでとても気になる。ぼくらがエステン公爵邸に到着した時から、ずっとぼくとイェレミーアスにはルクレーシャスさんが付いて来ている。それだけじゃなくて当然、フレートもラルクも控えている。普通はここに護衛の騎士も二、三人随行する。つまり、ぼくらのこの会話の間中ずっと、人数掛ける五人くらいの大人が付いて来ているのだ。広いはずの公爵邸の庭が狭く感じる。これだけはいつまでも慣れることができそうにない。
 小さな植え込みの迷路や、花のアーチを通り過ぎた辺りで開けた芝の広場に出た。侯爵邸がすぐ側に見える。エステン公爵家に来たことがあるだろうイェレミーアスは、ローデリヒが案内するつもりだった「広い場所」がここだと理解していたのだろう。立ち止まって催促する。
「無駄話してないで早くラケットを取って来い、リヒ」
「ちぇっ。はいはい、行って来ればいいんだろ!」
 言うが早いか駆け出したローデリヒに、護衛が付いて行く。さすがに侍女と侍従は置いて行かれていた。身体能力が高いんだよね、ローデリヒは。イェレミーアスもだけど。これが普通の子供なんだろうか。そうなるとぼくが病弱だと思われるのは当然かもしれない。
「そういえばボク、『偉大な物語グロースゲシヒテ』のゲームを買ったんですよ。姉さんと両親とで遊んでいるんです。ボクの家族はすっかりスヴァンテ様のファンですよ」
「ええ、おかげでお忙しいお父様も近頃はわたくしたちと遊ぶ時間を割いてくださるのよ。ねぇ、ロン?」
「うん! スヴァンテ様のおかげです」
「ありがとうございます、ロマーヌス様、イルゼ様。どうぞ、ぼくのことはスヴェンとお呼びください。ぼくも、ロン様と呼んでも?」
「ええ、ぜひ。仲良くしてください、スヴェン様」
「よろしく、ロン様」
 ぼくとロマーヌスはこの中で一番年が近い二人、のはずである。ぼくの中身が享年二十五歳でなければね。手を伸ばしてロマーヌスと握手をした。何にせよ、今は人脈を広げておくに越したことはない。
 メッテルニヒ伯爵家は代々皇室事務筆頭、通称「書庫番」と呼ばれる皇宮の事務管理を任されている官吏である。簡単に言うと事務総長、といったところだ。権力もあるし、財力も、人脈もある。おまけにロマーヌスの父である現メッテルニヒ伯爵は、事務筆頭から宰相にのし上がった実力者である。
 何より今は、皇都に常駐している領地を持たない貴族との繋がりが欲しい。だから皇都貴族と呼ばれる、皇宮での官職を持つ貴族の筆頭であるメッテルニヒ伯爵家と仲良くして損はない。
「うちにもあるぜ、『偉大な物語』もモンタージェも。発売したばかりのフリューもあるから、オレが一番のスヴェンのファンだな!」
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