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そりゃあもう今までで最高に間抜けな声が出たと思う。
そうだ。
そりゃそうだ、おれが指を切ってとお願いして……許したんだ。
ナイフとか危ないものを弾くこの躰を、ジルになら傷つけられてもいいと。
「それを信頼してないだなんて……もう、これは内緒ですよ、絶対ジル様の前で口にしないように」
「はい……」
拗ねるなんてもんじゃない、見限られるかもしれない。
絶対言いません。お口にチャック。
……でもちょっと動揺しちゃった、おれ、そんな、無意識にジルのことを……
「目も覚ましたことですし、私はお暇しましょうか」
「……あの!」
「はい」
「あ、ありがとうございました!おれ、なんも……わかんなかったんで、今もですけど……助かります、すごく」
「……良いんですよ、ユキ様はこの国を護って下さる方ですからね、私の微々たる力でお手伝い出来たのなら光栄です」
「明日!何時に帰られますか?」
「お昼前くらいでしょうか」
「……お見送り行ってもいいですか?」
数日とはいえ、濃い時間を過ごさせて貰った。
なんだか寂しくなってしまう。距離があるから簡単に会うことが出来ないし。
「嬉しいですよ、でも無理はされないで下さいね」
「……はい!」
「まだ本調子ではないでしょう、そろそろジル様も戻られるかもしれない、それまでお休み下さい」
「はい……」
ベッドの上で優しい声を聞いてるからだろうか、またうとうとしてしまう。
そんなおれにまた柔らかく、おやすみなさい、という声が振る。
空っぽのような躰にじんわりと沁みるような声だった。
◇◇◇
「甘いのすきって言ってたので……」
セルジュさんが戻られる日。
訊いていた時間に向かい、馬車に乗り込む前のセルジュさんに袋を渡す。
これは?と首を傾げるセルジュさんに、呟くように返す。
昨夜、夜中に目覚めてしまい、思い立って作ったお菓子だ。
アンヌさんも当然帰ってしまった時間だったので、おれひとりでも作れるような、簡単なクッキーだけど。
数日前に作ったものと同じとは芸はないが。
因みにそんな時間に作り出したものだから、ジルも手伝いたがってしまい、少し大変だった。粉まみれになって笑う王太子を見たのは多分おれくらいだろう。
「ジル様も……こちらを?」
「はい……」
「……私が食べるには勿体ないですね」
「クッキーしか作ってないので、量はあるんです!」
「ではまたキャロル様にでも」
「あっ、そうします」
瞳を細めたセルジュさんは、離れ難いですが、とどこぞの甘ったるい王子様のようなことを言い、またおれの指先にキスをして、馬車に乗り込んで行った。
……少し後ろで待機していたモーリスさんの視線が痛い。
違うんです……ただの挨拶みたいなもんなんです……ていうかおれがやらせてるんじゃなくて、こっちの世界のひとが勝手にやってるんだからおれは無罪です……
「大分仲良くなったみたいですねえ」
「そりゃあ……日中ずっと一緒にいたようなもんだし……」
「へえ」
「……ジルには変なこと言わないで下さい……」
「言いませんよ、こっちにも何が飛んでくるかわかりませんからね」
「うう……」
遠下がる馬車を見送りながら、モーリスさんとそんな話をする。
完全に見えなくなってから、別館に戻る為に振り返る。
別館とお城を繋ぐ渡り廊下を見て、工事は終わったのかな、昨夜はジル、何も言ってなかったけど、と考えた。
「……モーリスさん」
「はいなんでしょう」
「あの、ジルに……」
「ジル様に?」
「えーっとあの、名前……名前なんだっけ、あの、しゃ……しゃ……えっと、ほら、婚約者、の」
「……シャノン様」
「そうそれ、ほら、なんか……モーリスさんもジルに怒っとくとか言ってたじゃん、あれ、もう話しました?」
「……まだしてないですねえ」
「それ、怒るのなしに出来ます?」
「……いいんですか?」
「うん、まだその、その話ジルとしたくなくて」
話をしたら終わりだ、だからその、おれがこの国に結界だかなんだかを貼り終わってからがいいかなって。
先延ばししてもいいことはないのかもしれないけど、でも。
ジルの口から婚約者の話を聞いてしまったら、もう一緒に国を回ったりとか、出来ないだろうし……
「ユキ様がそういうなら俺は何も出来ませんけど」
「うん、それでいいんだ……ね、お菓子持ってキャロルのとこ行かない?」
「……いいですよ」
まだ納得はしてなさそうなモーリスさんに苦笑いして、おれは厨房へ足を進めたのだった。
◇◇◇
「流石にもうひとりで行けます!」
「ほんとにですか~?」
「何回迷子になったと思ってるんですか、モーリスさんは後ろからついてきて下さい」
「……お手並み拝見ですね」
「おうよ」
リベンジだ。
えーっと、この間は確か間違ってこっちに来てしまって……それからこっちに出たら見たことある扉があって……でもそれはジルの執務室じゃなくてキャロルの部屋で……よし、うん、覚えてる。
「ここでしょ!」
「おお、やれば出来るじゃないですか」
「その言い方褒めてないですからね」
唇を尖らせながらモーリスさんに言い返す。
モーリスさんは笑いながら、じゃあ後で迎えに来ますね、と自分の用事を済ませに行くため背を向けた。
また後で、と軽く手を振り、よし、と扉をノックしようとしたところだった。
内側から、うわあんと泣き声が聞こえる。
……この泣き声は間違いなくキャロル。
そうだ。
そりゃそうだ、おれが指を切ってとお願いして……許したんだ。
ナイフとか危ないものを弾くこの躰を、ジルになら傷つけられてもいいと。
「それを信頼してないだなんて……もう、これは内緒ですよ、絶対ジル様の前で口にしないように」
「はい……」
拗ねるなんてもんじゃない、見限られるかもしれない。
絶対言いません。お口にチャック。
……でもちょっと動揺しちゃった、おれ、そんな、無意識にジルのことを……
「目も覚ましたことですし、私はお暇しましょうか」
「……あの!」
「はい」
「あ、ありがとうございました!おれ、なんも……わかんなかったんで、今もですけど……助かります、すごく」
「……良いんですよ、ユキ様はこの国を護って下さる方ですからね、私の微々たる力でお手伝い出来たのなら光栄です」
「明日!何時に帰られますか?」
「お昼前くらいでしょうか」
「……お見送り行ってもいいですか?」
数日とはいえ、濃い時間を過ごさせて貰った。
なんだか寂しくなってしまう。距離があるから簡単に会うことが出来ないし。
「嬉しいですよ、でも無理はされないで下さいね」
「……はい!」
「まだ本調子ではないでしょう、そろそろジル様も戻られるかもしれない、それまでお休み下さい」
「はい……」
ベッドの上で優しい声を聞いてるからだろうか、またうとうとしてしまう。
そんなおれにまた柔らかく、おやすみなさい、という声が振る。
空っぽのような躰にじんわりと沁みるような声だった。
◇◇◇
「甘いのすきって言ってたので……」
セルジュさんが戻られる日。
訊いていた時間に向かい、馬車に乗り込む前のセルジュさんに袋を渡す。
これは?と首を傾げるセルジュさんに、呟くように返す。
昨夜、夜中に目覚めてしまい、思い立って作ったお菓子だ。
アンヌさんも当然帰ってしまった時間だったので、おれひとりでも作れるような、簡単なクッキーだけど。
数日前に作ったものと同じとは芸はないが。
因みにそんな時間に作り出したものだから、ジルも手伝いたがってしまい、少し大変だった。粉まみれになって笑う王太子を見たのは多分おれくらいだろう。
「ジル様も……こちらを?」
「はい……」
「……私が食べるには勿体ないですね」
「クッキーしか作ってないので、量はあるんです!」
「ではまたキャロル様にでも」
「あっ、そうします」
瞳を細めたセルジュさんは、離れ難いですが、とどこぞの甘ったるい王子様のようなことを言い、またおれの指先にキスをして、馬車に乗り込んで行った。
……少し後ろで待機していたモーリスさんの視線が痛い。
違うんです……ただの挨拶みたいなもんなんです……ていうかおれがやらせてるんじゃなくて、こっちの世界のひとが勝手にやってるんだからおれは無罪です……
「大分仲良くなったみたいですねえ」
「そりゃあ……日中ずっと一緒にいたようなもんだし……」
「へえ」
「……ジルには変なこと言わないで下さい……」
「言いませんよ、こっちにも何が飛んでくるかわかりませんからね」
「うう……」
遠下がる馬車を見送りながら、モーリスさんとそんな話をする。
完全に見えなくなってから、別館に戻る為に振り返る。
別館とお城を繋ぐ渡り廊下を見て、工事は終わったのかな、昨夜はジル、何も言ってなかったけど、と考えた。
「……モーリスさん」
「はいなんでしょう」
「あの、ジルに……」
「ジル様に?」
「えーっとあの、名前……名前なんだっけ、あの、しゃ……しゃ……えっと、ほら、婚約者、の」
「……シャノン様」
「そうそれ、ほら、なんか……モーリスさんもジルに怒っとくとか言ってたじゃん、あれ、もう話しました?」
「……まだしてないですねえ」
「それ、怒るのなしに出来ます?」
「……いいんですか?」
「うん、まだその、その話ジルとしたくなくて」
話をしたら終わりだ、だからその、おれがこの国に結界だかなんだかを貼り終わってからがいいかなって。
先延ばししてもいいことはないのかもしれないけど、でも。
ジルの口から婚約者の話を聞いてしまったら、もう一緒に国を回ったりとか、出来ないだろうし……
「ユキ様がそういうなら俺は何も出来ませんけど」
「うん、それでいいんだ……ね、お菓子持ってキャロルのとこ行かない?」
「……いいですよ」
まだ納得はしてなさそうなモーリスさんに苦笑いして、おれは厨房へ足を進めたのだった。
◇◇◇
「流石にもうひとりで行けます!」
「ほんとにですか~?」
「何回迷子になったと思ってるんですか、モーリスさんは後ろからついてきて下さい」
「……お手並み拝見ですね」
「おうよ」
リベンジだ。
えーっと、この間は確か間違ってこっちに来てしまって……それからこっちに出たら見たことある扉があって……でもそれはジルの執務室じゃなくてキャロルの部屋で……よし、うん、覚えてる。
「ここでしょ!」
「おお、やれば出来るじゃないですか」
「その言い方褒めてないですからね」
唇を尖らせながらモーリスさんに言い返す。
モーリスさんは笑いながら、じゃあ後で迎えに来ますね、と自分の用事を済ませに行くため背を向けた。
また後で、と軽く手を振り、よし、と扉をノックしようとしたところだった。
内側から、うわあんと泣き声が聞こえる。
……この泣き声は間違いなくキャロル。
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