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 ◇◇◇

 おにいちゃんだっこして!おかしたべていーい?

 そうちゃんと甘えられる子だった。
 初めて会った時は人見知りで、母親の背に隠れるような子だったのに、こどもなんてすぐに懐く。それは凜とふたつしか離れてない俺だって同じ。
 末っ子なんて家族全員からこども扱いで、それは当たり前で、でも嫌ではなくて、寧ろその環境を甘受していた筈なのに、凜の前ではお兄ちゃんでいれた。
 だからこそお姉さん顔で寄ってくる姉から逃げるように自室に凜を連れ込むのがお約束だった。
 姉がいればその立場を取られてしまう。所詮本物の姉に年上の振る舞いで勝てる訳ないのだ、特に姉は俺に甘い、凜の前で弟ムーヴを見せるのも、幼いながらに嫌だなと思っていた、だから逃げるが勝ちだと思っていた。

 兄は姉程構ってはこないけれど、きゃあきゃあ騒ぐ姉よりも、年の離れた落ち着いた兄の方がずっと頼り甲斐があって、だからこそ凜の見えないところに隠しておきたかった。
 兄からしたらそんな小さな子の相手より、友人と遊んだ方が楽しいに決まっている、俺に危ないことはしないようにとゲームや本を貸してくれて、積極的に関わろうとはしなかった。
 なので俺は姉にさえ気をつければ、凜の前では頼れるお兄ちゃんが出来ていたのだ。

 親は親同士で話をしているし、姉は俺の部屋に入れないとわかると、すぐに飽きて自分の部屋に引っ込んでしまう。
 だから、凜の家族が遊びに来た時は、大体俺が凜を独り占め出来た。
 とは言っても、凜がうちに来たのは片手で足りるくらいだと思う。
 親父はもしかしたら凜の家にお邪魔したことはあるかもしれない、知人というくらいだし。でもおれはうちに来る凜としか遊べないし、こどもだった俺たちが勝手に会うこともなかった。
 他の子より印象が強くて、かわいかった、それだけ。約束だって、その時は本気だったけれど。


 ぼく、おめがなんだって、

 そうしょんぼりと言った凜に、だから何だ?と思った。オメガだったらなんなんだ、と。
 オメガだからといって悪いことではない、そう習っていたから。

 昔、兄と喧嘩をした時、軽く頭を叩かれて、むっとしてお腹を蹴ったことがある。
 兄からしたら年の離れたおれが蹴ったところで、大して痛くなかったと思う、実際兄は顔を歪めることはなく、猫が蹴りを入れたくらいの反応だったから。
 飛んできたのは母の方だった。

 あのね、お兄ちゃんはアルファだけど、お腹を蹴ったり叩いちゃ駄目よ、お腹ってとてもだいじなの。
 お腹ってね、赤ちゃんを育てたりするところなの、女の子やオメガには特に優しくしなきゃ駄目よ、それ以外にも内臓とかを傷付けないよう痛いことしちゃ駄目、喧嘩するならお尻を叩きなさい、いいわね?

 幼児の俺が全部を理解出来た訳ではない。でもお腹を叩いたら駄目、というのはわかった。
 女の子やオメガやこども、弱い者には優しくしなさい、強がっちゃう方が格好悪いわよ、とよく母に言われていたし。

 俺の母も凜の母もオメガだった、だからってのもあると思う、うちではオメガに対する悪い話はなくて、優しくしないといけない性なのだという話ばかりをされていた。
 オメガは悪くない、なのになんで凜はそんなかおをするのだろう、おばさんとお揃いじゃないか。
 俺はアルファだろうなと言われていたけれど、それは兄達とお揃いだから嬉しい。
 まだ小学生の俺も凜も正確な検査はしていない。
 でも特徴的な性だ、例外も勿論あるがやはり遺伝も強い、大体は検査前に多分アルファだろうなオメガだろうな、と想像が出来てしまうものだ。

「おとーさんとおかーさんはだいじょーぶだよって言うけど、学校でね、どんくさいからおまえはおめがだーって」
「いいじゃん、別に」
「んん……みんなばかにする、おめがはきたないんだーきもちわるいんだあって、ぼくまいにちおふろも入ってるのに」

 当時はよくわかってなかったけど、基本的な性として殆どはベータで、アルファとオメガはそう多くない。
 特にオメガは人数も少なくて、特徴が特徴なもので、からかいやいじめの対象にもなりやすかった。
 勿論デリケートな性別だ、学校側も問題がおきないよう授業で話をしたりしていたけれど、低学年の凜たちにはまだそういう授業はなく……おとなでも差別をされることが多い性に対して、はっきりと口にしてしまうのは珍しい話ではない。
 結局は周りの環境次第なところがある。
 凜の通う学校にはそういう子がいた、それだけのこと。

「意地悪する奴らは先生に言いなよ」
「……でもぼくがべんきょうもたいくもできないのほんとだし」
「……」
「だからぼくがおめがだったら、だれもぼくをほしがらないよって。家族は出来ないよって」
「そんなことないよ、凜はかわいいよ、良い子だよ」
「ぼく、ばかだしどんくさいし、」

 ただのこどものからかいだったと思う。深刻なものではないと。
 でも当時の俺達こどもには、同級生の言うことは大きな影響だったんだ。

「大丈夫、おれが凜の運命の番になってあげるから!」

「なってあげる」でなれるものではない。
 でもこどもの俺はその時の本気で言ったし、凜も笑って、うれしいと頷いた。
 それだけ。
 大きな事件も交わした指輪も、指切りさえない、口だけの小さな約束。
 それだけで俺は凜の王子様になってしまった。
 俺でなくても、きっと兄でも姉でもそう言った、冗談でも本気でも、そんなのは幾らでも誤魔化せる。そしてそれはたまたま俺だっただけなのに。
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