穏やかに生きたい悪役令息なのに、過保護な義兄たちが構いすぎてくる~イヴは悪役に向いてない~

鯖猫ちかこ

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 結局、マリアの背には五人。
 アンリだけでも下ろした方が、と思ったのだけれど、自分の能力だって対人間なら有効な筈です、とジャンにしがみついたまま離れなかった。
 多分アンリはまだこわいのだと思う。自分の中から自分が消えたばかりなのだから。
 次は誰が消えるかわからない。

 それにしても、四人の時点で最悪のメンバーだと思ったけれど、母さまが増えたことで更に最悪になった。
 自分の元婚約者に、その現婚約者、兄の婚約者とその兄の婚約者と関係を持った弟の自分、それに気付いてない母親。
 母親からしたら、息子を棄てた元婚約者とその現婚約者がべったりとくっついている。
 当の本人のおれはそんなこともうどうでもいいのだけれど、普通なら面白くないどころか腸が煮えくり返る思いだろう。
 おれなら愛莉がそんな目にあっていれば愛想笑いどころか相手をぶん殴ってしまうと思う。

 おれとアンリは勿論、普段はそんな素振りも見せないレオンとジャンでさえ、気まずいという思いはあるのだろう、暫くは誰も口を開かなかった。
 それがまた尚空気を悪くする。

 屋敷での母さまはふわふわとした、とても優しい、柔らかく笑う女性だった。
 覚悟を決めた女性というのは、酷く強くなるようだ。
 先程まで手の震えていたおれとは違い、背中までぴんと伸ばした背で遠くを見ていた。

「この調子だとどれくらいで着くのかしら」
「国境までそう遠くないので、数時間も掛からないかと」
「そう……」

 そういえば母さまはマリアの背に乗ったのは今回が初めてかもしれない。イヴの記憶にはない。
 早いのね、と呟いたのは、列車や馬車と比べてだろう。
 それからあの子の怪我はどれくらいのものかしら、とぽつりと続けた。

「マリアはまだ思い出せないのかしら」
「混乱しているみたいで……」
「大丈夫かしらね……レオンさま、今回の竜騎士への協力要請はどういったことだったのか聞いていらっしゃる?」
「道の整備だったかと」

 それこそ国境の通路が崩れて、どうにもひとの力で整備することが難しく、隣国かつ竜を扱えるこの国へそういった依頼があったという。
 隣国とは交易も盛んだった、その道も当然よく使われる訳で、うちとしても放っておく訳にもいかないので今回の要請に応えたようだけれど、それがどうしてこんなことになってるのか。

「そちらでもされてるかと思いますが、うちの方からも国境へ騎士団を向かわせるよう使いを出しております、彼等が着くまでにはまだ掛かるのでしょうが」

 でも恐らく、騎士団ではどうにもならないでしょうね、と母さま。
 竜騎士でだめなら確かにそうだ。
 でも怪我人の迎えも必要だし、先に動かしておくことも間違いじゃないと思う。

「マリアの傷を見ましたか」
「ええ」
「……あの傷は道具や能力で負った傷じゃない」
「そうですわね」

 レオンの言葉に母さまが頷く。
 あれは生き物の爪の痕だわ、と。

「生き物の、爪……」
「このマリアが受けた訳でしょう、あの傷痕だと相応の大きさだと思われますが、そう考えると」
「竜……」
「そうね、マリアと同じくらいの」

 マリアは大型の竜で、うちにいる竜でいうと他に二匹いるくらいだ。
 その竜が何らかの理由でマリアを傷付けたか、若しくは隣国に属してる竜か、野良か。
 基本的にこちらの世界の竜は穏やかな生き物だ。
 同族がそう多く残ってないのをわかっているのか、ただの性格か、竜同士での争いというものもあまり聞かない。
 それこそ戦争の道具として扱われる時くらいだけれど、余程人間に恩があるのか、操られているのか、そういった理由がなければそもそも彼等は人間の生活に口を出さない。
 個体差は勿論あるし、おれが知らないだけかもしれないけれど。

「うちの竜が操られているか、他の竜が操られているか、の可能性が……」
「ええ、マリアの調子が悪いのもそのせいじゃないかしら」
「有り得ますね」
「そうなるとイヴでも話をするのは難しいでしょう」
「う……」

 もしそうであるならいちばんの役立たずになってしまう、と思った。
 元々大した能力じゃなかった。生き物と話が出来るだけ。
 上手いことこの竜の多い国と噛み合った能力だっただけ。

「まあ実際に見てみなきゃわからないわね、マリアが覚えていれば話は早かったのだけど……ああ、責めてないわよ、仕方ないわ、貴女だって油断していた訳じゃないものね」

 母さまがマリアを撫でる。
 おれのように会話が出来る訳ではない。ただ、感情くらいはわかるわよ、と言うのは長年動物たちと関わって生きてきたからかもしれない。

『少しくらいは覚えてるわ、でもそれが正しいかどうかわからないの。ぼんやりと思い出したものが、現実なのかもわからない』

 大きいものに襲われた、でもそれが何かはわからない、とマリアは言う。
 アルベールはそれを予知したけれど、逃げ切れる暇はなかった、最悪の予知を避けるだけでいっぱいだった、と。
 怪我までは避けられなかった、でもその最悪の予知というのが誰かの死だというのなら、それだけでもアルベールは団長の仕事をしたということだろう。
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