22 / 55
後宮生活 1 困惑
しおりを挟む
フィオナの部屋でフェアルドとフィオナは向かい合わせに座っていた。
目の前には見た目も美しく整えられた菓子と軽食、それにフィオナの好きなフレーバーティーが並んでいたが、フィオナがそれらに手を付けることはない。
「この菓子、美味しいよ?食べてごらん」
「…………」
フィオナは答えず、顔を上げることもない。
俯いたままフェアルドが話すのをただ聞いている。
聞いているかどうかさえ最早怪しいが、今日は定例のお茶会だった。
フィオナが後宮に入って五日後、「フィオナ妃殿下が何も召し上がりません」という報告にフェアルドがフィオナの部屋を訪れた。
フィオナは簡素な部屋着で飾りひとつ付けずにフェアルドを出迎えた。
その姿を見たフェアルドは少なからずショックを受けた。
今までフィオナはこんな姿を自分に見せることはなかった。
いつも身だしなみやお洒落に気を使って、華美にならない程度に身支度をした姿しか見たことがなかった。
今はここに住んでいるのだから、そこまで気を張れとはいえないが__、
「ここに来てから、何も食べていないそうだね。具合が悪い?」
出来るだけ優しく問うが、返ってきたのは「……食欲がないので」というひと言のみ。
埒があかないと「では一緒にお茶にしよう、私も一服しようと思ったところだ」と強引にフィオナの部屋に席を用意させ、お茶の席に座らせると「フィーはこれが好きだったよね?」「ああもうこれの収穫時期なのだな。今年は特に出来が良いらしいよ、去年より甘い。ひとつだけでも食べてみないか?」とひたすらフィオナに勧めた。
何か食べるまで帰ってくれないと悟ったフィオナは手近にあるものを少しだけ口に入れて咀嚼した。
味はよくわからない。
それを二、三度繰り返すとホッとしたように帰っていくがやはりフィオナが自分から食事をとろうとはしないので、フェアルドとの茶会は一日おきの定例になった。
フェアルドは毎日来ようと思ったが、三日続けたお茶会の後、フィオナはフェアルドが帰った後食べたものを全て吐き出してしまったそうだ。
後宮付きの医師に「心因性のストレスによるものかと。急に環境の変化があった場合には良くあることです。こちらの生活に慣れれば落ち着くでしょう」と言われた。
後宮に来て十日と経たずにそこまでのストレスを感じていると聞いてフェアルドは衝撃を受けた。
__フィオナがここの生活に慣れる時など来るのだろうか?
フィオナは未だフェアルドはもちろん、子供の頃から一番近くに置いているマイアとさえ言葉を交わさない。
周りの一切を拒絶している。
それでも顔を見ずにおく事も放っておくこともできず、一日おきにフィオナとお茶の時間を持った。
言葉を交わすどころか顔さえ上げてもらえないが。
そんな日々が二週間も続いた後、「陛下はお忙しいのですからわざわざこちらにいらしてくださらなくて結構ですわ(ていうか来るな)。一人でもあれくらい食べるようにしますから」と言うと、「……私が君の顔を見たいんだ。また来る」と言って帰って行った。
フィオナはその後ろ姿に(白々しい)と毒づいた。
見送るフィオナの険しい視線に少しもフェアルドを赦していない事を見てとって、マイア達はため息を吐いた。
諦めずに毎日フィオナに声掛けを続けているが、フィオナが反応したことはない。
完全に自分の周囲に人はいないものとして振る舞っている。
だが、元々お嬢様育ちのフィオナが自分で身の回りのこと全てをやるには無理がある。
そこでセリン侍女長率いる西の宮付きの侍女達が入浴や着替え等最低限の世話だけはしていた。
彼女達は元々“皇帝陛下の家臣“であり自分が主人云々などと言う感情は持ち合わせていないのでされるがままだった。
抵抗はしないが、言葉を交わすこともない。
それでも側に寄ることさえ許してもらえなくなったマイア達は悲しかった。
それ以上に、“フィオナお嬢様“のことが心配だった。
食べないよりマシとはいえ二日に一度の軽食で栄養が行き渡るはずがなく、後宮に来て僅か半月でフィオナの薔薇色の頬は痩せこけ、目に見えてやつれていった。
輝く銀髪も艶を失い、色褪せて行くかのようだ。
お嬢様のお父君ナスタチアム侯爵に自分達は託されたのに。
後宮でもお嬢様から離れず守ると誓って来たはずなのに、側に寄ることさえ許されない。
罰当たりだとわかってはいるが、皇帝を恨みたい気分だった。
目の前には見た目も美しく整えられた菓子と軽食、それにフィオナの好きなフレーバーティーが並んでいたが、フィオナがそれらに手を付けることはない。
「この菓子、美味しいよ?食べてごらん」
「…………」
フィオナは答えず、顔を上げることもない。
俯いたままフェアルドが話すのをただ聞いている。
聞いているかどうかさえ最早怪しいが、今日は定例のお茶会だった。
フィオナが後宮に入って五日後、「フィオナ妃殿下が何も召し上がりません」という報告にフェアルドがフィオナの部屋を訪れた。
フィオナは簡素な部屋着で飾りひとつ付けずにフェアルドを出迎えた。
その姿を見たフェアルドは少なからずショックを受けた。
今までフィオナはこんな姿を自分に見せることはなかった。
いつも身だしなみやお洒落に気を使って、華美にならない程度に身支度をした姿しか見たことがなかった。
今はここに住んでいるのだから、そこまで気を張れとはいえないが__、
「ここに来てから、何も食べていないそうだね。具合が悪い?」
出来るだけ優しく問うが、返ってきたのは「……食欲がないので」というひと言のみ。
埒があかないと「では一緒にお茶にしよう、私も一服しようと思ったところだ」と強引にフィオナの部屋に席を用意させ、お茶の席に座らせると「フィーはこれが好きだったよね?」「ああもうこれの収穫時期なのだな。今年は特に出来が良いらしいよ、去年より甘い。ひとつだけでも食べてみないか?」とひたすらフィオナに勧めた。
何か食べるまで帰ってくれないと悟ったフィオナは手近にあるものを少しだけ口に入れて咀嚼した。
味はよくわからない。
それを二、三度繰り返すとホッとしたように帰っていくがやはりフィオナが自分から食事をとろうとはしないので、フェアルドとの茶会は一日おきの定例になった。
フェアルドは毎日来ようと思ったが、三日続けたお茶会の後、フィオナはフェアルドが帰った後食べたものを全て吐き出してしまったそうだ。
後宮付きの医師に「心因性のストレスによるものかと。急に環境の変化があった場合には良くあることです。こちらの生活に慣れれば落ち着くでしょう」と言われた。
後宮に来て十日と経たずにそこまでのストレスを感じていると聞いてフェアルドは衝撃を受けた。
__フィオナがここの生活に慣れる時など来るのだろうか?
フィオナは未だフェアルドはもちろん、子供の頃から一番近くに置いているマイアとさえ言葉を交わさない。
周りの一切を拒絶している。
それでも顔を見ずにおく事も放っておくこともできず、一日おきにフィオナとお茶の時間を持った。
言葉を交わすどころか顔さえ上げてもらえないが。
そんな日々が二週間も続いた後、「陛下はお忙しいのですからわざわざこちらにいらしてくださらなくて結構ですわ(ていうか来るな)。一人でもあれくらい食べるようにしますから」と言うと、「……私が君の顔を見たいんだ。また来る」と言って帰って行った。
フィオナはその後ろ姿に(白々しい)と毒づいた。
見送るフィオナの険しい視線に少しもフェアルドを赦していない事を見てとって、マイア達はため息を吐いた。
諦めずに毎日フィオナに声掛けを続けているが、フィオナが反応したことはない。
完全に自分の周囲に人はいないものとして振る舞っている。
だが、元々お嬢様育ちのフィオナが自分で身の回りのこと全てをやるには無理がある。
そこでセリン侍女長率いる西の宮付きの侍女達が入浴や着替え等最低限の世話だけはしていた。
彼女達は元々“皇帝陛下の家臣“であり自分が主人云々などと言う感情は持ち合わせていないのでされるがままだった。
抵抗はしないが、言葉を交わすこともない。
それでも側に寄ることさえ許してもらえなくなったマイア達は悲しかった。
それ以上に、“フィオナお嬢様“のことが心配だった。
食べないよりマシとはいえ二日に一度の軽食で栄養が行き渡るはずがなく、後宮に来て僅か半月でフィオナの薔薇色の頬は痩せこけ、目に見えてやつれていった。
輝く銀髪も艶を失い、色褪せて行くかのようだ。
お嬢様のお父君ナスタチアム侯爵に自分達は託されたのに。
後宮でもお嬢様から離れず守ると誓って来たはずなのに、側に寄ることさえ許されない。
罰当たりだとわかってはいるが、皇帝を恨みたい気分だった。
121
あなたにおすすめの小説
復讐のための五つの方法
炭田おと
恋愛
皇后として皇帝カエキリウスのもとに嫁いだイネスは、カエキリウスに愛人ルジェナがいることを知った。皇宮ではルジェナが権威を誇示していて、イネスは肩身が狭い思いをすることになる。
それでも耐えていたイネスだったが、父親に反逆の罪を着せられ、家族も、彼女自身も、処断されることが決まった。
グレゴリウス卿の手を借りて、一人生き残ったイネスは復讐を誓う。
72話で完結です。
四人の令嬢と公爵と
オゾン層
恋愛
「貴様らのような田舎娘は性根が腐っている」
ガルシア辺境伯の令嬢である4人の姉妹は、アミーレア国の王太子の婚約候補者として今の今まで王太子に尽くしていた。国王からも認められた有力な婚約候補者であったにも関わらず、無知なロズワート王太子にある日婚約解消を一方的に告げられ、挙げ句の果てに同じく婚約候補者であったクラシウス男爵の令嬢であるアレッサ嬢の企みによって冤罪をかけられ、隣国を治める『化物公爵』の婚約者として輿入という名目の国外追放を受けてしまう。
人間以外の種族で溢れた隣国ベルフェナールにいるとされる化物公爵ことラヴェルト公爵の兄弟はその恐ろしい容姿から他国からも黒い噂が絶えず、ガルシア姉妹は怯えながらも覚悟を決めてベルフェナール国へと足を踏み入れるが……
「おはよう。よく眠れたかな」
「お前すごく可愛いな!!」
「花がよく似合うね」
「どうか今日も共に過ごしてほしい」
彼らは見た目に反し、誠実で純愛な兄弟だった。
一方追放を告げられたアミーレア王国では、ガルシア辺境伯令嬢との婚約解消を聞きつけた国王がロズワート王太子に対して右ストレートをかましていた。
※初ジャンルの小説なので不自然な点が多いかもしれませんがご了承ください
思い出さなければ良かったのに
田沢みん
恋愛
「お前の29歳の誕生日には絶対に帰って来るから」そう言い残して3年後、彼は私の誕生日に帰って来た。
大事なことを忘れたまま。
*本編完結済。不定期で番外編を更新中です。
離婚した彼女は死ぬことにした
はるかわ 美穂
恋愛
事故で命を落とす瞬間、政略結婚で結ばれた夫のアルバートを愛していたことに気づいたエレノア。
もう一度彼との結婚生活をやり直したいと願うと、四年前に巻き戻っていた。
今度こそ彼に相応しい妻になりたいと、これまでの臆病な自分を脱ぎ捨て奮闘するエレノア。しかし、
「前にも言ったけど、君は妻としての役目を果たさなくていいんだよ」
返ってくるのは拒絶を含んだ鉄壁の笑みと、表面的で義務的な優しさ。
それでも夫に想いを捧げ続けていたある日のこと、アルバートの大事にしている弟妹が原因不明の体調不良に襲われた。
神官から、二人の体調不良はエレノアの体内に宿る瘴気が原因だと告げられる。
大切な人を守るために離婚して彼らから離れることをエレノアは決意するが──。
私たちの離婚幸福論
桔梗
ファンタジー
ヴェルディア帝国の皇后として、順風満帆な人生を歩んでいたルシェル。
しかし、彼女の平穏な日々は、ノアの突然の記憶喪失によって崩れ去る。
彼はルシェルとの記憶だけを失い、代わりに”愛する女性”としてイザベルを迎え入れたのだった。
信じていた愛が消え、冷たく突き放されるルシェル。
だがそこに、隣国アンダルシア王国の皇太子ゼノンが現れ、驚くべき提案を持ちかける。
それは救済か、あるいは——
真実を覆う闇の中、ルシェルの新たな運命が幕を開ける。
【完結】あなたを忘れたい
やまぐちこはる
恋愛
子爵令嬢ナミリアは愛し合う婚約者ディルーストと結婚する日を待ち侘びていた。
そんな時、不幸が訪れる。
■□■
【毎日更新】毎日8時と18時更新です。
【完結保証】最終話まで書き終えています。
最後までお付き合い頂けたらうれしいです(_ _)
【完結】不貞された私を責めるこの国はおかしい
春風由実
恋愛
婚約者が不貞をしたあげく、婚約破棄だと言ってきた。
そんな私がどうして議会に呼び出され糾弾される側なのでしょうか?
婚約者が不貞をしたのは私のせいで、
婚約破棄を命じられたのも私のせいですって?
うふふ。面白いことを仰いますわね。
※最終話まで毎日一話更新予定です。→3/27完結しました。
※カクヨムにも投稿しています。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる