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後宮生活 2 拒絶
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後宮に入ってちょうど一ヶ月の日、
「フィオナ妃殿下に皇帝陛下より贈り物でございます」
と女官長がやって来た。
確かセリン夫人とか言ったか?他の侍女や女官の名前は知らない。
(知る必要もない)とフィオナは思っていた。
後宮入り日に全てはひっくり返った。
信じていたものは幻だった。
愛とか信頼とか___そんなものはどこにも存在していなかったのだ。
そう確信したフィオナは自分の身なりを構わなくなった。
食べ物の好き嫌いもない__というかなくなった、味をあまり感じなくなったので何を食べても大差はない。
きっと自分はいつ死んでもいいのだ。
誰にとっても特別でも、唯一でもない。
そう思い知らされたから。
(毎日ご苦労さまだこと)
セリンは毎日皇帝からの贈り物を届けるついでに、「妃殿下より何かご伝言があればお伝えします」と尋ねてくる。
まるで「何かあるだろう」と言わんばかりだが私は無言のまま、セリンに視線をやることさえなかった。
別に親しくなりたいとも、まして後宮での自分の評価などどうでも良かった。
「___と……で、つきまして妃殿下にはこちら__…」
いつもより長い口上を述べてセリンがさがると、
「姫さま!皇帝陛下よりドレスの贈り物でございます!」
と対応していたメイドが興奮気味に大きな箱を持って駆け寄って来た。
「__?__」
それが何なの?と言いたげなフィオナの視線に若い側付きのアヤカは怯みそうになるが、
「明日の夜ささやかながら皇帝陛下が側妃様達の歓迎パーティーを開くそうです!“喪中とはいえ城内が暗く沈みすぎなので何か明るい行事を“と、規模は小さいですが皆様の気晴らしになればと皇帝陛下が。つきましてはお嬢様、いえ姫様には是非こちらをお召しになるようにと「__側妃たち?」、あっ」
フィオナの拒否反応が強いので側付き達は“妃殿下“でなく“姫様“で統一することにしていた(時々お嬢様に戻ってしまうが)。
アヤカは自分が知らず失言していたことに気付くが、遅かった。
「つまり、皇帝陛下は側妃を一同に集めて、私が一番下だと改めて知らしめたいと?悪趣味なお方だこと」
「そ、そんなことありません!皇帝陛下は姫様を大切に思っていらっしゃいます!この夜会だってきっと姫様の為に」
アヤカは側付きの中では若いメイドだったが、即位前のフェアルドに「フィオナを頼む」と頭を下げられた事を忘れてはいなかった。
「皇帝陛下が貴女に直接そう言ったの?」
対するフィオナの態度はどこまでも冷淡だった。
「っ、い、いえ__」
アヤカは目を泳がせる。
自分は先程セリン夫人の述べた口上を伝えただけだ、皇帝と直に話す機会など一介のメイドにあるはずがない。
だが、わかっているはずのフィオナはそれで終わらせてはくれなかった。
「ならなんでそんな断言が出来るの?皇帝陛下と密書でも交わしてるの?それとも夜にこっそり人目を避けて密会しているのかしら?」
「__そんな、」
「お嬢様!!」
ショックを受けたアヤカの呟きとマイアの非難する声が同時に響いたが、フィオナは煩そうに眉を顰めただけだった。
「いくらご寵姫であっても不敬に当たります!」
珍しく強めに注意するマイアにフィオナは更に冷たい目を向けた。
「なら、そう注進すれば?」
「は?」
「“フィオナ様は不敬で不届きな妃です“って注進すれば?皇帝陛下やナスタチアム侯爵に。私に出来なくてもあちらには出来るのでしょう?貴女たちの“ご注進“とやらは」
マイアはここに来た時の事を改めて責められていると気付いて真っ青になった。
「私は構わなくってよ?死刑でも追放でも。貴女達の再就職先は貴女達の真のご主人様がお世話してくれるでしょうから私が心配するのはお門違いよね?」
「……っ」
マイアは唇を噛む。
失言だった。
何があっても自分達だけは絶対的なフィオナの味方でいなければならなかったのに、これでは完全に皇帝の回し者だ。
黙ってしまったマイアに、
「言いたいことがあるなら仰い。私は正式な妃などではないのだから貴女たちを罰する権利などなくてよ?」
フィオナは仮面をつけたまま告げる。
違う。
自分達の主はフィオナ様だ。
「申し訳ありません、失言でした」
「ふぅん?」
フィオナは興味を失ったように二人から離れて行った。
また寝室に篭るのだろう、自分達が無事を確かめる為に扉の外からしつこく声をかけるので皇帝陛下の使いが来る時間帯だけこちらの部屋に出て来てくれるようにはなったが、使いが帰ればまたすぐ篭ってしまい、食事はおろか水の一杯すら自分たちに要求しない。
マイア達はこのフィオナが出て来ている隙に寝室のサイドテーブルに軽食と飲み物をこっそり置いておくぐらいしか出来ない。
今日の分のセットは終わっただろうか?
ちらりと時計に目をやり、(大丈夫だ。この時間なら終わってるだろう)と軽く息を吐いて主をこれ以上怒らせまいと見送ろうとしたが、アヤカが割って入った。
「お、お待ちください姫様!このドレスは、ドレスをご覧にならないのですかっ?!」
「__見たければ勝手に見たら?」
フィオナの足は止まらない。
「皇帝陛下が手ずから選んだと仰っていたのですよ?姫様のために「やめなさい、アヤカ」、でもっ!」
「若くて可愛いメイドにまで慕われる皇帝陛下だこと。でも__ねえ?考えてみて、一番目の妃と二番目の妃が揃う場に王女でもない三番手の私が出て行くってどういうことかわかる?他でもないこの後宮で一番下だって紹介される場に出ろって言われてるって事よ?本当に私の為だと思う?」
すぅ、と音もなく近付いて目線を合わせて言われた言葉にアヤカは凍りつく。
「……!……」
二の句が告げなくなったアヤカに、
「次はもう少し考えてからお喋りなさい?どうしても囀りたいなら他の場所に行っても良くってよ?」
そう言って目の前から去る主に今度は誰も声をかけられない。
「申し訳ありません、姫様」
静かに詫びながら(お嬢様の言うことにも一理ある。皇帝はどういうつもりなのか)マイアは心中で舌打ちした。
「フィオナ妃殿下に皇帝陛下より贈り物でございます」
と女官長がやって来た。
確かセリン夫人とか言ったか?他の侍女や女官の名前は知らない。
(知る必要もない)とフィオナは思っていた。
後宮入り日に全てはひっくり返った。
信じていたものは幻だった。
愛とか信頼とか___そんなものはどこにも存在していなかったのだ。
そう確信したフィオナは自分の身なりを構わなくなった。
食べ物の好き嫌いもない__というかなくなった、味をあまり感じなくなったので何を食べても大差はない。
きっと自分はいつ死んでもいいのだ。
誰にとっても特別でも、唯一でもない。
そう思い知らされたから。
(毎日ご苦労さまだこと)
セリンは毎日皇帝からの贈り物を届けるついでに、「妃殿下より何かご伝言があればお伝えします」と尋ねてくる。
まるで「何かあるだろう」と言わんばかりだが私は無言のまま、セリンに視線をやることさえなかった。
別に親しくなりたいとも、まして後宮での自分の評価などどうでも良かった。
「___と……で、つきまして妃殿下にはこちら__…」
いつもより長い口上を述べてセリンがさがると、
「姫さま!皇帝陛下よりドレスの贈り物でございます!」
と対応していたメイドが興奮気味に大きな箱を持って駆け寄って来た。
「__?__」
それが何なの?と言いたげなフィオナの視線に若い側付きのアヤカは怯みそうになるが、
「明日の夜ささやかながら皇帝陛下が側妃様達の歓迎パーティーを開くそうです!“喪中とはいえ城内が暗く沈みすぎなので何か明るい行事を“と、規模は小さいですが皆様の気晴らしになればと皇帝陛下が。つきましてはお嬢様、いえ姫様には是非こちらをお召しになるようにと「__側妃たち?」、あっ」
フィオナの拒否反応が強いので側付き達は“妃殿下“でなく“姫様“で統一することにしていた(時々お嬢様に戻ってしまうが)。
アヤカは自分が知らず失言していたことに気付くが、遅かった。
「つまり、皇帝陛下は側妃を一同に集めて、私が一番下だと改めて知らしめたいと?悪趣味なお方だこと」
「そ、そんなことありません!皇帝陛下は姫様を大切に思っていらっしゃいます!この夜会だってきっと姫様の為に」
アヤカは側付きの中では若いメイドだったが、即位前のフェアルドに「フィオナを頼む」と頭を下げられた事を忘れてはいなかった。
「皇帝陛下が貴女に直接そう言ったの?」
対するフィオナの態度はどこまでも冷淡だった。
「っ、い、いえ__」
アヤカは目を泳がせる。
自分は先程セリン夫人の述べた口上を伝えただけだ、皇帝と直に話す機会など一介のメイドにあるはずがない。
だが、わかっているはずのフィオナはそれで終わらせてはくれなかった。
「ならなんでそんな断言が出来るの?皇帝陛下と密書でも交わしてるの?それとも夜にこっそり人目を避けて密会しているのかしら?」
「__そんな、」
「お嬢様!!」
ショックを受けたアヤカの呟きとマイアの非難する声が同時に響いたが、フィオナは煩そうに眉を顰めただけだった。
「いくらご寵姫であっても不敬に当たります!」
珍しく強めに注意するマイアにフィオナは更に冷たい目を向けた。
「なら、そう注進すれば?」
「は?」
「“フィオナ様は不敬で不届きな妃です“って注進すれば?皇帝陛下やナスタチアム侯爵に。私に出来なくてもあちらには出来るのでしょう?貴女たちの“ご注進“とやらは」
マイアはここに来た時の事を改めて責められていると気付いて真っ青になった。
「私は構わなくってよ?死刑でも追放でも。貴女達の再就職先は貴女達の真のご主人様がお世話してくれるでしょうから私が心配するのはお門違いよね?」
「……っ」
マイアは唇を噛む。
失言だった。
何があっても自分達だけは絶対的なフィオナの味方でいなければならなかったのに、これでは完全に皇帝の回し者だ。
黙ってしまったマイアに、
「言いたいことがあるなら仰い。私は正式な妃などではないのだから貴女たちを罰する権利などなくてよ?」
フィオナは仮面をつけたまま告げる。
違う。
自分達の主はフィオナ様だ。
「申し訳ありません、失言でした」
「ふぅん?」
フィオナは興味を失ったように二人から離れて行った。
また寝室に篭るのだろう、自分達が無事を確かめる為に扉の外からしつこく声をかけるので皇帝陛下の使いが来る時間帯だけこちらの部屋に出て来てくれるようにはなったが、使いが帰ればまたすぐ篭ってしまい、食事はおろか水の一杯すら自分たちに要求しない。
マイア達はこのフィオナが出て来ている隙に寝室のサイドテーブルに軽食と飲み物をこっそり置いておくぐらいしか出来ない。
今日の分のセットは終わっただろうか?
ちらりと時計に目をやり、(大丈夫だ。この時間なら終わってるだろう)と軽く息を吐いて主をこれ以上怒らせまいと見送ろうとしたが、アヤカが割って入った。
「お、お待ちください姫様!このドレスは、ドレスをご覧にならないのですかっ?!」
「__見たければ勝手に見たら?」
フィオナの足は止まらない。
「皇帝陛下が手ずから選んだと仰っていたのですよ?姫様のために「やめなさい、アヤカ」、でもっ!」
「若くて可愛いメイドにまで慕われる皇帝陛下だこと。でも__ねえ?考えてみて、一番目の妃と二番目の妃が揃う場に王女でもない三番手の私が出て行くってどういうことかわかる?他でもないこの後宮で一番下だって紹介される場に出ろって言われてるって事よ?本当に私の為だと思う?」
すぅ、と音もなく近付いて目線を合わせて言われた言葉にアヤカは凍りつく。
「……!……」
二の句が告げなくなったアヤカに、
「次はもう少し考えてからお喋りなさい?どうしても囀りたいなら他の場所に行っても良くってよ?」
そう言って目の前から去る主に今度は誰も声をかけられない。
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