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後宮生活 3 呆れ
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その“ささやかな夜会“とやらの開催日、フィオナは自室の窓から皇帝宮に灯りが点き、軽やかな音楽と人々の騒めきが風に乗ってくるのを微かに感じとった。
(本当にやってるのね……)
呆れと諦念の混じった息を吐きながら(あの夜会で一番はしゃいでいるのは誰だろう。嫁いで来た姫二人?それともロベルト公爵家の兄妹かしら?)と意味のない考えごとをしながら立ち上がり、ベッドに向かう。
やりたいこともすべきこともないので思考に飽きたらベッドに潜り込むのが今のフィオナのルーティンだった。
そこへ、急にダイニングの方から小さくはあったが悲鳴が聞こえ、バタバタと人が動き出したのがわかる。
(最早深更だというのに)何を騒いでいるのか見てみるべきか?と扉の前で逡巡してすぐノックの音が響いた。
「姫さま!起きていらっしゃいますか?」
小さな声で訊いてきたのはアヤカだった。
「起きているけれど、何?」
「皇帝陛下がお越しでございます。姫様にお会いしたいと」
(夜会の最中ではないの?)
眉を顰めつつ、着ていた部屋着の上にストールを羽織り、
「まあ。今は他国から嫁いできたお妃がたをエスコートをして会場にいなければならないお方が何故こちらに?」
心底疑問だという風に首を傾げるフィオナに、
「贈ったドレスは、気に入らなかったか……?」
フィオナの服装を一瞥しどこかふらつきながら言う。
「気に入るも何も、開けておりませんので……持ち帰って他の側妃様に差し上げては?」
目線で壁際のサイドテーブルに置いた箱を示すと、フェアルドは碧い双眸を見開き、次いでがっくりと項垂れ、
「私がドレスを贈る相手は君だけだ……」
と呟いた。
顔が赤いところを見るとそれなりの酒量は嗜んで来た後のようだ。
「お酒を過ごしていらっしゃるのですね。部屋に戻って休まれては?」
項垂れたフェアルドに近付くことも心配している素振りもなく、ただ声を掛ける。
たまたま道ですれ違った他人にでもするように。
「フィー……あれは、違うんだ」
「?」
「今日の夜会は対外的に二人の姫君を受け入れた事を示すためのものだ。君を引っ張りだすつもりなんかなかった。ただ君にドレスを贈る口実にしただけだ」
(口実?)
「君はマダム・フルールのデザインのドレスが好きだったから、特別に発注して作ってもらったんだ……その、少しでも気晴らしになればと。君がずっと塞いでいるから、ただ君にこれを渡したいだけだった。喜ぶ顔が見たかった」
それを聞かされたとしてもどうしろというのだろう?
着て見せて「嬉しいです」ってくるくるまわってみせるとでも思ったのだろうか、小さな子供のように。
「(嬉しくないけど)それはわざわざ、ありがとうございます?」
要するに側妃のお披露目は済んだって事よね?
「……ば、」
「はい?」
「どうすれば、君は前のように笑ってくれる?俺は何をすれば良い?」
「離婚して放逐してくださるのですか?」
「違うっ!俺が君を手放したり出来るものか!確かに俺は過ちを犯した、君を信頼して相談すべきだった!だが俺、私達には未来があるだろう?」
「先の人生があるかという意味ならばあるでしょう、陛下も妃がたもまだお若い「__君も妃だ!」__そうですわね」
さらに室温が下がったような声音にフェアルドがひゅっと息を呑む。
「私も、陛下の数ある側妃の一人」
あっという顔になったフェアルドが、
「ち、ちが」
慌てて言い訳をしようと口を開くが、
「早く会場に戻られては?ご覧の通りまともにお披露目もされない三番手の側女は立場が弱いのです。それからあのやたら沢山のドレスや宝石はお返しさせていただきたいのですが」
「…っ……あれは君のものだ。気に入らなかったら売り払って別の物を買うなりすればいい」
「処分しても構わないと?」
「ああ」
どこか投げやりに答えるフェアルドに、
「わかりました。では」
とフィオナは背を向けた。
しおしおとしょげかえったフェアルドが去った扉が閉まると、
「あの中のドレスと宝石類を売り払って頂戴。お金に変えたらいつものように孤児院と救貧院に寄付しておいて。部屋着だけ何枚か残してくれればいいわ」
「姫様っ?!」
フィオナの指示にマイアは悲鳴をあげるが、
「欲しいものがあれば持って行っても構わないわよ?私は中を見ていないから減っていたところで気付きようがないわ」
「そのようなことは致しません!畏れながら姫様、こちらの品々は皇帝陛下自らが__」
「あなた達がやりたくないっていうなら他の侍女たちに頼むわ。陛下の許可は降りているのだからあのセリン夫人だって文句は言えないでしょう」
「姫さま……」
(本当にやってるのね……)
呆れと諦念の混じった息を吐きながら(あの夜会で一番はしゃいでいるのは誰だろう。嫁いで来た姫二人?それともロベルト公爵家の兄妹かしら?)と意味のない考えごとをしながら立ち上がり、ベッドに向かう。
やりたいこともすべきこともないので思考に飽きたらベッドに潜り込むのが今のフィオナのルーティンだった。
そこへ、急にダイニングの方から小さくはあったが悲鳴が聞こえ、バタバタと人が動き出したのがわかる。
(最早深更だというのに)何を騒いでいるのか見てみるべきか?と扉の前で逡巡してすぐノックの音が響いた。
「姫さま!起きていらっしゃいますか?」
小さな声で訊いてきたのはアヤカだった。
「起きているけれど、何?」
「皇帝陛下がお越しでございます。姫様にお会いしたいと」
(夜会の最中ではないの?)
眉を顰めつつ、着ていた部屋着の上にストールを羽織り、
「まあ。今は他国から嫁いできたお妃がたをエスコートをして会場にいなければならないお方が何故こちらに?」
心底疑問だという風に首を傾げるフィオナに、
「贈ったドレスは、気に入らなかったか……?」
フィオナの服装を一瞥しどこかふらつきながら言う。
「気に入るも何も、開けておりませんので……持ち帰って他の側妃様に差し上げては?」
目線で壁際のサイドテーブルに置いた箱を示すと、フェアルドは碧い双眸を見開き、次いでがっくりと項垂れ、
「私がドレスを贈る相手は君だけだ……」
と呟いた。
顔が赤いところを見るとそれなりの酒量は嗜んで来た後のようだ。
「お酒を過ごしていらっしゃるのですね。部屋に戻って休まれては?」
項垂れたフェアルドに近付くことも心配している素振りもなく、ただ声を掛ける。
たまたま道ですれ違った他人にでもするように。
「フィー……あれは、違うんだ」
「?」
「今日の夜会は対外的に二人の姫君を受け入れた事を示すためのものだ。君を引っ張りだすつもりなんかなかった。ただ君にドレスを贈る口実にしただけだ」
(口実?)
「君はマダム・フルールのデザインのドレスが好きだったから、特別に発注して作ってもらったんだ……その、少しでも気晴らしになればと。君がずっと塞いでいるから、ただ君にこれを渡したいだけだった。喜ぶ顔が見たかった」
それを聞かされたとしてもどうしろというのだろう?
着て見せて「嬉しいです」ってくるくるまわってみせるとでも思ったのだろうか、小さな子供のように。
「(嬉しくないけど)それはわざわざ、ありがとうございます?」
要するに側妃のお披露目は済んだって事よね?
「……ば、」
「はい?」
「どうすれば、君は前のように笑ってくれる?俺は何をすれば良い?」
「離婚して放逐してくださるのですか?」
「違うっ!俺が君を手放したり出来るものか!確かに俺は過ちを犯した、君を信頼して相談すべきだった!だが俺、私達には未来があるだろう?」
「先の人生があるかという意味ならばあるでしょう、陛下も妃がたもまだお若い「__君も妃だ!」__そうですわね」
さらに室温が下がったような声音にフェアルドがひゅっと息を呑む。
「私も、陛下の数ある側妃の一人」
あっという顔になったフェアルドが、
「ち、ちが」
慌てて言い訳をしようと口を開くが、
「早く会場に戻られては?ご覧の通りまともにお披露目もされない三番手の側女は立場が弱いのです。それからあのやたら沢山のドレスや宝石はお返しさせていただきたいのですが」
「…っ……あれは君のものだ。気に入らなかったら売り払って別の物を買うなりすればいい」
「処分しても構わないと?」
「ああ」
どこか投げやりに答えるフェアルドに、
「わかりました。では」
とフィオナは背を向けた。
しおしおとしょげかえったフェアルドが去った扉が閉まると、
「あの中のドレスと宝石類を売り払って頂戴。お金に変えたらいつものように孤児院と救貧院に寄付しておいて。部屋着だけ何枚か残してくれればいいわ」
「姫様っ?!」
フィオナの指示にマイアは悲鳴をあげるが、
「欲しいものがあれば持って行っても構わないわよ?私は中を見ていないから減っていたところで気付きようがないわ」
「そのようなことは致しません!畏れながら姫様、こちらの品々は皇帝陛下自らが__」
「あなた達がやりたくないっていうなら他の侍女たちに頼むわ。陛下の許可は降りているのだからあのセリン夫人だって文句は言えないでしょう」
「姫さま……」
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