心の鍵は開かない〜さようなら、殿下。〈第一章完・第二章開始〉

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デビュタント 4

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マティアス・ナスタチアム侯爵とロベリア公爵は仕事仲間ではあるが、ひたすら権力指向のロベリア公爵と家族愛が強いマティアスはそりが合わない。
それでも王城での仕事を円滑に進めるために表立って対立はしていない。
だからこのパーティーにも招待状を送ったのだが__、
「まさかこう来るとは」
というのが殆どの人間の共通認識というか、突っ込みだった。

フェアルドのフィオナへの溺愛は有名である。
フェアルド狙いの女性は多いが、それらが尻尾をくるりと巻いて退散し、周りが「フィオナ嬢がいつか溺れてしまわないか心配だ」と呟かれるほどに常軌を逸しているのだ。
そこを、しかもフィオナが成人を迎えた誕生日に敢えて体当たりしてくる馬鹿、いや度胸のあるご令嬢がいようとは。

そうは思っても、周りは絶対に兄妹をフェアルドに近づけようとはしない。
ナスタチアム侯爵やフェアルド、フィオナと既知の人間はさりげなく兄妹を囲って話し掛け、何でもない話題を振っては二人から離れた場所に誘導し、フェアルド本人も踊りながら距離を取り、フィオナが不快なものを目にしないように気を配った。

だが、夜会のダンスタイムも終盤に差し掛かろうという時、レッドリリーが行動を起こした。
「フェアルド様!!」
どうしても一定以上の距離に近づけないことに苛立ったのか、会場から離れようとしていたフェアルド(とフィオナ)に離れた場所から大声で叫んだのだ。
緊急時以外でははしたないとされる大声をあげたレッドリリーだが、フェアルドが仕方なく立ち止まったのを見ると、
「フェアルド様!私と__「私は君に名前呼びを許した覚えはない」っ、」
大声を張り上げたレッドリリーからはサッと人が離れたので、それを良いことにつかつかとこちらに向かってきつつ言い放つレッドリリーをフェアルドは不快そうに見つめ、フィオナを背に隠す。

だが、フェアルドの目の前まで来て姿勢を正すと、
「失礼致しました。ラナンキュラス公爵様、私も本日デビューを果たしました。祝いに一曲踊ってはいただけないでしょうか」
「何故?」
真っ直ぐ見つめてくるレッドリリーにフェアルドは即座に切り返す。
「っ、何故って、デビューした令嬢と踊るのは高貴な方の義務でしょう?!フェ、殿下は誰よりその義務を負う立場ではないですかっ!」
「それは私に婚約者がいない場合だ。正式な婚約者がいて、しかも今日が誕生日の婚約者のエスコートをしている私にこんな風に声を掛けるのは無粋なうえフィオナとナスタチアム侯爵に失礼だとは思わないのか?」
「で、ですが、婚約者がいても高貴な方が婚約者以外誰とも踊らないなんてあり得ないですわ!」
一理なくもない、離さないのは男性フェアルドの方で女性フィオナではないのだが。

「わ、私は本日父ロベリア公爵の名代としてきております!フィオナ様の傲慢な態度はお茶会でも有名ですのよ?!」
「傲慢?(僕の)フィオナが?」
「そうですわ!婚姻前にも関わらず常にフェアルド様から離れず独り占めにして__見苦しいですわよ!皆が遠慮して言わないから、私がこうして言「その“皆“とは誰のことだい?詳しく教えてくれないかな、ロベリア公爵令嬢?」、え?」
「その(僕の)フィオナを傲慢だと噂している令嬢の名前だよ。君が代表なんだろう?もちろん家名も把握しているんだろうね?__ロベリア公爵の名代ならば」
「そっ、それは!たまたま…_そうたまたまですわ!先日一緒になったお茶会でそう話している令嬢たちがいて!」
「そう。それで?その令嬢がたの名前は?」
「す、少しお話しただけでお名前までは存じ上げませんわ!でも確かに、」
「話にならないね。そんな話が通るなら誰がどこで何を吹聴したかでっち上げし放題になる」
「そんなつもりでは__ただ、私は殿下と」
「ただ私に近づきたい一心でこんな戯言ざれごとを大声で?見苦しいのはどちらかな」
「申し訳ありません皇弟殿下。妹の失礼をお詫びいたします」
走るようにこちらにやってきたレッドリリーに漸く追いついた小公爵が恭しく頭を下げる。
「お兄様っ!」
「お前からもお詫びしなさいレッドリリー。皇弟殿下にもナスタチアム侯爵令嬢にも」
「お兄様っ、でも……!」
「本心から申し訳なく思うなら今すぐ妹を連れてここから去れ」
「皇弟殿下、私と殿下は幼い頃良く共に庭園を掛け回ったことは覚えておいででしょうか?」
「ああ、お前だけではなかったがな」
子供の頃遊び相手として登城させることは貴族には珍しくない。
小公爵は今二十七だからフェアルドと年も近い。
「私と殿下は幼馴染ではありませんか、その縁に免じて一度だけでも妹の意向を汲んでやってくれませんか?」
「断る。大体今日はフィオナの誕生とデビューを祝う会だ。そこで何故フィオナよりお前らの意向を優先せねばならぬのだ?先ほどからまともな祝いひとつ述べていないようだが?」
「__それはっ……、」
小公爵もばつが悪そうに黙ったところへ、
「ロベリア公爵もナスタチアム侯爵や私とことを構えたいわけではあるまい?もう一度だけ言う。去れ」
氷のように冷たい声がつぶてのように兄妹にぶつけられた。




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