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三話
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「よく聞けよ。こっちがフォグバーな。んでこっちがスプレータイプ。でこっちがワックス。んで、これがジェル。お前はちょっと目鼻立ちがはっきりしててキツイ印象があるから、ジェルとかフォグバーでふわっとスタイリングした方がいいと思うんだ。いいか、オレがやってみせるから見てろよ?」
「う、うんうん」
花の家族が興味津々で見守る中、洗面台の前に花を立たせて後ろからスタイリングしてみせる。手の平でジェルを伸ばして少しずつ毛先へ揉み込み、指で抓んで捻って馴染ませる。
「いいか、お前はくせのない真っ直ぐな髪だからトップのボリュームが出にくい。根本からふわっと指で起こして、手櫛で整えて最後に毛先を捻る。やってみろ」
「……ごめん、もう一回」
既に目を回しかけている花に溜息をつきつつ、踵から沸き上がる優越感に体が浮いているような錯覚を起こす。不安げに航平へ振り返る花の顔を両手で挟んで鏡へ向ける。
「いいか、これからは絶対前を向いてろ。下を向くな。お前は相当カッコイイ。オレが言うんだから間違いない。分かったか」
「……うん」
「よし、まずはオレが触った後、髪がどう変わるか見て覚えろ。要領を見て覚えるまで付き合ってやるから。いいな」
「うん」
いくら不器用でも、三日もセットしてやれば後は見よう見まねで何とかなる。ところが、花の不器用さは予想外だった。
「……お前は外見以外になんも長所のないヤツだな……」
「気にしてるのに! 気にしてるのにぃぃぃぃ!」
「なんで二週間もセットしてやってそんな髪型が出来上がるわけ? お前は毎日何を見てたの?」
「奈語の指がちゃちゃちゃっと動いた後にはもうかっこ良くなってて、魔法みたいだなー、って見てた」
「いや、そこは覚える努力をしよう?」
「あはっ」
「そこ笑うとこじゃねぇよ」
「奈語くんが悠太と友達になってくれてよかったわ。悠太、最近楽しそう」
花の家族は航平と花が仲良くすることを快く思っているようで、毎朝息子の髪をスタイリングするために通ってくることにも疑問を抱いていない。それどころか感謝されているようで戸惑う。
「え、毎朝来て迷惑じゃないですか?」
「迷惑だなんてそんな。むしろ悠太が迷惑かけてるじゃない」
「それこそ迷惑なんて。その代り、肉体労働してもらってますから」
「変な言い方しないでよ、奈語」
「だって本当じゃん。トルソー代わりに仮縫いの針がついたままの服着せたら青くなってたくせに」
「だって『針って体内に入ると血液に乗って色んなところまで運ばれるらしいぞ』って奈語が言うから!」
「ひひ、それを信じちゃうのが花のいいところだよな」
「くそ、騙したな! 奈語!」
「じゃ、おばさんいってきます!」
「……いってきます」
勢いよく花の家を飛び出し、学校までの道を行く。途中で同級生や後輩に声をかけられ、挨拶を交わしながらの道程に花は黙ってついてくる。
「おはよ、コウ、花」
「おーう。な、もっさんリーダーの宿題やってきた?」
「やってあるわけねぇだろ」
「だよなー」
首を左右に振りながら気怠い仕草で鞄を持ち上げ、頭の後ろで手を組む。航平の手を目で追いながら、花が小さく呟く。
「ボク、やってあるよ」
「マジ?! 神様仏様花様! 見せて!」
「奈語も茂木も次から自分でちゃんとやらないとダメだよ……」
「それができてたら今やってないわけねぇだろ」
「自慢することじゃないだろ、奈語は」
「聞いてよもっさん、こいつカッターシャツのボタン一番上まできっちり閉めるんだぜ? びしっと教育的指導をしましたよ。ほら見て。二つ開けるというところでお互いに妥協しました」
花の襟元を指さして茂木に訴える。いくら優等生でもボタン全閉めはありえない。そこは譲れないと、毎朝言い続けて今日初めて花が折れたのだ。
「いいだろ、奈語みたいにおっぱい見えるくらい開けてどうするんだよ」
「男のおっぱい見えてても別にどうってことねぇだろうがよ」
「見てるボクが恥ずかしいよ!」
「花ちゃんオレのおっぱいが気になっちゃうの?」
「だらしないからだろ!」
いつもの調子で言い合う航平と花に、茂木は目を丸くしてから歯を見せる。
「ははっ、花おもしれーな」
「だろー? でもオレのもんだからオレを通さないと花とはしゃべらせないぜ?」
「なんだそりゃ」
「オレと花は心の友と書いてシンユウと読む仲だからなっ!」
「はは、だっせ」
「ダサい言うな。なー? 花」
「え? えーっと……」
「おいおい、コウ。花は納得してないみたいだぞ?」
「マジか。さみしーぞ、花!」
「ははは」
「笑ってんなよ、花!」
「ほら見ろ。花、納得してねぇじゃん」
笑いながら歩く三人へ、さらにクラスメイトが声を掛けて来る。
「おあ、なんだよコウ、花と仲良くなっちゃったの?」
「おう。おはよ、もっさん。オレたち親友になったの」
「マジ?」
「マジ。なっ、花!」
「もういいよそれで」
「何ソレ投げやりぃ」
「へぇ、花って声まで男前なんだなぁ」
「でしょでしょ? もっと聞いてもいいのよ、もっさん。真面目ってか硬派ってか、固くてなかなか自分からオレ以外に話しかけられないみたいでさぁ」
「奈語が緩すぎなんだよっ。誰にでも話しかけてるし、誰とでも仲良くしてるじゃないか」
「言えてる。はい、花の勝ちー」
航平と同じくらいに人懐こい吉田が花の肩を叩く。まだ緊張した様子ながら、はにかむ花の表情に周りが惹き付けられるのが分かった。
「はいはい、顔も性格も成績もオレの全面的な負けだよーだ」
「そら勝てねぇわ」
「違いねぇ」
「嘘ばっかり! この前ボクのこと、顔以外に取り柄がないって言ったじゃないか!」
「だってお前、ほんっとに髪のセット覚えないんだもん」
少しずつ、花が返事をするたび周りの人間が顔を明るくする。だから人の輪が広がっていく。人の輪が広がれば、花の表情が名前の通り花咲く。その大輪の花に人は惹き付けられる。
「あ、花。先行ってて。オレ先輩んとこ寄ってかなくちゃ」
「え? ボクも行く」
航平の袖を慌てた様子で掴み、花は首を横へ振る。その仕草がまるで子供みたいに幼くて、つい甘い顔をしてしまう。だがそろそろ航平以外とも話せないと花にとっても良くないだろう。顔には出さずに理由を問う。
「なんで?」
「だって、奈語がいないとボクみんなと何話したらいいのか分かんない」
「オレと話すみたいに話せばいいじゃん」
「だって、奈語はほっといても一人で話してるし、黙ってても大抵楽しそうにしてるし」
「ぶっは。なに、花。こいつ黙っててもお前といる時はご機嫌でいる?」
「え? ……黙ってる時も鼻歌歌ってたり、体揺らしてたり……落ち着きないよね、奈語」
困った、と航平を仰ぐ花に、茂木が噴き出す。
「ぶっは! あのな、花。航平、この通り釣り目だろ。黙ってるとすっげぇ怖い顔になるから、黙らないの。花の前だけで黙っててもご機嫌、ってことは花が特別ってこと」
「もっさん、だから親友になったって言ったじゃない。オレ言ったじゃない。はずかしーからもうやめてくれるぅぅぅぅぅ?」
「苦手な人間相手にしてる時ほどしゃべるんだよな、コウは」
「よっしーまでやめなさいよぉ! アタシ恥ずかしいって言ってるでしょぉ!」
両手で顔を覆う航平を茂木と吉田はニヤニヤしながら「へぇ~え? ふぅーん?」と覗き込む。鞄で茂木と吉田の頭を軽く殴り、花の手を取って歩き出す。歩き出してからしまった、と思ってももう遅い。
「やっぱそうじゃねぇかよー!」
「だってオレ、花の顔好きだもんよー! オレが重度のメンクイだって、知ってるでしょお!」
「そうだった、コウは老若男女区別なく気に入った顔立ちの人間には優しいんだった」
「ホント分かりやすいよな」
ぎゃはは、と下品な笑いに見送られながら、花の手を引く。並というか、B級品である己をよく知っているが故に恥ずかしながら、航平はかなりの面食いだ。だがそれを表に出さない程度の狡猾さも持ち合わせている。
「えっと……」
「なんだよっ」
からかわれるのかと睨み付けながら振り返った花は、何故か額を掻く指の先まで真っ赤だった。爪の形まで綺麗だな、と眺める。
「奈語にもっと特別扱いしてもらえるように、ボクがんばる」
「……花の健気さはどこから来るの?」
「けなげ?」
「オレさぁ、自分がこんなツラだから本当はすっごいメンクイなわけ。でもほら、このツラで偉そうに他人の顔のことは言えないだろ? だからホントに親しい友達しか知らねぇの。顔も悪くて性格も悪いとか、もう救いようがねぇだろ」
中身が並なら、やはりラッピングは大事なのだ。かわいい初恋の君の声が耳殻の奥で谺する。ところが花は強く言い放った。
「奈語は優しいよ。性格が悪いだなんて思わない」
お人好しにもほどがある。見目麗しく、魂も外見に相応しく美しい。嫉妬が沸き上がるどころか、敵わないとも悔しいとも思わない。この美しい花が素直にどこまでも慕ってくれるのなら。
「優しくねぇよ。オレは特別なトルソーを手に入れて喜んでるだけ。人の持ってないおもちゃ手に入れてご満悦のただのガキだ」
「そんな言い方……」
「ホントだから仕方ねぇだろ。お前に着せてみたい服がたくさん浮かんでんだ。覚悟しとけよ。世界で一番カッコよくしてやっから」
両手をポケットに突っ込んで、背中を丸める。こうすると背の低さが目立つから普段は気を付けているのだが、本当に機嫌がいい時にする航平のくせだ。踵を踏みつぶした上履きが軽い足取りにつられてまるでタップダンスみたいに音を立てる。花は仕方ない、とでも言うように肩を竦め航平の後を付いて来る。
「先輩って、部活か何かの先輩?」
「んーにゃ? 先輩っつか、ダチのダチ、みたいな? そもそもオレ、部活入ってないもんよ。二週間ずっとお前と行き帰り一緒だったのに気付かないとか」
「サボってるのかと思ってたんだよ。……奈語は誰とでも仲いいんだな」
「あ、なになに? ちょっとじぇらしー? だから花は特別って言ってるじゃーん」
背伸びしながら視線を流す。航平の虹彩とぶつかって赤くなった花は、忙しなく視線を彷徨わせた後、大きな体を縮めて片手を膝へ挟む。
「ボク、トイレ」
「なんだよ、特別でそっち思い出しちゃうの? 花のえっち。そういえばお前、耳かきしてやった時もおっ勃ててたよな」
あれから二週間、毎晩花をアトリエへ引き込んでデザイン画を何枚も描いた。相手が逃げないのをいいことに表情が硬いと言っては耳かきをしたり、マッサージをしたり何かと理由を付けて花を捏ね回した。デザイン画よりも没頭したのは、花の体へ触れること。
昨夜はついに、花の方から航平へ触れてきた。お互い嫌悪感など抱かず先芽を擦り合わせ、荒い吐息の下で蜜が混じり合うのを見ていた。航平は浮かれていた。その行為の意味も考えなかった。ただ最高の素材である花を特別に気に入っている、それだけだと自分へ言い聞かせた。
「だって……! あれは奈語が耳かきしながらえっちなことするから……!」
「だって花ってば片耳耳かき終わったら完勃ちなんだもぉん」
「……だって、勃っちゃったんだもん……」
花の睫毛が恥じらいを乗せて震える。その美しさを見るためになら、口淫くらい大したことではないと思える。
「しゃーねぇな、ちょっとだけ」
初めてまともに言葉を交わした、空き教室へ花の手を引く。あの時と違い、花は黙って航平に従い、自ら後ろ手に鍵を掛けた。
いつも通りにベルトを緩め、すでに形を変え始めた雄蘂を自由にしようとする航平の手を花が押さえる。
「なに?」
「ボクが、したい」
「いいよ。でも制服汚すと面倒だからな。お前のにコンドーム付けとこ」
意味が分からないのか、困ったような顔で航平を見下ろす花の眼前で財布から取り出した避妊具をひらひらと振って見せる。包装を破って見せればさすがにそれが何かを察したのか、花は口を手の平で覆って上目遣いを送ってくる。
「見てな。後学のためにお口でしてあげる。つっても、オレも口で嵌めたことねぇからあんま期待すんな」
避妊具を咥えて仰げば、花の逸物がひくん、と首を擡げる。正直な反応にうっそり微笑む。ラテックス独特の臭いに混じって、嗅ぎ慣れた花の香り。先走りを指で広げて避妊具を破らぬよう注意を払いつつ先芽を柔らかく咥える。
「な、ご……」
「しぃ……ふふ、上手くできた」
「も、したい。させて」
幼い口調でねだる花の髪を柔らかく撫でて、上履きを脱いで机に腰掛ける。太腿の間に顔を埋めた花を行儀悪く足で引き寄せ、自らベルトを緩めて花柱を取り出せば、待ちきれないという様子でむしゃぶりつかれて喉で笑う。
まるで甘い果実でも貪るかのように、夢中で航平を頬張る花に引き下ろされて下着も制服のズボンもどうにか足先に引っかかっている有様だ。蜜を溜めた房まで唾液に濡れて、花の唇との間で糸を引く。ふいにその先のなだらかな皮膚を辿り、慎ましく閉じた蕾を指の腹で撫でられて力が抜ける。
「ばか……ケツ弄るな……っ」
「どうして? 奈語ばっかり好きにして狡いよ」
「ボクにもさせて」と囁いた吐息に耳が蕩けた。両手を軽く握り締め、瞼の上へ置いて覚悟を決める。
「……好きにしろ、ばか」
何が楽しいのか、花は航平の後蕾を指で弄りながら花柱を舐める。カウパー混じりの唾液を塗りつけ、指の腹で撫でたりつついたりしていた指がぬめって蕾を割る。反射で体が揺れた。
「っあ……!」
「奈語、ここもびくってなった」
「ばか、指抜け」
「や」
「や、じゃねぇ。汚ぇだろぉ……っ」
「奈語、ここ気持ち良いの?」
「いいわけ、あるか……っ!」
「ふぅん?」
舌先だけで裏筋をなぞられ、腰が揺れる。揺らした腰の動きにつられ、花の指が根本まで入ってさらに大きく体をくねらせる。
「は、な……そこ、抜けってぇ……」
「らめ」
「んぅ、ふ……っ」
咥えたまま喋られて昂ぶりは増す。花の指全体がじわりと熱を持っている。その熱で内側が蕩けていく。果てが近いと無意識に体を縮め、花の髪を掻き乱しながら腰が抜けるような感覚に細く長い悲鳴に似た嬌声を吐く。
「ぁあ――……」
いつまでも痙攣する体を止められず、不安で手を伸ばす。指先を束ねられてようやく大きく息を吸い込んだ。蜜に濡れた唇の、恭しい口づけが爪に降る。さっきまで航平の雄をしゃぶっていたことなど知らぬ素振りで、花が花唇を綻ばせる。
悔しくて気怠い快楽がまだ残る指で花のズボンの前立てを開き、蛍光ピンクの避妊具で卑猥な色の斑になっている雄蕊を引きずり出す。性急に避妊具を取り払い、根本まで一気に飲み込んで喉で先芽を締め付ける。
「なご……っ、ふ、ぅうん……」
いつも通りに悦楽を示して花が甘ったるい声を押し殺せば、形勢はあっさりと逆転する。舐め上げて、咥え下ろして幹を唇で挟んで先芽を強く吸って。流麗な顔が佚楽に歪むのを思う存分堪能する。航平だけが知っている、花の表情。その代償が苦い蜜の味なら、たやすく飲み込める。
上下する喉を見せつけ、乱れてしまった花の髪を直す。花の指が航平の唇を拭った。そのまま指へ吸い付いて、花は顔を顰める。
「自分のはやっぱ変な味」
「ばぁか」
笑いながら下着をつけ、制服のズボンへ足を通す。その間中、花は航平の背中に張り付いたままだ。少し肩を揺らして背中に覆い被さる大きな体をあやす。
「ほら、お前も服直せ。授業出るぞ」
「ええ? もうちょっとここにいようよ」
「だぁめ。授業はサボるとおばさんに心配かけるだろ」
「じゃあ今日、アトリエではゆっくりできる?」
「あ、それもダメ。うちの母ちゃんが今日からアトリエにこもるから」
「奈語の部屋、ノックもせずにお姉さん達出入りするしなぁ……」
「お前んちもだろ」
「おねぇたちはボクたちのこと、下僕だと思ってるからなぁ」
「違いねぇ」
背中からずり落ちて、床へ膝を抱えて小さくなった花の額を指の背で撫でる。上目遣いの視線に苦笑いが漏れる。
「放課後、ちょっとだけここでじゃれてくか」
「……うん!」
「花はすっかりえっちな子になっちゃって。困りまちたねぇ~?」
「誰のせいだよ」
「オレのせい~?」
戯けて立ち上がろうとした腕を取られる。そのまま引っ張られて花の腕に抱き留められた。床に寝転がって背中から抱きしめられ、耳殻へ流し込まれた断罪は甘い。
「奈語のせいだよ」
左胸へ置かれた手を静かに払う。花の腕の中で体を回転させて、両頬を手で包んだ。
「もうゴムねぇから、ろくきゅーな」
「ろくきゅう?」
「シックスナイン。こういうこと」
花の顔へ跨って、腰を突き出す。意図を理解したのか、花の手の平が航平の太腿を外側から撫でて、内腿へ指が食い込むくらいに巻き付く。
「制服汚さないように、全部飲めよ?」
「……っ」
自分の内腿越しに見る美貌は、獲物を前に焦れた獣の顔。遠慮なしにシッパーを下ろして猛る情欲を咥え込む。
「こんなんばっかしてたらバカになる」
何度目かで少し味の薄くなった蜜を飲み込んで、横倒しになった航平の呟きへ花は真面目に返事をする。
「え、奈語勉強嫌いなのに困っちゃうじゃない」
「オレ限定かよ。お前もだろうが」
「ボク、別にバカになったと思わないけど……」
「けど?」
「家でも奈語のこと、時々思い出して困る」
「……あ、そー……」
思い出してどう困るのか。察してできるだけ素っ気なく返事をして背中を向ける。ごろん、と反対へ転がった航平の肩を掴んで花が覗き込む。
「何だよ、反応薄いな」
「それを報告されてオレにどうしろってんだ、ばかっ」
航平の赤くなった耳朶をひんやりした花の指が綺う。ますます赤くなって縮こまる航平を背中から抱きしめて花が囁く。
「奈語……」
「うん?」
「かわいい」
「お前は根本的に美的センスがおかしいです」
「そうかな、でも奈語はかわいいよ」
「うっせ! おら、立て! 二限目は授業に出るぞ!」
「奈語はなんだかんだで真面目だよね。ボクの心配もしてくれてるんだろ?」
「ちげぇよ! ……ほら、行くぞ」
まだ床へ座り込んだままの花へ手を差し伸べる。少し冷たい指先が航平の手の甲を捉えた。
「奈語」
「なに?」
「勃った」
「静めろ、もう飲めねぇ!」
「ふふっ」
腕を引かれて再び床へ倒れる。背後から抱き込まれて感じる鼓動は、妙に馴染んでもう航平の一部になっている。吐き出した言葉は、照れ隠しにもならず恥じらい震えた。
「キレーな顔してろくでもないシモネタ覚えやがって!」
「奈語は」
「んだよ」
「褒められるの好きなんだけど、苦手なんだよね。恥ずかしいが勝っちゃうの」
「――っ」
「ボクね、奈語が服を作るの見てるの好きだよ。魔法みたいだけど、魔法を使えるようになるまで、奈語は誰にも内緒で努力してるんだな、ってボクだけが知ってるんだと思うと、すごく嬉しい」
真っ赤な耳を塞いでも塞いでも、花の甘い言葉は航平の魂に染み込む。背中に感じる温もりと一緒に、肌が覚えてしまう。
「奈語の服、カッコイイもん。奈語の、取り組む姿勢がカッコイイんだ。だからボク、がんばってお人形する」
「もうホントやめて? 褒められるの苦手だって分かってんならやめろって」
「照れてる、かわいい」
「うっせ!」
「かわいい」
「うっせぇよ!」
今度こそ勢いよく立ち上がって、花へ手を差し出す。掴まれた手は、仄かに温かい。
「ふふふ。かぁわいい」
「おっま、性格悪くなったなおい」
「奈語に鍛えられたから」
「クソッ」
静まり返る廊下を、二人。声を潜めて駆け抜ける。
「誰だ、廊下走ってんの!」
教師の声に慌てて校舎の外へ逃げ出す。校舎裏で呼吸を整え、顔を見合わせる。
「ふふっ」
「ははっ」
「一限目、もう少しで終わるからここで静かにしてよう?」
「ん」
夏の日差しが遮られる。影を仰げば唇を塞がれた。そのまま貪り合う。静かに沈む校舎の中、炭酸水の炭酸が弾けるみたいに賑やかな生徒の声が聞こえて来るまで、二人は呆れるくらいに何度も唇を重ねた。
「う、うんうん」
花の家族が興味津々で見守る中、洗面台の前に花を立たせて後ろからスタイリングしてみせる。手の平でジェルを伸ばして少しずつ毛先へ揉み込み、指で抓んで捻って馴染ませる。
「いいか、お前はくせのない真っ直ぐな髪だからトップのボリュームが出にくい。根本からふわっと指で起こして、手櫛で整えて最後に毛先を捻る。やってみろ」
「……ごめん、もう一回」
既に目を回しかけている花に溜息をつきつつ、踵から沸き上がる優越感に体が浮いているような錯覚を起こす。不安げに航平へ振り返る花の顔を両手で挟んで鏡へ向ける。
「いいか、これからは絶対前を向いてろ。下を向くな。お前は相当カッコイイ。オレが言うんだから間違いない。分かったか」
「……うん」
「よし、まずはオレが触った後、髪がどう変わるか見て覚えろ。要領を見て覚えるまで付き合ってやるから。いいな」
「うん」
いくら不器用でも、三日もセットしてやれば後は見よう見まねで何とかなる。ところが、花の不器用さは予想外だった。
「……お前は外見以外になんも長所のないヤツだな……」
「気にしてるのに! 気にしてるのにぃぃぃぃ!」
「なんで二週間もセットしてやってそんな髪型が出来上がるわけ? お前は毎日何を見てたの?」
「奈語の指がちゃちゃちゃっと動いた後にはもうかっこ良くなってて、魔法みたいだなー、って見てた」
「いや、そこは覚える努力をしよう?」
「あはっ」
「そこ笑うとこじゃねぇよ」
「奈語くんが悠太と友達になってくれてよかったわ。悠太、最近楽しそう」
花の家族は航平と花が仲良くすることを快く思っているようで、毎朝息子の髪をスタイリングするために通ってくることにも疑問を抱いていない。それどころか感謝されているようで戸惑う。
「え、毎朝来て迷惑じゃないですか?」
「迷惑だなんてそんな。むしろ悠太が迷惑かけてるじゃない」
「それこそ迷惑なんて。その代り、肉体労働してもらってますから」
「変な言い方しないでよ、奈語」
「だって本当じゃん。トルソー代わりに仮縫いの針がついたままの服着せたら青くなってたくせに」
「だって『針って体内に入ると血液に乗って色んなところまで運ばれるらしいぞ』って奈語が言うから!」
「ひひ、それを信じちゃうのが花のいいところだよな」
「くそ、騙したな! 奈語!」
「じゃ、おばさんいってきます!」
「……いってきます」
勢いよく花の家を飛び出し、学校までの道を行く。途中で同級生や後輩に声をかけられ、挨拶を交わしながらの道程に花は黙ってついてくる。
「おはよ、コウ、花」
「おーう。な、もっさんリーダーの宿題やってきた?」
「やってあるわけねぇだろ」
「だよなー」
首を左右に振りながら気怠い仕草で鞄を持ち上げ、頭の後ろで手を組む。航平の手を目で追いながら、花が小さく呟く。
「ボク、やってあるよ」
「マジ?! 神様仏様花様! 見せて!」
「奈語も茂木も次から自分でちゃんとやらないとダメだよ……」
「それができてたら今やってないわけねぇだろ」
「自慢することじゃないだろ、奈語は」
「聞いてよもっさん、こいつカッターシャツのボタン一番上まできっちり閉めるんだぜ? びしっと教育的指導をしましたよ。ほら見て。二つ開けるというところでお互いに妥協しました」
花の襟元を指さして茂木に訴える。いくら優等生でもボタン全閉めはありえない。そこは譲れないと、毎朝言い続けて今日初めて花が折れたのだ。
「いいだろ、奈語みたいにおっぱい見えるくらい開けてどうするんだよ」
「男のおっぱい見えてても別にどうってことねぇだろうがよ」
「見てるボクが恥ずかしいよ!」
「花ちゃんオレのおっぱいが気になっちゃうの?」
「だらしないからだろ!」
いつもの調子で言い合う航平と花に、茂木は目を丸くしてから歯を見せる。
「ははっ、花おもしれーな」
「だろー? でもオレのもんだからオレを通さないと花とはしゃべらせないぜ?」
「なんだそりゃ」
「オレと花は心の友と書いてシンユウと読む仲だからなっ!」
「はは、だっせ」
「ダサい言うな。なー? 花」
「え? えーっと……」
「おいおい、コウ。花は納得してないみたいだぞ?」
「マジか。さみしーぞ、花!」
「ははは」
「笑ってんなよ、花!」
「ほら見ろ。花、納得してねぇじゃん」
笑いながら歩く三人へ、さらにクラスメイトが声を掛けて来る。
「おあ、なんだよコウ、花と仲良くなっちゃったの?」
「おう。おはよ、もっさん。オレたち親友になったの」
「マジ?」
「マジ。なっ、花!」
「もういいよそれで」
「何ソレ投げやりぃ」
「へぇ、花って声まで男前なんだなぁ」
「でしょでしょ? もっと聞いてもいいのよ、もっさん。真面目ってか硬派ってか、固くてなかなか自分からオレ以外に話しかけられないみたいでさぁ」
「奈語が緩すぎなんだよっ。誰にでも話しかけてるし、誰とでも仲良くしてるじゃないか」
「言えてる。はい、花の勝ちー」
航平と同じくらいに人懐こい吉田が花の肩を叩く。まだ緊張した様子ながら、はにかむ花の表情に周りが惹き付けられるのが分かった。
「はいはい、顔も性格も成績もオレの全面的な負けだよーだ」
「そら勝てねぇわ」
「違いねぇ」
「嘘ばっかり! この前ボクのこと、顔以外に取り柄がないって言ったじゃないか!」
「だってお前、ほんっとに髪のセット覚えないんだもん」
少しずつ、花が返事をするたび周りの人間が顔を明るくする。だから人の輪が広がっていく。人の輪が広がれば、花の表情が名前の通り花咲く。その大輪の花に人は惹き付けられる。
「あ、花。先行ってて。オレ先輩んとこ寄ってかなくちゃ」
「え? ボクも行く」
航平の袖を慌てた様子で掴み、花は首を横へ振る。その仕草がまるで子供みたいに幼くて、つい甘い顔をしてしまう。だがそろそろ航平以外とも話せないと花にとっても良くないだろう。顔には出さずに理由を問う。
「なんで?」
「だって、奈語がいないとボクみんなと何話したらいいのか分かんない」
「オレと話すみたいに話せばいいじゃん」
「だって、奈語はほっといても一人で話してるし、黙ってても大抵楽しそうにしてるし」
「ぶっは。なに、花。こいつ黙っててもお前といる時はご機嫌でいる?」
「え? ……黙ってる時も鼻歌歌ってたり、体揺らしてたり……落ち着きないよね、奈語」
困った、と航平を仰ぐ花に、茂木が噴き出す。
「ぶっは! あのな、花。航平、この通り釣り目だろ。黙ってるとすっげぇ怖い顔になるから、黙らないの。花の前だけで黙っててもご機嫌、ってことは花が特別ってこと」
「もっさん、だから親友になったって言ったじゃない。オレ言ったじゃない。はずかしーからもうやめてくれるぅぅぅぅぅ?」
「苦手な人間相手にしてる時ほどしゃべるんだよな、コウは」
「よっしーまでやめなさいよぉ! アタシ恥ずかしいって言ってるでしょぉ!」
両手で顔を覆う航平を茂木と吉田はニヤニヤしながら「へぇ~え? ふぅーん?」と覗き込む。鞄で茂木と吉田の頭を軽く殴り、花の手を取って歩き出す。歩き出してからしまった、と思ってももう遅い。
「やっぱそうじゃねぇかよー!」
「だってオレ、花の顔好きだもんよー! オレが重度のメンクイだって、知ってるでしょお!」
「そうだった、コウは老若男女区別なく気に入った顔立ちの人間には優しいんだった」
「ホント分かりやすいよな」
ぎゃはは、と下品な笑いに見送られながら、花の手を引く。並というか、B級品である己をよく知っているが故に恥ずかしながら、航平はかなりの面食いだ。だがそれを表に出さない程度の狡猾さも持ち合わせている。
「えっと……」
「なんだよっ」
からかわれるのかと睨み付けながら振り返った花は、何故か額を掻く指の先まで真っ赤だった。爪の形まで綺麗だな、と眺める。
「奈語にもっと特別扱いしてもらえるように、ボクがんばる」
「……花の健気さはどこから来るの?」
「けなげ?」
「オレさぁ、自分がこんなツラだから本当はすっごいメンクイなわけ。でもほら、このツラで偉そうに他人の顔のことは言えないだろ? だからホントに親しい友達しか知らねぇの。顔も悪くて性格も悪いとか、もう救いようがねぇだろ」
中身が並なら、やはりラッピングは大事なのだ。かわいい初恋の君の声が耳殻の奥で谺する。ところが花は強く言い放った。
「奈語は優しいよ。性格が悪いだなんて思わない」
お人好しにもほどがある。見目麗しく、魂も外見に相応しく美しい。嫉妬が沸き上がるどころか、敵わないとも悔しいとも思わない。この美しい花が素直にどこまでも慕ってくれるのなら。
「優しくねぇよ。オレは特別なトルソーを手に入れて喜んでるだけ。人の持ってないおもちゃ手に入れてご満悦のただのガキだ」
「そんな言い方……」
「ホントだから仕方ねぇだろ。お前に着せてみたい服がたくさん浮かんでんだ。覚悟しとけよ。世界で一番カッコよくしてやっから」
両手をポケットに突っ込んで、背中を丸める。こうすると背の低さが目立つから普段は気を付けているのだが、本当に機嫌がいい時にする航平のくせだ。踵を踏みつぶした上履きが軽い足取りにつられてまるでタップダンスみたいに音を立てる。花は仕方ない、とでも言うように肩を竦め航平の後を付いて来る。
「先輩って、部活か何かの先輩?」
「んーにゃ? 先輩っつか、ダチのダチ、みたいな? そもそもオレ、部活入ってないもんよ。二週間ずっとお前と行き帰り一緒だったのに気付かないとか」
「サボってるのかと思ってたんだよ。……奈語は誰とでも仲いいんだな」
「あ、なになに? ちょっとじぇらしー? だから花は特別って言ってるじゃーん」
背伸びしながら視線を流す。航平の虹彩とぶつかって赤くなった花は、忙しなく視線を彷徨わせた後、大きな体を縮めて片手を膝へ挟む。
「ボク、トイレ」
「なんだよ、特別でそっち思い出しちゃうの? 花のえっち。そういえばお前、耳かきしてやった時もおっ勃ててたよな」
あれから二週間、毎晩花をアトリエへ引き込んでデザイン画を何枚も描いた。相手が逃げないのをいいことに表情が硬いと言っては耳かきをしたり、マッサージをしたり何かと理由を付けて花を捏ね回した。デザイン画よりも没頭したのは、花の体へ触れること。
昨夜はついに、花の方から航平へ触れてきた。お互い嫌悪感など抱かず先芽を擦り合わせ、荒い吐息の下で蜜が混じり合うのを見ていた。航平は浮かれていた。その行為の意味も考えなかった。ただ最高の素材である花を特別に気に入っている、それだけだと自分へ言い聞かせた。
「だって……! あれは奈語が耳かきしながらえっちなことするから……!」
「だって花ってば片耳耳かき終わったら完勃ちなんだもぉん」
「……だって、勃っちゃったんだもん……」
花の睫毛が恥じらいを乗せて震える。その美しさを見るためになら、口淫くらい大したことではないと思える。
「しゃーねぇな、ちょっとだけ」
初めてまともに言葉を交わした、空き教室へ花の手を引く。あの時と違い、花は黙って航平に従い、自ら後ろ手に鍵を掛けた。
いつも通りにベルトを緩め、すでに形を変え始めた雄蘂を自由にしようとする航平の手を花が押さえる。
「なに?」
「ボクが、したい」
「いいよ。でも制服汚すと面倒だからな。お前のにコンドーム付けとこ」
意味が分からないのか、困ったような顔で航平を見下ろす花の眼前で財布から取り出した避妊具をひらひらと振って見せる。包装を破って見せればさすがにそれが何かを察したのか、花は口を手の平で覆って上目遣いを送ってくる。
「見てな。後学のためにお口でしてあげる。つっても、オレも口で嵌めたことねぇからあんま期待すんな」
避妊具を咥えて仰げば、花の逸物がひくん、と首を擡げる。正直な反応にうっそり微笑む。ラテックス独特の臭いに混じって、嗅ぎ慣れた花の香り。先走りを指で広げて避妊具を破らぬよう注意を払いつつ先芽を柔らかく咥える。
「な、ご……」
「しぃ……ふふ、上手くできた」
「も、したい。させて」
幼い口調でねだる花の髪を柔らかく撫でて、上履きを脱いで机に腰掛ける。太腿の間に顔を埋めた花を行儀悪く足で引き寄せ、自らベルトを緩めて花柱を取り出せば、待ちきれないという様子でむしゃぶりつかれて喉で笑う。
まるで甘い果実でも貪るかのように、夢中で航平を頬張る花に引き下ろされて下着も制服のズボンもどうにか足先に引っかかっている有様だ。蜜を溜めた房まで唾液に濡れて、花の唇との間で糸を引く。ふいにその先のなだらかな皮膚を辿り、慎ましく閉じた蕾を指の腹で撫でられて力が抜ける。
「ばか……ケツ弄るな……っ」
「どうして? 奈語ばっかり好きにして狡いよ」
「ボクにもさせて」と囁いた吐息に耳が蕩けた。両手を軽く握り締め、瞼の上へ置いて覚悟を決める。
「……好きにしろ、ばか」
何が楽しいのか、花は航平の後蕾を指で弄りながら花柱を舐める。カウパー混じりの唾液を塗りつけ、指の腹で撫でたりつついたりしていた指がぬめって蕾を割る。反射で体が揺れた。
「っあ……!」
「奈語、ここもびくってなった」
「ばか、指抜け」
「や」
「や、じゃねぇ。汚ぇだろぉ……っ」
「奈語、ここ気持ち良いの?」
「いいわけ、あるか……っ!」
「ふぅん?」
舌先だけで裏筋をなぞられ、腰が揺れる。揺らした腰の動きにつられ、花の指が根本まで入ってさらに大きく体をくねらせる。
「は、な……そこ、抜けってぇ……」
「らめ」
「んぅ、ふ……っ」
咥えたまま喋られて昂ぶりは増す。花の指全体がじわりと熱を持っている。その熱で内側が蕩けていく。果てが近いと無意識に体を縮め、花の髪を掻き乱しながら腰が抜けるような感覚に細く長い悲鳴に似た嬌声を吐く。
「ぁあ――……」
いつまでも痙攣する体を止められず、不安で手を伸ばす。指先を束ねられてようやく大きく息を吸い込んだ。蜜に濡れた唇の、恭しい口づけが爪に降る。さっきまで航平の雄をしゃぶっていたことなど知らぬ素振りで、花が花唇を綻ばせる。
悔しくて気怠い快楽がまだ残る指で花のズボンの前立てを開き、蛍光ピンクの避妊具で卑猥な色の斑になっている雄蕊を引きずり出す。性急に避妊具を取り払い、根本まで一気に飲み込んで喉で先芽を締め付ける。
「なご……っ、ふ、ぅうん……」
いつも通りに悦楽を示して花が甘ったるい声を押し殺せば、形勢はあっさりと逆転する。舐め上げて、咥え下ろして幹を唇で挟んで先芽を強く吸って。流麗な顔が佚楽に歪むのを思う存分堪能する。航平だけが知っている、花の表情。その代償が苦い蜜の味なら、たやすく飲み込める。
上下する喉を見せつけ、乱れてしまった花の髪を直す。花の指が航平の唇を拭った。そのまま指へ吸い付いて、花は顔を顰める。
「自分のはやっぱ変な味」
「ばぁか」
笑いながら下着をつけ、制服のズボンへ足を通す。その間中、花は航平の背中に張り付いたままだ。少し肩を揺らして背中に覆い被さる大きな体をあやす。
「ほら、お前も服直せ。授業出るぞ」
「ええ? もうちょっとここにいようよ」
「だぁめ。授業はサボるとおばさんに心配かけるだろ」
「じゃあ今日、アトリエではゆっくりできる?」
「あ、それもダメ。うちの母ちゃんが今日からアトリエにこもるから」
「奈語の部屋、ノックもせずにお姉さん達出入りするしなぁ……」
「お前んちもだろ」
「おねぇたちはボクたちのこと、下僕だと思ってるからなぁ」
「違いねぇ」
背中からずり落ちて、床へ膝を抱えて小さくなった花の額を指の背で撫でる。上目遣いの視線に苦笑いが漏れる。
「放課後、ちょっとだけここでじゃれてくか」
「……うん!」
「花はすっかりえっちな子になっちゃって。困りまちたねぇ~?」
「誰のせいだよ」
「オレのせい~?」
戯けて立ち上がろうとした腕を取られる。そのまま引っ張られて花の腕に抱き留められた。床に寝転がって背中から抱きしめられ、耳殻へ流し込まれた断罪は甘い。
「奈語のせいだよ」
左胸へ置かれた手を静かに払う。花の腕の中で体を回転させて、両頬を手で包んだ。
「もうゴムねぇから、ろくきゅーな」
「ろくきゅう?」
「シックスナイン。こういうこと」
花の顔へ跨って、腰を突き出す。意図を理解したのか、花の手の平が航平の太腿を外側から撫でて、内腿へ指が食い込むくらいに巻き付く。
「制服汚さないように、全部飲めよ?」
「……っ」
自分の内腿越しに見る美貌は、獲物を前に焦れた獣の顔。遠慮なしにシッパーを下ろして猛る情欲を咥え込む。
「こんなんばっかしてたらバカになる」
何度目かで少し味の薄くなった蜜を飲み込んで、横倒しになった航平の呟きへ花は真面目に返事をする。
「え、奈語勉強嫌いなのに困っちゃうじゃない」
「オレ限定かよ。お前もだろうが」
「ボク、別にバカになったと思わないけど……」
「けど?」
「家でも奈語のこと、時々思い出して困る」
「……あ、そー……」
思い出してどう困るのか。察してできるだけ素っ気なく返事をして背中を向ける。ごろん、と反対へ転がった航平の肩を掴んで花が覗き込む。
「何だよ、反応薄いな」
「それを報告されてオレにどうしろってんだ、ばかっ」
航平の赤くなった耳朶をひんやりした花の指が綺う。ますます赤くなって縮こまる航平を背中から抱きしめて花が囁く。
「奈語……」
「うん?」
「かわいい」
「お前は根本的に美的センスがおかしいです」
「そうかな、でも奈語はかわいいよ」
「うっせ! おら、立て! 二限目は授業に出るぞ!」
「奈語はなんだかんだで真面目だよね。ボクの心配もしてくれてるんだろ?」
「ちげぇよ! ……ほら、行くぞ」
まだ床へ座り込んだままの花へ手を差し伸べる。少し冷たい指先が航平の手の甲を捉えた。
「奈語」
「なに?」
「勃った」
「静めろ、もう飲めねぇ!」
「ふふっ」
腕を引かれて再び床へ倒れる。背後から抱き込まれて感じる鼓動は、妙に馴染んでもう航平の一部になっている。吐き出した言葉は、照れ隠しにもならず恥じらい震えた。
「キレーな顔してろくでもないシモネタ覚えやがって!」
「奈語は」
「んだよ」
「褒められるの好きなんだけど、苦手なんだよね。恥ずかしいが勝っちゃうの」
「――っ」
「ボクね、奈語が服を作るの見てるの好きだよ。魔法みたいだけど、魔法を使えるようになるまで、奈語は誰にも内緒で努力してるんだな、ってボクだけが知ってるんだと思うと、すごく嬉しい」
真っ赤な耳を塞いでも塞いでも、花の甘い言葉は航平の魂に染み込む。背中に感じる温もりと一緒に、肌が覚えてしまう。
「奈語の服、カッコイイもん。奈語の、取り組む姿勢がカッコイイんだ。だからボク、がんばってお人形する」
「もうホントやめて? 褒められるの苦手だって分かってんならやめろって」
「照れてる、かわいい」
「うっせ!」
「かわいい」
「うっせぇよ!」
今度こそ勢いよく立ち上がって、花へ手を差し出す。掴まれた手は、仄かに温かい。
「ふふふ。かぁわいい」
「おっま、性格悪くなったなおい」
「奈語に鍛えられたから」
「クソッ」
静まり返る廊下を、二人。声を潜めて駆け抜ける。
「誰だ、廊下走ってんの!」
教師の声に慌てて校舎の外へ逃げ出す。校舎裏で呼吸を整え、顔を見合わせる。
「ふふっ」
「ははっ」
「一限目、もう少しで終わるからここで静かにしてよう?」
「ん」
夏の日差しが遮られる。影を仰げば唇を塞がれた。そのまま貪り合う。静かに沈む校舎の中、炭酸水の炭酸が弾けるみたいに賑やかな生徒の声が聞こえて来るまで、二人は呆れるくらいに何度も唇を重ねた。
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