穏やかに生きたい悪役令息なのに、過保護な義兄たちが構いすぎてくる~イヴは悪役に向いてない~

鯖猫ちかこ

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伊吹は

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「玲於さんももう寝る?」
「そうだな」
「もうお酒呑まない?」
「寝る寝る」
「おれ今起きたばっかりなんだけど」
「俺たちには寝るなって?」

 苦笑する玲於さんに違うけど、と横を叩く。
 見下ろされ続けるのは気分がよくないし寝起きの瞳には明かりが眩しかった。早く横になって電気を消してほしい。
 口ではそう言ったけど、二十分程度寝てただけ、まだまだ寝れる、本当はもう眠たいくらい。
 でもそれよりも、ほら、話がしたいなって。
 おれだけ寝落ちなんて色気も何もない。こどものように後処理も着替えもさせてもらって色気を語るなって話だけど。

「腹が冷えるぞ」

 隣に横になった玲於さんが溜息を吐いておれが剥いだままのブランケットを首元まで上げた。
 こどもか、と睨んだことには多分気付かれてない。

「躰は?痛くないか」
「有都さんと同じこと訊く」
「ピロートークだよ」
「ぴろー……?」
「こどもにはまだ早かったか」

 大きな手がするりと頬を撫でた。かおを覆ってしまいそうなくらいに大きな手なのに、全然こわくない。寧ろ安心する。
 ほ、と息を吐いたのに気付いたのか、そのまままた頭を撫でて、疲れただろう、早く寝な、と笑った。

「……着替えとか、その、拭いてくれたりとか、洗濯とか、ありがとうございます」
「うん?しおらしいな」
「んー……なんか、その、社長にそんなんさせる部下いるかって思っちゃって」
「今はこいびと扱いだよ」
「ひえ……」

 ちゅっと額に落とされた唇に情けない声が出た。
 なんだろう、有都さんがすると童話の王子さまみたいだと思うのに、玲於さんがすると気障ったらしいと思っちゃう。前世はこっちが王子さまだったのに。
 ……というのは照れ隠しで、本当はふわふわしたような気分だった。
 そのつもりだったし、それ以外に当てはめられたら許せないけど、でもはっきりと口にしてもらえたことが思っていた以上に嬉しかったんだと思う。

「愛莉ちゃんだっけか」
「……愛莉?」
「うちに呼ぼうか」
「はあ?」

 唐突な愛莉の名前に驚くと、更に驚くようなことを言われた。
 だからまだ話すのは早いってば。せめて高校生まで……それまでおれが隠せるものか。いやそれまで愛莉に軽蔑されたままはいやだ。
 でもでもでも。あー、どうしよう、愛莉の教育をとるか自分の欲を取るか。そんなの愛莉の教育一択だけど、やっぱり嫌われたままでいたくない。
 うーうー唸りながらひとりで頭を抱えていると、うちから花火が見えるんだ、と玲於さんが更に口にした。

「花火……」
「毎年八月末に花火大会があるんだよ、うちの屋上からよく見える」
「へえ」
「ご両親……伯母さんたちも呼んでもいいけど、それはまたハードルが上がるんだろ?」
「だってそんなの……」

 結婚の挨拶みたいじゃん。
 もごもごとそう答えたおれに、玲於さんは口元を緩めた。
 問題を後回しにしてるだけだというのもわかるけれど、それはやっぱりまだ早い。今は取り敢えず、愛莉のことだけでいい。
 ……嬉しそうにしてくれるのは、おれだって嬉しいけど。

「バーベキューでもしようよ、屋上から夜見る庭も綺麗だよ、伊吹まだ夜屋上行ったことないでしょう」
「うん……」
「頂き物のお肉も海鮮も、デザートの果物もアイスもたくさんあるからね、お兄ちゃんの友人としては玲於さんは少し歳は離れてるかもしれないけど、安心はしてもらえるんじゃないかな。僕はそんなに歳離れてないし、友人でも通るでしょ」
「そうかな、反対とかされないかな」

 愛莉を不安にさせてしまうことがいちばんいやだ。
 でも、愛莉にふたりを認めてもらえないこと、嫌われてしまうこともいやだ。
 こいびとだと胸を張って幼い妹に伝えることが出来なくても、だいじなひとであることはわかってもらいたい。

「大丈夫だろう、あの子は心配しなくても年相応の、でも聡い子だよ」

 ほら、もう瞼が落ちてきてるぞ、と玲於さんの苦笑と共に目元を覆われる。ピッと鳴った音は電気を消した音だろう。
 あたたかい手が気持ちいい。けど、なにか引っ掛かるような。
 写真を見せただけ。それだけで愛莉のことをそう言えるだろうか。もしかして、病院で会ったことあるのかな。でもそれならそう言ってくれたらいいのに。
 眠たい。
 背中から有都さんが抱き締めてくるものだから、その体温とにおいが余計に眠気を誘う。ぎゅっとされたその少しの圧迫感が心地好い。
 ふたりしておれを眠らせようとしてるみたいだ。

 もうちょっと話したかったな。でも明日も話、出来るし。
 でも明日は帰らなきゃ。愛莉と話しなきゃ。
 バーベキュー、本当にしていいのかな。そういうの初めて。こないだ伯母に連れて行ってもらった近所のお祭りの花火はそんなに上がらなかった。花火大会というからにはもっと上がるんだろう。
 ふたりとお祭り行くのも楽しそうだな。でもふたりとも目立つからなあ、家でゆっくり見るのもいいのかもしれない。
 愛莉を呼ぶなら振る舞いに気をつけなきゃいけないけど、ふたりとも中学生の女の子の前で疚しいことなんて流石にしないだろう。

「楽しみかも……」
「うん、僕も楽しみ」
「屋上で花火見るだけだぞ、まだもっと色々あるだろう」

 海とか……旅行行ったことないんですよねえ、と有都さんが呟く。
 うつらうつらとする中で、玲於さんがどこでも連れてってやるよと言う声が聞こえた。
 それならおれだってそう。いや、置いてかれるとは思ってないけど。
 一緒にいられる約束を出来るのが嬉しい。
 これから先はもうずっと伊吹だから、どんな約束をしたって、全部自分のものになるのだと思うと、自然とにやけてしまった。

 朝起きたらすぐにお風呂に入って、それから朝食。
 花火の日程を確認して、当日の相談をして。ふたりはきっともう帰るのか、なんて引き止めるのだろう。おれだって後ろ髪は引かれるけど。
 帰ったら愛莉と仲直りをして、連休が明けたらまたいつもの生活に戻って、花火大会を楽しみに仕事を頑張る。
 その後だって、いっぱい約束をして、何度だってまた会える。
 そんな普通の生活でよかった。それがずっと欲しかった。
 その普通が贅沢だとわかっているから、愛しく思うし大切にしないといけないと思う。普通は絶対ではない。

 伊吹の毎日は自分のものだ。イヴにだってあげない。
 明日からも、きっと伊吹は我儘に生きていけるのだと思う。
 あの日の呪いは魔法だったのかもしれない、と呑気に思えるようになるくらいには。

 背中から、頭の上から、名前を呼ぶ声がする。その声に、もうどこにもいけないな、なんて思いながら、またその幸福の魔法にかかる為、応えるようにふたりの名前を呼んだ。
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