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ひとを間違えた?
いや、この服だった、つまりこれは……おれの見間違い。
そうだ、そんな簡単に黒髪が見つかる訳ない、そうならおれだってこのフードを外している。
「あっ……の、ごめんなさい……間違え、ました……」
振り返った少年の大きな丸い瞳はビー玉みたいで、そのくりくりした瞳でじっとおれを見つめる。
責められてるようで、もう一度ごめんなさいと謝り、掴んだままの腕を慌てて離した。
「……最近騒がしいと思ってたのはキミかあ」
「え」
「でも丁度良かったかな、見つけてくれてありがとう」
「……ッ」
逆に腕を掴まれた瞬間、視界がぐるりとした。
あ、これはよくわかんないけど、やばいやつ、そう思った時にはもう遅かった。
◇◇◇
初めて見たあの日から、ロザリー様の夢を、何度か見ている。
いつもロザリー様の声は聞こえない。猫の鳴き声は聞こえるというのに。
大体が穏やかな顔でなにか口にして去って行く。
だから、無意識に優しいロザリー様を作り上げてるのかと思っていた。
ジルを、子供を放っておいた母親ではなく、自分なりに愛し抜いた母親として。
今日は何か違った。
おれの頬をぺちぺちと叩いて、何かを言っている。
だから何言ってるかわかんないですって。
何か伝えたいなら声出すか文字を書いて下さい、おれ、結構読めるようになったんですよ……
薄い艶やかな唇が開く。何かを怒鳴るように。
「っい……ッ!」
ばちっと静電気のような痛みを感じた。
視界に黒いものが映る。猫だ、黒猫。
にゃあん、と甘えた声で鳴いて横切っていく。
猫?ここは?寒くない、外に居た筈なのに。
ソファに寝転がされていたようで、起き上がろうとすると上手く起き上がれない。
何故、と視線を落として気付いた、手首が縛られていることに。
「……!?」
声にならない声が出る。何で?え?何でおれ縛られてるの?
……まさかこれ、誘拐!
あんな高そうなお店から出てきたから、裕福な家の子だと思われた!?
誘拐とか初めてされたぞ!いや待てそれは当たり前だ、そうそう誘拐なんぞされてたまるか、いや誘拐なら普通目隠しとかされない?犯人の顔見たら殺されるじゃん、え、おれ殺されるの?
こんな状態でおれの魔力はとても無力だ。
この腕の縛られてるものを解くことも出来なければ、犯人を熨してしまうことも出来ない。
さっさか逃げてしまえればいちばんいいのだけれど。
「ころころ表情かわるの面白いね」
「ひっ」
「おはよ」
頭上から声がしたものだから思わず喉から小さく悲鳴が零れた。
だれ、と顔を上げて、息を呑む。
ついさっき腕を掴んだ少年だった、違和感を持った理由はすぐにわかった。
赤みがかった茶色い髪が、黒髪になっていたから。
「よく寝てたね、さん……四時間くらいかな」
「……ジル!」
「座って」
立ち上がろうとしたおれの肩をぐいと押して座らせる。その少年の力が見た目に反して強くて、背中がぞわ、とした。
なんで……なんでこんなところに?
なんで髪の色が変わって……最初のはおれの見間違いじゃなかった。
「う、うで、なんで……」
「うーん、暴れられても困るし?」
「えっ」
「別に変なことしなきゃ痛いことしないよ」
声のトーンは普通の、おれたちと何も変わらない少年の声だった。
低い訳ではないのに、ぞわぞわとくるような、不思議な声だった。
隣に座って、どうぞ、とお茶を出してくる。
びく、と震えた躰に、そのままじゃ飲めないね、というから、腕の紐を外してくれるのかと思ったら、カップを口元に持ってくる。
飲ませてやろうということか。
「いっ、いい、いいです!」
「でも数時間そのままだと喉乾いたろう?」
「だ、いじょぶ、です」
見るからに湯気の出た熱そうなカップをお断りする。嫌な予感しかしない。
「折角僕が淹れたお茶を飲まないの?」
「……っ」
蛇に睨まれた蛙とやらなのか、たまに鋭くなる眼光に躰が竦む。
再度口元に運ばれたお茶を舐める程度に口をつける。
やはり淹れたてのようで熱いそれを一口も含むことは出来なかった。
それでも彼は満足したようで、カップを置き、足を組む。
何をしたいのかがわからなくて、自分から口を開くことが出来ない。余計なことを言いそうで。
「この髪が気になるんでしょ?」
「……!」
「キミと同じだから」
「やっぱり」
「でもキミとは違うよ」
ぱち、と音が鳴ったと思うと、真っ黒だった髪と瞳はさっき見たブラウンに戻っていた。
……魔法?王族?と頭の中でぐるぐる考える。そう訊いていいものなのかどうか。
「おれと、違うって……おれは……」
「違う世界から来たんでしょう」
またぱちんという音と共に黒髪になる。
どちらが本当の姿なのだろう。しっくりとくるのは黒髪の姿なのだけれど、それはおれがそれに慣れてるからかもしれない。
「僕はずっとここにいるよ、ずっとね」
妖艶に微笑んだ彼は瞳を細める。
まさか、まさか……
ぱく、と口だけが動く。
この国での黒髪は不吉なもの。だからずっと、おれだってこの髪を隠して外に出てきた。
でもおれはこの国のにんげんじゃない。不吉なんかじゃ、ない。
「赦してあげる、今思ってることを言ってごらん」
細い指先がおれの顎を掬った。
真っ黒の……おれよりずっと、深い黒い瞳がおれを映す。
そこにいるおれは怯えた顔をしていた。
いや、この服だった、つまりこれは……おれの見間違い。
そうだ、そんな簡単に黒髪が見つかる訳ない、そうならおれだってこのフードを外している。
「あっ……の、ごめんなさい……間違え、ました……」
振り返った少年の大きな丸い瞳はビー玉みたいで、そのくりくりした瞳でじっとおれを見つめる。
責められてるようで、もう一度ごめんなさいと謝り、掴んだままの腕を慌てて離した。
「……最近騒がしいと思ってたのはキミかあ」
「え」
「でも丁度良かったかな、見つけてくれてありがとう」
「……ッ」
逆に腕を掴まれた瞬間、視界がぐるりとした。
あ、これはよくわかんないけど、やばいやつ、そう思った時にはもう遅かった。
◇◇◇
初めて見たあの日から、ロザリー様の夢を、何度か見ている。
いつもロザリー様の声は聞こえない。猫の鳴き声は聞こえるというのに。
大体が穏やかな顔でなにか口にして去って行く。
だから、無意識に優しいロザリー様を作り上げてるのかと思っていた。
ジルを、子供を放っておいた母親ではなく、自分なりに愛し抜いた母親として。
今日は何か違った。
おれの頬をぺちぺちと叩いて、何かを言っている。
だから何言ってるかわかんないですって。
何か伝えたいなら声出すか文字を書いて下さい、おれ、結構読めるようになったんですよ……
薄い艶やかな唇が開く。何かを怒鳴るように。
「っい……ッ!」
ばちっと静電気のような痛みを感じた。
視界に黒いものが映る。猫だ、黒猫。
にゃあん、と甘えた声で鳴いて横切っていく。
猫?ここは?寒くない、外に居た筈なのに。
ソファに寝転がされていたようで、起き上がろうとすると上手く起き上がれない。
何故、と視線を落として気付いた、手首が縛られていることに。
「……!?」
声にならない声が出る。何で?え?何でおれ縛られてるの?
……まさかこれ、誘拐!
あんな高そうなお店から出てきたから、裕福な家の子だと思われた!?
誘拐とか初めてされたぞ!いや待てそれは当たり前だ、そうそう誘拐なんぞされてたまるか、いや誘拐なら普通目隠しとかされない?犯人の顔見たら殺されるじゃん、え、おれ殺されるの?
こんな状態でおれの魔力はとても無力だ。
この腕の縛られてるものを解くことも出来なければ、犯人を熨してしまうことも出来ない。
さっさか逃げてしまえればいちばんいいのだけれど。
「ころころ表情かわるの面白いね」
「ひっ」
「おはよ」
頭上から声がしたものだから思わず喉から小さく悲鳴が零れた。
だれ、と顔を上げて、息を呑む。
ついさっき腕を掴んだ少年だった、違和感を持った理由はすぐにわかった。
赤みがかった茶色い髪が、黒髪になっていたから。
「よく寝てたね、さん……四時間くらいかな」
「……ジル!」
「座って」
立ち上がろうとしたおれの肩をぐいと押して座らせる。その少年の力が見た目に反して強くて、背中がぞわ、とした。
なんで……なんでこんなところに?
なんで髪の色が変わって……最初のはおれの見間違いじゃなかった。
「う、うで、なんで……」
「うーん、暴れられても困るし?」
「えっ」
「別に変なことしなきゃ痛いことしないよ」
声のトーンは普通の、おれたちと何も変わらない少年の声だった。
低い訳ではないのに、ぞわぞわとくるような、不思議な声だった。
隣に座って、どうぞ、とお茶を出してくる。
びく、と震えた躰に、そのままじゃ飲めないね、というから、腕の紐を外してくれるのかと思ったら、カップを口元に持ってくる。
飲ませてやろうということか。
「いっ、いい、いいです!」
「でも数時間そのままだと喉乾いたろう?」
「だ、いじょぶ、です」
見るからに湯気の出た熱そうなカップをお断りする。嫌な予感しかしない。
「折角僕が淹れたお茶を飲まないの?」
「……っ」
蛇に睨まれた蛙とやらなのか、たまに鋭くなる眼光に躰が竦む。
再度口元に運ばれたお茶を舐める程度に口をつける。
やはり淹れたてのようで熱いそれを一口も含むことは出来なかった。
それでも彼は満足したようで、カップを置き、足を組む。
何をしたいのかがわからなくて、自分から口を開くことが出来ない。余計なことを言いそうで。
「この髪が気になるんでしょ?」
「……!」
「キミと同じだから」
「やっぱり」
「でもキミとは違うよ」
ぱち、と音が鳴ったと思うと、真っ黒だった髪と瞳はさっき見たブラウンに戻っていた。
……魔法?王族?と頭の中でぐるぐる考える。そう訊いていいものなのかどうか。
「おれと、違うって……おれは……」
「違う世界から来たんでしょう」
またぱちんという音と共に黒髪になる。
どちらが本当の姿なのだろう。しっくりとくるのは黒髪の姿なのだけれど、それはおれがそれに慣れてるからかもしれない。
「僕はずっとここにいるよ、ずっとね」
妖艶に微笑んだ彼は瞳を細める。
まさか、まさか……
ぱく、と口だけが動く。
この国での黒髪は不吉なもの。だからずっと、おれだってこの髪を隠して外に出てきた。
でもおれはこの国のにんげんじゃない。不吉なんかじゃ、ない。
「赦してあげる、今思ってることを言ってごらん」
細い指先がおれの顎を掬った。
真っ黒の……おれよりずっと、深い黒い瞳がおれを映す。
そこにいるおれは怯えた顔をしていた。
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