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「おにーちゃんはさあ、愛莉がいないとだめなんだよね?」
そうだねえ、愛莉がいちばんだいじだからね。
「でもさあ、ね、愛莉ももうおとなだよ」
中学に上がったばっかりで何を言ってるんだ、まだまだこどもだよ、誰かに世話をされなきゃ生きていけないんだから。
「そうだよ、でもおにーちゃんは愛莉のこと、置いてったじゃない」
ごめんね、そんなつもりなかったんだけど。
でも愛莉のこと、忘れたことはなかったよ、
「当たり前でしょ、制服だって見てないもんね?愛莉ねえ、結構モテるみたい、早速ね、先輩に告白されちゃった。心配じゃない?おにーちゃん、愛莉のことだいじでしょ?誰にもやらないって、言ってくれないの?」
愛莉のことをだいじにしてくれるなら構わないよ、でもそうだなあ、まだ愛莉には早いかな。
「なら早く帰ってきて。愛莉のこと、ひとりにしないで」
母さんがいるでしょ?愛莉はひとりじゃないよ、母さんは愛莉のこと、だいじにしてるよ。
「違うよ、あのひとは娘なら何でも良かったの。知ってるでしょ、愛莉じゃなくてもいいの。愛莉が愛莉でいていいのは、おにーちゃんだけなの。だから早く助けて、なんであいつなの、なんで愛莉じゃないの、おにーちゃんが助けるのは愛莉でしょ、おにーちゃん、愛莉もうおにーちゃんいないのいやだよ、おにーちゃん、」
あんなに泣くことを我慢していた子だったのに。
強がるのが上手い子だった。
おれに構うと母さんの機嫌が悪くなるのを知ってるから、あのひとの視線のない時にだけ、内緒だよ、と寄ってきてはぴったりくっつく子だった。
えりね、おにーちゃんがいちばんだいすきだからね、ままにはないしょだよ、ままおこったらこわいもんね、ままがいちばんじゃなきゃめってゆうけど、えりのいちばんはおにーちゃんだからね、だからおにーちゃんのいちばんもえりにしてね、
こそこそと話して、にいっと笑う小さな女の子が堪らなかった。
お兄ちゃんだから守ってあげないといけなかったのに。
ずっとおれを守ってきたのは愛莉の方だった。
なのにおれは愛莉のお願いを聞いてあげられなかった。
いちばんは愛莉だよ、愛莉がおれ以外のいちばんを作るまで、ずっと。
お兄ちゃんにだいじなひとが出来ても、それでも、お兄ちゃんの手から離れるまではずっと、愛莉がいちばん。
出来るならまた愛莉の元に戻りたい。
今度こそ、ちゃんと愛莉をしあわせにさせてあげたい。
イヴのことを助けてあげられたなら、しあわせに出来たなら、次はおれがしあわせにしてあげたい子を選ばせてほしい。
「えり……」
「……おにーちゃん?」
ぽつりと呼んだ名前に、驚いたような声が返ってきた。
何でそんなに驚いてるんだろう、と思いながら、重たい瞳を開ける。
真っ白な天井は、見慣れたものではあったけれど、久し振りだと感じた。
静かな部屋、眩しい家具やふかふかのベッドの上ではなく、硬いベッドの上。
窓が少し開いてるのかな、風が丁度気持ちいい。
保健室?
そんな訳はないか。だっておれ、卒業間近で学校行ってなかったし。
「おに、おにーちゃん、おき……おきた、おきっ、かんごしさん!おにっ……おにいちゃん!」
まだ視界がぼんやりする。少し頭を横にすると、黒髪が瞳に入る。
アルベールにしては少し髪が長いし、幼くて、声も高い。
女の子だ。使用人に黒髪のひとっていたっけ。
「おにーちゃん、わかる?ねえ、あたしのこと、わかるよね?待ってね、今看護師さん来るからね、ね、おにーちゃん」
「愛莉……?」
「そう、そうだよ!おにーちゃん、愛莉だよ、よかった、……よがっだあ……」
「……なんで泣くの」
そうだ、なんで間違えたんだっけ。
愛莉だ、かわいい妹、いちばんだいじな子。
間違える訳なんてないのに。
「……制服だ」
「うん、おにーちゃん、あたしの制服姿、見たいと思って」
よく見る中学のセーラー服だった。私立にはいかなかったんだな。
母さん、私立のブレザーもかわいいって言ってなかったっけ。離れてる間に気が変わったのかな。
セーラーの愛莉もかわいいもの。
涙でぐちゃぐちゃの愛莉が痛々しくて腕を伸ばそうとして、少しも動かなかった。
躰が怠くて、動けない。
腕には点滴かな、管が刺さっていた。
「どこ、ここ……」
「病院だよ……覚えてない?」
「待って愛莉、髪が」
「今気付くのそこ~……?」
まだ涙を零しながら、愛莉は眉を下げて笑った。
長く伸ばした髪は母さんと愛莉の自慢だった。綺麗に整えられた艶々の黒髪。
本当は自分に似た明るい髪色が良かったのだけど、と母さんはぼやいていたが、遺伝は仕方ない。
母さん似はおれで、愛莉は父さん似だったから。
それでも自分に似せたい母さんは愛莉の細い髪を脱色しようとして、周りに止められた。
こんなに綺麗な髪なのに勿体ない、愛莉ちゃんはかわいらしいし、子役やアイドルになれそうだもの、染めるのは痛むし、このまま艶々な方が皆から褒められると思うわ、
そう祖母や周りが止めてくれて、母さんは機嫌よくその黒髪を守るようになった。
愛莉は私に似てかわいいから。肌が焼けないように日焼け止めをしましょうね、外に出る時は帽子も日傘も忘れないで。怪我をするから公園には行っちゃだめ。遊ぶおともだちはママが決めるわね、欲しいものは買ってあげる。
でもいつもママのわかるところにいなさいね。
勝手な親だった。
窮屈に締めつける癖に、男が来るとおれに面倒を見るように言い捨ててその男と出掛けていくような。
戻ってくれば何事もなかったように愛莉を溺愛して、また放っての繰り返し。
それを主張するような綺麗な髪が、ばっさりと……少年くらい、とはいわないけれど、耳が隠れるくらいのショートヘアになっていた。
「……似合ってるでしょお」
そう笑う彼女に、何があったのかを訊く前に看護師が慌ただしく病室に駆け込んできた。
そうだねえ、愛莉がいちばんだいじだからね。
「でもさあ、ね、愛莉ももうおとなだよ」
中学に上がったばっかりで何を言ってるんだ、まだまだこどもだよ、誰かに世話をされなきゃ生きていけないんだから。
「そうだよ、でもおにーちゃんは愛莉のこと、置いてったじゃない」
ごめんね、そんなつもりなかったんだけど。
でも愛莉のこと、忘れたことはなかったよ、
「当たり前でしょ、制服だって見てないもんね?愛莉ねえ、結構モテるみたい、早速ね、先輩に告白されちゃった。心配じゃない?おにーちゃん、愛莉のことだいじでしょ?誰にもやらないって、言ってくれないの?」
愛莉のことをだいじにしてくれるなら構わないよ、でもそうだなあ、まだ愛莉には早いかな。
「なら早く帰ってきて。愛莉のこと、ひとりにしないで」
母さんがいるでしょ?愛莉はひとりじゃないよ、母さんは愛莉のこと、だいじにしてるよ。
「違うよ、あのひとは娘なら何でも良かったの。知ってるでしょ、愛莉じゃなくてもいいの。愛莉が愛莉でいていいのは、おにーちゃんだけなの。だから早く助けて、なんであいつなの、なんで愛莉じゃないの、おにーちゃんが助けるのは愛莉でしょ、おにーちゃん、愛莉もうおにーちゃんいないのいやだよ、おにーちゃん、」
あんなに泣くことを我慢していた子だったのに。
強がるのが上手い子だった。
おれに構うと母さんの機嫌が悪くなるのを知ってるから、あのひとの視線のない時にだけ、内緒だよ、と寄ってきてはぴったりくっつく子だった。
えりね、おにーちゃんがいちばんだいすきだからね、ままにはないしょだよ、ままおこったらこわいもんね、ままがいちばんじゃなきゃめってゆうけど、えりのいちばんはおにーちゃんだからね、だからおにーちゃんのいちばんもえりにしてね、
こそこそと話して、にいっと笑う小さな女の子が堪らなかった。
お兄ちゃんだから守ってあげないといけなかったのに。
ずっとおれを守ってきたのは愛莉の方だった。
なのにおれは愛莉のお願いを聞いてあげられなかった。
いちばんは愛莉だよ、愛莉がおれ以外のいちばんを作るまで、ずっと。
お兄ちゃんにだいじなひとが出来ても、それでも、お兄ちゃんの手から離れるまではずっと、愛莉がいちばん。
出来るならまた愛莉の元に戻りたい。
今度こそ、ちゃんと愛莉をしあわせにさせてあげたい。
イヴのことを助けてあげられたなら、しあわせに出来たなら、次はおれがしあわせにしてあげたい子を選ばせてほしい。
「えり……」
「……おにーちゃん?」
ぽつりと呼んだ名前に、驚いたような声が返ってきた。
何でそんなに驚いてるんだろう、と思いながら、重たい瞳を開ける。
真っ白な天井は、見慣れたものではあったけれど、久し振りだと感じた。
静かな部屋、眩しい家具やふかふかのベッドの上ではなく、硬いベッドの上。
窓が少し開いてるのかな、風が丁度気持ちいい。
保健室?
そんな訳はないか。だっておれ、卒業間近で学校行ってなかったし。
「おに、おにーちゃん、おき……おきた、おきっ、かんごしさん!おにっ……おにいちゃん!」
まだ視界がぼんやりする。少し頭を横にすると、黒髪が瞳に入る。
アルベールにしては少し髪が長いし、幼くて、声も高い。
女の子だ。使用人に黒髪のひとっていたっけ。
「おにーちゃん、わかる?ねえ、あたしのこと、わかるよね?待ってね、今看護師さん来るからね、ね、おにーちゃん」
「愛莉……?」
「そう、そうだよ!おにーちゃん、愛莉だよ、よかった、……よがっだあ……」
「……なんで泣くの」
そうだ、なんで間違えたんだっけ。
愛莉だ、かわいい妹、いちばんだいじな子。
間違える訳なんてないのに。
「……制服だ」
「うん、おにーちゃん、あたしの制服姿、見たいと思って」
よく見る中学のセーラー服だった。私立にはいかなかったんだな。
母さん、私立のブレザーもかわいいって言ってなかったっけ。離れてる間に気が変わったのかな。
セーラーの愛莉もかわいいもの。
涙でぐちゃぐちゃの愛莉が痛々しくて腕を伸ばそうとして、少しも動かなかった。
躰が怠くて、動けない。
腕には点滴かな、管が刺さっていた。
「どこ、ここ……」
「病院だよ……覚えてない?」
「待って愛莉、髪が」
「今気付くのそこ~……?」
まだ涙を零しながら、愛莉は眉を下げて笑った。
長く伸ばした髪は母さんと愛莉の自慢だった。綺麗に整えられた艶々の黒髪。
本当は自分に似た明るい髪色が良かったのだけど、と母さんはぼやいていたが、遺伝は仕方ない。
母さん似はおれで、愛莉は父さん似だったから。
それでも自分に似せたい母さんは愛莉の細い髪を脱色しようとして、周りに止められた。
こんなに綺麗な髪なのに勿体ない、愛莉ちゃんはかわいらしいし、子役やアイドルになれそうだもの、染めるのは痛むし、このまま艶々な方が皆から褒められると思うわ、
そう祖母や周りが止めてくれて、母さんは機嫌よくその黒髪を守るようになった。
愛莉は私に似てかわいいから。肌が焼けないように日焼け止めをしましょうね、外に出る時は帽子も日傘も忘れないで。怪我をするから公園には行っちゃだめ。遊ぶおともだちはママが決めるわね、欲しいものは買ってあげる。
でもいつもママのわかるところにいなさいね。
勝手な親だった。
窮屈に締めつける癖に、男が来るとおれに面倒を見るように言い捨ててその男と出掛けていくような。
戻ってくれば何事もなかったように愛莉を溺愛して、また放っての繰り返し。
それを主張するような綺麗な髪が、ばっさりと……少年くらい、とはいわないけれど、耳が隠れるくらいのショートヘアになっていた。
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