心の鍵は開かない〜さようなら、殿下。〈第一章完・第二章開始〉

詩海猫(8/29書籍発売)

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Side フェアルド 愚者

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“フィオナ妃殿下が部屋に用意されていたドレスや宝飾品を全て売り払うよう命じた“という報告を受けてフェアルドは頭を抱えた。

夜会に出ないのは別にいい、どうせ喪中で大掛かりなものは催されない。
フィオナにも声掛けをしているのは表向き他の側妃と区別していると見えるのが対外的にまずいからだ。
かといって、隣国の姫たちにも多少こちらの貴族との顔繋ぎの場くらいは作ってやらないといけない。
先日の小さな夜会もそのためだ。
フィオナにはもっと正式な場を用意するつもりだからそれまで敢えて人前に出てくる必要はない__だが、ドレスや宝石を全てだと?
確かにフィオナはここに来てから質素な部屋着しか着ていないし、宝石ひとつ付けていない。
髪も緩く編んでいるかおろしているか__そこまで考えてフェアルドはゾッとした。

まさか、本当にあの部屋から一切出ないつもりか?

フィオナにはこちらの態勢が整うまでここでのんびり……というか言い方は悪いが、遊び暮らしてもらえればよかったのだ。フェアルドの心はそれだけで安定するのだから。
妃の同行が必要な公務も発生しないし、貴族の腹の探り合いの場に引っ張りだすつもりもなかった。
今現在この城に来るのは職場がここである者以外は遠方からの弔問か、フェアルドに側妃を勧める者くらいだからだ。
帝国内の貴族の大半はここ何年かの二人の様子をその目で見ているから、フィオナが後宮ここに来た時点で諦めているはずだが、他国から側妃を迎えたことでここぞとばかりに推してくる者もいて、そんな奴らの跋扈する本宮から遠ざけておきたかった。

自身の宮から出なければそれで良かったのだが、報告によると彼女は散歩にも出ない上、そもそも寝室から出てこないと聞く。
フェアルドが庭園を歩かないかと誘っても無反応だ。
不足しているものはないか、欲しいものはないかと訊ねても「ここから出たい」
「嘘つき」くらいしか言葉を発しない。
フェアルドはその度に「すまない」「ごめん」と謝罪するが、フィオナは何の反応も示さない。
どころか、「顔も見たくない」とばかりに目すら合わせてくれない。
「本当に__俺は馬鹿だな」
次にまた出逢うことが出来たら、絶対に間違えない。
今度こそ、最初に愛を請うことから始めて、きちんと手順を踏んで__ちゃんとした形で迎え入れて。
ずっと幸せにすると誓っていたはずなのに。

以前とは違って隣で自然に微笑んでくれるから、それが当たり前のようになっていたから。
このまま共に歩んで行けると信じていた。
知り合って、婚約して__これだけ長く共に過ごして来た仲なのだから大丈夫だと高を括って、絆に甘えて。
その結果、長年培ってきたものは粉々に砕け散った。

「嘘つき」
そう冷たく言われる度、フェアルドは心臓に小さな刃物を突き立てられたような感覚を味わう。
言い返す資格も、傷付く資格も自分にはない。
かつての自分もそうやって彼女を孤独に追い詰め、そして永遠に失った。

せっかく出逢えたのに、幸せに出来るチャンスをもらったのに。
あのまま間違えなければ、兄皇帝が亡くならなかったら。
きっと今でも隣で笑っていてくれたはずなのに、俺はまた彼女を失うのか?
「まだ__間に合うか?」
いいや、んだ。
「そうだ、物ではダメだ」
ドレスや宝石で人の心をどうこう出来るものか。
前世の彼女もそうだったじゃないか?

この考えに一縷の光を見出したフェアルドはフィオナの住まう西の宮に向かった。

当然歓迎はされない(というか嫌な顔をされる)が、フェアルドは「その、君の友人たちを、ここに招いたらどうかな?」と切り出した。

「私の、友人たちを、ここに……?」
胡乱げに眉を顰めるフィオナに、フェアルドは努めて明るい調子で続ける。
「ああ。自由に外出もできないから気が滅入るだろう?後宮ここに皇帝以外の男性は許可申請なしには入れないが、君が女性の友人を招くくらいなら問題ない。良ければ茶会用のドレスも新しく「陛下は私の友人の中に意中の方がいらっしゃるのですか?」、は?」
これなら少しは気も晴れるだろうかとした提案に対する返しに、フェアルドは思わず間抜けな声を発した。
「違うのですか?」
対するフィオナは心底不思議そうだ。
「違う。何故そんな発想になる?!」
「だってそれが冗談でもなくそういうことでもないのだとしたら、悪趣味すぎますもの」
「どういう意味だい?」
「私の友人たちは皆フェアルド様にエスコートされてデビューした時に“おめでとう“と言ってくれた人たちですよ?」
「ああ、覚えている。君の友人なだけあって皆立派なご令嬢たちだった」
「その友人たちに、“私、婚約者に三番目の側女に落とされてしまいましたの、先に嫁いだ方がここには二人いらっしゃるのよ“と報告しろと、この現状を敢えて見せよと仰るのですか?」
「あ いや、」
フェアルドはしまったと思ったがもう遅い。
「私、友人たちに合わせる顔などありませんわ。長年の婚約者が他の女性と結婚した後追加で迎えられた身だなんて、恥ずかしくて……」

言われて見ればそうだ。
自分は「妻に迎えるのはフィオナ一人だけだ」とずっと公言してきたのだ。
事情を知らない者たちから見たら“三番目に落とされた“と映ってもおかしくない。
もちろん大半の者はわかっているし、わかっていない輩を近づける気はなかったが迂闊だった。
喪が明けた暁にはフィオナの社交界での地位を磐石にするつもりだったし、今は社交場に出ることもないからと根回しを怠っていたわけではないが表だってフィオナの面子を潰したことには変わりない。
「すまない、考えが足りなかった」
居座って言い訳したところで嫌がられるだけなのはわかりきっていたので、心から謝罪して本宮に戻った。



「バカか俺は」
いや、間違いなく大馬鹿だ。
間違いたくない、失いたくない__そう願い続けて、思い続けて。
なのに上手く行かない。
「俺さえ、いなければ……」
フェアルドはじっと自分の掌を見つめた。











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