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第二章 誇り高きルディラント
第四話・閑話① 空っぽの救世主
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「俺?」
「なに、見た通り女所帯でな。男同士で語るのも稀なことよ。もう少し付き合え」
総司がリシアを見た。リシアはわずかに頷き、サリアと共に足早に出ていく。
だが、普段は極めて王に従順で、一瞬だけ怖い奥様の顔をのぞかせることがあっても、常にランセムを立て続けてきた王妃エルマは、いったい何を察しているのか表情をこわばらせ、その場を動くのを躊躇っていた。
その逡巡の意味が、総司にわかるはずもない。
「エルマよ、外してくれ」
「……今、この子に話してしまったら、きっと……」
「エルマ」
「……はい」
ランセムの口調に、その意思は揺らがないものとみて、エルマが諦めた。総司にお休みなさい、と声を掛けるエルマへ、総司もまた、ご馳走様でしたと食事のお礼を言って見送る。
ランセムは総司の口に合わせて弱く甘い酒を取り出し、これもまたルディラントの特産品であるところの見事なガラス細工の器に注いで、そっと差し出した。
淡い青とエメラルドグリーンが交じり合う神秘的なグラスは、何となく「サリア」を彷彿とさせるさわやかな清涼さを感じさせた。
「今日はご苦労だった。乾杯だ」
総司の元いた世界と、そしてレブレーベントと変わらぬ文化。グラスを合わせる祝いの作法。
「何度も聞いたよ」
王の盃に応じる。総司が再び席につくと、ランセムは穏やかに笑った。
「さほど深刻な話ではない。そう構えるな」
笑みをこぼさない総司を見て、ランセムが気楽に言うが、エルマのあの表情を見た後ではそんな気分にはなれなかった。
「リシアとは恋仲ではないのか」
「そう見えた?」
「ふっ……いいや。だが深い絆がある。不思議な関係性だな。しかしあの子は類まれな美女だ。恋心かどうかはともかく、お前さんに好意的なのも疑いようがない。悪い気はせんだろう」
「……恋愛感情はない。正直に言ってな。けど、旅の道連れがアイツでよかったとは心底思っている」
「聡明で優しくい心を持ち、気遣いも出来る。ちと生真面目すぎるところはあるが」
「俺がこの通りテキトーだから、それぐらいでちょうどいいんだ」
「ま、そうだな、確かに」
ランセムは笑った後で、ふと表情を引き締めた。
「お前さんは、この旅路の果てに何を求める?」
「女神を救う旅路だと知っていたんじゃなかったっけ?」
「違う違う。言葉通りに聞け。お前さんが何を求めているのかだ」
「だから、言葉通りだとしたら、俺が求めているのは女神の救済。ひいては、リスティリアの安寧だ。それ以外に俺の求める望みはない」
「ではきっと、お前さんは負けるだろうな」
総司が眉をひそめた。だが、ランセムの表情に、いつも総司を適度にからかうような、いたずらっぽい雰囲気は微塵もなかった。
フランクで親しげないつもの雰囲気が消え去り、その奥にある王としての気迫が前面に出てきている。グラスを回し、一口酒を飲むその様は、歴史書の挿絵にできそうなほど様になっていた。
「昨日のわしの話、覚えているか。わしがお前さんのことを、女神を救う英雄だと確信したという話だ」
「もちろんだ。千年も前からの言い伝えだと聞いた」
「その言い伝えにはこうも書かれている。その英雄は、異世界の住人であるとな」
総司の背筋に寒気が走った。
「千年前の言い伝えに? そんなことが……」
「古くからこのリスティリアには、異世界の存在をほのめかす痕跡が多くある」
呼び名が同じ魔獣の存在を思い出す。ニーナの店で食べた、ケバブとほとんど同じナギーシェなる食べ物もそうだ。
同じような文化が生まれたのではなく、本当に異世界から持ち込まれた知識が、あの伝統料理を生み出したのだとすれば、総司は決して「初めてリスティリアに来た異邦人」ではないのかもしれない。
「お前さんも不思議な名前をしとる。にわかに信じがたい話だがな、わしでなかったら」
「……王は、信じていると?」
「その方が面白いしな」
どこかの女王と同じようなセリフを言う。寛容なのか、大事なところで適当なのか。
「だがあてが外れた。お前さんは良い男だが、面白くはない」
「……女神を救うことと、なんの関係がある」
「使命はわかる。責任感もわかる。言ったろう、お前さんが良い男だというのはわかっとる。だがとうのお前さんが空っぽだ。なーんにもない。いいか、異世界なんてのはな、わしらにとっても荒唐無稽で、おとぎ話の中でしか聞かん夢の存在だ。お前さんはまさにそのおとぎ話のさなかにいるのに、自分の望みも、楽しみも、何もないと来た。考えてもみろ」
ランセムは、追加の酒を自分のグラスに注ぎながら言葉を続けた。
「どんな理由があるにせよ、女神と世界を敵に回すような所業に挑む大悪党だぞ、相手は。とんでもない野望と、それを叶えるための必死の執念があるに決まっているだろう。でなければ誰が、この世界でほとんど全知全能らしいあの女神に喧嘩を売ろうなどと覚悟を決められるものか」
「それは……その通りだと思う」
「で、そいつに挑むお前さんはどうだ。なんのためにそいつを討つんだ。討った先、ソウシ・イチノセが得られるものは一体何なんだ。お前さんの虚しい旅路の果てに、待ち受ける結末は一体なんだ?」
答えられない。考えたこともなかったのに、今答えられるはずがない。
総司はそれでも思考を回した。ランセムの畳みかけるような問いかけに、何とか答えを出そうとした。
だが、何もない。
空の器たる総司にとって、ランセムの問いはあまりにも酷すぎた。
「なに、見た通り女所帯でな。男同士で語るのも稀なことよ。もう少し付き合え」
総司がリシアを見た。リシアはわずかに頷き、サリアと共に足早に出ていく。
だが、普段は極めて王に従順で、一瞬だけ怖い奥様の顔をのぞかせることがあっても、常にランセムを立て続けてきた王妃エルマは、いったい何を察しているのか表情をこわばらせ、その場を動くのを躊躇っていた。
その逡巡の意味が、総司にわかるはずもない。
「エルマよ、外してくれ」
「……今、この子に話してしまったら、きっと……」
「エルマ」
「……はい」
ランセムの口調に、その意思は揺らがないものとみて、エルマが諦めた。総司にお休みなさい、と声を掛けるエルマへ、総司もまた、ご馳走様でしたと食事のお礼を言って見送る。
ランセムは総司の口に合わせて弱く甘い酒を取り出し、これもまたルディラントの特産品であるところの見事なガラス細工の器に注いで、そっと差し出した。
淡い青とエメラルドグリーンが交じり合う神秘的なグラスは、何となく「サリア」を彷彿とさせるさわやかな清涼さを感じさせた。
「今日はご苦労だった。乾杯だ」
総司の元いた世界と、そしてレブレーベントと変わらぬ文化。グラスを合わせる祝いの作法。
「何度も聞いたよ」
王の盃に応じる。総司が再び席につくと、ランセムは穏やかに笑った。
「さほど深刻な話ではない。そう構えるな」
笑みをこぼさない総司を見て、ランセムが気楽に言うが、エルマのあの表情を見た後ではそんな気分にはなれなかった。
「リシアとは恋仲ではないのか」
「そう見えた?」
「ふっ……いいや。だが深い絆がある。不思議な関係性だな。しかしあの子は類まれな美女だ。恋心かどうかはともかく、お前さんに好意的なのも疑いようがない。悪い気はせんだろう」
「……恋愛感情はない。正直に言ってな。けど、旅の道連れがアイツでよかったとは心底思っている」
「聡明で優しくい心を持ち、気遣いも出来る。ちと生真面目すぎるところはあるが」
「俺がこの通りテキトーだから、それぐらいでちょうどいいんだ」
「ま、そうだな、確かに」
ランセムは笑った後で、ふと表情を引き締めた。
「お前さんは、この旅路の果てに何を求める?」
「女神を救う旅路だと知っていたんじゃなかったっけ?」
「違う違う。言葉通りに聞け。お前さんが何を求めているのかだ」
「だから、言葉通りだとしたら、俺が求めているのは女神の救済。ひいては、リスティリアの安寧だ。それ以外に俺の求める望みはない」
「ではきっと、お前さんは負けるだろうな」
総司が眉をひそめた。だが、ランセムの表情に、いつも総司を適度にからかうような、いたずらっぽい雰囲気は微塵もなかった。
フランクで親しげないつもの雰囲気が消え去り、その奥にある王としての気迫が前面に出てきている。グラスを回し、一口酒を飲むその様は、歴史書の挿絵にできそうなほど様になっていた。
「昨日のわしの話、覚えているか。わしがお前さんのことを、女神を救う英雄だと確信したという話だ」
「もちろんだ。千年も前からの言い伝えだと聞いた」
「その言い伝えにはこうも書かれている。その英雄は、異世界の住人であるとな」
総司の背筋に寒気が走った。
「千年前の言い伝えに? そんなことが……」
「古くからこのリスティリアには、異世界の存在をほのめかす痕跡が多くある」
呼び名が同じ魔獣の存在を思い出す。ニーナの店で食べた、ケバブとほとんど同じナギーシェなる食べ物もそうだ。
同じような文化が生まれたのではなく、本当に異世界から持ち込まれた知識が、あの伝統料理を生み出したのだとすれば、総司は決して「初めてリスティリアに来た異邦人」ではないのかもしれない。
「お前さんも不思議な名前をしとる。にわかに信じがたい話だがな、わしでなかったら」
「……王は、信じていると?」
「その方が面白いしな」
どこかの女王と同じようなセリフを言う。寛容なのか、大事なところで適当なのか。
「だがあてが外れた。お前さんは良い男だが、面白くはない」
「……女神を救うことと、なんの関係がある」
「使命はわかる。責任感もわかる。言ったろう、お前さんが良い男だというのはわかっとる。だがとうのお前さんが空っぽだ。なーんにもない。いいか、異世界なんてのはな、わしらにとっても荒唐無稽で、おとぎ話の中でしか聞かん夢の存在だ。お前さんはまさにそのおとぎ話のさなかにいるのに、自分の望みも、楽しみも、何もないと来た。考えてもみろ」
ランセムは、追加の酒を自分のグラスに注ぎながら言葉を続けた。
「どんな理由があるにせよ、女神と世界を敵に回すような所業に挑む大悪党だぞ、相手は。とんでもない野望と、それを叶えるための必死の執念があるに決まっているだろう。でなければ誰が、この世界でほとんど全知全能らしいあの女神に喧嘩を売ろうなどと覚悟を決められるものか」
「それは……その通りだと思う」
「で、そいつに挑むお前さんはどうだ。なんのためにそいつを討つんだ。討った先、ソウシ・イチノセが得られるものは一体何なんだ。お前さんの虚しい旅路の果てに、待ち受ける結末は一体なんだ?」
答えられない。考えたこともなかったのに、今答えられるはずがない。
総司はそれでも思考を回した。ランセムの畳みかけるような問いかけに、何とか答えを出そうとした。
だが、何もない。
空の器たる総司にとって、ランセムの問いはあまりにも酷すぎた。
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