心の鍵は開かない〜さようなら、殿下。〈第一章完・第二章開始〉

詩海猫(8/29書籍発売)

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デビュタント 1

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フィオナが十四歳の誕生日を迎え、成人となる日が近付くと、誰がドレスを贈るかナスタチアム侯爵と夫人、フェアルドとで散々揉めた。
揉めに揉めた末、頭に載せるティアラをフェアルド、ネックレスをナスタチアム侯爵、ドレスは侯爵夫人が用意することになった。
「私の娘ですのよ?」という夫人の台詞に押し負けた男二人はまだごちゃごちゃ言っていたが、「そんなにしょげずともウエディングドレスは殿下、ブーケはあなたが贈れば良いではありませんか。その時は私はアドバイザーに徹しますわ?」オホホ、と優雅に微笑まれて俯いてしまった。

そもそもデビュタントや結婚の準備全般は母親かそれに近い同性が付ききりでアドバイスするのが普通なので、張り合う男二人がおかしいのだが。
もっとも、ナスタチアム侯爵夫妻が夫と夫人とで別れて争うのはもっと変だが、既に周囲は慣れていて止めに入る者もいない。
ナスタチアム侯爵家の子供はフィオナひとりであるから仕方ないといえば仕方ない。
侯爵夫妻はもちろん、執事もメイド長も、庭師も時々納品に来る出入り商人にさえフィオナは愛され、見守られていた。
フィオナのデビューを飾る誕生日パーティーは盛大なものになるだろう、これだけ周りが張り切っているのだから。

本来なら婿を取り、家名を受け継ぐはずのフィオナだがこの件については「性別を問わずフィオナとフェアルドの間に生まれた第二子をナスタチアム侯爵家へ養子に出す」という話がついている。

「まあ!なんて素晴らしいドレスでしょう!水色に金糸の刺繍がこんなに……」
「ネックレスも素晴らしいですわ。お嬢様の瞳の色と同じでこんな大きな石は初めて見ます」
「ティアラはまぁ_…、戴冠式もかくやといったところですわね」
貴族の令嬢はデビューの際、小さなティアラを載せる習慣がある。
その一方で、結婚式の時は着けない。
着けるのは結婚する王族のみだ。
フェアルドは現在皇族だが臣籍降下しており、結婚時は継承権も放棄しているはずなのでフィオナもこれから着けることはない。

一回きりのものなので、こちらは借りもので済ますことも多い。
代々デビュタントに受け継がれている家宝でもあれば別だが、大抵は娘のデビューに作った家であっても本人が嫁ぐ際、嫁入り道具の一部として持っていくことが多い。
無理して作るよりは宝石商が貸し出しているものの方が立派だし、その分をドレスにまわせるので馬鹿にされたりはしない。
宝石商から借りるのもタダではないし、借りる側に信用も必要なのだから。
ただし、皇女や皇子の婚約者またはその候補にあたる令嬢などは、「どんなティアラを作ったのだろう」と周囲から期待と好奇の目を向けられてしまうことがある。

現皇帝に子はおらず、前皇帝夫妻も既にこの世になく、兄弟姉妹は皇弟フェアルドただ一人。
他国から留学に来ている王族もおらず、何人か公爵令嬢や侯爵令嬢がいるくらいだったので、皇弟の婚約者であるフィオナがオーダーするのはある意味当然と言えた。
宝石商の方も、年に何人かはオーダーして欲しいところだろう。
桁が違うし何より話題に登った令嬢のティアラをデザインした職人からすれば箔がつき、前途も開けるというもの。
その辺りがよくわかっているフェアルドは元々フィオナのデビューに関する物は全て自分の個人資産で賄うつもりだったが、ナスタチアム侯爵から「婚姻前からそれはなりません」と止められてしまったのだ。
「どうせ使い道などないのに……」
と拗ねるフェアルドに、ディオンは苦笑した。

「微笑ましいな」と瞳を細めて。










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