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おれの行ってる病院なんだけどさ、先生もオメガなんだよね、優しくていい先生だよ、なんて話が後ろから聞こえる。
たまに聞き取れないような話をしてはくすくす笑うふたりに、内容は気になるものの、悪いことをしている訳でもなし、穏やかな気持ちで見守ってしまう。
それは琉も同じようで、少し視線が合うと、かわいいねえ、と口にしていた。
……素直にこうやって口に出せるのが羨ましい。
俺は少し考えてしまうから。いや、琉だって考えた上で口にしてるんだろうけれど。
「どう、玲司優しくしてくれてる?」
「聞こえてるぞ」
「聞こえるように言ってんだよ」
「お前なあ」
「あの、や、やさしいです、玲司さん、優しいです!」
「ほんとー?なんか怪しーい」
「ほんとに優しいです!」
必死に返す凜に、どういうところが?と咲人が意地悪をするように言う。こいつ、わかっててやってるのがタチが悪い。
「ご飯一緒に食べます!」
「それ普通だからね~」
「えっ、え、あ、えっと、はなし、話したりとか」
「それも当たり前でしょー」
「……えっと、あの、う、」
「咲人、あんま凜苛めないでくれる?」
「苛めてないよ~、おれが怒ってるのは玲司にだし」
「は?」
後ろから軽く俺の肩を叩くと、なんで即答出来ないくらい優しく出来ないの、と不満気に言う。
いや、多分咲人が求めてるのは優しさじゃなくて甘やかしの方じゃないのか、と考えてしまう。
この数日、俺は大分優しくしてると思うんだけど。
「何でだよ、お前の考える優しさってなに」
「琉を見てればわかるでしょ」
「それはただの惚気」
「そうだよ、でもわかりやすいでしょ、琉はおれにめちゃくちゃ優しいもんね」
「ねー」
「ねっ」
「運転中にバカップルすんの止めてくんない」
助手席と後部座席でいちゃつくふたりと、それをあわあわしながら見ている凜をミラーで確認すると、聞こえないように溜息を吐いてしまった。
咲人なりの心配の仕方だとはわかってるけど。
このふたりの関係性とは違う訳で、同じようなことを凜にする訳にはいかないのに。
「あの、ほんとに、ほんとに優しいんです、ほんとに……」
小さく言う凜に、咲人は顔を合わせて少し肩を揺らす。
その表情は俺には見えなかった。
「まあ何かあったらおれにチクってくれたらいいよ、かわりに叱っとくからね!」
「お前」
「あ、次左ね、もう着くよ~」
琉の気の抜けたような声に、咲人への文句を続けることが出来なかった。
◇◇◇
カウンセリングも兼ねてるから、少し時間が掛かると思っていた。
思っていたけれど、その割には早く済んだかもしれない。
アルファ用の抑制剤は簡単に出たし、凜の検査については血液も調べたものだから薬についてはまた後日となった。
先生は咲人の言った通り、穏やかそうな、柔らかい物腰のオメガの女性だった。
それでもやっぱり狭い診察室で一緒に長時間居れない俺のかわりに咲人が凜に付き添う。普通なら凜ひとりでもいいと思うんだけど、注射をこわがる幼児のように、幼児期以来ほぼ初めての病院自体をこわがる凜には誰かが付き添ってあげた方が良いかと思って。
……オメガ、病院、医者、組み合わせ的に俺には少し嫌な思い出しかないから。
凜相手にはそりゃあアルファの医者よりはオメガの医者の方がいいんだろうけど。これは勝手な俺のトラウマなだけだ、先生は何も悪くない。
咲人がおすすめしてくれた先生だ、凜にもあえばいいと思うし。
「なあ」
「うん?」
「……優しくってどうすんの」
診察室の前で待ちながら問う俺に、さっきの気にしてんの、と琉が笑う。
……そりゃあ気にしますよ、一応。だってあんなに言葉に詰まられるとは思わなかったし。言い訳のように、本当に優しいんですなんて重ねられるとなんか俺がそう言わせてるみたいで。
いや、優しくない俺が悪い、それはもう重々承知、だからこそ誰かわかりやすく教えてほしい。
どうやったら優しい!って思って貰えるんだ?「優しい」って、ぼんやりしてない?
「うーん、まあわかりづらいよねえ」
「ここ数日は大分優しいと思うんだけど、俺」
「それをどう受け取るかは凜ちゃん次第だからね」
「……そうだけど」
「まあ俺だってわかるよ、玲司のやりたいこと言いたいこと」
「咲人が言いたいのは甘やかせってことだろ?」
「それもあるとは思うけど。甘やかすのがいちばんわかりやすいもんね」
優しい雰囲気とか声とか表情とか、そういうのはわかるんだけど。出来てるかどうかは置いておいて。
でもどうしたら優しいと思ってもらえるかってなると難しい。
重たいもの持ってあげたりエスコートしたりすきな物買ってあげたりとか?そういうのなら出来るけど。
「俺は玲司はオメガ関係だとあれだけど、根は良い奴だと思ってるよ」
「……」
「まあゆっくりわかってもらうしかないんじゃない?あんまり過剰だと却って怪しいじゃん」
「そりゃそうだけど」
「お互い気遣ったり出来ればいいんだよ、凜ちゃんのことを考えて、凜ちゃんの立場で考えて、凜ちゃんの為になることをやってあげれば」
思いやる気持ちがあればどうにかなるよ、と開いた診察室の扉を見ながら、琉は瞳を細めた。
たまに聞き取れないような話をしてはくすくす笑うふたりに、内容は気になるものの、悪いことをしている訳でもなし、穏やかな気持ちで見守ってしまう。
それは琉も同じようで、少し視線が合うと、かわいいねえ、と口にしていた。
……素直にこうやって口に出せるのが羨ましい。
俺は少し考えてしまうから。いや、琉だって考えた上で口にしてるんだろうけれど。
「どう、玲司優しくしてくれてる?」
「聞こえてるぞ」
「聞こえるように言ってんだよ」
「お前なあ」
「あの、や、やさしいです、玲司さん、優しいです!」
「ほんとー?なんか怪しーい」
「ほんとに優しいです!」
必死に返す凜に、どういうところが?と咲人が意地悪をするように言う。こいつ、わかっててやってるのがタチが悪い。
「ご飯一緒に食べます!」
「それ普通だからね~」
「えっ、え、あ、えっと、はなし、話したりとか」
「それも当たり前でしょー」
「……えっと、あの、う、」
「咲人、あんま凜苛めないでくれる?」
「苛めてないよ~、おれが怒ってるのは玲司にだし」
「は?」
後ろから軽く俺の肩を叩くと、なんで即答出来ないくらい優しく出来ないの、と不満気に言う。
いや、多分咲人が求めてるのは優しさじゃなくて甘やかしの方じゃないのか、と考えてしまう。
この数日、俺は大分優しくしてると思うんだけど。
「何でだよ、お前の考える優しさってなに」
「琉を見てればわかるでしょ」
「それはただの惚気」
「そうだよ、でもわかりやすいでしょ、琉はおれにめちゃくちゃ優しいもんね」
「ねー」
「ねっ」
「運転中にバカップルすんの止めてくんない」
助手席と後部座席でいちゃつくふたりと、それをあわあわしながら見ている凜をミラーで確認すると、聞こえないように溜息を吐いてしまった。
咲人なりの心配の仕方だとはわかってるけど。
このふたりの関係性とは違う訳で、同じようなことを凜にする訳にはいかないのに。
「あの、ほんとに、ほんとに優しいんです、ほんとに……」
小さく言う凜に、咲人は顔を合わせて少し肩を揺らす。
その表情は俺には見えなかった。
「まあ何かあったらおれにチクってくれたらいいよ、かわりに叱っとくからね!」
「お前」
「あ、次左ね、もう着くよ~」
琉の気の抜けたような声に、咲人への文句を続けることが出来なかった。
◇◇◇
カウンセリングも兼ねてるから、少し時間が掛かると思っていた。
思っていたけれど、その割には早く済んだかもしれない。
アルファ用の抑制剤は簡単に出たし、凜の検査については血液も調べたものだから薬についてはまた後日となった。
先生は咲人の言った通り、穏やかそうな、柔らかい物腰のオメガの女性だった。
それでもやっぱり狭い診察室で一緒に長時間居れない俺のかわりに咲人が凜に付き添う。普通なら凜ひとりでもいいと思うんだけど、注射をこわがる幼児のように、幼児期以来ほぼ初めての病院自体をこわがる凜には誰かが付き添ってあげた方が良いかと思って。
……オメガ、病院、医者、組み合わせ的に俺には少し嫌な思い出しかないから。
凜相手にはそりゃあアルファの医者よりはオメガの医者の方がいいんだろうけど。これは勝手な俺のトラウマなだけだ、先生は何も悪くない。
咲人がおすすめしてくれた先生だ、凜にもあえばいいと思うし。
「なあ」
「うん?」
「……優しくってどうすんの」
診察室の前で待ちながら問う俺に、さっきの気にしてんの、と琉が笑う。
……そりゃあ気にしますよ、一応。だってあんなに言葉に詰まられるとは思わなかったし。言い訳のように、本当に優しいんですなんて重ねられるとなんか俺がそう言わせてるみたいで。
いや、優しくない俺が悪い、それはもう重々承知、だからこそ誰かわかりやすく教えてほしい。
どうやったら優しい!って思って貰えるんだ?「優しい」って、ぼんやりしてない?
「うーん、まあわかりづらいよねえ」
「ここ数日は大分優しいと思うんだけど、俺」
「それをどう受け取るかは凜ちゃん次第だからね」
「……そうだけど」
「まあ俺だってわかるよ、玲司のやりたいこと言いたいこと」
「咲人が言いたいのは甘やかせってことだろ?」
「それもあるとは思うけど。甘やかすのがいちばんわかりやすいもんね」
優しい雰囲気とか声とか表情とか、そういうのはわかるんだけど。出来てるかどうかは置いておいて。
でもどうしたら優しいと思ってもらえるかってなると難しい。
重たいもの持ってあげたりエスコートしたりすきな物買ってあげたりとか?そういうのなら出来るけど。
「俺は玲司はオメガ関係だとあれだけど、根は良い奴だと思ってるよ」
「……」
「まあゆっくりわかってもらうしかないんじゃない?あんまり過剰だと却って怪しいじゃん」
「そりゃそうだけど」
「お互い気遣ったり出来ればいいんだよ、凜ちゃんのことを考えて、凜ちゃんの立場で考えて、凜ちゃんの為になることをやってあげれば」
思いやる気持ちがあればどうにかなるよ、と開いた診察室の扉を見ながら、琉は瞳を細めた。
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