心の鍵は開かない〜さようなら、殿下。〈第一章完・第二章開始〉

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後宮生活 1 困惑

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フィオナの部屋でフェアルドとフィオナは向かい合わせに座っていた。
目の前には見た目も美しく整えられた菓子と軽食、それにフィオナの好きなフレーバーティーが並んでいたが、フィオナがそれらに手を付けることはない。
「この菓子、美味しいよ?食べてごらん」
「…………」
フィオナは答えず、顔を上げることもない。
俯いたままフェアルドが話すのをただ聞いている。
聞いているかどうかさえ最早怪しいが、今日は定例のお茶会だった。

フィオナが後宮に入って五日後、「フィオナ妃殿下が何も召し上がりません」という報告にフェアルドがフィオナの部屋を訪れた。
フィオナは簡素な部屋着で飾りひとつ付けずにフェアルドを出迎えた。
その姿を見たフェアルドは少なからずショックを受けた。
今までフィオナはこんな姿を自分に見せることはなかった。
いつも身だしなみやお洒落に気を使って、華美にならない程度に身支度をした姿しか見たことがなかった。
今はここに住んでいるのだから、そこまで気を張れとはいえないが__、
「ここに来てから、何も食べていないそうだね。具合が悪い?」
出来るだけ優しく問うが、返ってきたのは「……食欲がないので」というひと言のみ。

埒があかないと「では一緒にお茶にしよう、私も一服しようと思ったところだ」と強引にフィオナの部屋に席を用意させ、お茶の席に座らせると「フィーはこれが好きだったよね?」「ああもうこれの収穫時期なのだな。今年は特に出来が良いらしいよ、去年より甘い。ひとつだけでも食べてみないか?」とひたすらフィオナに勧めた。
何か食べるまで帰ってくれないと悟ったフィオナは手近にあるものを少しだけ口に入れて咀嚼した。
味はよくわからない。
それを二、三度繰り返すとホッとしたように帰っていくがやはりフィオナが自分から食事をとろうとはしないので、フェアルドとの茶会は一日おきの定例になった。

フェアルドは毎日来ようと思ったが、三日続けたお茶会の後、フィオナはフェアルドが帰った後食べたものを全て吐き出してしまったそうだ。
後宮付きの医師に「心因性のストレスによるものかと。急に環境の変化があった場合には良くあることです。こちらの生活に慣れれば落ち着くでしょう」と言われた。
後宮ここに来て十日と経たずにそこまでのストレスを感じていると聞いてフェアルドは衝撃を受けた。
__フィオナがここの生活に慣れる時など来るのだろうか?
フィオナは未だフェアルドはもちろん、子供の頃から一番近くに置いているマイアとさえ言葉を交わさない。
周りの一切を拒絶している。
それでも顔を見ずにおく事も放っておくこともできず、一日おきにフィオナとお茶の時間を持った。
言葉を交わすどころか顔さえ上げてもらえないが。

そんな日々が二週間も続いた後、「陛下はお忙しいのですからわざわざこちらにいらしてくださらなくて結構ですわ(ていうか来るな)。一人でもあれくらい食べるようにしますから」と言うと、「……私が君の顔を見たいんだ。また来る」と言って帰って行った。
フィオナはその後ろ姿に(白々しい)と毒づいた。

見送るフィオナの険しい視線に少しもフェアルドを赦していない事を見てとって、マイア達はため息を吐いた。
諦めずに毎日フィオナに声掛けを続けているが、フィオナが反応したことはない。
完全に自分の周囲に人はいないものとして振る舞っている。
だが、元々お嬢様育ちのフィオナが自分で身の回りのこと全てをやるには無理がある。
そこでセリン侍女長率いる西の宮付きの侍女達が入浴や着替え等最低限の世話だけはしていた。
彼女達は元々“皇帝陛下の家臣“であり自分が主人云々などと言う感情は持ち合わせていないのでされるがままだった。
抵抗はしないが、言葉を交わすこともない。
それでも側に寄ることさえ許してもらえなくなったマイア達は悲しかった。

それ以上に、“フィオナお嬢様“のことが心配だった。
食べないよりマシとはいえ二日に一度の軽食で栄養が行き渡るはずがなく、後宮に来て僅か半月でフィオナの薔薇色の頬は痩せこけ、目に見えてやつれていった。
輝く銀髪も艶を失い、色褪せて行くかのようだ。
お嬢様のお父君ナスタチアム侯爵に自分達は託されたのに。
後宮でもお嬢様から離れず守ると誓って来たはずなのに、側に寄ることさえ許されない。
罰当たりだとわかってはいるが、皇帝を恨みたい気分だった。


















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