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屋敷に戻ると、ぎっしりと物資の詰め込まれた荷台と母さまが待っていた。
どうやらその荷台をマリアの首に下げていくつもりらしい。
マリアの体躯からいってそれくらい大したことはないのだろうけれど、つい人間の感覚で首が痛くなりそう、と考えてしまった。
レオンがマリアの足を見てくる、と離れると、入れ替わりのようにジャンが寄ってきて、少し不服そうに口を開く。
「……不調の原因まではわからない」
「治せませんか?」
「原因によるが……多分これは誰かの能力が掛かってるから難しいだろう」
「能力……」
それはつまり誰かがマリアに……もしかすると、他の竜にも掛けたもの。そんな能力の団員はいなかった筈。
魔力詰まりや病気であるなら治せる。けれど、能力ならば自然に効力が切れるのを待つか、掛けた本人にしか解除出来ないことが殆どだ。
アンリの能力もそうだった。あの時もレオンとアルベールが発散してくれなければ暫く続いていた筈だ。
マリアに掛けられたものは、自然に効力が切れるのを待つといってもどれくらい掛かるのか、そもそもどういった能力なのかもわからないなら下手なことも出来ない。
「……悪いな、役に立たなくて」
「……」
「なんだ、そのかおは」
「いえ……なにも」
ジャンが謝ったことに驚いた。
プライドが高いというか、それ以前にイヴに今までそういう姿を見せなかったから。
どう考えたってジャンが悪い時ですら謝らなかった、折れるのはイヴやレオンだったから。
そういうところを見せてくれてたら、イヴはジャンのことが苦手にはならなかったのだろうと思う。
でも、彼をそう、少し丸くさせたのはアンリなのだろうな、とも。
「……おれたちはアル兄さまたちのところに行きますが、ジャンさまとアンリはここで」
「行くよ」
「え」
「向こうはどうなってるかわからないんだろう、行く」
マリアを治せないのなら、ジャンに来てもらう必要はあるのかな、と思った。
いや、来てくれたらいないよりはずっと……体調を崩してる団員や竜もいるかもしれない、そう考えたら来てくれたら凄く、助かるけど。
でもお願いしていいものか。
こんな突発的なこと。ちゃんとした申請も出してない。
何より竜騎士団が危ない目にあってるところに王子をふたりも連れて行っていいものか。
……王太子だし。
何よりおれのお願いなんて、と思ったのだけれど、ジャンは苦笑して、国民の為に動くのはおかしいことではないだろうと言った。
それはそうなのだけれど。
おれの中のジャンが成長してなかっただけなのかな。
それだけきっと、自分から関わらないようにしていただけなのかもしれない。
少しだけ居心地が悪くて、もじ、と指先を遊ばせながら、じゃあお願いします、と頭を下げた。
めちゃくちゃ気まずいけれど、確かに今はそんなことを言ってる場合でもない。
暫くして、少し息を切らしたレオンが、治ったぞとおれを呼んだ。ほっとしてしまう。マリアの怪我が治ったことも、その声も。
もう一度ジャンに頭を下げ、レオンの元へ小走りで駆け寄ると、大丈夫かと訊かれた。
ジャンのことを言ってるのだろうな、とすぐにわかった。
頷くと、そうか、と頭を撫でる。その手は今日は柔らかい。
やっぱり安心する。
このひとには甘えてもいいんだ、と思うと、心が緩んでしまう。それと同時に気も強くなってしまって、早くアルベールのところへ行こう、と口を開いた。
今回の遠征は隣国からの協力要請とだけしかおれは聞いてない。
国境を越える訳で、通常なら手続きもいるけれど、今はそんな暇はない。
マリアならその距離も大したことはない。けれど隣町に行くのとは訳が違う、少しでも早くここを出なくちゃ。
早く皆を連れて帰らなきゃ。
荷物の準備も出来たとのことで、再度マリアの背に乗って出発だ、となったおれたちの前に、母さまがやって来た。
アルベールのことをお願いね、と言われるのだと思っていた。
けれど母さまの口から出たのは、想定外の言葉だった。
「私も行きます」
ほら、マリアに乗るのを手伝ってちょうだい、とおれとレオンに白い手を出す。
何を言ってるのかとぽかんとしてしまった。
思わず、危ないからだめです、と言いかけたおれを、イヴも同じでしょう、とぴしゃりと遮る。
「そんなところに私の息子が行っているの。そしてまたかわいい息子が行こうとしてるのよ、同じ場所に母親が行って何が悪いの」
「や、危ない……」
「譲らないわよ、早く準備をなさい」
「母さま」
「レオンさまも私の能力をご存知ですね?」
そう振り返った母さまに、先にレオンが折れた。
揉めていても仕方ない、続きは空の上だ、と母さまがマリアの背に乗るのを手伝う。
……いやだ、母さまとエディーには、危ない目になんてあってほしくないのに。笑っていてほしいだけなのに。
母さまの能力はこういうことに向いてない、レオンはわかってないのだろうか。
あまりのことにその場から動けなくなったおれに、レオンがおいで、と手を差し出す。
こうなった母親は止まらないものだよ、と苦笑して。
そんなの知らない。
どうやらその荷台をマリアの首に下げていくつもりらしい。
マリアの体躯からいってそれくらい大したことはないのだろうけれど、つい人間の感覚で首が痛くなりそう、と考えてしまった。
レオンがマリアの足を見てくる、と離れると、入れ替わりのようにジャンが寄ってきて、少し不服そうに口を開く。
「……不調の原因まではわからない」
「治せませんか?」
「原因によるが……多分これは誰かの能力が掛かってるから難しいだろう」
「能力……」
それはつまり誰かがマリアに……もしかすると、他の竜にも掛けたもの。そんな能力の団員はいなかった筈。
魔力詰まりや病気であるなら治せる。けれど、能力ならば自然に効力が切れるのを待つか、掛けた本人にしか解除出来ないことが殆どだ。
アンリの能力もそうだった。あの時もレオンとアルベールが発散してくれなければ暫く続いていた筈だ。
マリアに掛けられたものは、自然に効力が切れるのを待つといってもどれくらい掛かるのか、そもそもどういった能力なのかもわからないなら下手なことも出来ない。
「……悪いな、役に立たなくて」
「……」
「なんだ、そのかおは」
「いえ……なにも」
ジャンが謝ったことに驚いた。
プライドが高いというか、それ以前にイヴに今までそういう姿を見せなかったから。
どう考えたってジャンが悪い時ですら謝らなかった、折れるのはイヴやレオンだったから。
そういうところを見せてくれてたら、イヴはジャンのことが苦手にはならなかったのだろうと思う。
でも、彼をそう、少し丸くさせたのはアンリなのだろうな、とも。
「……おれたちはアル兄さまたちのところに行きますが、ジャンさまとアンリはここで」
「行くよ」
「え」
「向こうはどうなってるかわからないんだろう、行く」
マリアを治せないのなら、ジャンに来てもらう必要はあるのかな、と思った。
いや、来てくれたらいないよりはずっと……体調を崩してる団員や竜もいるかもしれない、そう考えたら来てくれたら凄く、助かるけど。
でもお願いしていいものか。
こんな突発的なこと。ちゃんとした申請も出してない。
何より竜騎士団が危ない目にあってるところに王子をふたりも連れて行っていいものか。
……王太子だし。
何よりおれのお願いなんて、と思ったのだけれど、ジャンは苦笑して、国民の為に動くのはおかしいことではないだろうと言った。
それはそうなのだけれど。
おれの中のジャンが成長してなかっただけなのかな。
それだけきっと、自分から関わらないようにしていただけなのかもしれない。
少しだけ居心地が悪くて、もじ、と指先を遊ばせながら、じゃあお願いします、と頭を下げた。
めちゃくちゃ気まずいけれど、確かに今はそんなことを言ってる場合でもない。
暫くして、少し息を切らしたレオンが、治ったぞとおれを呼んだ。ほっとしてしまう。マリアの怪我が治ったことも、その声も。
もう一度ジャンに頭を下げ、レオンの元へ小走りで駆け寄ると、大丈夫かと訊かれた。
ジャンのことを言ってるのだろうな、とすぐにわかった。
頷くと、そうか、と頭を撫でる。その手は今日は柔らかい。
やっぱり安心する。
このひとには甘えてもいいんだ、と思うと、心が緩んでしまう。それと同時に気も強くなってしまって、早くアルベールのところへ行こう、と口を開いた。
今回の遠征は隣国からの協力要請とだけしかおれは聞いてない。
国境を越える訳で、通常なら手続きもいるけれど、今はそんな暇はない。
マリアならその距離も大したことはない。けれど隣町に行くのとは訳が違う、少しでも早くここを出なくちゃ。
早く皆を連れて帰らなきゃ。
荷物の準備も出来たとのことで、再度マリアの背に乗って出発だ、となったおれたちの前に、母さまがやって来た。
アルベールのことをお願いね、と言われるのだと思っていた。
けれど母さまの口から出たのは、想定外の言葉だった。
「私も行きます」
ほら、マリアに乗るのを手伝ってちょうだい、とおれとレオンに白い手を出す。
何を言ってるのかとぽかんとしてしまった。
思わず、危ないからだめです、と言いかけたおれを、イヴも同じでしょう、とぴしゃりと遮る。
「そんなところに私の息子が行っているの。そしてまたかわいい息子が行こうとしてるのよ、同じ場所に母親が行って何が悪いの」
「や、危ない……」
「譲らないわよ、早く準備をなさい」
「母さま」
「レオンさまも私の能力をご存知ですね?」
そう振り返った母さまに、先にレオンが折れた。
揉めていても仕方ない、続きは空の上だ、と母さまがマリアの背に乗るのを手伝う。
……いやだ、母さまとエディーには、危ない目になんてあってほしくないのに。笑っていてほしいだけなのに。
母さまの能力はこういうことに向いてない、レオンはわかってないのだろうか。
あまりのことにその場から動けなくなったおれに、レオンがおいで、と手を差し出す。
こうなった母親は止まらないものだよ、と苦笑して。
そんなの知らない。
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