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後宮生活 7
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「……じゃあ手当てを受けなかったのは何故?」
「誰にも会いたくなかったし、特に痛くもなかったので」
「……そうか……」
先程のフィオナとの会話を思い出し、フェアルドは執務室に戻ると崩れるように椅子に倒れ込んだ。
「なんて事だ……」
「ベッドから動いていけないなどとは言っていないよ。好きに動きまわったらいい、壊しても構わないよ。ただ、転んだり怪我をしたりした時は必ず側付きの誰かに知らせてくれいいね?でないと一日中君をこうして見張っていないといけなくなる」
と言い聞かせた後(最後のひと言が効いたのか渋々頷いてくれた)、流石にそのまま抱くわけにもいかず今夜は一人にさせておくことにした。
平静を装っていたが自身の怪我さえ知らせないのを見てフェアルドは戦慄していた。
フィオナは日に日に感情を表さなくなって行った。
生家から連れて来た側付き達を近づけないので、こちらでは皇宮付きの侍女たちに世話をさせているが、やはりフィオナは心は開かない。
もしかして今の彼女は暗殺者を前にしても助けを呼ばないのではないか?
いや、それだけではなくもしかしたら__。
ぞわりと悪寒が這い上がり、フェアルドはきつく目を閉じてきつく拳を握りこんだ。
その状態で秒針が五回ほど周った頃、目を開いたフェアルドは侍従を呼び、「ナスタチアム侯爵を呼んでくれ」と命じた。
それからふた月が経とうという頃、フィオナは未だフェアルドの部屋から出ることを許されず、ただベッドの上で空を見るか時折窓の外に目を向けるだけの日々を過ごしていた。
ひと月が過ぎた頃から、夜フェアルドに襲われる回数は減り、戻って来ない日も出てくるようになった。
他の側妃の所にでも行っているのかもしれない。
サリアはじめ使用人達が何か気晴らしになるようにと本や刺繍道具、異国の珍しい品なども持ってくるがフィオナがそれに手を伸ばしたことはない。
本もただ積み上がっていくだけだった。
声を掛けられてもろくに反応しないフィオナだが、フェアルドに対する拒否反応だけは顕著だった。
だからといってフェアルドがフィオナへ触れるのを躊躇うわけではなく、どころかただ食事を運んでも全く手をつけないフィオナに「俺を早く追い返したければ食べろ」と無理矢理にも程があるランチタイムを毎日設けていた。
朝は具沢山で栄養価の高いスープを起き抜けのベッドの上で飲ませてから執務に向かい、昼はこちらに戻って食事(手ずから食べさせようとしたら振り払われたので「早く出て行って欲しかったら食べなさい」と言って見届けるようになった)、夜はホットミルクやチョコレートくらいしか入らなかったがお昼だけはまともに食べているので何とか保っている状態だったが、そんな皇帝の私室内の情報は外からは見えない。
外側から見ればフィオナは「皇帝が片時も側から離さない寵姫」だ。
よって、こんなことも必然と言えた。
例によってフェアルドのベッドで人形のように過ごしていたフィオナの元へ第一側妃・セレーネが訪れたのだ。
正しくは部屋の前の護衛や前室の侍女の制止を振り切り、
「陛下の忘れ物を届けに来たのよ、通しなさい!」
「私はトーリアの王女で第一側妃なのよ、さがりなさい!」
と押し通って来たのだが。
そうして無理矢理皇帝の寝室に入り込んだセレーネの目に入ったのは、当たり前にフェアルドのベッドの上でまともに衣服も整えず、気怠げにこちらに目をやるフィオナの姿だった。
「なっ……」
絶句するセレーネの両側には国から連れて来た側付きだろう、皇宮とは違う服装の侍女が二人控えていた。
「あ、貴女なんて格好で……」
「こうしていろとのご命令なので」
何の感情もなく答えるフィオナに対し絶句するセレーネの方は、今からパーティーにでも行くかのように頭の天辺から爪先まで決まっていた。
対するフィオナは(疲れそうな格好……ご苦労さまだこと)としか思わなかったが。
「第一側妃様、何故こちらに?皇帝陛下の私室には、許可なく入室してはいけないはずですが」
サリアが慇懃に尋ねると、
「私は陛下の第一側妃よ、許可など不要でしょう」
澄まして応えるセレーネに、
「そうは参りません。こちらは皇帝陛下がお休みになる私的な場所、執務室程度ならともかく何人であれ許可なく入室してはならぬときつく申しつけられております」
「まっ……!失礼な、私は陛下の昨夜の忘れ物をお届けに参っただけですわ」
(昨夜の、忘れ物?)
フィオナが軽く目を見張ったのに満足したのか、
「ええ。陛下ったら昨夜私の所にカフスボタンを落として行ってしまわれて……皇家の紋章入りですから気軽に誰かに預けるわけにも行かず、こうしてお届けに参ったのですわ」
と用意していたとしか思えない台詞をすらすらと語り、得意げに金のカフスボタンをちらつかせた。
サリアは表情ひとつ変えず、
「では皇帝陛下にお渡ししておきます」
「貴女、ただの侍女でしょう?私が直接陛下にお渡しするわ」
「ではこちらではなく前室で陛下のお戻りをお待ちください、いつ戻られるかは分かりませんが」
皇帝の私室には居間の手前に前室がある。
この寝室は居間のさらに奥なので、随分強行に通って来たことになる。
「なっ……」
「このプライベートエリアでの一切を皇帝陛下不在の間任されているのは私でございます。そして現在この部屋への入室を許されているのはフィオナ妃殿下だけでございます」
「ならば陛下に使いを出しなさい!第一側妃・セレーネがこちらでお待ちしていると!」
「出来かねます」
「なんですって?!」
「私はフィオナ妃殿下のお側を離れることはできません」
「なんて生意気で気の利かない……!それが皇帝の妃に対する態度なのっ?!」
「皇帝陛下のご命令です」
「っ!」
唇を噛んだセレーネは、
「もういいわよ!ほらっ!」
ぽいっとカフスボタンをサリアに向かって投げると、
「こんな貧相な小娘に夢中だなんて、フェアルド様の好みは変わっていらっしゃるのね!」
と吐き捨てながら出て行った。
「誰にも会いたくなかったし、特に痛くもなかったので」
「……そうか……」
先程のフィオナとの会話を思い出し、フェアルドは執務室に戻ると崩れるように椅子に倒れ込んだ。
「なんて事だ……」
「ベッドから動いていけないなどとは言っていないよ。好きに動きまわったらいい、壊しても構わないよ。ただ、転んだり怪我をしたりした時は必ず側付きの誰かに知らせてくれいいね?でないと一日中君をこうして見張っていないといけなくなる」
と言い聞かせた後(最後のひと言が効いたのか渋々頷いてくれた)、流石にそのまま抱くわけにもいかず今夜は一人にさせておくことにした。
平静を装っていたが自身の怪我さえ知らせないのを見てフェアルドは戦慄していた。
フィオナは日に日に感情を表さなくなって行った。
生家から連れて来た側付き達を近づけないので、こちらでは皇宮付きの侍女たちに世話をさせているが、やはりフィオナは心は開かない。
もしかして今の彼女は暗殺者を前にしても助けを呼ばないのではないか?
いや、それだけではなくもしかしたら__。
ぞわりと悪寒が這い上がり、フェアルドはきつく目を閉じてきつく拳を握りこんだ。
その状態で秒針が五回ほど周った頃、目を開いたフェアルドは侍従を呼び、「ナスタチアム侯爵を呼んでくれ」と命じた。
それからふた月が経とうという頃、フィオナは未だフェアルドの部屋から出ることを許されず、ただベッドの上で空を見るか時折窓の外に目を向けるだけの日々を過ごしていた。
ひと月が過ぎた頃から、夜フェアルドに襲われる回数は減り、戻って来ない日も出てくるようになった。
他の側妃の所にでも行っているのかもしれない。
サリアはじめ使用人達が何か気晴らしになるようにと本や刺繍道具、異国の珍しい品なども持ってくるがフィオナがそれに手を伸ばしたことはない。
本もただ積み上がっていくだけだった。
声を掛けられてもろくに反応しないフィオナだが、フェアルドに対する拒否反応だけは顕著だった。
だからといってフェアルドがフィオナへ触れるのを躊躇うわけではなく、どころかただ食事を運んでも全く手をつけないフィオナに「俺を早く追い返したければ食べろ」と無理矢理にも程があるランチタイムを毎日設けていた。
朝は具沢山で栄養価の高いスープを起き抜けのベッドの上で飲ませてから執務に向かい、昼はこちらに戻って食事(手ずから食べさせようとしたら振り払われたので「早く出て行って欲しかったら食べなさい」と言って見届けるようになった)、夜はホットミルクやチョコレートくらいしか入らなかったがお昼だけはまともに食べているので何とか保っている状態だったが、そんな皇帝の私室内の情報は外からは見えない。
外側から見ればフィオナは「皇帝が片時も側から離さない寵姫」だ。
よって、こんなことも必然と言えた。
例によってフェアルドのベッドで人形のように過ごしていたフィオナの元へ第一側妃・セレーネが訪れたのだ。
正しくは部屋の前の護衛や前室の侍女の制止を振り切り、
「陛下の忘れ物を届けに来たのよ、通しなさい!」
「私はトーリアの王女で第一側妃なのよ、さがりなさい!」
と押し通って来たのだが。
そうして無理矢理皇帝の寝室に入り込んだセレーネの目に入ったのは、当たり前にフェアルドのベッドの上でまともに衣服も整えず、気怠げにこちらに目をやるフィオナの姿だった。
「なっ……」
絶句するセレーネの両側には国から連れて来た側付きだろう、皇宮とは違う服装の侍女が二人控えていた。
「あ、貴女なんて格好で……」
「こうしていろとのご命令なので」
何の感情もなく答えるフィオナに対し絶句するセレーネの方は、今からパーティーにでも行くかのように頭の天辺から爪先まで決まっていた。
対するフィオナは(疲れそうな格好……ご苦労さまだこと)としか思わなかったが。
「第一側妃様、何故こちらに?皇帝陛下の私室には、許可なく入室してはいけないはずですが」
サリアが慇懃に尋ねると、
「私は陛下の第一側妃よ、許可など不要でしょう」
澄まして応えるセレーネに、
「そうは参りません。こちらは皇帝陛下がお休みになる私的な場所、執務室程度ならともかく何人であれ許可なく入室してはならぬときつく申しつけられております」
「まっ……!失礼な、私は陛下の昨夜の忘れ物をお届けに参っただけですわ」
(昨夜の、忘れ物?)
フィオナが軽く目を見張ったのに満足したのか、
「ええ。陛下ったら昨夜私の所にカフスボタンを落として行ってしまわれて……皇家の紋章入りですから気軽に誰かに預けるわけにも行かず、こうしてお届けに参ったのですわ」
と用意していたとしか思えない台詞をすらすらと語り、得意げに金のカフスボタンをちらつかせた。
サリアは表情ひとつ変えず、
「では皇帝陛下にお渡ししておきます」
「貴女、ただの侍女でしょう?私が直接陛下にお渡しするわ」
「ではこちらではなく前室で陛下のお戻りをお待ちください、いつ戻られるかは分かりませんが」
皇帝の私室には居間の手前に前室がある。
この寝室は居間のさらに奥なので、随分強行に通って来たことになる。
「なっ……」
「このプライベートエリアでの一切を皇帝陛下不在の間任されているのは私でございます。そして現在この部屋への入室を許されているのはフィオナ妃殿下だけでございます」
「ならば陛下に使いを出しなさい!第一側妃・セレーネがこちらでお待ちしていると!」
「出来かねます」
「なんですって?!」
「私はフィオナ妃殿下のお側を離れることはできません」
「なんて生意気で気の利かない……!それが皇帝の妃に対する態度なのっ?!」
「皇帝陛下のご命令です」
「っ!」
唇を噛んだセレーネは、
「もういいわよ!ほらっ!」
ぽいっとカフスボタンをサリアに向かって投げると、
「こんな貧相な小娘に夢中だなんて、フェアルド様の好みは変わっていらっしゃるのね!」
と吐き捨てながら出て行った。
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