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第四章 贖いしカイオディウム
第二話 仮初の再会
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「ちゃんと生きてんだろーな……? オイ、起きろ」
どこかで聞き覚えのある声で、総司はふと目を覚ました。
暗い洞窟だった。
上から「落ちてきた」はずの総司だったが、見上げるのは洞窟の無骨な岩肌だけ。この洞窟はどうやら横穴のようで、光は横から差し込んでいた。
ハッキリとしない、まだまどろみの中にいるような感覚だった総司は、徐々に、徐々に覚醒し、やがて驚愕する。
倒れているらしい自分を覗き込み、「大丈夫かよ」と声を掛けてくるその男には見覚えがあった。
会いたいと願っても決して会うことの叶わぬ相手――――だった、はずだ。
よれよれの緑色の外套、片方が割れたサングラス。ぼさぼさの天然パーマじみた頭髪。トレードマークだった葉巻は手に持っていなかったが、見間違えようがなかった。
「は、はっ!?」
彼の姿をしっかりと認識した瞬間、総司は跳ね起きた。あまりの勢いに背骨が悲鳴を上げそうだったが全く気にならなかった。
いないはずの男。千年も前に死んで、しかし奇跡のような巡り合わせでわずかな時を共に過ごした、総司にとっての憧れの相手、その一人。
彼は相変わらず飄々とした調子で、からかうように笑った。
「そんだけ元気がありゃ心配要らねえな。久しいじゃねえか、救世主」
ルディラントの真実の聖域で、その姿を見送った。おちゃらけた調子のくせに、最後まで意固地になっていた彼の男の矜持、その生きざまを最後まで見た。総司の目には、無意識のままで涙がたまっていた。
「スヴェン……!」
「オゥ」
総司の傍で彼の目覚めを待っていたのは、スヴェン・ディージング。
千年前、ルディラントの破滅に間に合わず、全てが終わった後でロアダークに挑み、そして敗北した男。ルディラント王や女王、守護者と共に無念の内に戦火に沈んだシルヴェリアからの客将。
そして、ルディラント王ランセムによって再現された幻想のルディラントにおいては、総司とリシアに「再現された国」の真実に迫るヒントを与え続け、その旅路を価値あるものへと導いた男だ。
「な、なんっ……! はっ! 俺死んだのか!」
死後の世界であればスヴェンに会えても不自然ではないのかもしれない、などと訳のわからない思考に支配され、総司が慌てふためく。スヴェンはぱぁん、と小気味のいい音を鳴らしながら総司の頭を強めに叩いた。
「痛い!」
「落ち着け。俺だって何が何だかわかってねえが、確かなのは、ここは間違いなくリスティリアで、もっと言えば“ローグタリア”の外れだってことだな」
「……え? ん!?」
機械文明の発達した、六つの大国の一つ、ローグタリア。形骸化しており確たる機能を持ってはいないものの、リスティリアにおいて唯一の「同盟」をレブレーベントと結んでいる国。その同盟は千年前の事件の名残だとも言われている。国同士の結びつきが希薄なリスティリアにあってはほとんど意味を為していないものの、歴史的なつながりが今なお残っている稀有な例であるとも言える。
「理論的に説明できる奴なんざこの世にはいないんだろうが」
スヴェンは諦めたように、呆れたようにため息をついて、忌々しそうに言った。
「俺はどうやらあのダ女神に、都合のいいお助けキャラみたいな扱いを受けてるらしい。多分、役目は道案内だ」
全く説明になっていないし、スヴェンも説明のしようがない現象なのである。
魔法は時に精霊の所業を真似て、時には精霊そのものの力を借り受け、時には女神の齎す奇跡をほんのわずかに再現する。
しかし、どんな魔法を用いても絶対に達成できない奇跡がある。
それが“死者をよみがえらせること”。
その禁忌を犯そうとしたものは、リスティリアの歴史において数えきれないほど存在した。しかし、成功例はない。
皮肉なこと、と言うべきか、その禁忌に最も迫ったのは、限定空間内で国民の記憶を再現し続けたルディラント王ランセムである。しかし、それも当然ながら命を完全に復活させることは叶わず、ただ永遠に繰り返される記憶の再現、幻でしかなかった。
絶対の法則と、ランセムの所業を鑑みるとすれば――――このスヴェンもまた、再現された存在。スヴェンの言う通り、理論的な説明の付け方は恐らく不可能だろうが、敢えて無理やり理解するとすればそういうものだろうと思われる。ルディラントにいた「再現された彼」との連続性があるのはどうにも不可解ではあるが、それも「そういうもの」と理解するほかにない。ないのだが――――
総司はじっとスヴェンを見つめた。スヴェンは露骨に嫌そうな顔をして、
「んだよ、男に見つめられても嬉しかねえよ」
と冗談めかして言った。
「いや……あぁ、ヤバい、ダメだ」
総司はぶんぶんと頭を振って、座った姿勢のまま頭を抱えた。
「マジでもう、一気にいろいろ起こり過ぎて……思考が全然追いついてねえ、俺は今何を考えればいいのか、全くわかんねえ……!」
ベルの目的を達成するためにはどうすればいいか、ということを本格的に考えるより前に、目の前で街のほとんどが消し飛ぶという大事件が起き。
消えた街の跡地を覗き込んでいたら意識を失ってしまって、目が覚めたらもう二度と会えないはずの男がいて。それ自体はものすごく嬉しいはずだがしかし、立て続けに今いる場所がカイオディウムから遠く離れた「ローグタリア」であると聞かされて。
これで混乱するなというほうが無理というものだ。気絶していたとはいえ感覚的には、まだ「今日」が始まってからさほど時間は経っていないはずなのだが、総司はもう疲れ果ててしまって、しばらくその場で硬直し、茫然としてしまった。
スヴェンは何も言わず、その姿をしばらく見守っていた。下手に声を掛けるのも逆効果だと判断したのだろう。ルディラントにいた時の彼なら葉巻の一つもふかしそうなものだが、今の彼は手持ちがないようだ。
とにかく混乱していて、しかも一刻も早くカイオディウムに戻りたいのに、そのためにはどうしたらよいのかもわからないという焦燥感もあって、総司が落ち着くまでには数分を要した。
状況は訳がわからないが、最悪ということだけはわかっている。総司は協力者である二人とはもちろん、頼もしい相棒とも完全に引き離されてしまった。
これから何をどうすればいいのか、見当もつかない。
その焦りと絶望感を、「しかし焦っていてもどうにもならないのだから、とにかく現状を何とかして受け止めて、行動しなければならない」という、最低限の建設的な思考に切り替えるまで、更に数分を要し、ようやく総司は口を開くに至る。
「……悪い」
「良いさ。少しは落ち着いたか」
「ああ」
「ま、俺のことは深く考えんな。俺だってわからねえし、理解しようなんて無駄な努力だ。あのダ女神の気まぐれとでも思っとけ。そんで、何があったんだよ。随分と参ってるじゃねえか」
スヴェンに改めてそう言われて、総司は現実感を取り戻し始めた。
目の前で街一つが消え失せるという、とんでもない光景を思い出す。それを思うと胸が震え、誰にぶつけてよいか今はまだ定かでない怒りがふつふつと湧いてくる。
総司はとりあえず、感情の赴くまま、スヴェンに事の経緯経過を話した。カイオディウムで一波乱起こす側に回りそうなことと、その前に衝撃的な攻撃を受け、そのまま気が付いたらこんな場所にいたこと。
スヴェンはふむふむと興味深げに総司の話を聞いていた。
無論これはスヴェンなりの気づかいだ。ティタニエラからカイオディウムに至るまでの一連の冒険を知らないスヴェンにとって、総司が未だ落ち着ききってはいない状態で話すカイオディウムでの出来事の話というのは、とてもではないが内容の全てが伝わるものではなかった。しかしここでスヴェンが「言っていることが半分もわからん」なんて言ってしまえば、せっかく落ち着いた総司がまたあたふたとしてしまうかもしれない。
だが。不出来な総司の話を聞いただけでも、スヴェンの頭には疑問が浮かんだようだ。
一通り話し終えた総司に対して、スヴェンはふと思いついたように聞いた。
「街の中心部が消えて、でかい穴が出来て、その穴を覗き込んでその……ベル? とかいう女の子と話していたら、急に意識がなくなって落っこちた。そうだな?」
「うん、まあ、要約するとそんな感じだ」
「……街の全部が消えたわけじゃあない」
「ああ。ほとんど全部ってところだが、中心部だな。唯一の宿と教会があって――――」
「じゃあ中心部に住んでいなかった街の連中は生きててもおかしくないだろうに、お前らが喋ってる間誰も出てこなかったわけか?」
総司が目を見張った。
ほんの数秒、というわけではなかった。天から降り注ぐ“アポリオール・ゼファルス”、その着弾の余波をミスティルが防ぎ切って、その後、総司は出来上がってしまったクレーターまで駆け出し、しばらくベルと二人で茫然としてから、彼女と話した。少なく見積もっても十分以上はその場にいたはずだが――――
確かに、影も形も見ていない。リラウフの街の全てを消し飛ばせるほどの規模ではなかった。中心部以外にも家はあったし、そこにはきっとヒトが住んでいただろう。しかし、自分たちの街の中心部が突如として消し飛んで、しかもその衝撃は十分に伝わっていたはずなのに、誰一人として何事かと飛び出してくる者はいなかった。
「……言われてみれば」
「ハッハー、さてはお前バカだな!」
「何だテメェぶっ飛ばすぞ!」
スヴェンは心底呆れた様子で続けた。
「リシアはどうしたリシアは。お前の間抜けっぷりを補佐するのがアイツの役目だろ」
「こいつ……! まあいいけどよ……」
総司は怒りを収めて答えた。
「リシアはそれどころじゃなかったんだ。街を攻撃した魔法は、リシアが使う伝承魔法と同じもの……要は、リシアの身内による攻撃だったんだよ」
「それで冷静さを欠いた、ってわけだ。ハッ、アイツもまだまだってことだな。今度会ったらまたお嬢さんって呼んでやろう」
最後には敗北してしまったとはいえ、スヴェンは千年前の事件の当事者。真実を司る獣ウェルステリオスとの戦いで垣間見せた戦闘力もさることながら、荒事の経験値も総司やリシアより格段に上だ。流石の慧眼、総司の話を半分も理解できていない上で、いともたやすく内容の不自然さに気づいた。
「曲がりなりにも女神教の信徒が住んでる街だったんだろ。虐殺する理由もねえし、事前に通達でもあったんじゃねえの」
気休め、というほど信憑性の低い話でもない。スヴェンの言う通り、住民が誰もいなかったのは不自然極まりない。パニックになって逃げだすにしたって、総司やベルがそれに気づかないということもあり得ないだろう。
総司は大きく息を吐き、わずかに安堵する。最悪の事態が目の前で起こったわけではない、という可能性が出てきただけで、救われる思いだった。もちろんまだ仮説、そうだと決まったわけではないのだが。
「しかしそうなると残してきた仲間が心配ではあるだろうがな。動きが割れてる」
「そうなんだよ。けどここがローグタリアだっていうなら、帰るのも一苦労だし……」
「とりあえず行こうぜ」
スヴェンが腰かけていた岩からぱっと立ち上がって、総司に促した。
「行く? どこへ?」
「言ったろ、今回の俺の役目は道案内だってな。癪だがお前をどこへ連れて行けば良いのか、何となくわかってんだよ。傷ついてるわけでもないんだし、歩けるんだろ?」
総司はまた、スヴェンをじっと観察した。またその目か、とばかり、スヴェンが嫌そうな顔をして手を振る。
「だーから、理解しようとすんなよ。別に疑わしいって言うなら来なくてもいいが……お前だって、他にどうしようもねえんだろうが」
「……そりゃそうだ」
総司も立ち上がって、スヴェンに笑いかける。
「よろしくな、スヴェン」
「色気のねえ散歩になるな」
「でも俺は嬉しいよ」
「やめろよ気持ち悪い。あっ! っていうかお前、さっきの話! 女三人と旅してんのか!」
「いや別に、それもそれで色気はねえよ。それどころじゃないしな」
「かーっ……そんでまだリシアも恋人じゃねえのか?」
「だからそういうんじゃないんだって」
「甲斐性のねえこったな!」
「……あんたがそれ言うのか?」
訳の分からない大事件が立て続けに起きて、しかも現在進行形で窮地に立たされていることには間違いがないのだが、総司は不思議と心強さを覚えていた。何の因果か、またスヴェンと共に歩くことになったという事実が、焦燥感に駆られる総司にいくらかの安心を与えていた。
どこかで聞き覚えのある声で、総司はふと目を覚ました。
暗い洞窟だった。
上から「落ちてきた」はずの総司だったが、見上げるのは洞窟の無骨な岩肌だけ。この洞窟はどうやら横穴のようで、光は横から差し込んでいた。
ハッキリとしない、まだまどろみの中にいるような感覚だった総司は、徐々に、徐々に覚醒し、やがて驚愕する。
倒れているらしい自分を覗き込み、「大丈夫かよ」と声を掛けてくるその男には見覚えがあった。
会いたいと願っても決して会うことの叶わぬ相手――――だった、はずだ。
よれよれの緑色の外套、片方が割れたサングラス。ぼさぼさの天然パーマじみた頭髪。トレードマークだった葉巻は手に持っていなかったが、見間違えようがなかった。
「は、はっ!?」
彼の姿をしっかりと認識した瞬間、総司は跳ね起きた。あまりの勢いに背骨が悲鳴を上げそうだったが全く気にならなかった。
いないはずの男。千年も前に死んで、しかし奇跡のような巡り合わせでわずかな時を共に過ごした、総司にとっての憧れの相手、その一人。
彼は相変わらず飄々とした調子で、からかうように笑った。
「そんだけ元気がありゃ心配要らねえな。久しいじゃねえか、救世主」
ルディラントの真実の聖域で、その姿を見送った。おちゃらけた調子のくせに、最後まで意固地になっていた彼の男の矜持、その生きざまを最後まで見た。総司の目には、無意識のままで涙がたまっていた。
「スヴェン……!」
「オゥ」
総司の傍で彼の目覚めを待っていたのは、スヴェン・ディージング。
千年前、ルディラントの破滅に間に合わず、全てが終わった後でロアダークに挑み、そして敗北した男。ルディラント王や女王、守護者と共に無念の内に戦火に沈んだシルヴェリアからの客将。
そして、ルディラント王ランセムによって再現された幻想のルディラントにおいては、総司とリシアに「再現された国」の真実に迫るヒントを与え続け、その旅路を価値あるものへと導いた男だ。
「な、なんっ……! はっ! 俺死んだのか!」
死後の世界であればスヴェンに会えても不自然ではないのかもしれない、などと訳のわからない思考に支配され、総司が慌てふためく。スヴェンはぱぁん、と小気味のいい音を鳴らしながら総司の頭を強めに叩いた。
「痛い!」
「落ち着け。俺だって何が何だかわかってねえが、確かなのは、ここは間違いなくリスティリアで、もっと言えば“ローグタリア”の外れだってことだな」
「……え? ん!?」
機械文明の発達した、六つの大国の一つ、ローグタリア。形骸化しており確たる機能を持ってはいないものの、リスティリアにおいて唯一の「同盟」をレブレーベントと結んでいる国。その同盟は千年前の事件の名残だとも言われている。国同士の結びつきが希薄なリスティリアにあってはほとんど意味を為していないものの、歴史的なつながりが今なお残っている稀有な例であるとも言える。
「理論的に説明できる奴なんざこの世にはいないんだろうが」
スヴェンは諦めたように、呆れたようにため息をついて、忌々しそうに言った。
「俺はどうやらあのダ女神に、都合のいいお助けキャラみたいな扱いを受けてるらしい。多分、役目は道案内だ」
全く説明になっていないし、スヴェンも説明のしようがない現象なのである。
魔法は時に精霊の所業を真似て、時には精霊そのものの力を借り受け、時には女神の齎す奇跡をほんのわずかに再現する。
しかし、どんな魔法を用いても絶対に達成できない奇跡がある。
それが“死者をよみがえらせること”。
その禁忌を犯そうとしたものは、リスティリアの歴史において数えきれないほど存在した。しかし、成功例はない。
皮肉なこと、と言うべきか、その禁忌に最も迫ったのは、限定空間内で国民の記憶を再現し続けたルディラント王ランセムである。しかし、それも当然ながら命を完全に復活させることは叶わず、ただ永遠に繰り返される記憶の再現、幻でしかなかった。
絶対の法則と、ランセムの所業を鑑みるとすれば――――このスヴェンもまた、再現された存在。スヴェンの言う通り、理論的な説明の付け方は恐らく不可能だろうが、敢えて無理やり理解するとすればそういうものだろうと思われる。ルディラントにいた「再現された彼」との連続性があるのはどうにも不可解ではあるが、それも「そういうもの」と理解するほかにない。ないのだが――――
総司はじっとスヴェンを見つめた。スヴェンは露骨に嫌そうな顔をして、
「んだよ、男に見つめられても嬉しかねえよ」
と冗談めかして言った。
「いや……あぁ、ヤバい、ダメだ」
総司はぶんぶんと頭を振って、座った姿勢のまま頭を抱えた。
「マジでもう、一気にいろいろ起こり過ぎて……思考が全然追いついてねえ、俺は今何を考えればいいのか、全くわかんねえ……!」
ベルの目的を達成するためにはどうすればいいか、ということを本格的に考えるより前に、目の前で街のほとんどが消し飛ぶという大事件が起き。
消えた街の跡地を覗き込んでいたら意識を失ってしまって、目が覚めたらもう二度と会えないはずの男がいて。それ自体はものすごく嬉しいはずだがしかし、立て続けに今いる場所がカイオディウムから遠く離れた「ローグタリア」であると聞かされて。
これで混乱するなというほうが無理というものだ。気絶していたとはいえ感覚的には、まだ「今日」が始まってからさほど時間は経っていないはずなのだが、総司はもう疲れ果ててしまって、しばらくその場で硬直し、茫然としてしまった。
スヴェンは何も言わず、その姿をしばらく見守っていた。下手に声を掛けるのも逆効果だと判断したのだろう。ルディラントにいた時の彼なら葉巻の一つもふかしそうなものだが、今の彼は手持ちがないようだ。
とにかく混乱していて、しかも一刻も早くカイオディウムに戻りたいのに、そのためにはどうしたらよいのかもわからないという焦燥感もあって、総司が落ち着くまでには数分を要した。
状況は訳がわからないが、最悪ということだけはわかっている。総司は協力者である二人とはもちろん、頼もしい相棒とも完全に引き離されてしまった。
これから何をどうすればいいのか、見当もつかない。
その焦りと絶望感を、「しかし焦っていてもどうにもならないのだから、とにかく現状を何とかして受け止めて、行動しなければならない」という、最低限の建設的な思考に切り替えるまで、更に数分を要し、ようやく総司は口を開くに至る。
「……悪い」
「良いさ。少しは落ち着いたか」
「ああ」
「ま、俺のことは深く考えんな。俺だってわからねえし、理解しようなんて無駄な努力だ。あのダ女神の気まぐれとでも思っとけ。そんで、何があったんだよ。随分と参ってるじゃねえか」
スヴェンに改めてそう言われて、総司は現実感を取り戻し始めた。
目の前で街一つが消え失せるという、とんでもない光景を思い出す。それを思うと胸が震え、誰にぶつけてよいか今はまだ定かでない怒りがふつふつと湧いてくる。
総司はとりあえず、感情の赴くまま、スヴェンに事の経緯経過を話した。カイオディウムで一波乱起こす側に回りそうなことと、その前に衝撃的な攻撃を受け、そのまま気が付いたらこんな場所にいたこと。
スヴェンはふむふむと興味深げに総司の話を聞いていた。
無論これはスヴェンなりの気づかいだ。ティタニエラからカイオディウムに至るまでの一連の冒険を知らないスヴェンにとって、総司が未だ落ち着ききってはいない状態で話すカイオディウムでの出来事の話というのは、とてもではないが内容の全てが伝わるものではなかった。しかしここでスヴェンが「言っていることが半分もわからん」なんて言ってしまえば、せっかく落ち着いた総司がまたあたふたとしてしまうかもしれない。
だが。不出来な総司の話を聞いただけでも、スヴェンの頭には疑問が浮かんだようだ。
一通り話し終えた総司に対して、スヴェンはふと思いついたように聞いた。
「街の中心部が消えて、でかい穴が出来て、その穴を覗き込んでその……ベル? とかいう女の子と話していたら、急に意識がなくなって落っこちた。そうだな?」
「うん、まあ、要約するとそんな感じだ」
「……街の全部が消えたわけじゃあない」
「ああ。ほとんど全部ってところだが、中心部だな。唯一の宿と教会があって――――」
「じゃあ中心部に住んでいなかった街の連中は生きててもおかしくないだろうに、お前らが喋ってる間誰も出てこなかったわけか?」
総司が目を見張った。
ほんの数秒、というわけではなかった。天から降り注ぐ“アポリオール・ゼファルス”、その着弾の余波をミスティルが防ぎ切って、その後、総司は出来上がってしまったクレーターまで駆け出し、しばらくベルと二人で茫然としてから、彼女と話した。少なく見積もっても十分以上はその場にいたはずだが――――
確かに、影も形も見ていない。リラウフの街の全てを消し飛ばせるほどの規模ではなかった。中心部以外にも家はあったし、そこにはきっとヒトが住んでいただろう。しかし、自分たちの街の中心部が突如として消し飛んで、しかもその衝撃は十分に伝わっていたはずなのに、誰一人として何事かと飛び出してくる者はいなかった。
「……言われてみれば」
「ハッハー、さてはお前バカだな!」
「何だテメェぶっ飛ばすぞ!」
スヴェンは心底呆れた様子で続けた。
「リシアはどうしたリシアは。お前の間抜けっぷりを補佐するのがアイツの役目だろ」
「こいつ……! まあいいけどよ……」
総司は怒りを収めて答えた。
「リシアはそれどころじゃなかったんだ。街を攻撃した魔法は、リシアが使う伝承魔法と同じもの……要は、リシアの身内による攻撃だったんだよ」
「それで冷静さを欠いた、ってわけだ。ハッ、アイツもまだまだってことだな。今度会ったらまたお嬢さんって呼んでやろう」
最後には敗北してしまったとはいえ、スヴェンは千年前の事件の当事者。真実を司る獣ウェルステリオスとの戦いで垣間見せた戦闘力もさることながら、荒事の経験値も総司やリシアより格段に上だ。流石の慧眼、総司の話を半分も理解できていない上で、いともたやすく内容の不自然さに気づいた。
「曲がりなりにも女神教の信徒が住んでる街だったんだろ。虐殺する理由もねえし、事前に通達でもあったんじゃねえの」
気休め、というほど信憑性の低い話でもない。スヴェンの言う通り、住民が誰もいなかったのは不自然極まりない。パニックになって逃げだすにしたって、総司やベルがそれに気づかないということもあり得ないだろう。
総司は大きく息を吐き、わずかに安堵する。最悪の事態が目の前で起こったわけではない、という可能性が出てきただけで、救われる思いだった。もちろんまだ仮説、そうだと決まったわけではないのだが。
「しかしそうなると残してきた仲間が心配ではあるだろうがな。動きが割れてる」
「そうなんだよ。けどここがローグタリアだっていうなら、帰るのも一苦労だし……」
「とりあえず行こうぜ」
スヴェンが腰かけていた岩からぱっと立ち上がって、総司に促した。
「行く? どこへ?」
「言ったろ、今回の俺の役目は道案内だってな。癪だがお前をどこへ連れて行けば良いのか、何となくわかってんだよ。傷ついてるわけでもないんだし、歩けるんだろ?」
総司はまた、スヴェンをじっと観察した。またその目か、とばかり、スヴェンが嫌そうな顔をして手を振る。
「だーから、理解しようとすんなよ。別に疑わしいって言うなら来なくてもいいが……お前だって、他にどうしようもねえんだろうが」
「……そりゃそうだ」
総司も立ち上がって、スヴェンに笑いかける。
「よろしくな、スヴェン」
「色気のねえ散歩になるな」
「でも俺は嬉しいよ」
「やめろよ気持ち悪い。あっ! っていうかお前、さっきの話! 女三人と旅してんのか!」
「いや別に、それもそれで色気はねえよ。それどころじゃないしな」
「かーっ……そんでまだリシアも恋人じゃねえのか?」
「だからそういうんじゃないんだって」
「甲斐性のねえこったな!」
「……あんたがそれ言うのか?」
訳の分からない大事件が立て続けに起きて、しかも現在進行形で窮地に立たされていることには間違いがないのだが、総司は不思議と心強さを覚えていた。何の因果か、またスヴェンと共に歩くことになったという事実が、焦燥感に駆られる総司にいくらかの安心を与えていた。
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