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こんなに急がなきゃと思ったことっていつぶりだろう、純粋に、誰かに会いたくて走るなんてこと、あったかな。
うきうきしてそわそわしてどきどきして、でも不安もあって。
常備していた強めの抑制剤を先に飲んでおく。
どれだけ耐えられるかわからないけれど、呑まれたまま凜に触れることがないよう、少しでも落ち着けるように。
事故には気をつけつつ、逸る気持ちで車を走らせる。
頭の中は凜でいっぱいで、先に電話すれば良かったかな、でもそんな余裕なかったかな、苦しくないかな、苦しいよな、辛いよな、早く楽にしてあげたい、噛みたい、早く、自分だけのものにしたい、噛みたい、早く、早く、はやく、とそんなことばかりだった。
凜への心配と、それとは別に自分の勝手な欲が止められない。
雑に停めた車、エレベーターを待つ時間すらも煩わしい。
部屋の扉を開けようとして、ああ、あのにおいだ、と気付いた。
こんな、外まで漏れてしまう程だったっけ、それとも俺だけが、アルファだけが感じられるにおいなのか。
指先まで心臓になったよう。頭がずくずく脈打つ。
扉を開けると、ぶわ、と甘ったるいにおいが押し寄せた。
慌ててチェーンまで掛けて、凜の部屋まで走る。
ノックもせずに扉を開いた。
え、あれ、と声が出た。いない。
ベッドの上は少し乱れていて、でもどこにも姿がない。凜がいない。甘いにおいはする、だからどこかにはいる筈なんだけれど。
開かれたままの箪笥の中にも、勿論クローゼットの中にもいない。
リビングか、風呂場か、まさか外にはいない筈、焦りながら部屋を出ると、俺の部屋から物音がした。
……まさか、あんなに入るのを避けていたのに?いやでも、確かにここが、俺のにおいがいちばん強い場所だとわかるけれど。
喉が鳴る。扉に手を掛ける。
中から、れいじさん、と小さな小さな声が聞こえて堪らなくなった。
「凜」
「……ぅあ、」
自分のにおいなんてわからない、よく使ってる香水のにおいとか、整髪剤のにおいとか、そんなのしか。
だから、俺の部屋だというのに、自分のにおいなんて感じなくて、もう俺には凜の甘いにおいしかしない部屋になっていた。
床の上に、わざわざ部屋から持ってきたのだろう、箪笥に入れていた汚しても構わない俺の服、今朝まで寝巻きにしていたティーシャツ、そしてまたいるかのぬいぐるみが一緒に転がっていた。
褒めてあげるつもりだった、ちゃんと巣作り出来たねって。そうしたら喜ぶって。
でもこの光景は褒めたら駄目だと思う。
肌を真っ赤にして、荒い息を吐いて、俺のシャツをどうにか抱き締めて座る凜の前にしゃがみこむ。
……なんでベッド使わないかなあ、俺の部屋まで入ったらもう一緒じゃん、こんなところで遠慮するなんて。
「抑制剤飲んだ?」
「ん、ん、飲み、ましたっ……」
「もう辛そうだね」
「ごめ、ごめん、なさい……ごめ……」
「何が?」
凜の真っ赤になった瞳が潤んで、あっという間にぼろ、と涙が落ちていくものだから焦ってしまう。
今俺、なにか責めるようなこと、言わなかったよな?このタイミングで泣くって、俺のせい、なんだろうか。
「ふく、におい……におい、しなくて」
「んん?」
「せんたくまえの、もっ、持ってきちゃ、て……箪笥の、ならいいって、でも、におい、しなかった、からっ……」
「……ああ、いいよ別に、それくらい」
確かに箪笥の中身は最近使わない、汚しても構わないものを移していたから、そりゃあそうか、ただでさえ洗濯済でもある訳で、俺のにおいなんかしないか。
コートや上着なら毎回洗いはしないけれど、時期的にクリーニング済だ、そう考えると、おれのにおいが残ってるのなんか着替えたばかりのものになるのか。考えが足らなかった。
今朝まで着ていたものを嗅がれるのは恥ずかしいけれど、そういうものだ、仕方ないし、俺のそんな羞恥なんて、凜の感じてるつらさに比べたらなんてことない。
「ごめん、次からは……もうちょっと、気をつける」
「せんたくものっ……とり、いったとき、この部屋のにおい、して……勝手にはいっ、入っちゃってえ……」
「大丈夫大丈夫、服のにおいしなかったんだから仕方ない、部屋の方がにおいするよな」
言いながらこどもを相手にしてるようだと思う。
ぐすぐすと鼻を鳴らしながら、全然上手く出来ない、と言う。足りない、安心出来ない、さみしいと。ごめん、本当にそれは次、ちゃんと溜めておくから。巣作りが失敗しているようなのは俺のせいだ。
「……なんでここいるの?ベッドの上の方がよかったでしょ」
「らっ、て、部屋にはいった、のも、だめなのに」
「ベッドに乗るのは我慢したんだ?」
うんうんと頷く凜に、変な遠慮をするんだからなあと思いながらも、ヒート中だ、全て正常な考えも出来ないだろうと思い直す。
ぺたんと床に座ったままの凜を抱え上げて、ベッドの上に置く。いいの?と頼りなさ気なかおを向けるものだから、いいよとその頭を撫でてやる。
すぐにとろんとした表情になって、その手に頭を寄せてきた。
こんなことで気持ち良さそうに、嬉しそうにする凜に、かわいいなという気持ちと、今までよく我慢したなあという気持ちが混じった。
うきうきしてそわそわしてどきどきして、でも不安もあって。
常備していた強めの抑制剤を先に飲んでおく。
どれだけ耐えられるかわからないけれど、呑まれたまま凜に触れることがないよう、少しでも落ち着けるように。
事故には気をつけつつ、逸る気持ちで車を走らせる。
頭の中は凜でいっぱいで、先に電話すれば良かったかな、でもそんな余裕なかったかな、苦しくないかな、苦しいよな、辛いよな、早く楽にしてあげたい、噛みたい、早く、自分だけのものにしたい、噛みたい、早く、早く、はやく、とそんなことばかりだった。
凜への心配と、それとは別に自分の勝手な欲が止められない。
雑に停めた車、エレベーターを待つ時間すらも煩わしい。
部屋の扉を開けようとして、ああ、あのにおいだ、と気付いた。
こんな、外まで漏れてしまう程だったっけ、それとも俺だけが、アルファだけが感じられるにおいなのか。
指先まで心臓になったよう。頭がずくずく脈打つ。
扉を開けると、ぶわ、と甘ったるいにおいが押し寄せた。
慌ててチェーンまで掛けて、凜の部屋まで走る。
ノックもせずに扉を開いた。
え、あれ、と声が出た。いない。
ベッドの上は少し乱れていて、でもどこにも姿がない。凜がいない。甘いにおいはする、だからどこかにはいる筈なんだけれど。
開かれたままの箪笥の中にも、勿論クローゼットの中にもいない。
リビングか、風呂場か、まさか外にはいない筈、焦りながら部屋を出ると、俺の部屋から物音がした。
……まさか、あんなに入るのを避けていたのに?いやでも、確かにここが、俺のにおいがいちばん強い場所だとわかるけれど。
喉が鳴る。扉に手を掛ける。
中から、れいじさん、と小さな小さな声が聞こえて堪らなくなった。
「凜」
「……ぅあ、」
自分のにおいなんてわからない、よく使ってる香水のにおいとか、整髪剤のにおいとか、そんなのしか。
だから、俺の部屋だというのに、自分のにおいなんて感じなくて、もう俺には凜の甘いにおいしかしない部屋になっていた。
床の上に、わざわざ部屋から持ってきたのだろう、箪笥に入れていた汚しても構わない俺の服、今朝まで寝巻きにしていたティーシャツ、そしてまたいるかのぬいぐるみが一緒に転がっていた。
褒めてあげるつもりだった、ちゃんと巣作り出来たねって。そうしたら喜ぶって。
でもこの光景は褒めたら駄目だと思う。
肌を真っ赤にして、荒い息を吐いて、俺のシャツをどうにか抱き締めて座る凜の前にしゃがみこむ。
……なんでベッド使わないかなあ、俺の部屋まで入ったらもう一緒じゃん、こんなところで遠慮するなんて。
「抑制剤飲んだ?」
「ん、ん、飲み、ましたっ……」
「もう辛そうだね」
「ごめ、ごめん、なさい……ごめ……」
「何が?」
凜の真っ赤になった瞳が潤んで、あっという間にぼろ、と涙が落ちていくものだから焦ってしまう。
今俺、なにか責めるようなこと、言わなかったよな?このタイミングで泣くって、俺のせい、なんだろうか。
「ふく、におい……におい、しなくて」
「んん?」
「せんたくまえの、もっ、持ってきちゃ、て……箪笥の、ならいいって、でも、におい、しなかった、からっ……」
「……ああ、いいよ別に、それくらい」
確かに箪笥の中身は最近使わない、汚しても構わないものを移していたから、そりゃあそうか、ただでさえ洗濯済でもある訳で、俺のにおいなんかしないか。
コートや上着なら毎回洗いはしないけれど、時期的にクリーニング済だ、そう考えると、おれのにおいが残ってるのなんか着替えたばかりのものになるのか。考えが足らなかった。
今朝まで着ていたものを嗅がれるのは恥ずかしいけれど、そういうものだ、仕方ないし、俺のそんな羞恥なんて、凜の感じてるつらさに比べたらなんてことない。
「ごめん、次からは……もうちょっと、気をつける」
「せんたくものっ……とり、いったとき、この部屋のにおい、して……勝手にはいっ、入っちゃってえ……」
「大丈夫大丈夫、服のにおいしなかったんだから仕方ない、部屋の方がにおいするよな」
言いながらこどもを相手にしてるようだと思う。
ぐすぐすと鼻を鳴らしながら、全然上手く出来ない、と言う。足りない、安心出来ない、さみしいと。ごめん、本当にそれは次、ちゃんと溜めておくから。巣作りが失敗しているようなのは俺のせいだ。
「……なんでここいるの?ベッドの上の方がよかったでしょ」
「らっ、て、部屋にはいった、のも、だめなのに」
「ベッドに乗るのは我慢したんだ?」
うんうんと頷く凜に、変な遠慮をするんだからなあと思いながらも、ヒート中だ、全て正常な考えも出来ないだろうと思い直す。
ぺたんと床に座ったままの凜を抱え上げて、ベッドの上に置く。いいの?と頼りなさ気なかおを向けるものだから、いいよとその頭を撫でてやる。
すぐにとろんとした表情になって、その手に頭を寄せてきた。
こんなことで気持ち良さそうに、嬉しそうにする凜に、かわいいなという気持ちと、今までよく我慢したなあという気持ちが混じった。
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