心の鍵は開かない〜さようなら、殿下。〈第一章完・第二章開始〉

詩海猫(8/29書籍発売)

文字の大きさ
30 / 55

出来ない約束

しおりを挟む
(嵐みたいな人だったな……それに)
背後に控えていた侍女のうち一人にやけに見られていた気がする。
東の国トーリアには黒髪が多いと聞くが、例に漏れずセレーネは黒髪黒目だったが、侍女たちは茶色だった。髪も瞳も。
一人はすとんとまっすぐ長くした髪、もう一人は短く肩口までの長さだったがふわふわして柔らかそうな髪をしていた。
そのふわ茶色ちゃんにじろじろ見られていた気がする。
(まあ、あちらが寵を競っているつもりなら当然か)
後宮の側妃の影響力はそのまま侍女同士のパワーバランスに反映される。
王女の侍女ならば彼女らも貴族の娘だろうから。
また面倒が増えたことだと息を吐くと、
「申し訳ありません、妃殿下」とサリアが頭を下げて来た。
「あのような暴言を聞かせてしまって……言う前に叩き出すべきでした」
「どうでもいいわよ?」
“自分の所にもフェアルドは来ている“って知らせたかったんだろうけど、私にはどうでもいい。
(ていうか、やっぱりただの侍女じゃないのねサリアは)
初めて会った時から違和感があった。
きっと彼女は私の監視役でもあるのだろう。
「他に何人通う先がいようと、私にはどうでもいいのに」
「妃殿下、陛下は建前上週に一度他の側妃とお茶の時間を持ってらっしゃいますがそれだけです。このカフスボタンはたまたま拾ったか洗濯場に出されたものから拝借してきたものでしょう」
「ふぅん?」
「こんな場所までむざむざ部外者を通してしまうとは。扉前の護衛兵を教育し治さなければいけませんね、あとその前にお灸を据えなくては」
「…………」
(__部外者?)
「皇帝陛下にはご報告しておきます」とサリアは頭を下げた。



「ごめん、フィー。トーリアの王女が来たそうだね?嫌な思いをさせて悪かった。ユズハ、診てくれ」
何故かこの夜戻って来たフェアルドは宮廷医を連れて来た。
宮廷医は複数いるが、ユズハは唯一の女性医師だ。
「何もされておりませんが」と身を引くフィオナに「ただの定期検診だよ、心配しないで」とフェアルドは有無を言わせなかった。
結果、告げられた言葉は「おめでとうございます。懐妊です」だった。

「……っ……」
呆然とするフィオナを他所に、フェアルドは、
「うむ。フィオナ妃に里帰りと生家での出産を認める。速やかにナスタチアム侯爵邸に帰宅し、出産後体調が整い次第、こちらに戻ってくるように」と告げた。

漸く一旦西の宮に戻るのを許されたフィオナをマイア達が涙ながらに迎えるが、フィオナはショックすぎて口も聞けないでいた。
(懐妊?私が?まともに結婚もしてないのに、ここに来て三ヶ月も経っていないのに里帰り?出産?私を見放したあの家で?)
悪い夢のようだ、いや夢であって欲しい。

そう願うフィオナをよそに、周囲は里帰りに向けて準備を進めて行き、数日後には出発の準備が整った。

送りに来たフェアルドはフィオナの手を取ってひざまずくと、
「大事にしてくれ。必ず無事に子を産んでその子と共にここに戻って来てくれ__だが、もし……もしも子を産むにあたって君の体が危なくなるようなら、自分の身を優先してくれ、いいね?後宮ここも君が戻って来るまでにもっと過ごしやすいように整えておくから。まず第一に自身を大事にすると約束してくれ」
「……そのお約束はできかねます」
「フィー!っ、お願いだ、自分を大事にしてくれ!」
「一番ぞんざいに好き勝手に扱ってる方が何を仰っているのやら……」
「わかってる!俺が悪い!この償いは必ずする、だから__」
「陛下は、本当に出来ない約束をするのがお好きですわね?まあ、そういう約束ならばできるかもしれません」
「フィー?どういう、」
「“私だけを妻として絶対裏切らない“という約束、
“私の嫌がることはしない“という約束、
“私が受け入れられるようになるまでいつまでだって待つ“と言うお約束__ひとつだって、守ってくださったことなどないではないですか?守るつもりのない口先だけの約束など、いくらでもできますものね?」
「___すまない。本当に……君を失望させてばかりいる」
「いいえ?失望などしていません。私がしてるのは絶望です。こんな状況を本当に心から喜べる女性がいるならお目にかかりたいぐらい、私はもう生きるのが嫌です、なんで生きてるのかわからないくらい」
「フィー!待ってくれ……フィオナ・ラナンキュラス・ランタナ!お願いだ、戻ってきたら俺を殴っても蹴ってもいい!君の言う通りにするから、思う通りにしていいだから……!」
「陛下、後宮ここに入った時から確かにこの身は陛下のもの。形ない約束ならいくらでも出来ましょう。ですが心まで差し上げるつもりはございません」
「っ……、君が、心を開いてくれるよう、努力する……」
(手遅れだと思いますけれど?)
この男との約束ほどあてに出来ないものものはない。
「必ず、無事に戻って来てくれ……!」
そう叫ぶフェアルドは涙目だったが、フィオナが頷く事はなかった。



















しおりを挟む
感想 42

あなたにおすすめの小説

復讐のための五つの方法

炭田おと
恋愛
 皇后として皇帝カエキリウスのもとに嫁いだイネスは、カエキリウスに愛人ルジェナがいることを知った。皇宮ではルジェナが権威を誇示していて、イネスは肩身が狭い思いをすることになる。  それでも耐えていたイネスだったが、父親に反逆の罪を着せられ、家族も、彼女自身も、処断されることが決まった。  グレゴリウス卿の手を借りて、一人生き残ったイネスは復讐を誓う。  72話で完結です。

ねえ、テレジア。君も愛人を囲って構わない。

夏目
恋愛
愛している王子が愛人を連れてきた。私も愛人をつくっていいと言われた。私は、あなたが好きなのに。 (小説家になろう様にも投稿しています)

四人の令嬢と公爵と

オゾン層
恋愛
「貴様らのような田舎娘は性根が腐っている」  ガルシア辺境伯の令嬢である4人の姉妹は、アミーレア国の王太子の婚約候補者として今の今まで王太子に尽くしていた。国王からも認められた有力な婚約候補者であったにも関わらず、無知なロズワート王太子にある日婚約解消を一方的に告げられ、挙げ句の果てに同じく婚約候補者であったクラシウス男爵の令嬢であるアレッサ嬢の企みによって冤罪をかけられ、隣国を治める『化物公爵』の婚約者として輿入という名目の国外追放を受けてしまう。  人間以外の種族で溢れた隣国ベルフェナールにいるとされる化物公爵ことラヴェルト公爵の兄弟はその恐ろしい容姿から他国からも黒い噂が絶えず、ガルシア姉妹は怯えながらも覚悟を決めてベルフェナール国へと足を踏み入れるが…… 「おはよう。よく眠れたかな」 「お前すごく可愛いな!!」 「花がよく似合うね」 「どうか今日も共に過ごしてほしい」  彼らは見た目に反し、誠実で純愛な兄弟だった。  一方追放を告げられたアミーレア王国では、ガルシア辺境伯令嬢との婚約解消を聞きつけた国王がロズワート王太子に対して右ストレートをかましていた。 ※初ジャンルの小説なので不自然な点が多いかもしれませんがご了承ください

思い出さなければ良かったのに

田沢みん
恋愛
「お前の29歳の誕生日には絶対に帰って来るから」そう言い残して3年後、彼は私の誕生日に帰って来た。 大事なことを忘れたまま。 *本編完結済。不定期で番外編を更新中です。

離婚した彼女は死ぬことにした

はるかわ 美穂
恋愛
事故で命を落とす瞬間、政略結婚で結ばれた夫のアルバートを愛していたことに気づいたエレノア。 もう一度彼との結婚生活をやり直したいと願うと、四年前に巻き戻っていた。 今度こそ彼に相応しい妻になりたいと、これまでの臆病な自分を脱ぎ捨て奮闘するエレノア。しかし、 「前にも言ったけど、君は妻としての役目を果たさなくていいんだよ」 返ってくるのは拒絶を含んだ鉄壁の笑みと、表面的で義務的な優しさ。 それでも夫に想いを捧げ続けていたある日のこと、アルバートの大事にしている弟妹が原因不明の体調不良に襲われた。 神官から、二人の体調不良はエレノアの体内に宿る瘴気が原因だと告げられる。 大切な人を守るために離婚して彼らから離れることをエレノアは決意するが──。

私たちの離婚幸福論

桔梗
ファンタジー
ヴェルディア帝国の皇后として、順風満帆な人生を歩んでいたルシェル。 しかし、彼女の平穏な日々は、ノアの突然の記憶喪失によって崩れ去る。 彼はルシェルとの記憶だけを失い、代わりに”愛する女性”としてイザベルを迎え入れたのだった。 信じていた愛が消え、冷たく突き放されるルシェル。 だがそこに、隣国アンダルシア王国の皇太子ゼノンが現れ、驚くべき提案を持ちかける。 それは救済か、あるいは—— 真実を覆う闇の中、ルシェルの新たな運命が幕を開ける。

【完結】不貞された私を責めるこの国はおかしい

春風由実
恋愛
婚約者が不貞をしたあげく、婚約破棄だと言ってきた。 そんな私がどうして議会に呼び出され糾弾される側なのでしょうか? 婚約者が不貞をしたのは私のせいで、 婚約破棄を命じられたのも私のせいですって? うふふ。面白いことを仰いますわね。 ※最終話まで毎日一話更新予定です。→3/27完結しました。 ※カクヨムにも投稿しています。

【完結】あなたを忘れたい

やまぐちこはる
恋愛
子爵令嬢ナミリアは愛し合う婚約者ディルーストと結婚する日を待ち侘びていた。 そんな時、不幸が訪れる。 ■□■ 【毎日更新】毎日8時と18時更新です。 【完結保証】最終話まで書き終えています。 最後までお付き合い頂けたらうれしいです(_ _)

処理中です...