リスティリア救世譚

ともざわ きよあき

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第四章 贖いしカイオディウム

第一話 カイオディウムの真の歴史②

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「そして今は千載一遇の好機でもあるんだよ。今の継承者であるフロル・ウェルゼミットを殺せば、エルテミナの意思を滅ぼせるっていう、またとない機会なんだ」
「……ん? 待った、ちょっとよくわからん」
 総司が慌ててベルの話を遮った。
「今が千載一遇の好機……なのか? お前には世話になっといて悪いんだけど、残念ながらエルフの古代魔法の助力は得られないわけで……」
「これまでの継承者とフロル枢機卿に違いがある、ということか?」
 やはり思考能力ではリシアの方が、総司を大きく上回る。リシアの言葉にベルは頷いた。
「エルテミナの魂を受け継ぐためには、現代の継承者がエルテミナの知識を借りて、禁忌の魔法の楔を打ち込む必要があるんだよね。肉体の主導権はエルテミナにはないから。でも、フロルはそれをまだしていない」
「……そりゃ危ういやり方だな?」
 ベルの話を整理し、必死で思考を追いつかせながら、総司が言った。
「楔を打ち込むだけじゃあ、エルテミナが取りついてる今の肉体を放棄するまでは少なくとも、エルテミナの意思は移らないんだろ? そうじゃなきゃロアダークに殺されるまでに、千年前の教団権力者に楔を打ち込んでおく、なんて真似できないもんな」
「合ってるよ」
 ロアダークの体を乗っ取ることには失敗したが、魂を一部を教団の権力者に植え付けておいたことで、人格の乗っ取りまでは出来なくとも意思を残すことに成功した。
 つまり、エルテミナは自身の肉体で生きている間にその魔法を行使し、当時の教団の権力者に楔を打ち込んで「備え」をしていたということである。
「じゃあ普通ストックっていうか、継承者に不慮の事故があった時に備えて、代わりを用意しておきそうなもんだけどな。聞く限りじゃ相当狡猾な女みたいだし……」
「だからこそ、今が千載一遇の好機なんだって」
 ベルが総司の言葉を遮って言った。
「フロルは自分の他に、エルテミナの意思を継承できる者を“選定していない”。今、ソウシの言うストックは一人もいない状態なんだ」
「……何故そう言い切れる?」
 リシアが聞くと、ベルは笑って、
「あたしは教団の重要人物を守護する『聖騎士団の近衛騎士』なんだけど、知ってた?」
「おっと……そうか、継承者は最重要人物になる。近衛騎士が知らされないわけがないか」
 何気なくそう言って、リシアはハッと何かに気づき、驚愕し、そしてベルをじっと見つめた。
ベルの知識は、ロアダークとエルテミナの直系である、ということももちろんだが、彼女が若くしてウェルゼミット教団の中枢にいたからこそ得られている。
 では、いつからベルが「修道女エルテミナ」の真実を、カイオディウムの歴史の真実を知っていたのか。
 ロアダークとエルテミナの「子」が、子孫に正しい歴史の記憶を受け継いできたのだとすれば、もしかしたら物心つく頃には既に、ベルはその真実に触れており――――
 たった一人、国そのものを騙す大きすぎる嘘を知り、その先にあるエルテミナの野望を知り、何とかしようと走り続けてきたのではないか?
 だとするのならば。
 この少女が抱えるものは、何と大きくて重いものであろうか。
「……ベル、老婆心ながら言わせてもらう」
 それまで若者たちの会話に入ろうとしなかったクローディアが、重い口を開いた。ベルは冷静に、クローディアの視線を受け止める。
 心からの心配の念が見て取れて、ベルは思わずグッとくるものを覚えた。
「お前が背負わずとも良いことだ。お前が善なる者かはわからぬと以前言ったな。あの言葉を撤回しよう。お前は正しく善なる者であり――――そして、年相応の乙女である」
「……ありがと」
「お前が相対するには、エルテミナは巨悪に過ぎる。アレは力こそ及ばぬだろうが、ロアダークと肩を並べた実に狡猾な魔女だ……お前が優秀であることは認めよう。しかし……それだけでは届かぬ相手だ」
「わかってる」
「では手を引け」
 クローディアの声は厳しかった。
「危機に瀕していようと女神は女神。お前の危惧することは起こらない可能性もある……お前がやらなくてもよい」
「……そう割り切れればよかったんだけどね」
 ベルの決意は揺らがない。彼女の決意は、昨日今日で固まったものではない。クローディアの言葉も虚しく響くばかりだった。
「今を逃すわけにはいかない。エルテミナの楔が他に打ち込まれていない今しか、奴を滅ぼせる機会はない。だから何としてでもエルフの古代魔法を手に入れたかったんだけど……それはまあ、しょうがないとして」
 ベルは悲しげに笑った。彼女の命懸けの逃避行の甲斐もなく、最早エルフの助力を受けることはかなわない。
「手を貸してくれないかな。あなた達二人がいてくれれば、何とかなりそうな気がするんだよね」



 結果として、次元の魔女ミスティルという強力な味方を得ることが出来たため、ベルがティタニエラまで飛んだ意味はあったわけである。しかし、問題は大聖堂の護りだけではない。
「ベルに殺せるとは思えん」
 リシアが冷静に言った。総司もすぐに頷いた。
「見てりゃわかるよ。ベルは枢機卿に情がある。それもかなりな」
 修道女エルテミナとカイオディウムの真実について語るベルの口調、言葉の選び方。総司とリシアが容易く感じ取れる程度には、ベルのフロルに対する情が滲み出ていた。
 ベルはその部分についてだけは話したがらなかった。カイオディウム王と話した際には「姉妹のような関係性」と聞いていたが、二人の間にどれほどの過去と絆があるのか、総司には推し量れない。
「ベルは使命で動いてる。先祖代々受け継がれるカイオディウムの歴史を担って、現代に生まれた末裔として……“そうしなければならない”という感情に突き動かされている」
 リシアの言葉には、ルディラント王ランセムの金言が反映されている。そうしなければならない、では足りない――――その言葉は、ランセムが総司に送ったもの。総司は王の言葉を胸に秘め、ティタニエラにおいてベルに忠告した。
 今のベルがもしも志半ばで倒れた時、好きに生きて好きに死んだと言えるのか。
「だから俺達が一緒に行くんだ」
 総司が力強く言った。
「俺達はベルから話を聞いただけだ。アイツのことを信頼していないわけじゃないが、事が事だ。もう一度枢機卿に会って、あちらさんの真意も聞こう。もしも、ベルの話が全て真実で、敵対するしか道がなくなったならその時は――――」
 壁に立てかけた剣に目をやり、総司が締めくくる。
「やるしかねえんだろうな」
「……お前にも殺せはしないだろうに」
 リシアは苦笑しながら、呆れたように言った。
「うるせえな……」
「情報が足りないな、確かに。だが、互いに忘れないようにな」
 リシアが総司を見つめ、ハッキリと告げた。
「ベルに協力したい気持ちはもちろんあるが、私たちの第一の目標は“レヴァンフェルメス”の確保。そのためにどういう策を講じるべきかを常に考えなければならない」
「わかってる。行って何が起きるかはわからないけど、その目標については見失わないようにする」
「互いに、だ。私が流されそうならお前が正してくれ」
「きっと逆の方が多くなるから、よろしく頼むと言っとくぜ」
 一方、ベルとミスティルの部屋では、呑気なことだがベルによるミスティルの衣装合わせ大会が始まっていた。
 ミスティルはエルフであり、尖った耳という特徴がある。ティタニエラのエルフが森の外に出てくることは滅多にない。生涯を通じてエルフを見たことがない、というヒト族の方が圧倒的多数を占めるリスティリアにおいて、ミスティルはただ歩いているだけでも目立ちかねない。
 ここリラウフにおいては人口も少なく人通りがあまりないために、多少隠せばごまかしもきいたが、首都ディフェーレスに至ってしまえばそうもいくまい。
 ということで、宿に入る前にミスティルの頭部を隠すためのヴェールを何枚か見繕って購入していたため、その試着をしているところである。宿に使う金は節約しつつリシアの持ち金から払っているが、ミスティルのためのものについてはベル持ちである。
「やっぱ黒はちょっとねぇ……顔が良いからそこは映えるようにしたいよね」
「何でも構いませんが、無駄に買い込み過ぎでは……? あなたのお眼鏡に叶わなかったものはどうするのですか」
「そりゃもう適当にぽぽいっと」
「……構いませんがね、あなたのお金ですし……」
 ミスティルは仏頂面だったが、されるがままでもあった。
 顔には出さないが、ティタニエラにおいて激突した際、ベルの半身に凄まじい損傷を与えてしまった負い目を感じているようで、今のところベルには頭が上がらない。顔面に踵を食らわせた総司に対しては特段遠慮のないところがミスティルらしいとも言える。
 ヴェールと言えば、薄手の生地で作られたシースルーのものが多いが、目的が目的のため、そのあたりはきちんと厳選した。
 最終的には、ミスティルの銀髪と今の装いによく映える、白の強いライム色のヴェールを纏うということで決着した。ミスティルの見た目も相まってあまりにも鮮やかな立ち姿に決まり、ベルは自分のセンスにほれぼれする思いだった。
「出歩くときは身に着けるようにしましょう」
 ミスティルは素直にそう言って、ヴェールを丁寧に畳んでいったん脇に置いた。宿の客は旅の道連れ四人だけで、店主も特に興味がなさそうだったので、宿内で身に着ける必要はないという判断だ。
「でもありがとね。ホント。付いてきてくれて心強いよ」
「何度も聞きました。私のためというだけですよ。そうしなければ収まらないものがあっただけ……あなたが恩義に感じる必要はないんです」
「確かにそうだね、何回目だっけ、この会話」
 ティタニエラの森を抜ける道すがら、ミスティルは何度もベルに礼を言われていた。
 それだけ、ベルにとってミスティルが付いてきてくれるという事実がありがたかったのだ。クローディアや総司たちの手前、言葉に出すのは憚られていただろうが、やはりベルにとって一番の目的は「大聖堂の護りを突破する古代魔法」の獲得であり、ミスティルの凶行によってそれが頓挫しかけた時の落胆は大きかった。
 奇しくも、ミスティルはその激突の最中にベルを傷つけてしまったという負い目もあって、カイオディウムへ同行することとなった。ミスティルとあのままお別れするのは嫌だ、という理由で命を賭けたベルの行動は、まわりまわってミスティルを味方につけることへと繋がったのである。
「それに楽観するには早過ぎるでしょう。ベルさんの目的は、ただ大聖堂デミエル・ダリアの護りを突破するというだけではないのですから」
「……っていうか、いつまで『ベルさん』なの? いい加減呼び捨てにしてよ」
「癖ですよ。特に深い意味はありません。気にしないでください」
 ベルはちょっと不満そうだったが、ミスティルにとって相手を呼ぶときに敬称を付けるのは癖以外の何物でもない。改める必要性も感じていないようで、ミスティルはさらりとベルの不満げな顔を無視した。
「具体的な話は、隣のお二人とも詰める必要があるでしょうが……正面から喧嘩を売るつもりではないのでしょう?」
「そりゃあね。流石に聖騎士団と真っ向からぶつかったら、数の差でどうにもならなくなっちゃうし。潜入だね、隠密行動ってやつ」
「……疑問が一つありまして」
「なにー?」
「本当に殺せますか?」
 偶然にも、隣の部屋で総司とリシアが繰り広げる会話と似たような話を、ミスティルはまっすぐにベルへとぶつけた。ベルは少し言葉に詰まったが、すぐに表情を引き締めた。
「殺すよ。そうしなきゃならないから」
「……そうですか。フロル・ウェルゼミット枢機卿とは、親しい間柄なんですか?」
「んー……まあ、それなりにね。ちっちゃい頃はよく面倒も見てもらったし……嫌いじゃないよ、ヒトとしては」
「それでも殺すと」
「そうしなくて済むなら、その方が良いんだけどさ」
 ベルはどさっとベッドに横たわり、天井を見つめながら、静かに言った。
「いろんな方法を探したんだよ。いっぱい調べた。でも、それ以外にないんだもん。しかもこの機会を絶対に逃せないときたら……やるしかないじゃん?」
 スティンゴルドの系譜に生まれた者の宿命。
 ベルは使命に突き動かされている。それは間違いないが、何よりもベルの場合は、そうしなければベル自身が休まることがないという事実が付きまとっている。
 全てを放棄して好きに生きることが出来たなら、彼女自身どんなに楽だったかわからない。しかしその選択肢はあり得ない。
「……憎しみで他者を殺すことは出来ます。しかし……これはソウシさんにも言えますけど」
「ん?」
「 “それ以外に選択肢があったら殺すという手段を選ばない”のであれば……多分難しいですよ」
「……言ってくれるね」
「ですから」
 ベルが少しだけ怒った顔で上半身を起こしたが、ミスティルは気にせず淡々と続けた。
「そこまで代わりにやってあげますよ。私は何の情もないし、事のついでですから」
 その言葉は、ミスティルなりの優しさだ。ベルもそれを感じ取って、思わず笑った。
「……ありがと。そうだね、あたしがやりきれなかったときは、お願いするかも」
「……嘘つき」
 ミスティルは諦めたようにそう言って、この話を終わらせた。
 そろそろ、夕食の時間である。
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