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◆私の唯一の主がため

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私の父は狂っていた。

気高き女神に恋焦がれながら、その者に見てもらうことも出来ず、蔑まれて。

いっそ関わりがなければ良かったのだ。
けれどもかの女神の夫の直属の部下として仕えた父は、その神が最も寵愛する女神に会わないことは無かった。

その姿かたちとは裏腹に、どこまでも苛烈で一途な女神。

その人を、ただひたすらに愛しながら、けれども思いを返されることも、顧みられることも無く。

そんな時に、私の叔母にあたる女神が、かの神に見初められて子を孕んだ。
その方が、私の生涯の主となるルーシェアイト様であった。

思えばこの頃から、父は狂い落ちたのだろう。



私の母は、そんな父を幼き頃より支えた乳姉妹であったと思う。

叶わぬ想いに身を焦がす父をどう思っていたのだろう。
幼い己の目から見ても家族以上の親愛の情はなかったように思うが、私の知らないやり取りがあったりしたのだろうか。

幼い私は、母を顧みない父も、父が愛する女神も、その娘と夫も、叔母も、その子供も、全て嫌いだった。
憎たらしく、気色が悪かった。

そんな自分が変わったのは、ルーシェアイト様に引き合わされてからだった。



幼い従弟は美しかった。
嫌っていたはずの自分が見惚れていることに気が付いて、嫌な気分になるくらい。
幼い自分のそんなわかりやすい感情なんて見通していたはずなのに、私より年下の従弟は綺麗な笑顔で本心を覆い隠し、私に握手を求めた。

その日から、私の全てはルーシェアイト様を中心に回り始めた。

ルーシェアイト様に付き従い、地上に降り人を殺し女を犯す、時にはかの神の命令で戦に赴き、かの女神の嫌がらせを共に受け対処した。
面白みのない部下だったと思うが、あの方は常にそばに居てくれた。

そんな私でも気が付かなかった、ルーシェアイト様のへの恋心。



美しい娘だった。

ミルクティーブロンドが風に揺られ、天上の光を受け輝く。
木々の影がかかってなお輝く美しい翠の瞳。
その背に背負われた純白の翼が、その神聖さを表していた。

正直に言ってしまえば、ルーシェアイト様とは正反対。
あまりにも清らかで、この世の不純を知らぬ方。

ひたすらに慈しまれ、愛される大天使。

ルーシェアイト様は、恋などするつもりではなかったのだ。

それでも、その娘に心奪われてしまったのだ。

禁忌?いいや、違うだろう。

彼女を見る横顔は、なんと幸福そうなことか。

心の底から言えるのは、どうかあの、美しく清らかな乙女と、幸福になって欲しいということ。



だから、どうかご自身を犠牲になんてしないでくれ。

あの方の心からも、消えようなんてしないでくれ・・・。






ルーシェアイト様が、己を代償にあの女神を堕とした時。

私は一つ、介入した。

私という存在を認識する記憶を代償に、どうか大天使が、あの方の存在を忘れませんよう───────────。






誰も私を覚えていない世界で、あの方のいない世界で、私は大天使を襲おうとした部下の男を殺し、息を潜めながらかの方を見守った。

父も母も、誰も私を知らない世界。
一生に一度の恋をして、子宝を授かった。
そのままその国に溶け込み、どれほどの時が巡ったろうか。

再び、お二人は出会った。

それならば、私がすることは一つではないか?



ああ、全ては我が唯一の主がため。
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