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デビュタント 3
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「なら良かった。踊っていただけますか?僕のお姫様」
フェアルドが改めて恭しく差し出した手にフィオナは自分のそれをのせる。
「喜んで」
と微笑みながらホールの中央に向かう二人を皆が道を開けて見守る。
中央に立った二人に合わせるように曲が変わり、柔らかな旋律が流れだす。
デビュタントの定番曲だ。
この曲が徐々に上級者用のテンポのものに変わっていき、主役のフィオナの一曲めが終わった後は招待客は各々が好きなタイミングで踊り出す。
フィオナと同じ年でデビュタントを済ませたばかりの令嬢や、実家で大規模なパーティーを開くことが出来ない家門の令嬢は近々に出席が可能な大きめの夜会でデビューを果たすので、一曲目の途中からフィオナとフェアルドの周りで踊り始める。
今日は五人の令嬢がそれぞれのパートナーと踊り始めた。
伯爵令嬢が一人、男爵令嬢が二人、子爵令嬢が一人と___もうひとり。
「あら……?」
最後の一人に目をやった招待客はざわ、と僅かに騒めいた。
少し前にデビューを済ませた伯爵令嬢と、男爵令嬢と子爵令嬢はこれがデビューにあたるフィオナの友人たちだ。
自邸で夜会を開催するより格上の令嬢の誕生パーティーの方が良い縁にも恵まれやすいのでそれはわかる。
だが、もう一人の令嬢は真紅のドレスを纏い、また所作にデビュタント特有の初々しさといったものも皆無だったため余計に目立った。
ティアラを着けているのでデビュタントには違いないのだろうが……、
「あの方は、確かロベリア公爵家の……」
「レッドリリー様では?」
「まぁっ!公爵家のご令嬢が自邸でパーティーを開かず、こちらで?」
高位貴族でも様々な事情により、自邸でパーティーを開けないことはままある。
だが、
「あのロベリア家が、ご令嬢のデビューを自邸でやらないなんて」
「しかもナスタチアム侯爵のご令嬢の誕生パーティーでデビューですって?」
「どなたか意中の殿方がいらっしゃるのかしら?」
「でも、エスコートされてるのはお兄様よね?」
「嗚呼そうだわ、次期ロベリア公爵様の……」
ロベリア公爵家は傍系というか遠縁ではあるが、皇室の流れを汲んでいる。
また金満家でそれをひけらかすのが好きなお家柄でも有名だ。
そのロベリア家が、令嬢のデビューを自邸で行わず、他家の令嬢の誕生パーティーに便乗するような形でやるとは?
もしや愛人の子か何かなのだろうか?
いや、だが後継がエスコートしているのだから粗略に扱っているわけではないだろう。
何より、
「ご覧になって、あのティアラ」
「まあ!あれではまるで……」
「嗚呼そういうこと」
この状況のわけがわからなかった招待客たちはレッドリリーの頭上に光るティアラを見て「合点がいった」と頷きあった。
レッドリリーのティアラはフィオナと同じく金。
その中央にはめ込まれた石は二つ。
紅いルビーのすぐ上に嵌め込まれた石はよく見るとルビーより少し大きく、しかも色は青だった。
その意味に気付いたナスタチアム侯爵はその目元を険しくし、同じく夫人も忌々しげな視線を兄妹に向ける。
「よりによってこんな大事な日に」と。
本来、デビュタントは一曲目が終わったらエスコートしてきたのが婚約者でもない限り、パートナーを変えて踊ることが珍しくない。
夜会の席に慣れさせることも目的であるから、周囲も気を使ってこぞってデビュタントにダンスを申し込む。
身分高い令息ほど、お祝いの意味を込めて大勢の令嬢の手を取るのが慣例である。
本来なら。
婚約者がいない、本来ならばである。
しかも、その婚約者を政略でなく見初め、幼い頃から見守ってきたような高位令息にそんな慣例を解いても無駄である。
ゲームでいうところの無理ゲーだ。
繰り返し言うが、無理である。
その証拠にフェアルドは二曲目も三曲目もフィオナと踊り、その隙間にはフィオナの顔脇の髪をその指先で絡めたり、額に口付けたり、ふいにフィオナの耳元で何事か囁いてフィオナを赤面させたりと枚挙に暇がないほどフィオナしか見ていない。
正確には“フィオナに自分以外を見せてない“のであって、フェアルドの視線はちゃんと真っ赤なドレスと品のないティアラを視線に留めていた。
そして、何とかここに近付いてフェアルドにレッドリリーを誘わせたいロベリア小公爵が楽団の演奏の邪魔にならないギリギリの大きさで声をあげているのを綺麗に無視して僅かも振り向く事はしなかった。
「まあ……」
「ご苦労さまだこと」
「ご兄妹揃って大変ねえ」
「公爵様の絶対命令なんでしょうけれど、お気の毒ね」
良い見ものと笑い話にしながらも、一部の夫人はやや気の毒そうな声をあげる。
ロベリア公爵は未だ皇室への執着が高く、レッドリリーの上の娘たちを皇帝の妃にしたかったが叶わず、皇妃が決まってからはせめて側妃にと願ったが叶えられず。
ならばせめて皇弟妃にと願うもフェアルドには相手にされず、しかも同じ年頃の娘を差し置いて年下のフィオナと婚約してしまった。
ロベリア公爵には嫡男と次男の他に上は三十二から下は七歳まで九人の娘がいる。
いずれも現皇帝とフェアルドにちょうど良い歳周り、しかも末娘に関してはフィオナとの話を聞きつけて急いで作ったとの噂まである。
ある意味天晴れと言えよう。
レッドリリーは下から二番目、ロベリア公爵には八女にあたる。
このレッドリリーをフェアルドと娶せようと必死なのだろう、何しろ二十五(フェアルドと同じ年)の五番目の娘も、二十の六番目の娘も、十八の七番目の娘もフェアルドに相手にされなかったのだから。
フェアルドが改めて恭しく差し出した手にフィオナは自分のそれをのせる。
「喜んで」
と微笑みながらホールの中央に向かう二人を皆が道を開けて見守る。
中央に立った二人に合わせるように曲が変わり、柔らかな旋律が流れだす。
デビュタントの定番曲だ。
この曲が徐々に上級者用のテンポのものに変わっていき、主役のフィオナの一曲めが終わった後は招待客は各々が好きなタイミングで踊り出す。
フィオナと同じ年でデビュタントを済ませたばかりの令嬢や、実家で大規模なパーティーを開くことが出来ない家門の令嬢は近々に出席が可能な大きめの夜会でデビューを果たすので、一曲目の途中からフィオナとフェアルドの周りで踊り始める。
今日は五人の令嬢がそれぞれのパートナーと踊り始めた。
伯爵令嬢が一人、男爵令嬢が二人、子爵令嬢が一人と___もうひとり。
「あら……?」
最後の一人に目をやった招待客はざわ、と僅かに騒めいた。
少し前にデビューを済ませた伯爵令嬢と、男爵令嬢と子爵令嬢はこれがデビューにあたるフィオナの友人たちだ。
自邸で夜会を開催するより格上の令嬢の誕生パーティーの方が良い縁にも恵まれやすいのでそれはわかる。
だが、もう一人の令嬢は真紅のドレスを纏い、また所作にデビュタント特有の初々しさといったものも皆無だったため余計に目立った。
ティアラを着けているのでデビュタントには違いないのだろうが……、
「あの方は、確かロベリア公爵家の……」
「レッドリリー様では?」
「まぁっ!公爵家のご令嬢が自邸でパーティーを開かず、こちらで?」
高位貴族でも様々な事情により、自邸でパーティーを開けないことはままある。
だが、
「あのロベリア家が、ご令嬢のデビューを自邸でやらないなんて」
「しかもナスタチアム侯爵のご令嬢の誕生パーティーでデビューですって?」
「どなたか意中の殿方がいらっしゃるのかしら?」
「でも、エスコートされてるのはお兄様よね?」
「嗚呼そうだわ、次期ロベリア公爵様の……」
ロベリア公爵家は傍系というか遠縁ではあるが、皇室の流れを汲んでいる。
また金満家でそれをひけらかすのが好きなお家柄でも有名だ。
そのロベリア家が、令嬢のデビューを自邸で行わず、他家の令嬢の誕生パーティーに便乗するような形でやるとは?
もしや愛人の子か何かなのだろうか?
いや、だが後継がエスコートしているのだから粗略に扱っているわけではないだろう。
何より、
「ご覧になって、あのティアラ」
「まあ!あれではまるで……」
「嗚呼そういうこと」
この状況のわけがわからなかった招待客たちはレッドリリーの頭上に光るティアラを見て「合点がいった」と頷きあった。
レッドリリーのティアラはフィオナと同じく金。
その中央にはめ込まれた石は二つ。
紅いルビーのすぐ上に嵌め込まれた石はよく見るとルビーより少し大きく、しかも色は青だった。
その意味に気付いたナスタチアム侯爵はその目元を険しくし、同じく夫人も忌々しげな視線を兄妹に向ける。
「よりによってこんな大事な日に」と。
本来、デビュタントは一曲目が終わったらエスコートしてきたのが婚約者でもない限り、パートナーを変えて踊ることが珍しくない。
夜会の席に慣れさせることも目的であるから、周囲も気を使ってこぞってデビュタントにダンスを申し込む。
身分高い令息ほど、お祝いの意味を込めて大勢の令嬢の手を取るのが慣例である。
本来なら。
婚約者がいない、本来ならばである。
しかも、その婚約者を政略でなく見初め、幼い頃から見守ってきたような高位令息にそんな慣例を解いても無駄である。
ゲームでいうところの無理ゲーだ。
繰り返し言うが、無理である。
その証拠にフェアルドは二曲目も三曲目もフィオナと踊り、その隙間にはフィオナの顔脇の髪をその指先で絡めたり、額に口付けたり、ふいにフィオナの耳元で何事か囁いてフィオナを赤面させたりと枚挙に暇がないほどフィオナしか見ていない。
正確には“フィオナに自分以外を見せてない“のであって、フェアルドの視線はちゃんと真っ赤なドレスと品のないティアラを視線に留めていた。
そして、何とかここに近付いてフェアルドにレッドリリーを誘わせたいロベリア小公爵が楽団の演奏の邪魔にならないギリギリの大きさで声をあげているのを綺麗に無視して僅かも振り向く事はしなかった。
「まあ……」
「ご苦労さまだこと」
「ご兄妹揃って大変ねえ」
「公爵様の絶対命令なんでしょうけれど、お気の毒ね」
良い見ものと笑い話にしながらも、一部の夫人はやや気の毒そうな声をあげる。
ロベリア公爵は未だ皇室への執着が高く、レッドリリーの上の娘たちを皇帝の妃にしたかったが叶わず、皇妃が決まってからはせめて側妃にと願ったが叶えられず。
ならばせめて皇弟妃にと願うもフェアルドには相手にされず、しかも同じ年頃の娘を差し置いて年下のフィオナと婚約してしまった。
ロベリア公爵には嫡男と次男の他に上は三十二から下は七歳まで九人の娘がいる。
いずれも現皇帝とフェアルドにちょうど良い歳周り、しかも末娘に関してはフィオナとの話を聞きつけて急いで作ったとの噂まである。
ある意味天晴れと言えよう。
レッドリリーは下から二番目、ロベリア公爵には八女にあたる。
このレッドリリーをフェアルドと娶せようと必死なのだろう、何しろ二十五(フェアルドと同じ年)の五番目の娘も、二十の六番目の娘も、十八の七番目の娘もフェアルドに相手にされなかったのだから。
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