149 / 155
第四章 贖いしカイオディウム
第一話 カイオディウムの真の歴史②
しおりを挟む
「そして今は千載一遇の好機でもあるんだよ。今の継承者であるフロル・ウェルゼミットを殺せば、エルテミナの意思を滅ぼせるっていう、またとない機会なんだ」
「……ん? 待った、ちょっとよくわからん」
総司が慌ててベルの話を遮った。
「今が千載一遇の好機……なのか? お前には世話になっといて悪いんだけど、残念ながらエルフの古代魔法の助力は得られないわけで……」
「これまでの継承者とフロル枢機卿に違いがある、ということか?」
やはり思考能力ではリシアの方が、総司を大きく上回る。リシアの言葉にベルは頷いた。
「エルテミナの魂を受け継ぐためには、現代の継承者がエルテミナの知識を借りて、禁忌の魔法の楔を打ち込む必要があるんだよね。肉体の主導権はエルテミナにはないから。でも、フロルはそれをまだしていない」
「……そりゃ危ういやり方だな?」
ベルの話を整理し、必死で思考を追いつかせながら、総司が言った。
「楔を打ち込むだけじゃあ、エルテミナが取りついてる今の肉体を放棄するまでは少なくとも、エルテミナの意思は移らないんだろ? そうじゃなきゃロアダークに殺されるまでに、千年前の教団権力者に楔を打ち込んでおく、なんて真似できないもんな」
「合ってるよ」
ロアダークの体を乗っ取ることには失敗したが、魂を一部を教団の権力者に植え付けておいたことで、人格の乗っ取りまでは出来なくとも意思を残すことに成功した。
つまり、エルテミナは自身の肉体で生きている間にその魔法を行使し、当時の教団の権力者に楔を打ち込んで「備え」をしていたということである。
「じゃあ普通ストックっていうか、継承者に不慮の事故があった時に備えて、代わりを用意しておきそうなもんだけどな。聞く限りじゃ相当狡猾な女みたいだし……」
「だからこそ、今が千載一遇の好機なんだって」
ベルが総司の言葉を遮って言った。
「フロルは自分の他に、エルテミナの意思を継承できる者を“選定していない”。今、ソウシの言うストックは一人もいない状態なんだ」
「……何故そう言い切れる?」
リシアが聞くと、ベルは笑って、
「あたしは教団の重要人物を守護する『聖騎士団の近衛騎士』なんだけど、知ってた?」
「おっと……そうか、継承者は最重要人物になる。近衛騎士が知らされないわけがないか」
何気なくそう言って、リシアはハッと何かに気づき、驚愕し、そしてベルをじっと見つめた。
ベルの知識は、ロアダークとエルテミナの直系である、ということももちろんだが、彼女が若くしてウェルゼミット教団の中枢にいたからこそ得られている。
では、いつからベルが「修道女エルテミナ」の真実を、カイオディウムの歴史の真実を知っていたのか。
ロアダークとエルテミナの「子」が、子孫に正しい歴史の記憶を受け継いできたのだとすれば、もしかしたら物心つく頃には既に、ベルはその真実に触れており――――
たった一人、国そのものを騙す大きすぎる嘘を知り、その先にあるエルテミナの野望を知り、何とかしようと走り続けてきたのではないか?
だとするのならば。
この少女が抱えるものは、何と大きくて重いものであろうか。
「……ベル、老婆心ながら言わせてもらう」
それまで若者たちの会話に入ろうとしなかったクローディアが、重い口を開いた。ベルは冷静に、クローディアの視線を受け止める。
心からの心配の念が見て取れて、ベルは思わずグッとくるものを覚えた。
「お前が背負わずとも良いことだ。お前が善なる者かはわからぬと以前言ったな。あの言葉を撤回しよう。お前は正しく善なる者であり――――そして、年相応の乙女である」
「……ありがと」
「お前が相対するには、エルテミナは巨悪に過ぎる。アレは力こそ及ばぬだろうが、ロアダークと肩を並べた実に狡猾な魔女だ……お前が優秀であることは認めよう。しかし……それだけでは届かぬ相手だ」
「わかってる」
「では手を引け」
クローディアの声は厳しかった。
「危機に瀕していようと女神は女神。お前の危惧することは起こらない可能性もある……お前がやらなくてもよい」
「……そう割り切れればよかったんだけどね」
ベルの決意は揺らがない。彼女の決意は、昨日今日で固まったものではない。クローディアの言葉も虚しく響くばかりだった。
「今を逃すわけにはいかない。エルテミナの楔が他に打ち込まれていない今しか、奴を滅ぼせる機会はない。だから何としてでもエルフの古代魔法を手に入れたかったんだけど……それはまあ、しょうがないとして」
ベルは悲しげに笑った。彼女の命懸けの逃避行の甲斐もなく、最早エルフの助力を受けることはかなわない。
「手を貸してくれないかな。あなた達二人がいてくれれば、何とかなりそうな気がするんだよね」
結果として、次元の魔女ミスティルという強力な味方を得ることが出来たため、ベルがティタニエラまで飛んだ意味はあったわけである。しかし、問題は大聖堂の護りだけではない。
「ベルに殺せるとは思えん」
リシアが冷静に言った。総司もすぐに頷いた。
「見てりゃわかるよ。ベルは枢機卿に情がある。それもかなりな」
修道女エルテミナとカイオディウムの真実について語るベルの口調、言葉の選び方。総司とリシアが容易く感じ取れる程度には、ベルのフロルに対する情が滲み出ていた。
ベルはその部分についてだけは話したがらなかった。カイオディウム王と話した際には「姉妹のような関係性」と聞いていたが、二人の間にどれほどの過去と絆があるのか、総司には推し量れない。
「ベルは使命で動いてる。先祖代々受け継がれるカイオディウムの歴史を担って、現代に生まれた末裔として……“そうしなければならない”という感情に突き動かされている」
リシアの言葉には、ルディラント王ランセムの金言が反映されている。そうしなければならない、では足りない――――その言葉は、ランセムが総司に送ったもの。総司は王の言葉を胸に秘め、ティタニエラにおいてベルに忠告した。
今のベルがもしも志半ばで倒れた時、好きに生きて好きに死んだと言えるのか。
「だから俺達が一緒に行くんだ」
総司が力強く言った。
「俺達はベルから話を聞いただけだ。アイツのことを信頼していないわけじゃないが、事が事だ。もう一度枢機卿に会って、あちらさんの真意も聞こう。もしも、ベルの話が全て真実で、敵対するしか道がなくなったならその時は――――」
壁に立てかけた剣に目をやり、総司が締めくくる。
「やるしかねえんだろうな」
「……お前にも殺せはしないだろうに」
リシアは苦笑しながら、呆れたように言った。
「うるせえな……」
「情報が足りないな、確かに。だが、互いに忘れないようにな」
リシアが総司を見つめ、ハッキリと告げた。
「ベルに協力したい気持ちはもちろんあるが、私たちの第一の目標は“レヴァンフェルメス”の確保。そのためにどういう策を講じるべきかを常に考えなければならない」
「わかってる。行って何が起きるかはわからないけど、その目標については見失わないようにする」
「互いに、だ。私が流されそうならお前が正してくれ」
「きっと逆の方が多くなるから、よろしく頼むと言っとくぜ」
一方、ベルとミスティルの部屋では、呑気なことだがベルによるミスティルの衣装合わせ大会が始まっていた。
ミスティルはエルフであり、尖った耳という特徴がある。ティタニエラのエルフが森の外に出てくることは滅多にない。生涯を通じてエルフを見たことがない、というヒト族の方が圧倒的多数を占めるリスティリアにおいて、ミスティルはただ歩いているだけでも目立ちかねない。
ここリラウフにおいては人口も少なく人通りがあまりないために、多少隠せばごまかしもきいたが、首都ディフェーレスに至ってしまえばそうもいくまい。
ということで、宿に入る前にミスティルの頭部を隠すためのヴェールを何枚か見繕って購入していたため、その試着をしているところである。宿に使う金は節約しつつリシアの持ち金から払っているが、ミスティルのためのものについてはベル持ちである。
「やっぱ黒はちょっとねぇ……顔が良いからそこは映えるようにしたいよね」
「何でも構いませんが、無駄に買い込み過ぎでは……? あなたのお眼鏡に叶わなかったものはどうするのですか」
「そりゃもう適当にぽぽいっと」
「……構いませんがね、あなたのお金ですし……」
ミスティルは仏頂面だったが、されるがままでもあった。
顔には出さないが、ティタニエラにおいて激突した際、ベルの半身に凄まじい損傷を与えてしまった負い目を感じているようで、今のところベルには頭が上がらない。顔面に踵を食らわせた総司に対しては特段遠慮のないところがミスティルらしいとも言える。
ヴェールと言えば、薄手の生地で作られたシースルーのものが多いが、目的が目的のため、そのあたりはきちんと厳選した。
最終的には、ミスティルの銀髪と今の装いによく映える、白の強いライム色のヴェールを纏うということで決着した。ミスティルの見た目も相まってあまりにも鮮やかな立ち姿に決まり、ベルは自分のセンスにほれぼれする思いだった。
「出歩くときは身に着けるようにしましょう」
ミスティルは素直にそう言って、ヴェールを丁寧に畳んでいったん脇に置いた。宿の客は旅の道連れ四人だけで、店主も特に興味がなさそうだったので、宿内で身に着ける必要はないという判断だ。
「でもありがとね。ホント。付いてきてくれて心強いよ」
「何度も聞きました。私のためというだけですよ。そうしなければ収まらないものがあっただけ……あなたが恩義に感じる必要はないんです」
「確かにそうだね、何回目だっけ、この会話」
ティタニエラの森を抜ける道すがら、ミスティルは何度もベルに礼を言われていた。
それだけ、ベルにとってミスティルが付いてきてくれるという事実がありがたかったのだ。クローディアや総司たちの手前、言葉に出すのは憚られていただろうが、やはりベルにとって一番の目的は「大聖堂の護りを突破する古代魔法」の獲得であり、ミスティルの凶行によってそれが頓挫しかけた時の落胆は大きかった。
奇しくも、ミスティルはその激突の最中にベルを傷つけてしまったという負い目もあって、カイオディウムへ同行することとなった。ミスティルとあのままお別れするのは嫌だ、という理由で命を賭けたベルの行動は、まわりまわってミスティルを味方につけることへと繋がったのである。
「それに楽観するには早過ぎるでしょう。ベルさんの目的は、ただ大聖堂デミエル・ダリアの護りを突破するというだけではないのですから」
「……っていうか、いつまで『ベルさん』なの? いい加減呼び捨てにしてよ」
「癖ですよ。特に深い意味はありません。気にしないでください」
ベルはちょっと不満そうだったが、ミスティルにとって相手を呼ぶときに敬称を付けるのは癖以外の何物でもない。改める必要性も感じていないようで、ミスティルはさらりとベルの不満げな顔を無視した。
「具体的な話は、隣のお二人とも詰める必要があるでしょうが……正面から喧嘩を売るつもりではないのでしょう?」
「そりゃあね。流石に聖騎士団と真っ向からぶつかったら、数の差でどうにもならなくなっちゃうし。潜入だね、隠密行動ってやつ」
「……疑問が一つありまして」
「なにー?」
「本当に殺せますか?」
偶然にも、隣の部屋で総司とリシアが繰り広げる会話と似たような話を、ミスティルはまっすぐにベルへとぶつけた。ベルは少し言葉に詰まったが、すぐに表情を引き締めた。
「殺すよ。そうしなきゃならないから」
「……そうですか。フロル・ウェルゼミット枢機卿とは、親しい間柄なんですか?」
「んー……まあ、それなりにね。ちっちゃい頃はよく面倒も見てもらったし……嫌いじゃないよ、ヒトとしては」
「それでも殺すと」
「そうしなくて済むなら、その方が良いんだけどさ」
ベルはどさっとベッドに横たわり、天井を見つめながら、静かに言った。
「いろんな方法を探したんだよ。いっぱい調べた。でも、それ以外にないんだもん。しかもこの機会を絶対に逃せないときたら……やるしかないじゃん?」
スティンゴルドの系譜に生まれた者の宿命。
ベルは使命に突き動かされている。それは間違いないが、何よりもベルの場合は、そうしなければベル自身が休まることがないという事実が付きまとっている。
全てを放棄して好きに生きることが出来たなら、彼女自身どんなに楽だったかわからない。しかしその選択肢はあり得ない。
「……憎しみで他者を殺すことは出来ます。しかし……これはソウシさんにも言えますけど」
「ん?」
「 “それ以外に選択肢があったら殺すという手段を選ばない”のであれば……多分難しいですよ」
「……言ってくれるね」
「ですから」
ベルが少しだけ怒った顔で上半身を起こしたが、ミスティルは気にせず淡々と続けた。
「そこまで代わりにやってあげますよ。私は何の情もないし、事のついでですから」
その言葉は、ミスティルなりの優しさだ。ベルもそれを感じ取って、思わず笑った。
「……ありがと。そうだね、あたしがやりきれなかったときは、お願いするかも」
「……嘘つき」
ミスティルは諦めたようにそう言って、この話を終わらせた。
そろそろ、夕食の時間である。
「……ん? 待った、ちょっとよくわからん」
総司が慌ててベルの話を遮った。
「今が千載一遇の好機……なのか? お前には世話になっといて悪いんだけど、残念ながらエルフの古代魔法の助力は得られないわけで……」
「これまでの継承者とフロル枢機卿に違いがある、ということか?」
やはり思考能力ではリシアの方が、総司を大きく上回る。リシアの言葉にベルは頷いた。
「エルテミナの魂を受け継ぐためには、現代の継承者がエルテミナの知識を借りて、禁忌の魔法の楔を打ち込む必要があるんだよね。肉体の主導権はエルテミナにはないから。でも、フロルはそれをまだしていない」
「……そりゃ危ういやり方だな?」
ベルの話を整理し、必死で思考を追いつかせながら、総司が言った。
「楔を打ち込むだけじゃあ、エルテミナが取りついてる今の肉体を放棄するまでは少なくとも、エルテミナの意思は移らないんだろ? そうじゃなきゃロアダークに殺されるまでに、千年前の教団権力者に楔を打ち込んでおく、なんて真似できないもんな」
「合ってるよ」
ロアダークの体を乗っ取ることには失敗したが、魂を一部を教団の権力者に植え付けておいたことで、人格の乗っ取りまでは出来なくとも意思を残すことに成功した。
つまり、エルテミナは自身の肉体で生きている間にその魔法を行使し、当時の教団の権力者に楔を打ち込んで「備え」をしていたということである。
「じゃあ普通ストックっていうか、継承者に不慮の事故があった時に備えて、代わりを用意しておきそうなもんだけどな。聞く限りじゃ相当狡猾な女みたいだし……」
「だからこそ、今が千載一遇の好機なんだって」
ベルが総司の言葉を遮って言った。
「フロルは自分の他に、エルテミナの意思を継承できる者を“選定していない”。今、ソウシの言うストックは一人もいない状態なんだ」
「……何故そう言い切れる?」
リシアが聞くと、ベルは笑って、
「あたしは教団の重要人物を守護する『聖騎士団の近衛騎士』なんだけど、知ってた?」
「おっと……そうか、継承者は最重要人物になる。近衛騎士が知らされないわけがないか」
何気なくそう言って、リシアはハッと何かに気づき、驚愕し、そしてベルをじっと見つめた。
ベルの知識は、ロアダークとエルテミナの直系である、ということももちろんだが、彼女が若くしてウェルゼミット教団の中枢にいたからこそ得られている。
では、いつからベルが「修道女エルテミナ」の真実を、カイオディウムの歴史の真実を知っていたのか。
ロアダークとエルテミナの「子」が、子孫に正しい歴史の記憶を受け継いできたのだとすれば、もしかしたら物心つく頃には既に、ベルはその真実に触れており――――
たった一人、国そのものを騙す大きすぎる嘘を知り、その先にあるエルテミナの野望を知り、何とかしようと走り続けてきたのではないか?
だとするのならば。
この少女が抱えるものは、何と大きくて重いものであろうか。
「……ベル、老婆心ながら言わせてもらう」
それまで若者たちの会話に入ろうとしなかったクローディアが、重い口を開いた。ベルは冷静に、クローディアの視線を受け止める。
心からの心配の念が見て取れて、ベルは思わずグッとくるものを覚えた。
「お前が背負わずとも良いことだ。お前が善なる者かはわからぬと以前言ったな。あの言葉を撤回しよう。お前は正しく善なる者であり――――そして、年相応の乙女である」
「……ありがと」
「お前が相対するには、エルテミナは巨悪に過ぎる。アレは力こそ及ばぬだろうが、ロアダークと肩を並べた実に狡猾な魔女だ……お前が優秀であることは認めよう。しかし……それだけでは届かぬ相手だ」
「わかってる」
「では手を引け」
クローディアの声は厳しかった。
「危機に瀕していようと女神は女神。お前の危惧することは起こらない可能性もある……お前がやらなくてもよい」
「……そう割り切れればよかったんだけどね」
ベルの決意は揺らがない。彼女の決意は、昨日今日で固まったものではない。クローディアの言葉も虚しく響くばかりだった。
「今を逃すわけにはいかない。エルテミナの楔が他に打ち込まれていない今しか、奴を滅ぼせる機会はない。だから何としてでもエルフの古代魔法を手に入れたかったんだけど……それはまあ、しょうがないとして」
ベルは悲しげに笑った。彼女の命懸けの逃避行の甲斐もなく、最早エルフの助力を受けることはかなわない。
「手を貸してくれないかな。あなた達二人がいてくれれば、何とかなりそうな気がするんだよね」
結果として、次元の魔女ミスティルという強力な味方を得ることが出来たため、ベルがティタニエラまで飛んだ意味はあったわけである。しかし、問題は大聖堂の護りだけではない。
「ベルに殺せるとは思えん」
リシアが冷静に言った。総司もすぐに頷いた。
「見てりゃわかるよ。ベルは枢機卿に情がある。それもかなりな」
修道女エルテミナとカイオディウムの真実について語るベルの口調、言葉の選び方。総司とリシアが容易く感じ取れる程度には、ベルのフロルに対する情が滲み出ていた。
ベルはその部分についてだけは話したがらなかった。カイオディウム王と話した際には「姉妹のような関係性」と聞いていたが、二人の間にどれほどの過去と絆があるのか、総司には推し量れない。
「ベルは使命で動いてる。先祖代々受け継がれるカイオディウムの歴史を担って、現代に生まれた末裔として……“そうしなければならない”という感情に突き動かされている」
リシアの言葉には、ルディラント王ランセムの金言が反映されている。そうしなければならない、では足りない――――その言葉は、ランセムが総司に送ったもの。総司は王の言葉を胸に秘め、ティタニエラにおいてベルに忠告した。
今のベルがもしも志半ばで倒れた時、好きに生きて好きに死んだと言えるのか。
「だから俺達が一緒に行くんだ」
総司が力強く言った。
「俺達はベルから話を聞いただけだ。アイツのことを信頼していないわけじゃないが、事が事だ。もう一度枢機卿に会って、あちらさんの真意も聞こう。もしも、ベルの話が全て真実で、敵対するしか道がなくなったならその時は――――」
壁に立てかけた剣に目をやり、総司が締めくくる。
「やるしかねえんだろうな」
「……お前にも殺せはしないだろうに」
リシアは苦笑しながら、呆れたように言った。
「うるせえな……」
「情報が足りないな、確かに。だが、互いに忘れないようにな」
リシアが総司を見つめ、ハッキリと告げた。
「ベルに協力したい気持ちはもちろんあるが、私たちの第一の目標は“レヴァンフェルメス”の確保。そのためにどういう策を講じるべきかを常に考えなければならない」
「わかってる。行って何が起きるかはわからないけど、その目標については見失わないようにする」
「互いに、だ。私が流されそうならお前が正してくれ」
「きっと逆の方が多くなるから、よろしく頼むと言っとくぜ」
一方、ベルとミスティルの部屋では、呑気なことだがベルによるミスティルの衣装合わせ大会が始まっていた。
ミスティルはエルフであり、尖った耳という特徴がある。ティタニエラのエルフが森の外に出てくることは滅多にない。生涯を通じてエルフを見たことがない、というヒト族の方が圧倒的多数を占めるリスティリアにおいて、ミスティルはただ歩いているだけでも目立ちかねない。
ここリラウフにおいては人口も少なく人通りがあまりないために、多少隠せばごまかしもきいたが、首都ディフェーレスに至ってしまえばそうもいくまい。
ということで、宿に入る前にミスティルの頭部を隠すためのヴェールを何枚か見繕って購入していたため、その試着をしているところである。宿に使う金は節約しつつリシアの持ち金から払っているが、ミスティルのためのものについてはベル持ちである。
「やっぱ黒はちょっとねぇ……顔が良いからそこは映えるようにしたいよね」
「何でも構いませんが、無駄に買い込み過ぎでは……? あなたのお眼鏡に叶わなかったものはどうするのですか」
「そりゃもう適当にぽぽいっと」
「……構いませんがね、あなたのお金ですし……」
ミスティルは仏頂面だったが、されるがままでもあった。
顔には出さないが、ティタニエラにおいて激突した際、ベルの半身に凄まじい損傷を与えてしまった負い目を感じているようで、今のところベルには頭が上がらない。顔面に踵を食らわせた総司に対しては特段遠慮のないところがミスティルらしいとも言える。
ヴェールと言えば、薄手の生地で作られたシースルーのものが多いが、目的が目的のため、そのあたりはきちんと厳選した。
最終的には、ミスティルの銀髪と今の装いによく映える、白の強いライム色のヴェールを纏うということで決着した。ミスティルの見た目も相まってあまりにも鮮やかな立ち姿に決まり、ベルは自分のセンスにほれぼれする思いだった。
「出歩くときは身に着けるようにしましょう」
ミスティルは素直にそう言って、ヴェールを丁寧に畳んでいったん脇に置いた。宿の客は旅の道連れ四人だけで、店主も特に興味がなさそうだったので、宿内で身に着ける必要はないという判断だ。
「でもありがとね。ホント。付いてきてくれて心強いよ」
「何度も聞きました。私のためというだけですよ。そうしなければ収まらないものがあっただけ……あなたが恩義に感じる必要はないんです」
「確かにそうだね、何回目だっけ、この会話」
ティタニエラの森を抜ける道すがら、ミスティルは何度もベルに礼を言われていた。
それだけ、ベルにとってミスティルが付いてきてくれるという事実がありがたかったのだ。クローディアや総司たちの手前、言葉に出すのは憚られていただろうが、やはりベルにとって一番の目的は「大聖堂の護りを突破する古代魔法」の獲得であり、ミスティルの凶行によってそれが頓挫しかけた時の落胆は大きかった。
奇しくも、ミスティルはその激突の最中にベルを傷つけてしまったという負い目もあって、カイオディウムへ同行することとなった。ミスティルとあのままお別れするのは嫌だ、という理由で命を賭けたベルの行動は、まわりまわってミスティルを味方につけることへと繋がったのである。
「それに楽観するには早過ぎるでしょう。ベルさんの目的は、ただ大聖堂デミエル・ダリアの護りを突破するというだけではないのですから」
「……っていうか、いつまで『ベルさん』なの? いい加減呼び捨てにしてよ」
「癖ですよ。特に深い意味はありません。気にしないでください」
ベルはちょっと不満そうだったが、ミスティルにとって相手を呼ぶときに敬称を付けるのは癖以外の何物でもない。改める必要性も感じていないようで、ミスティルはさらりとベルの不満げな顔を無視した。
「具体的な話は、隣のお二人とも詰める必要があるでしょうが……正面から喧嘩を売るつもりではないのでしょう?」
「そりゃあね。流石に聖騎士団と真っ向からぶつかったら、数の差でどうにもならなくなっちゃうし。潜入だね、隠密行動ってやつ」
「……疑問が一つありまして」
「なにー?」
「本当に殺せますか?」
偶然にも、隣の部屋で総司とリシアが繰り広げる会話と似たような話を、ミスティルはまっすぐにベルへとぶつけた。ベルは少し言葉に詰まったが、すぐに表情を引き締めた。
「殺すよ。そうしなきゃならないから」
「……そうですか。フロル・ウェルゼミット枢機卿とは、親しい間柄なんですか?」
「んー……まあ、それなりにね。ちっちゃい頃はよく面倒も見てもらったし……嫌いじゃないよ、ヒトとしては」
「それでも殺すと」
「そうしなくて済むなら、その方が良いんだけどさ」
ベルはどさっとベッドに横たわり、天井を見つめながら、静かに言った。
「いろんな方法を探したんだよ。いっぱい調べた。でも、それ以外にないんだもん。しかもこの機会を絶対に逃せないときたら……やるしかないじゃん?」
スティンゴルドの系譜に生まれた者の宿命。
ベルは使命に突き動かされている。それは間違いないが、何よりもベルの場合は、そうしなければベル自身が休まることがないという事実が付きまとっている。
全てを放棄して好きに生きることが出来たなら、彼女自身どんなに楽だったかわからない。しかしその選択肢はあり得ない。
「……憎しみで他者を殺すことは出来ます。しかし……これはソウシさんにも言えますけど」
「ん?」
「 “それ以外に選択肢があったら殺すという手段を選ばない”のであれば……多分難しいですよ」
「……言ってくれるね」
「ですから」
ベルが少しだけ怒った顔で上半身を起こしたが、ミスティルは気にせず淡々と続けた。
「そこまで代わりにやってあげますよ。私は何の情もないし、事のついでですから」
その言葉は、ミスティルなりの優しさだ。ベルもそれを感じ取って、思わず笑った。
「……ありがと。そうだね、あたしがやりきれなかったときは、お願いするかも」
「……嘘つき」
ミスティルは諦めたようにそう言って、この話を終わらせた。
そろそろ、夕食の時間である。
0
あなたにおすすめの小説
断罪まであと10分、私は処刑台の上で「ライブ配信」を開始した〜前世インフルエンサーの悪役令嬢、支持率100%でクズ王子を逆処刑する〜
深渡 ケイ
ファンタジー
断罪まで、あと10分。
処刑台の上で跪く悪役令嬢スカーレットは、笑っていた。
なぜなら彼女は――
前世で“トップインフルエンサー”だったから。
処刑の瞬間、彼女が起動したのは禁忌の精霊石。
空に展開された巨大モニターが、全世界同時ライブ配信を開始する。
タイトルは――
『断罪なう』。
王子の不貞、聖女の偽善、王家の腐敗。
すべてを“証拠付き・リアルタイム”で暴露する配信に、
国民の「いいね(=精霊力)」が集まり始める。
そして宣言される、前代未聞のルール。
支持率が上がるほど、処刑は不可能になる。
処刑台は舞台へ。
断罪はエンタメへ。
悪役令嬢は、世界をひっくり返す配信者となった。
これは、
処刑されるはずだった悪役令嬢が、
“ライブ配信”で王子と王国を公開処刑する物語。
支持率100%の先に待つのは、復讐か、革命か、
それとも――自由か。
で、お前が彼女に嫌がらせをしている理由を聞かせてもらおうか?
Debby
恋愛
ヴェルトが友人からの手紙を手に辺境伯令嬢であるレィディアンスの元を訪れたのは、その手紙に「詳細は彼女に聞け」と書いてあったからだ。
簡単にいうと、手紙の内容は「学園で問題を起こした平民──エボニーを妻として引き取ってくれ」というものだった。
一方その話を聞いてしまった伯爵令嬢のオリーブは動揺していた。
ヴェルトとは静かに愛を育んできた。そんな自分を差し置いて、言われるがまま平民を妻に迎えてしまうのだろうか。
そんなオリーブの気持ちを知るはずもないエボニーは、辺境伯邸で行儀見習いをすることになる。
オリーブは何とかしてヴェルトを取り戻そうと画策し、そのことを咎められてしまう。もう後は無い。
オリーブが最後の望みをかけてヴェルトに自分を選んで欲しいと懇願する中、レィディアンスが静かに口を開いた。
「で、そろそろお前が彼女に嫌がらせをしている理由を聞かせてもらおうか」
「はい?」
ヴェルトは自分が何を言われたのか全く理解が出来なかった。
*--*--*
覗いてくださりありがとうございます。(* ᴗ ᴗ)⁾⁾
★全31話7時19時更新で、全話予約投稿済みです。
★★「このお話だけ読んでいただいてもOKです!」という前提のもと↓↓↓
このお話は独立した一つのお話ですが、「で。」シリーズのサイドストーリーでもあり、第一弾「で、私がその方に嫌がらせをする理由をお聞かせいただいても?」の「エボニーその後」でもあります(あるいは「最終話」のその後)。
第一弾「で、私がその方に嫌がらせをする理由をお聞かせいただいても?」
第二弾「で、あなたが私に嫌がらせをする理由を伺っても?」
第三弾「で、あなたが彼に嫌がらせをする理由をお話しいただいても?」
どれも女性向けHOTランキングに入り、特に第二弾はHOT一位になることが出来ました!(*´▽`人)アリガトウ
もしよかったら宜しくお願いしますね!
神々の愛し子って何したらいいの?とりあえずのんびり過ごします
夜明シスカ
ファンタジー
アリュールという世界の中にある一国。
アール国で国の端っこの海に面した田舎領地に神々の寵愛を受けし者として生を受けた子。
いわゆる"神々の愛し子"というもの。
神々の寵愛を受けているというからには、大事にしましょうね。
そういうことだ。
そう、大事にしていれば国も繁栄するだけ。
簡単でしょう?
えぇ、なんなら周りも巻き込んでみーんな幸せになりませんか??
−−−−−−
新連載始まりました。
私としては初の挑戦になる内容のため、至らぬところもあると思いますが、温めで見守って下さいませ。
会話の「」前に人物の名称入れてみることにしました。
余計読みにくいかなぁ?と思いつつ。
会話がわからない!となるよりは・・
試みですね。
誤字・脱字・文章修正 随時行います。
短編タグが長編に変更になることがございます。
*タイトルの「神々の寵愛者」→「神々の愛し子」に変更しました。
クラス転移したけど、皆さん勘違いしてません?
青いウーパーと山椒魚
ファンタジー
加藤あいは高校2年生。
最近ネット小説にハマりまくっているごく普通の高校生である。
普通に過ごしていたら異世界転移に巻き込まれた?
しかも弱いからと森に捨てられた。
いやちょっとまてよ?
皆さん勘違いしてません?
これはあいの不思議な日常を書いた物語である。
本編完結しました!
相変わらず話ごちゃごちゃしていると思いますが、楽しんでいただけると嬉しいです!
1話は1000字くらいなのでササッと読めるはず…
企業再生のプロ、倒産寸前の貧乏伯爵に転生する
namisan
ファンタジー
数々の倒産寸前の企業を立て直してきた敏腕コンサルタントの男は、過労の末に命を落とし、異世界で目を覚ます。
転生先は、帝国北部の辺境にあるアインハルト伯爵家の若き当主、アレク。
しかし、そこは「帝国の重荷」と蔑まれる、借金まみれで領民が飢える極貧領地だった。
凍える屋敷、迫りくる借金取り、絶望する家臣たち。
詰みかけた状況の中で、アレクは独自のユニーク魔法【構造解析(アナライズ)】に目覚める。
それは、物体の構造のみならず、組織の欠陥や魔法術式の不備さえも見抜き、再構築(クラフト)するチート能力だった。
「問題ない。この程度の赤字、前世の案件に比べれば可愛いものだ」
前世の経営知識と規格外の魔法で、アレクは領地の大改革に乗り出す。
痩せた土地を改良し、特産品を生み出し、隣国の経済さえも掌握していくアレク。
そんな彼の手腕に惹かれ、集まってくるのは一癖も二癖もある高貴な美女たち。
これは、底辺から這い上がった若き伯爵が、最強の布陣で自領を帝国一の都市へと発展させ、栄華を極める物語。
出来損ない貴族の三男は、謎スキル【サブスク】で世界最強へと成り上がる〜今日も僕は、無能を演じながら能力を徴収する〜
シマセイ
ファンタジー
実力至上主義の貴族家に転生したものの、何の才能も持たない三男のルキウスは、「出来損ない」として優秀な兄たちから虐げられる日々を送っていた。
起死回生を願った五歳の「スキルの儀」で彼が授かったのは、【サブスクリプション】という誰も聞いたことのない謎のスキル。
その結果、彼の立場はさらに悪化。完全な「クズ」の烙印を押され、家族から存在しない者として扱われるようになってしまう。
絶望の淵で彼に寄り添うのは、心優しき専属メイドただ一人。
役立たずと蔑まれたこの謎のスキルが、やがて少年の運命を、そして世界を静かに揺るがしていくことを、まだ誰も知らない。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
異世界転移物語
月夜
ファンタジー
このところ、日本各地で謎の地震が頻発していた。そんなある日、都内の大学に通う僕(田所健太)は、地震が起こったときのために、部屋で非常持出袋を整理していた。すると、突然、めまいに襲われ、次に気づいたときは、深い森の中に迷い込んでいたのだ……
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる