【完結】抱き締めてもらうにはどうしたら、

鯖猫ちかこ

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 凜のイレギュラーなヒートはそれから二日続いた。
 初日こそ手を出してしまったが、残りは本当に大丈夫だからと凜に断られてしまい、俺はその間シーツを洗い、少しでも凜が食べられるようにと食事を作っては凜の元へ運んだ。
 体調を崩した時のような、殆ど寝ているだけのようだったけれど、紅くなった頬から想像する程体温は高くなく、三日目にはベッドから出て、俺にお世話になりましたと頭を下げるくらいには元気になっていた。
 ……お礼の言い方が悪い、また出て行く気かと思ってしまったじゃないか。
 正直、まだぎこちなさや気まずさは残っているのだけれど、本音がわかっただけで、少し気が楽になった。多分それは凜も。

「もう躰は平気か」
「はい……今日からまたお仕事頑張ります、でもあの、ごめんなさい」
「なにが」
「……また、玲司さん、学校休ませてしまって」
「あー……だいじょぶだいじょぶ、全然」

 それより、と凜のかおをあげさせる。
 動物園行くまでに治まって良かったな、と言うと、凜はくしゃっと笑った。


 ◇◇◇

「……」
「……」

 凜が楽しみにしてくれていた日。予報は裏切り、豪雨。
 前日まではしゃいでいた凜が無言になってしまう程。
 こどもなら泣いていたかもしれない。泣いて我儘を言って、親を困らせたりして。
 でも幾ら凜が幼いところがあるとはいえ、そこまでこどもな訳ではない。
 すうと息を吸って、仕方ないですよね、と笑顔を見せた。

「朝ごはん、何がいいですか、パン焼きますか?」

 まあ動物園なんて別に日をずらしたって問題はない。
 遊園地のように期間限定のパレードやイベントがある訳でもなし、その日に行かないと困ることも悪いこともない。
 ……それでも残念なものは残念なのだ。
 もそもそとトーストを齧る凜はわかりやすい程しょんぼりしていた。
 たかが動物園にそんなにがっかりしちゃって。その気になれば明日でも来週でもいつでもまた行けるというのに。

 でもそうからかう気にならないのは、凜がそういう子だとわかってしまってるからだ。
 凜から他の日に連れてって下さい、なんて言える子じゃないんだ。そして純粋に楽しみにしていたのだ、そのたかが動物園、に。

「まあ梅雨ももう終わったと思ったもんなぁ」
「そう、ですよね……」
「ほら、それ食べたら行こうか」
「……でも、雨……」

 小雨なんてものではない、この豪雨では動物園どころか、仕事以外、外出すらするひとも少ないだろう。
 俺だって別に外に出るのがすきだという訳ではない。こんな日は家でゆっくりする方がいいと思う。
 気になっていた映画を観たり、ゆっくり昼寝をしたり、放っていた本を読んだり、凝った食事を作ったり、配達員には悪いが何かデリバリーをしてもいい。
 でも今日はそれじゃ駄目な気がする。
 だから凜を誘い、食器を片付け、着替えをし、部屋を出た。

 ざあざあと凄い雨音に、遠くで雷まで鳴っている。こんな日に遊びに行くのはただの馬鹿だ。そんなのはわかるけれど。
 俺だってこの子の笑顔を楽しみにしていたんだ、何かをしたかった。


「ど、動物園開いてるものなんですか、びしょ濡れになりませんか、動物も、玲司さんも」
「俺が濡れたら凜もびしょ濡れだねえ」
「ぼくは少しくらい風邪ひいたって」
「駄目でしょ」
「あ、仕事出来なくなっちゃう……」
「心配なのはそこじゃないんだけど」

 車に乗り込んで早々心配する凜に苦笑してしまう。
 家事とかそんなんより、普通に心配してるんだけど、凜の躰のこと。そう思い当たらないのは俺の気持ちがちゃんと伝わってないせい。そうまた咲人に叱られた。

 あの日怒って別れた咲人は、次に会った時にはぶすくれながらもごめん、と謝ってきた。琉に促されたのはわかっているけれど、俺だって反省した訳で、その咲人を赦さない訳にはいかない。
 素直に俺も、掻い摘んでだったけれど咲人に凜とのことを話すと、ぱあ、と笑顔になった後、続けて叱られたのだった。
 仲良くなったのはいいけど、まだまだ凜が遠慮しいなのは俺からの愛情表現が足りないから。心配することが多いから。不安なことばかりだから。
 それを吹き飛ばすくらい安心させてあげなきゃ、凜はいつまでたっても家政婦擬きだと。

 まさにそう。俺は家政婦として扱わなくても、凜がそれから離れることが出来ない。
 家政婦としての役割がなければ、ここにいる意味がないと思ってしまっている。
 ただでさえヒート中は仕事が出来ないのに、と。そんなの当たり前なんだけど。いや、最初に不満に思っていたお前が言うなって感じだけど。
 夫婦のように、番のように、安心して傍に居られる理由がない。
 だからこそ、夫婦や番以上に愛情表現はだいじなのだと力説された。琉を参考にしていいよ、と。……俺には琉は参考にならねえ。

「雨だし、動物園は今度にしようよ」
「……じゃあ、どこに」
「水族館とかどう、室内だし……ショーは観れないと思うけど」

 内心、甥姪にやるような会話だな、と思う。水族館だって、もう何年振りになるだろう、俺としては学校行事で行けば十分だと思っていたけれど、動物園で喜ぶなら水族館も喜ぶと思って。
 ちら、と横目で見ると、すいぞくかん、と凜は呟き、それからはっきりと水族館行きたいです!と瞳をきらきらさせた。
 眩しい。この素直さがとても。
 来た当初に比べたらこれも進歩だと思う。
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