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泣かないでください、そう凜が言って初めて、自分が泣いているのに気付いた。
泣いたのなんて、何年振りかわからない。あのひとが亡くなった時ですら泣けなかった。
その前に、愛されてなかったことを知った時にもう枯れてしまったから。
それなのに、そうだよな、涙腺がなくなった訳じゃないんだから、そりゃあ涙も出るよな。
そうだ、こわかったら、かなしかったら泣くんだ、咲人のように。
俺や凜がおかしいんだ。ずっと泣けなかったり、我慢したり。
せっかく今、こうやって目の前にいるのに。
「凜」
「……はい」
「お願いはいっこじゃなくてもいいって言ったよ」
「え……」
「言って、聞くから。凜のお願い。叶えられるかどうかはわからないけど」
「え、あ……お、お願い……」
「そう」
自分の涙を拭って、それから今度こそ、凜の頬を拭う。
不思議なもので、あのふっくらした頬ではないのに柔らかさを感じた。
「お願い……おねがい、えっと、お願い……」
「ないの?迷惑掛けたくないだけ?そんなもの?」
「あ、う……だっ……て、」
「じゃあ凜は俺のお願いきいてくれる?」
「えっ……」
わたわたしていた手がぴくっと止まって、喉がこくりと鳴った。
ぺたんと座って、また覚悟をしたようなかおをするものだから嘲笑してしまう。自分に。
こんなかおをさせたい訳じゃない。
「ど、どうぞ、ぼくで出来ること、なら……」
か細くて今にも消えてしまいそうな声。
あの頃より、もっと小さかった時より、ずっとずっと頼りない声だった。
そしてそれは、俺の声も。
「凜は裏切らないで……」
息を呑んで、数秒、それからやっと、凜が口を開く。
「どういう……」
「そのままだよ、そのまま……裏切るなってだけ」
「……裏切るなんて、そんな」
「オメガは裏切るんだよ、運命の番なんて言っても」
「……ぼく、そんなつもりは……だって、だってずっと」
十年以上、俺のことを待っていた、約束に縋っていた、それはわかるけど。
でも俺より、姉や琉や、そんな、もっといいひとはいて、凜がただ出会えてなかっただけで、これから先、会わないなんて保証はなくて。
「か、噛んでも」
「え」
「あ」
言いかけて、ぱっと項を押さえた。
そこを噛んでしまえば番が成立する。……ヒート中でもなんでもない今は無理だけど。
そう、噛んでしまえば。でも、母はそれでも俺達を捨てた。
「ごめんなさい、玲司さんは嫌なのに」
「……」
「でも、でも……どうしたら証拠になるかわかんなくて……いっ……」
「……凜?」
「いっしょにいていいなら、ここに……」
居たいです……
そう小さく言う凜に腕を伸ばした。
昨日抱き締めたばかりの細い肩だ。
柔らかい髪がふわふわしていて、それを頬で感じる。
こんなに簡単なこと、二ヶ月あってなんでできなかったんだろう。
話なんて初日に出来ることだったのに。
オメガだなんだといつも逃げるのは俺で。
違う、まだオメガは赦せてない、嫌いだ、きらい、こわい、近づいて欲しくない。
でも凜は特別だ、強い子だと知っている。咲人と同じように、特別な子にしたい。
それだけの、簡単なことだったのに。
「俺の傍にいたいんでしょ、咲人に言ったんでしょ、俺に言って、咲人に言ったこと、全部、俺にお願いして」
「……っ」
「お願い、凜」
腕の中で凜が震える。
かおがまた見えない。きっと強ばった表情なんだろうけれど。
俺に優しくされたいって、近くに居れるだけで嬉しいって、嫌われたくない、頑張るって、凜から聞きたい。
咲人が教えてくれたことには感謝している。そうでなければ今日で終わりだったかもしれない、俺も凜も、もやもやしたものを抱えながら。
でもそれとは話は別で、狡い。咲人は聞いたのに、俺は聞けないなんて狡い。
それは俺が聞くべき言葉だ。
「でも……」
「凜が言ったら聞いてあげる、今から特別、叶えてあげるから、咲人に言ったのと同じこと、言って」
「う、うう……」
「叶えてほしくない?」
「……叶えてほしい、です……」
昔の俺に引き摺られてるのか、もしかしたらこれはオメガに当てられてるのか。
愛しい、と思ってしまった。
腕の中にいる頼りない躰が、声が、この子が欲しい。
俺のものだ。
咲人のものでも姉のものでも親父のものでもなくて、あの日、約束をしてから、ずっと、俺の。
凜がオメガじゃなくても、俺のだったんだ、なんで今まで平気でいられたのだろう。
「……玲司さんが、オメガが嫌いだって、聞いて……あ、諦めなきゃだめだって、わかってたんです……」
「……」
「でもずっと、ずっと、ぼく、玲司さんに会いたくて、あい、会いたくてっ、でも、会い方なんてわからなくて、もう、会えないのかなって思って、でも、でも、おじさんが、来てくれて、うちにおいでって言ってくれて、また玲司さんに会えるって、すごく、う、れしくて……」
消えそうな声は、油断をすると聞き漏らしてしまいそうで、息をするのもこわい。
じっと動かないよう、か細い声に耳を澄ました。
「おじさんも、少し、話、してくれました、もしかしたら、……冷たくされるかもって、それでも、会いたかった、昔とおんなじじゃなくても、でも、ぼく、玲司さんの傍がいちばんすきだった、お兄さんもお姉さんも優しかったけど、でも、玲司さんがいちばん安心できた、から」
安心できた、そう言った凜に、心臓が鷲掴みにされたのかと思った。
何でこんなに、俺達は嫌いな筈の性にばかり翻弄されるのだろう。
泣いたのなんて、何年振りかわからない。あのひとが亡くなった時ですら泣けなかった。
その前に、愛されてなかったことを知った時にもう枯れてしまったから。
それなのに、そうだよな、涙腺がなくなった訳じゃないんだから、そりゃあ涙も出るよな。
そうだ、こわかったら、かなしかったら泣くんだ、咲人のように。
俺や凜がおかしいんだ。ずっと泣けなかったり、我慢したり。
せっかく今、こうやって目の前にいるのに。
「凜」
「……はい」
「お願いはいっこじゃなくてもいいって言ったよ」
「え……」
「言って、聞くから。凜のお願い。叶えられるかどうかはわからないけど」
「え、あ……お、お願い……」
「そう」
自分の涙を拭って、それから今度こそ、凜の頬を拭う。
不思議なもので、あのふっくらした頬ではないのに柔らかさを感じた。
「お願い……おねがい、えっと、お願い……」
「ないの?迷惑掛けたくないだけ?そんなもの?」
「あ、う……だっ……て、」
「じゃあ凜は俺のお願いきいてくれる?」
「えっ……」
わたわたしていた手がぴくっと止まって、喉がこくりと鳴った。
ぺたんと座って、また覚悟をしたようなかおをするものだから嘲笑してしまう。自分に。
こんなかおをさせたい訳じゃない。
「ど、どうぞ、ぼくで出来ること、なら……」
か細くて今にも消えてしまいそうな声。
あの頃より、もっと小さかった時より、ずっとずっと頼りない声だった。
そしてそれは、俺の声も。
「凜は裏切らないで……」
息を呑んで、数秒、それからやっと、凜が口を開く。
「どういう……」
「そのままだよ、そのまま……裏切るなってだけ」
「……裏切るなんて、そんな」
「オメガは裏切るんだよ、運命の番なんて言っても」
「……ぼく、そんなつもりは……だって、だってずっと」
十年以上、俺のことを待っていた、約束に縋っていた、それはわかるけど。
でも俺より、姉や琉や、そんな、もっといいひとはいて、凜がただ出会えてなかっただけで、これから先、会わないなんて保証はなくて。
「か、噛んでも」
「え」
「あ」
言いかけて、ぱっと項を押さえた。
そこを噛んでしまえば番が成立する。……ヒート中でもなんでもない今は無理だけど。
そう、噛んでしまえば。でも、母はそれでも俺達を捨てた。
「ごめんなさい、玲司さんは嫌なのに」
「……」
「でも、でも……どうしたら証拠になるかわかんなくて……いっ……」
「……凜?」
「いっしょにいていいなら、ここに……」
居たいです……
そう小さく言う凜に腕を伸ばした。
昨日抱き締めたばかりの細い肩だ。
柔らかい髪がふわふわしていて、それを頬で感じる。
こんなに簡単なこと、二ヶ月あってなんでできなかったんだろう。
話なんて初日に出来ることだったのに。
オメガだなんだといつも逃げるのは俺で。
違う、まだオメガは赦せてない、嫌いだ、きらい、こわい、近づいて欲しくない。
でも凜は特別だ、強い子だと知っている。咲人と同じように、特別な子にしたい。
それだけの、簡単なことだったのに。
「俺の傍にいたいんでしょ、咲人に言ったんでしょ、俺に言って、咲人に言ったこと、全部、俺にお願いして」
「……っ」
「お願い、凜」
腕の中で凜が震える。
かおがまた見えない。きっと強ばった表情なんだろうけれど。
俺に優しくされたいって、近くに居れるだけで嬉しいって、嫌われたくない、頑張るって、凜から聞きたい。
咲人が教えてくれたことには感謝している。そうでなければ今日で終わりだったかもしれない、俺も凜も、もやもやしたものを抱えながら。
でもそれとは話は別で、狡い。咲人は聞いたのに、俺は聞けないなんて狡い。
それは俺が聞くべき言葉だ。
「でも……」
「凜が言ったら聞いてあげる、今から特別、叶えてあげるから、咲人に言ったのと同じこと、言って」
「う、うう……」
「叶えてほしくない?」
「……叶えてほしい、です……」
昔の俺に引き摺られてるのか、もしかしたらこれはオメガに当てられてるのか。
愛しい、と思ってしまった。
腕の中にいる頼りない躰が、声が、この子が欲しい。
俺のものだ。
咲人のものでも姉のものでも親父のものでもなくて、あの日、約束をしてから、ずっと、俺の。
凜がオメガじゃなくても、俺のだったんだ、なんで今まで平気でいられたのだろう。
「……玲司さんが、オメガが嫌いだって、聞いて……あ、諦めなきゃだめだって、わかってたんです……」
「……」
「でもずっと、ずっと、ぼく、玲司さんに会いたくて、あい、会いたくてっ、でも、会い方なんてわからなくて、もう、会えないのかなって思って、でも、でも、おじさんが、来てくれて、うちにおいでって言ってくれて、また玲司さんに会えるって、すごく、う、れしくて……」
消えそうな声は、油断をすると聞き漏らしてしまいそうで、息をするのもこわい。
じっと動かないよう、か細い声に耳を澄ました。
「おじさんも、少し、話、してくれました、もしかしたら、……冷たくされるかもって、それでも、会いたかった、昔とおんなじじゃなくても、でも、ぼく、玲司さんの傍がいちばんすきだった、お兄さんもお姉さんも優しかったけど、でも、玲司さんがいちばん安心できた、から」
安心できた、そう言った凜に、心臓が鷲掴みにされたのかと思った。
何でこんなに、俺達は嫌いな筈の性にばかり翻弄されるのだろう。
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