穏やかに生きたい悪役令息なのに、過保護な義兄たちが構いすぎてくる~イヴは悪役に向いてない~

鯖猫ちかこ

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 母さまもジャンも前世に、おれにアンリに気付いてない。
 だから期待する方がおかしいのかもしれない。
 でも期待するなという方が無理だろう。
 だって母さまもジャンも存在して、アンリもいて。
 そしたらまた、アルベールとレオンにも会えるかもって、ゲームの中じゃなくたって、ふたりとまた話が出来るかもなんて、そんな風に期待してしまうのは仕方ないだろう。

「かわいい」

 瞳を細めて呟く杏さんに、慌てて俯いた。
 咎められた訳ではないのに、こどものように喜んでしまった姿が恥ずかしかったのと、ジャンは覚えてないのに自分だけ、という罪悪感で。

「やっぱり僕の推しはイヴなんだよねえ」
「はあ……」
「かわいくて健気で良い子」
「……イヴはそうかもしれないですけど、」
「伊吹くんも一緒だよ、魂の根っこなんてそう変わらないでしょ」

 多分僕、単純なんだよね、と笑う。
 推しがしあわせになってくれたら嬉しいんだ、と。

 そのじんわりとするような声に、もしかして、と思う。
 その推しの為にあの世界で頭がおかしくなるようなことをしてのけたひとだ。
 何十回と死んで、それでも推しのイヴとジャンの為に繰り返しただいぶおかしなひとだ。
 この世界でだって、一度きりであったって、このひとは自分に出来ることをやろうとするひとなのだ、と思った。
 ある種の狂気を持ったひと。

「……杏さんも自分のこと、考えていいと思う」
「考えてるよお」
「でもなんだか、おれのことばかり……」
「僕が伊吹くんに会いたかったんだもん」
「もう、今、会えたし……」
「うん、僕も嬉しい」

 にっこり笑って、それから触ってもいい?と首を傾げた。
 そう訊かれてしまうと……答えにくい。
 アンリはあんなにぐいぐいくっついてきたのに。

「いや、流石に歳の差が……十八とは聞いてたけどさあ……」
「でもおれいやじゃないですよ」

 びっくりはしたけど、皆距離が近いなと思ったけど。
 手の甲や頬にキスとか、外国みたいだと思ったけど。
 でもいやじゃなかった。
 大きな手で撫でられるのも、抱き締められるのも、全部。
 こどもの頃に欲しかったものを与えられてるみたいで、恥ずかしいけど嬉しかった。

「……そう、」

 でもやっぱ気になるなあ、訴えないでね、なんて漏らしながらおれの手を取った。
 アンリより少し大きな手。嫌悪感なんてやはりなかった。

「懐かしいな」
「……急に居なくなっちゃったの、びっくりしたんですからね、おれもアンリも」
「あはは、うん、僕もあんなにあっさり消えるとは思わなかった」

 あの後何があったのか教えてよ、と強請るような声に、大変だったんですからね、とおれにとってはまだ数日前なのに昔話のようになってしまった話をする。
 ジャンも手伝ってくれたんだ意外、続編にやたら竜が出てきたと思ったけどだからか、アンリ怪しまれてなかった?良いお母さんだねえ、そう一々相槌を打ちながら杏さんは聞いてくれた。

 おれにとってはすごい話だったけれど、誰に話せるものでもない。
 杏さんが否定せずに聞いてくれたことによって、夢なんかではなく本当に自分が体験してきたことなのだと実感した。
 そうなると止まらなくて、こっちに戻ってきて妹に会えたこと、伯母が母さまだと思うこと、これから先の不安、さみしい、こわい、そんなことを漏らしてしまった。
 ちゃんと生きていけるかな、仕事できるかな、愛莉を十分に養えるかな、そんな現実的な不安。
 アルベールとレオンとまた会えるかな、おれはふたりを見つけられるかな、ふたりはおれを見つけてくれるかな。あんな呪いのようなものを残していって、イヴに迷惑をかけなかったかな、おれのこと、嫌にならなかったかな、そんな誰からも答えが返ってこない不安。

「大丈夫だよ、そうだなあ、不安なら僕を頼ってくれていいし」
「頼る……?」
「例えば……例えばだからね、伯母さんのことを悪く思ってる訳じゃないからね?例えばその伯母の家を出ないといけなくなったらうちに来ていいよ」
「え」
「もし嫌じゃなければ仕事くらい紹介してあげる。僕にはアシスタントなんて必要はないけど、ほら、そのゲーム関係の会社とかさ」
「……でもジャンさまと会うの気まずい、おれイヴと似てるし、思い出したりなんかしたら……」
「そうなったら僕は楽しいけど?」
「……そう言われたら」

 いやだなんて言えない。だってもう数年も、思い出してもらえなくてやきもきしたことはあるだろうし。
 おれだったら思い出してほしいもの。

「残念ながら僕は金持ちって訳じゃないからふたりを養えるよなんて言えないけど、こっちの世界ではそれなりにおとなだからね、君たちを助けるくらいは出来るんだよ」

 両親だって近所のひとだって学校の先生だって助けてはくれなかった。
 伯母が、杏さんがそう腕を広げてくれることに、どれだけ安心したかわからない。

「推しが笑ってくれるのも僕を信用してくれるのも嬉しい」
「あは、なんですかそれ」
「でもね、僕もっと良い弾ひとつあるんだよね」
「?」

 もう下に着いたって、とスマホを弄りながら言う杏さんに背筋が伸びる。
 着いたって何、誰、まさかジャンが?それとも仕事の面接でも?病院の寝巻きなんだけど、と焦るおれの視界に飛び込んできたのは、庭の花を全て切ってきたのでは、と思う程の大きな花束だった。
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