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侯爵は後悔する
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城から戻ってその話を聞いた侯爵は、庭の東屋にフィオナを呼び出した。
フィオナが嫁いだ日からこうして会うのも話すのも初めてだ。
「エリスが、臥せってしまったよ」
フィオナが戻って来てから何とか親子の時間を持とうと、少しでも邸を明るく保とうと奮闘していたエリスだが、今日の事でまたベッドに臥せってしまった。
「それは大変ですわね。お大事になさってくださいませ」
(__もっと早くに向き合うべきだった)
そう能面のような娘の顔を見て思うが、今更取り繕ったところで無駄だとわかっていた。
「それほど、許せないか……?」
私達を、皇帝陛下を。
「許すも許さないもございません。私は陛下や侯爵の決めたことに従うのみの駒でございますゆえ」
「!、誰かがお前にそう言ったのか?」
「いいえ。誰も、何も、言葉では言いません。ですが行動で示すのですわ。お前はここに行け、そこに移れ、ああしろこうしろと、口先だけは希望を聞く振りをして好き勝手に動かすのですわ、私の体を。まるでチェスの駒のように」
「っ、」
違う、そんなことはないと叫びたいがフィオナの言っている内容は間違ってはいない。内心はどうあれ、確かに自分達の都合でフィオナを振り回していることに変わりないのだから。
黙ってしまった侯爵に、
「ナスタチアム侯爵は愛する方を他の方と共有する事に嫌悪感がないのですか?」
「な、ん……」
言葉を失うマティアスに、フィオナは畳みかける。
「愛する方を他の方と共有するという行為を男性はあまり気にしないものなのでしょうか?疑問には思わないのでしょうか?私には無理です、吐き気が致しますわ」
そう言い切った娘に、ナスタチアム侯爵は気付く。
娘は正気を失っているわけではない。ただただ許せないのだ、自分への裏切りを。
娘が嫌悪を抱いている一夫多妻の最中に放り込んだことも、それを提案・実行した者も、知っていて黙っていた者も等しく憎悪している。
(私達は間違えた)
静かに娘が去った後の庭園で、
「少々、恨めしく思いますぞ陛下……」
と暗い夜空を見上げて呟いた。
フェアルドには帝位を望む意思などなかった。だが有能過ぎた。
頑健な美丈夫で、民からの信任も厚い。
だからこそ、急な即位にも関わらずこの国は安定している。
その野心なき皇帝が唯一望んだのが娘だった。
先代からの負の遺産として二人の側室を迎えなければならなかったから、娘は三人目の側室となるがこのタイミングで迎えいれなければ各国から続々と正妃候補として側室が送り込まれてしまうという現実があった。
元々正式な婚約者である娘を早々に迎え入れれば、そういう輩への牽制にもなるというのも一理ある事も確かだった。
だからこそ、あの時は青年皇帝の熱意に負けて了承したが、侯爵は後悔していた。
蝶よ花よと育っていても娘は愚かな娘ではない。
きちんと説明と手順を踏んでいればここまで頑なにはならなかったろう。
妻も使用人も、邸で大切に育ててきた娘がたった数ヶ月、嫁いでたったそれだけでここまで壊れてしまったのだ、ほんの数ヶ月前まであんなに愛くるしく笑っていた少女が。
一切の感情を消し、親である自分達の事さえ侯爵、侯爵夫人と呼ぶ。
娘からすれば三人目の側室となる事を自分以外は知っていた、黙って送り出さざるを得なかった屋敷の者全員が許せないのだ。
「愚かな娘だと嘲笑っていたのでしょう?」と側付き達に言ったと聞いた。
そんなことはない、屋敷の者たちは何年も睦まじい二人を見てきたからこそ送り出したのだ。
当初予定した形とは違ったが二人は必ず上手く行く、娘は幸せになると疑っていなかった。
まだ幼さの残る娘を後宮に送り込むことに一抹の不安は残っていたが、腹心のメイド達も側につけた上で送り出しフォローをさせれば大丈夫だろうと思ったが全てが逆効果だった。
娘は腹心だった者たちに身の周りの世話をされるのさえ嫌がるようになり、彼女らを寄せ付けなくなった。
一人になりたがり、怪我をしても声ひとつあげず放置して血を流すままにしたことさえあったという。
皇帝がせめてと二人で選んだ家具類を部屋に誂え娘を迎えたが、「こんなもの、三番目の側女には不要」と見向きもせず、贈られたドレスも開封すらせず。
連れて行った使用人たちとすら会話もせず__誰にも、一切心を許さなくなった。
皇帝陛下たっての命令だったとしても、娘からすればただの裏切りには違いない。娘を自身の孫とも娘とも思っていた家令はやつれ、娘に母と認識されなくなった妻はショックで臥せってしまった。今は邸内全てが暗い。
あの青年皇帝にのしかかる責任は重い。
娘を心から愛している事も知っている。
重責に耐え得るのは生半なことではないだろう。
臣下としても義理の父としても出来る限り支えたいとも思っているからこそ責める事はしない、出来ないが__やはり、やりきれない。
「……どうして、こんなに早くに……」
何故、こんなに早く夭逝してしまわれた。
貴殿には心から愛し合った妃も、帝位など欠片も望まず貴殿を支え続けようと誓った弟君もいたのに。
弟君に全てを押し付けて、妃殿下を悲しませて。
結果、現皇帝は娘のことで判断を誤った。
このまま娘が失われれば、あの皇帝とて壊れかねない。
だが、娘はもうまともに聞く耳を持たない。
ただ自分の身がやつれるまま萎れるままに任せ、まともな栄養ひとつ取ろうとしない。
腹の子どころか、娘自身生きようとしていないのだ。
何も望んでいない娘に、何を与えれば良い?
何かひとつでいい、何か__侯爵は一人、庭園で悩み続けた。
フィオナが嫁いだ日からこうして会うのも話すのも初めてだ。
「エリスが、臥せってしまったよ」
フィオナが戻って来てから何とか親子の時間を持とうと、少しでも邸を明るく保とうと奮闘していたエリスだが、今日の事でまたベッドに臥せってしまった。
「それは大変ですわね。お大事になさってくださいませ」
(__もっと早くに向き合うべきだった)
そう能面のような娘の顔を見て思うが、今更取り繕ったところで無駄だとわかっていた。
「それほど、許せないか……?」
私達を、皇帝陛下を。
「許すも許さないもございません。私は陛下や侯爵の決めたことに従うのみの駒でございますゆえ」
「!、誰かがお前にそう言ったのか?」
「いいえ。誰も、何も、言葉では言いません。ですが行動で示すのですわ。お前はここに行け、そこに移れ、ああしろこうしろと、口先だけは希望を聞く振りをして好き勝手に動かすのですわ、私の体を。まるでチェスの駒のように」
「っ、」
違う、そんなことはないと叫びたいがフィオナの言っている内容は間違ってはいない。内心はどうあれ、確かに自分達の都合でフィオナを振り回していることに変わりないのだから。
黙ってしまった侯爵に、
「ナスタチアム侯爵は愛する方を他の方と共有する事に嫌悪感がないのですか?」
「な、ん……」
言葉を失うマティアスに、フィオナは畳みかける。
「愛する方を他の方と共有するという行為を男性はあまり気にしないものなのでしょうか?疑問には思わないのでしょうか?私には無理です、吐き気が致しますわ」
そう言い切った娘に、ナスタチアム侯爵は気付く。
娘は正気を失っているわけではない。ただただ許せないのだ、自分への裏切りを。
娘が嫌悪を抱いている一夫多妻の最中に放り込んだことも、それを提案・実行した者も、知っていて黙っていた者も等しく憎悪している。
(私達は間違えた)
静かに娘が去った後の庭園で、
「少々、恨めしく思いますぞ陛下……」
と暗い夜空を見上げて呟いた。
フェアルドには帝位を望む意思などなかった。だが有能過ぎた。
頑健な美丈夫で、民からの信任も厚い。
だからこそ、急な即位にも関わらずこの国は安定している。
その野心なき皇帝が唯一望んだのが娘だった。
先代からの負の遺産として二人の側室を迎えなければならなかったから、娘は三人目の側室となるがこのタイミングで迎えいれなければ各国から続々と正妃候補として側室が送り込まれてしまうという現実があった。
元々正式な婚約者である娘を早々に迎え入れれば、そういう輩への牽制にもなるというのも一理ある事も確かだった。
だからこそ、あの時は青年皇帝の熱意に負けて了承したが、侯爵は後悔していた。
蝶よ花よと育っていても娘は愚かな娘ではない。
きちんと説明と手順を踏んでいればここまで頑なにはならなかったろう。
妻も使用人も、邸で大切に育ててきた娘がたった数ヶ月、嫁いでたったそれだけでここまで壊れてしまったのだ、ほんの数ヶ月前まであんなに愛くるしく笑っていた少女が。
一切の感情を消し、親である自分達の事さえ侯爵、侯爵夫人と呼ぶ。
娘からすれば三人目の側室となる事を自分以外は知っていた、黙って送り出さざるを得なかった屋敷の者全員が許せないのだ。
「愚かな娘だと嘲笑っていたのでしょう?」と側付き達に言ったと聞いた。
そんなことはない、屋敷の者たちは何年も睦まじい二人を見てきたからこそ送り出したのだ。
当初予定した形とは違ったが二人は必ず上手く行く、娘は幸せになると疑っていなかった。
まだ幼さの残る娘を後宮に送り込むことに一抹の不安は残っていたが、腹心のメイド達も側につけた上で送り出しフォローをさせれば大丈夫だろうと思ったが全てが逆効果だった。
娘は腹心だった者たちに身の周りの世話をされるのさえ嫌がるようになり、彼女らを寄せ付けなくなった。
一人になりたがり、怪我をしても声ひとつあげず放置して血を流すままにしたことさえあったという。
皇帝がせめてと二人で選んだ家具類を部屋に誂え娘を迎えたが、「こんなもの、三番目の側女には不要」と見向きもせず、贈られたドレスも開封すらせず。
連れて行った使用人たちとすら会話もせず__誰にも、一切心を許さなくなった。
皇帝陛下たっての命令だったとしても、娘からすればただの裏切りには違いない。娘を自身の孫とも娘とも思っていた家令はやつれ、娘に母と認識されなくなった妻はショックで臥せってしまった。今は邸内全てが暗い。
あの青年皇帝にのしかかる責任は重い。
娘を心から愛している事も知っている。
重責に耐え得るのは生半なことではないだろう。
臣下としても義理の父としても出来る限り支えたいとも思っているからこそ責める事はしない、出来ないが__やはり、やりきれない。
「……どうして、こんなに早くに……」
何故、こんなに早く夭逝してしまわれた。
貴殿には心から愛し合った妃も、帝位など欠片も望まず貴殿を支え続けようと誓った弟君もいたのに。
弟君に全てを押し付けて、妃殿下を悲しませて。
結果、現皇帝は娘のことで判断を誤った。
このまま娘が失われれば、あの皇帝とて壊れかねない。
だが、娘はもうまともに聞く耳を持たない。
ただ自分の身がやつれるまま萎れるままに任せ、まともな栄養ひとつ取ろうとしない。
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