ジト目姫とのアイダガラ

arutara

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1章

2話 間柄

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 聖母こと稲海一葉は、チャリ通である。家から十分自転車で行ける距離であり、何より鈴谷高校までの長い下り坂を猛スピードで下る時の気持ちよさが朝から自分の気分を良くしてくれるのだ。
信号の待ち時間すら気分を良くしてくれる。
一葉は登校時間が他の生徒よりも少し早い。
3年になり受験生ということもあり、ホームルームが始まるまでの間は勉強にいそしんでいる。
今日もいつも通り階段を上り気分がいいまま教室に入⋯りたかった。

(なんでいるの⋯?)

聖母の歩みを止めたその男子生徒、犬伏いぬぶせはじめは⋯
爆睡していた。
ただ、普通にクラスメイトがたまたま一葉よりも早く来ていただけならよかった。
そのクラスメイトが犬伏はじめであることが一葉にとって問題だった。
はじめは典型的な不真面目であった。
授業爆睡、遅刻連発、提出物遅れ、等など
一葉とは真反対の人間といって差し支えなかった。
なのに身長だけは高いし、テストでも赤点だけは毎回死ぬ気で回避している。
正直言って一葉は、はじめにジト目を向け

(そろそろぶん殴ろうかな⋯)

と思っている。
だがはじめをぶん殴ろうとしているのは、


(私のいい気分を朝からぶち壊してくれて⋯いつも朝こんなに早く来てないでしょ!?)
(てゆーかのはこうゆう事ね⋯)

はじめと一葉は小学校から今まで一緒な上に、徒歩1分と家が近いという腐れ縁である。
いつもギリギリに起きては遅刻滑り込みを、中学から続けていたはじめを見かねて、朝自分が起きた時にはじめに電話をかけて起こしている。
アラームをかけても無意識に消してしまうと聞いた時には呆れた。
そんなはじめが今日の朝電話に出なかった。
メッセージも送ったし電話も何度かしたが、出ないまま時間になってしまったので少しイラッとしながらも登校時に気持ちをすっきりさせて来てみれば自分よりも早く教室にいる⋯。
朝っぱらから2回も、イラッとさせられたので持っていた参考書の角で頭を小突く

ゴッ「いったぁ!?」

思ったよりも綺麗に当たって痛そうだが
一葉は、心配などしていない。
なんならさっきからジト目全開である。

「あ、ジト目姫」

ジト目姫、それは分け隔てなく聖母の笑顔と性格で相手と接する一葉が、唯一はじめにジト目を向けるためはじめに付けられたあだ名であった。

「ていうかなんで俺今殴られたの⋯?」
「殴ってないし」
「ああ、参考書の角でいったのね、
いやそれめっちゃ痛いやつ!」

一葉からすればよく我慢したと言われてもおかしくないと思うほどには、軽くしたつもりだ。
最初ぶん殴ろうとしていたのだから。
内心よく我慢した私と褒めていた。

「ていうか、一応聞くけど朝電話出なかった理由は⋯?」
「あ~...珍しく早く起きてすること無かったから早めに登校してきたんだよ」
「連絡返さなかった理由は?」
「忘れてた☆」

ぶん殴られた。
腹に一葉の拳がめり込み素晴らしい衝撃が加えられる。
痛すぎると声出ないってマジらしいよ、俺今声どころか息できねぇもん。
理由聞かれるくらいまで一葉はずっとジト目で問いただしてきたのに忘れてたって言った途端ジト目のままぶん殴られた。

(そりゃあ、連絡返さなかったのは完全に俺が悪いけど!一瞬息できないくらいの拳幼なじみの腹にぶち込むか!?)

はじめは息ができる喜びをかみ締めながら目で一葉に訴えようとするのを、本能でやめる。
今、これ以上一葉をイラつかせれば否応なく2発目をお出迎えする未来が見えたからだ。
長く拳を打ち込まれてきたからできる技である。
この話前に弟にしたら

「皆んなに優しーいちねぇに、幼なじみとはいえ拳打ち込まれるようなことする兄ちゃんが悪いんじゃない?」

褒めるどころか説教された。
解せん。

(だがここは俺に非があるわけだしちゃんと謝っとこう)
「一葉ごめん、今度から早く起きた時は連絡するよ」

一葉は、ジト目のまま

「⋯⋯」

沈黙が怖い、マジで怖い、ジト目で問い質し表情変えず殴ってくる女性の沈黙は怖い以外何物でもない。

「次やったら⋯顔」

命に関わるわ

一応お許しがいただけたところで校門から生徒達の声が聞こえてきた。一葉が来てから割と時間がたっていたらしい。
はじめがホームルームまでもう一度寝ようとしていると確認するように一葉が言ってきた。

「わかってると思うけどみんなの前で名前呼びしたらぶん殴るから」
「わかってるよ」

一葉は高校に入る前にはじめと1つ約束をしていた。
それは、周りの人に自分たちが幼なじみであることを隠すように、ということだった。
はじめは、一葉がモテるのは小中を通してよく知っていたし、なんなら中学で幼なじみが周りに知れて血祭りにあげられそうになった。
その時は、本当に大変だった。
時間をかけて、やましい関係では無いことを説明するのがどれほど大変だったことか。
だから、面倒事を嫌うはじめとしても一葉との関係を隠すことは賛成だった。
はじめは、

(一葉も俺みたいなのと幼なじみと知れたら自分のイメージに関わるだろうしな)

くらいにしか思っていなかった。
はじめはまだ知らない。
一葉がはじめにこの約束をした

今はまだ、はじめが一葉の不興を買い、ジト目を向けられ
たまにぶん殴られる間柄である。
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