心の鍵は開かない〜さようなら、殿下。〈第一章完・第二章開始〉

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ナスタチアム侯爵邸 3

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ナスタチアム侯爵と話して数日後、コンコン、と部屋にノックの音が響いた。
「どなた?」
フィオナは室内に人を入れたがらないので、部屋には基本自身しかいないことが多い。
ノックも食事をどこでとるかや、お茶の有無くらいなので自分で対応している。
「あ、あのセシルです。お花をお持ちしました」
「!」
その声に驚いて、フィオナは扉を開けた。



セシルは庭師のイワンの孫で、フィオナのひとつ下だ。
幼い頃両親が揃って事故で亡くなったため、イワンに引き取られてこの邸に来た。
両親をいっぺんに亡くしたセシルはここに来たばかりの時、暗い瞳をした子供だった。
自分より小さな子供に初めて会ったフィオナは喜び、だが両親を亡くしたばかりの子供にお姉さんぶって寄り添い、セシルに笑顔を取り戻させた。
幼馴染の良い遊び相手だったわけだが、十歳になった頃、
「両親が亡くなっているからといって、優秀な子がきちんとした教育を受けられないのはいけない。国にとっても損失だ」とフェアルドが申し出て奨学金の手配をし、ポケットマネーから支度金を出して外国の寄宿舎学校に行っていた。

あの時フィオナは「幼馴染のセシルの事まで考えてくれるなんて!」と感動していたが、今思えばあれも私に別の男性(たとえ子供でも)を近づかせないための方便だったのだろう。
後見人には父がなっていたが、先日父からの急使により呼び戻されたと言う。
曰く“皇帝陛下に嫁いだフィオナお嬢様がお心を病んで侯爵邸で静養されているので見舞うように“とかなんとか、イワンに書かせたらしい。
驚いたセシルは取るものもとりあえずこちらに向かい、昨夜遅くに到着して、今朝一番に庭師の祖父と庭園の花を見繕って花束を作り、それを携えて私のところにやって来たそうだ。

流石に何も関係ないうえに、久しぶりに会った幼馴染に他の家人と同じように接することもできず、フィオナは複雑な顔で花束を受け取った。
「ありがとう、セシル」
セシルはフィオナの変わりように驚いたようだ。
四年分、互いに成長しているのは当たり前としてもフィオナはやつれすぎていた。
「お嬢様、一体、」
驚くセシルを部屋に入れるのも憚られたため、
「せっかく来てくれたのだから庭でお茶にしましょう?貴方のお爺さまご謹製の花がよく見える場所で」
と庭にティーセットを用意してもらった。



席に着いて直ぐ、
「お嬢様、何か悲しいことがあったのですか?」
とセシルが身を乗り出してきた。
「悲しいと言うよりは腹だたしい__かしらね?ごめんなさいね、外国で学んでる最中の貴方を巻き込んでしまって」
そう言ってフィオナは曖昧に微笑う。
セシルは今十四歳。ナスタチアム侯爵が後見しているといっても平民だ。
イワン爺が引退する前に身の振り方を決めなければいけないのに。
未来ある少年を、こんなことに巻き込むべきではない。
この子も犠牲者だ。
(私と、ある意味同じね)
大人の思惑に振り回されて__。

何をどう聞いているか知らないが、セシルは寄宿学校で初めて知って驚いたこと、失敗したこと、最初は嫌だった勉強が今は楽しいこと__等々を色々話した。
フィオナは時々相槌を打つくらいだったが、久しぶりに庭でお茶するフィオナの姿を侯爵はじめナスタチアム邸の者たちは物影でおいおいと泣きながら替わるがわる見守った(出歯亀ともいう)。

「セシルはいつまでこっちにいる予定なの?学校はお休み中ではないわよね?」
「そうなんですが、旦那様が学校に掛け合って帰国してからの補習と課題で進級できるよう取り計らってくださいまして、」
(そんな事までしたのか……)
「その、」
「どうしたの?」
「その、お嬢様が元気なお子様を産むまで、お話相手になるように、と」
顔を赤らめながら言われた言葉に、目が点になった。
(呆れた……!)
「ねえセシル?私がこんなにやつれたのは侯爵や陛下に責任があるけれど、貴方には関係ないのよ?こんなことに付き合わされて今の自分を消費しては駄目。貴族の馬鹿ばかしい事情なんかに、」
「俺__いえ、わたsいっ!」
あ。
噛んだ。
「__無理して言い慣れない言葉なんて使おうとするから」
「だって、爺ちゃんに言われたんです!もうお嬢様は妃殿下なんだから、昔と同じように接したらダメだって……!」
「私はそんな堅っ苦しい喋り方の貴方となんて話したくないわよ?」
「そんなぁ、特訓させられたのに」
「自然に出るようにならなければ意味ないわ、無理はおやめなさい」
「お嬢様は、ほんとに自然に出ますよね……」
「それは当たり前よ、こうなるように育てられたのだから。貴方は自分の子供にやっちゃダメよ?」
「えっ……ダメなんですか?」
「子供本人がそうありたいならともかく、ひたすら親や婚約者に都合の良い理想を押しつけて教育するのは貴族の悪癖よ。虐待と言ってもいいわ。貴方はそんな親になっちゃ駄目よ?」
そう話しながら、フィオナは自分も“良い親“にはなれないだろうと思った。
__望んで親になるわけではないから、ただ操り人形にされた結果だから、私はきっと良い母親になどなれないだろう。

体は暴かれたけど、心だけはあげない。
絶対、誰にも欠片も預けない。
そう決心してフィオナは心に鍵をかけてしまった。
その鍵はもうない。
捨ててしまったか、或いは壊してしまったか__フィオナ自身にも もう良くわからなかった。

(聞き耳を立てていた)侯爵は、ひたすら耳と心臓が痛かった。











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