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三章 夏休み編

59話 「アルバム」

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「柊、転んで怪我すんなよ」

「大丈夫です! 」

現在、俺と柊は母さんの家庭菜園で野菜を収穫しようとしていた。
今日の夕飯はカレーにするらしく、俺に収穫しといてくれと頼まれたが、柊が「私やりたいです!」と言い出し、俺と柊で収穫をする事になったのだ。

春樹、七海、桃井は母さんの運転でスーパーに買い物に行っている。

「ほら、ここににんじんが見えるだろ? このにんじんの葉っぱの部分を持って…真っ直ぐ上に引き上げるんだ」

見本としてにんじんを一本引き抜くと、柊は目を輝かせて拍手した。

「出来そうか?」

「やってみます!」

柊は胸の前で拳を握ると、土に埋まっているにんじんの草の部分を持った。

「上に引き上げる…! んー!!」

力が無いからか、にんじんは全然抜けない。
柊はない力を補う為に重心を後ろに倒す。

「きゃっ…!?」

するとにんじんは抜けたが、柊はバランスを崩し、地面に倒れそうになった。

こうなると思っていた俺は予め柊の後ろに移動しており、柊の身体を受け止めた。

「あ…ありがとうございます」

「意外と力使うだろ?」

「はい…でも楽しいです!」

「そうか、にんじんは2本で十分だし。 他の野菜は母さんが買ってくるから、このにんじんを洗いに行くか」

「はい!」

庭にある水道で手とにんじんを洗い、にんじんの土を綺麗に洗い流す。

「ふふ…なんかこういうの良いですね」

「そうか?」

 「はい! 落ち着きます」

「俺はもう慣れちまったけど、確かに柊からしたら新鮮だよな。 …あ、柊足元にミミズいるぞ」

「へ…?」

そう言って柊は足元を見る。
俺は普通に靴を履いているが、柊はサンダルを履いており、ミミズは柊のサンダルのすぐ横にいた。

「ひっ…!?」

柊は飛び跳ね、一瞬で俺の後ろに隠れた。

「別に噛んだりしないから大丈夫だって。 ほら柊、サンダルで畑入ったから足も汚れただろ。 ここで洗っちまえ」

「は、はい…」

柊は地面を歩くミミズに怯えながらサンダルを脱ぎ、足についた土を洗い流した。

ーーーーーーーーーーーーーーーーーー
よく洗ったにんじんをキッチンに置き、俺と柊はまた庭に来ていた。

「わぁ…鯉が泳いでます!」

「父さんの趣味でな。 どうしても池を作りたかったらしい」

柊は周りを石で囲んだ池の中を泳ぐ鯉を見て目を輝かせている。

「エサやってみるか?」

「え、良いんですか!?」

「あぁ。 いつもこの時間帯にエサやりしてたからな」

そう言って俺は池のすぐ横に置いてある木箱を開け、中から鯉のエサを取り出した。

「柊、手出してくれ」

「はいっ」

柊は両手を前に出し、柊の手の上にエサを少し乗せる。

「こんなもんでいいだろ。 後はエサを水に落とせば勝手に食うよ」

「や、やってみます!」

柊はそーっと手を水の上に持っていき、優しくエサを水に落とした。

その瞬間、バシャバシャ!!と鯉が一気に水面に集まってきた。

「きゃっ!?」

柊は咄嗟の事だったので驚き立ち上がった。

「び、びっくりしました」

「あえて言わなくて正解だったな」

柊の反応を見たくてあえて黙っていたが、予想以上の反応だった。

柊はそんな俺に拗ねたように頬を膨らませ、そっぽを向いた。

ーーーーーーーーーーーーーーーーーー

柊と共にリビングに戻ると、柊がとある壁の前で立ち止まった。

「どうした?」

「…これ、なんですか?」

柊は壁を指さす。
壁には沢山の横線が引かれており、線の横に数字が書かれていた。

「あぁこれか。 これは俺の身長だな。 壁に寄りかかって頭の上に線を引くんだよ。
最後に測ったのが中1だから…155cmだな」

155と書いてある線を指さすと、柊はくびを傾げた。

「他にも同じような高さに線が引かれてますが…これは?」

「他の2つは和馬と風香だ。 和馬が159cmで、風香が140cmだな」

「なるほど…! 皆さんで測ってたんですね!」

「あぁ。 よく身長勝負してた」

「ふふ…如月君にもこんなに小さな時期があったんですね」

そう言って柊は小学生時代に引いた線を指さす。

「中2から成長期が来て伸び始めたが、それまでは小さかったな」

「今の如月君は大きいですもんね~。 …でも、いいですねこういうの。 ずっと残ってると懐かしい気持ちになりそうです」

柊は壁を見て微笑む。
中学時代は皆このようにして身長を記録していたが、柊は当然こんな事をした経験はなかったんだろう。

「…柊もやってみるか?」

「え?」

「身長。 俺も久しぶりに測ってみたいし」

「い、良いんですか?」

「あぁ。 どうせなら後で春樹達も計ろうぜ」

そう言うと、柊は嬉しそうに頷いた。

俺は棚からメジャーとペンを取る。

「じゃあまずは柊からだな。 壁に寄りかかって立ってくれ」

「はいっ!」

柊は壁に寄りかかり、姿勢良く気をつけをする。
俺は慎重に柊の頭の上にペンを置き、髪にインクがつかないように壁に線を引く。

「よし、もういいぞ」

そう言うと柊は壁から離れる。
地面にから今引いた線までメジャーを伸ばすと、160cmだった。

「…お前身長高いな」

「確かに、他の女子よりは高いかもですね」

線の横に160と柊渚咲と書く。

「はい、次は如月君の番です!」

「はいよ」

壁の前に立ち、気をつけをすると、柊は嬉しそうに俺の頭の上に線を引いた。

そして柊がメジャーで測ると、175cmになっていた。

「おー…成長しましたねぇ」

「母親かお前は」

柊は笑いながら線の横に175と如月陽太と綺麗な字で書いた。

その後少し待つと皆が帰ってきて、俺達と同じように身長を測り、壁に記録した。

春樹が178cm。
七海が158cm。
桃井が155cmだった。

楽しそうに身長を測る俺たちを、母さんはずっと笑顔で見ていた。

ーーーーーーーーーーーーーーーーーー

夕飯のカレーを食べ終え、風呂から上がると、リビングには父さんがいた。
どうやら俺が風呂に入っている間に帰ってきていたらしい。

「陽太、おかえり。 久しぶりだね」

「あぁ。 ただいま」

「さっきお友達から挨拶されたよ。 皆良い子だね」

「…まぁな」

父さんは俺に笑顔を向けてくる。 母さんと一緒で父さんにも迷惑をかけてしまったし、心配もしていたはずだ。
だからあいつらと会って安心したんだろう。

「じゃあ、僕もお風呂に入って来ようかな。 皆は和室に居るよ」

「了解」

「皆凄く盛り上がってるみたいだよ」

「盛り上がってる…?」

「あぁ。 行けば分かるさ」

そう言って父さんは笑いながら風呂へ向かって行った。
疑問に思いながら和室へ向かうと、廊下まで皆の話し声が聞こえてきた。

皆母さんと上手く馴染めたみたいで良かっ…

『小さい如月先輩可愛いー!! 』

襖越しに桃井の声が聞こえた瞬間、俺は勢いよく襖を開けた。

そこには、和室の真ん中に座ってアルバムを見ている柊達が居た。

皆俺より先に風呂に入っていた為、皆パジャマ姿だ。

「…何してんだお前ら」

「あ、如月先輩だ! 今皆でアルバム見てたんですよ~!」

「小さい頃の如月君可愛いですね!」

「はぁ…」

俺はため息を吐く、アルバムを見せた張本人である母さんはニコニコしながら立ち上がった。

「じゃ、私はリビング戻るわね~。 後は皆で楽しんでちょうだい」

母さんはそう言って和室から出て行った。

チラッとアルバムを見ると、まだ最初の方のページだった。
どうやらアルバムを見始めたばかりらしい。

「あ!この写真私が見た写真です!」

柊は俺が笑顔でブランコに乗っている写真を指さす。

「わぁ先輩可愛い~!」

それを見て桃井のテンションが高くなる。

「ほらほら、陽太も一緒に見ようじゃないか」

「やだよ。 皆で自分の過去の写真見るって何の罰ゲームだ」

「いいからいいから」

春樹と七海に引っ張られ、無理矢理座らさせる。

「如月君が言ってた通り、昔の如月君はいつも笑顔ですねー!」

そう言って柊は小学生時代の俺の写真を見る。
その写真は雪で遊んでいる時の俺の写真で、見た感じ小学校低学年くらいだろう。

そのまま柊達はページを捲り続け、とあるページで止まった。
覗き込むと、皆1枚の写真をジッと見ていた。

その写真には、陸上部のジャージを着た男子が男女が3人写っていた。
俺、和馬、風香だ。

中学1年時代にこの家の庭で撮った写真で、和馬、俺、風香の順で並んで皆笑顔でピースをしている。

陸上部入部記念に和馬達と撮った写真だ。

当時、和馬達の事を忘れる為に今まで撮った和馬達が写っている写真を全て捨てたのだが、この写真だけは唯一捨てる事が出来なかった。

「…この2人が…」

「あぁ。 和馬と風香だ」

「如月先輩のこんな笑顔見た事ないです」

「…まぁ、昔とは違うからな」

母さんはアルバムのレイアウトに凝っており、幼少期から小1、小2とページを捲るたびに成長していく俺が見れるようになっていた。

だが、俺の写真は中学2年以降は1枚も無かった。

2年になってからの俺は笑う事が少なくなったし、心の余裕も無くて写真を撮る余裕なんて無かったからな。

母さんは写真を撮るのが好きだったから、今思うと申し訳ない事をしてしまった。

「…もう写真はない。 しまうぞ」

柊からアルバムを受け取り、元あった場所に戻す。

「陽太、君は今でも彼の事を嫌いなのかい?」

春樹が俺に問いかける。

彼…とは和馬の事だろう。

「…どうだろうな。 当時は理解出来なかったが、成長した今ならアイツが焦ってた理由も理解できる。
でも、いくら理解しようが、終わった関係は元には戻らねぇよ」

当時は俺も和馬もガキすぎた。
ガキだったからこそ、余裕がなく、どうすればいいのか分からなかったんだ。
そう考えると、風香は1番大人だった。
風香だけは最後まで俺達が仲直りする事を望んでいた。

俺が不登校になってからも、出て来ないと分かりながらも毎日俺の家に来ていたしな。
そんな優しかった風香を、俺は拒絶したんだ。

「如月君。 明日、如月君の思い出の場所を案内して下さい」

柊は笑顔で言った。

「せっかく如月君の地元に来たんです。 過去の事をもっと知りたいです」

思い出の場所か…

「…分かった。 んじゃ明日皆で行くか」

明日の予定を決め、俺達はそれぞれ寝室に戻った。
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