35 / 55
ナスタチアム侯爵邸 4
しおりを挟む
セシルの影響で少しだけ部屋から出るようになったフィオナだが、やはり他の家人__特にナスタチアム侯爵夫妻とは相変わらず話そうとしなかった。
声をかけたところで、「何か御用ですか?侯爵様」と言われて落ち込むだけなので遠目にセシルと話しているのを見守るに留め、フィオナの産み月も近くなってきた頃、侯爵邸に暗殺団が侵入した。
夜中に裏門の門兵を倒し、速やかに邸に侵入を果たしたのは手練れだろう。
だが、侯爵邸には警備兵だけでなく魔法による警報装置とも呼べるものが張り巡らされていた為、直様不法侵入者に気付き、侵入者のいる場所に邸の手練れ達が集結した。
この魔法は邸の床に陣を書き込み、記録された人間以外がそこを歩くと警報が鳴り響いて危険を知らせるというもの。
陣は絨毯等で隠されているので目に見えず、また使用人にも執事などごく一部の者しか知らされていなかった。
暗殺団は数が多かったが、これは分が悪かった。
ナスタチアム侯爵家個人の警備・護衛騎士は元々数が多く、質も高い。
加えて今は皇帝フェアルドの号令一下、ランタナ皇国の騎士達が邸内を、王宮の警備兵が邸外を、そしてラナンキュラス公所有の騎士団はフィオナ個人の護衛に就いていた。
大人数の方が陽動でフィオナのみを狙ってきたのは団の中でも精鋭の二人であったが、フィオナの部屋にバルコニーからの侵入を試みた二人は絶句した。
「なっ……!」
上がってきた木の枝から顔を上げるとそこには「待ってました」とばかりに自分に向かって矢をつがえている女性騎士がおり、その向こう__部屋の外にも中にも女性騎士の姿があり、ターゲットの姿も確認できないまま暗殺者は矢に打たれて高い木から真っ逆さまに落ちた。
念のため木の上に顔を出すタイミングをずらしたもう一人は、(なんだよ、あの警備は?ターゲットの姿も見えやしねぇ、情報が漏れてたか?どっちにしろ引いた方が良さそうだ)と舌打ちしながらするすると音もなく木から降りたがそこには、
「遅かったな、お前が最後だ」と大剣を構える騎士がいた。
その後ろにも鍛えられた体躯の騎士が並び、男は敗北を悟った。
その瞬間、首が飛んだ。
フィオナはこのことを知らされていなかったが、あれだけの大捕物(しかも自分の周りに人のバリア)で邸を騒がせたのだ、気が付かないはずがない。
彼女らを問い詰め、「皇帝陛下のご命令です」と聞いたフィオナは、
「暗殺団が来るとわかってて?」
(後宮を出したということは__あゝそうか、つまり)
「囮に使われたってこと……」
フィオナのどこか上の空の呟きに、
「妃殿下!違います」
「私たちは“念のため“に陛下から護衛を任じられただけでございます!」
女性騎士たちは慌てて言い募るが、
(あれだけ言っても後宮から出そうとはしてくれなかったのに、急に里帰りを認めたのはそういうわけ……)
「最低……」
ボソッと漏らした呟きに女性騎士たちは青ざめて報告に走った。
報告を聞いたナスタチアム侯爵はフィオナの元を訪れ、
「フィオナ、陛下はそんなお方ではない。今回の事は陛下が万が一を考えて騎士たちを送ってくださったのだ。お前に危害が及んではいけないと」
「では侯爵閣下もご存知でしたのね?暗殺団が私を狙ってくると」
「いや、知らせがあったのはつい先日だ。第二側妃が妙な動きをしていると、お前に危険が及ぶかもしれないと火急に手紙鳥を送ってくださった。遅れて騎士団を送ったとも。だからこそ大事に至らなかったのだ」
手紙鳥は名前通り紙に書いた手紙が鳥型になって宛てられた持ち主の元まで飛んでいくというもので、普通の鳥よりもずっと早い。
この国には昔は当たり前にあった魔法がほとんど廃れていて、僅かに残るのみだ。
使える者もごく僅かで、行使できる魔法も僅か。
せいぜい急を知らせる手紙鳥や持ち主を悪い想念から守るお護りや、重いものの軽量化といった程度の魔法が残るのみだ。
何もフェアルドが手配したものだが、今回のような大掛かりな結界魔法は侯爵は初めて見た。
手紙には第一側妃がフィオナに暴言を吐いたので対処するつもりなこと、第二側妃は後宮に来てからこれといった動きがなかったもののフィオナが実家に下がってからわかりやすく色目を使って来ており、何かきな臭い事を企んでいるらしいことなどが書かれていた。
最後に「フィオナを頼む、すまない」とも。
次いで王宮から追加の騎士団が到着したからこそ、水も漏らさぬ警護体制になったのだ。
フィオナには元々ラナンキュラスの騎士団が帯同していたが、侯爵家だけでは無理だったろう。
今回の敵は暗殺者ではない、暗殺団だったのだから。
もちろん一個師団というわけではないが個人の暗殺に百人近い人数は異常だ。
しかも統制が取れていたからただのごろつきの集まりなどではない。
「まあ。それではこの騒ぎは第二側妃のソレイユ様が私を狙って?先に嫁しておられた側妃様二人は“形式上迎えただけで時期を見て国に帰す事を本人たちも納得しているから気にしなくて良い“と仰っておいででしたのに。第一側妃様には“こんな貧相な小娘に夢中だなんて、フェアルド様の好みは変わっていらっしゃるのね!“と面と向かって言われましたし__本当に、陛下は嘘つきですわ」
「フィオナ!」
侯爵は咎めるような声をあげるが娘の後半の言葉に引っかかりを覚えた。
「っ__第一側妃に、面と向かって……?」
(顔を合わせていないのではなかったか?てっきり与えられた東の宮で暴言を言っているのを聞き咎められたのかと思ったが、面と向かってだと?)
「ええ。皇帝陛下の私室に監禁されている時にいらしたわ。陛下の忘れ物を届けにいらしたとか」
「っ、」
(何をやっているんだあ奴は!?)
侯爵はしばし混乱した。
「こうなることがわかっていたなら、後宮から出さなければ暗殺団などあちらも送りようがなかったでしょうに、わざわざ隙を作って襲う機会を作らせるなんて、本当に悪趣味な方」
というフィオナの非難に言い返せなかった。
侯爵は青褪め、フィオナの頭の奥で、また何かがぱきんと音をたてて割れた。
声をかけたところで、「何か御用ですか?侯爵様」と言われて落ち込むだけなので遠目にセシルと話しているのを見守るに留め、フィオナの産み月も近くなってきた頃、侯爵邸に暗殺団が侵入した。
夜中に裏門の門兵を倒し、速やかに邸に侵入を果たしたのは手練れだろう。
だが、侯爵邸には警備兵だけでなく魔法による警報装置とも呼べるものが張り巡らされていた為、直様不法侵入者に気付き、侵入者のいる場所に邸の手練れ達が集結した。
この魔法は邸の床に陣を書き込み、記録された人間以外がそこを歩くと警報が鳴り響いて危険を知らせるというもの。
陣は絨毯等で隠されているので目に見えず、また使用人にも執事などごく一部の者しか知らされていなかった。
暗殺団は数が多かったが、これは分が悪かった。
ナスタチアム侯爵家個人の警備・護衛騎士は元々数が多く、質も高い。
加えて今は皇帝フェアルドの号令一下、ランタナ皇国の騎士達が邸内を、王宮の警備兵が邸外を、そしてラナンキュラス公所有の騎士団はフィオナ個人の護衛に就いていた。
大人数の方が陽動でフィオナのみを狙ってきたのは団の中でも精鋭の二人であったが、フィオナの部屋にバルコニーからの侵入を試みた二人は絶句した。
「なっ……!」
上がってきた木の枝から顔を上げるとそこには「待ってました」とばかりに自分に向かって矢をつがえている女性騎士がおり、その向こう__部屋の外にも中にも女性騎士の姿があり、ターゲットの姿も確認できないまま暗殺者は矢に打たれて高い木から真っ逆さまに落ちた。
念のため木の上に顔を出すタイミングをずらしたもう一人は、(なんだよ、あの警備は?ターゲットの姿も見えやしねぇ、情報が漏れてたか?どっちにしろ引いた方が良さそうだ)と舌打ちしながらするすると音もなく木から降りたがそこには、
「遅かったな、お前が最後だ」と大剣を構える騎士がいた。
その後ろにも鍛えられた体躯の騎士が並び、男は敗北を悟った。
その瞬間、首が飛んだ。
フィオナはこのことを知らされていなかったが、あれだけの大捕物(しかも自分の周りに人のバリア)で邸を騒がせたのだ、気が付かないはずがない。
彼女らを問い詰め、「皇帝陛下のご命令です」と聞いたフィオナは、
「暗殺団が来るとわかってて?」
(後宮を出したということは__あゝそうか、つまり)
「囮に使われたってこと……」
フィオナのどこか上の空の呟きに、
「妃殿下!違います」
「私たちは“念のため“に陛下から護衛を任じられただけでございます!」
女性騎士たちは慌てて言い募るが、
(あれだけ言っても後宮から出そうとはしてくれなかったのに、急に里帰りを認めたのはそういうわけ……)
「最低……」
ボソッと漏らした呟きに女性騎士たちは青ざめて報告に走った。
報告を聞いたナスタチアム侯爵はフィオナの元を訪れ、
「フィオナ、陛下はそんなお方ではない。今回の事は陛下が万が一を考えて騎士たちを送ってくださったのだ。お前に危害が及んではいけないと」
「では侯爵閣下もご存知でしたのね?暗殺団が私を狙ってくると」
「いや、知らせがあったのはつい先日だ。第二側妃が妙な動きをしていると、お前に危険が及ぶかもしれないと火急に手紙鳥を送ってくださった。遅れて騎士団を送ったとも。だからこそ大事に至らなかったのだ」
手紙鳥は名前通り紙に書いた手紙が鳥型になって宛てられた持ち主の元まで飛んでいくというもので、普通の鳥よりもずっと早い。
この国には昔は当たり前にあった魔法がほとんど廃れていて、僅かに残るのみだ。
使える者もごく僅かで、行使できる魔法も僅か。
せいぜい急を知らせる手紙鳥や持ち主を悪い想念から守るお護りや、重いものの軽量化といった程度の魔法が残るのみだ。
何もフェアルドが手配したものだが、今回のような大掛かりな結界魔法は侯爵は初めて見た。
手紙には第一側妃がフィオナに暴言を吐いたので対処するつもりなこと、第二側妃は後宮に来てからこれといった動きがなかったもののフィオナが実家に下がってからわかりやすく色目を使って来ており、何かきな臭い事を企んでいるらしいことなどが書かれていた。
最後に「フィオナを頼む、すまない」とも。
次いで王宮から追加の騎士団が到着したからこそ、水も漏らさぬ警護体制になったのだ。
フィオナには元々ラナンキュラスの騎士団が帯同していたが、侯爵家だけでは無理だったろう。
今回の敵は暗殺者ではない、暗殺団だったのだから。
もちろん一個師団というわけではないが個人の暗殺に百人近い人数は異常だ。
しかも統制が取れていたからただのごろつきの集まりなどではない。
「まあ。それではこの騒ぎは第二側妃のソレイユ様が私を狙って?先に嫁しておられた側妃様二人は“形式上迎えただけで時期を見て国に帰す事を本人たちも納得しているから気にしなくて良い“と仰っておいででしたのに。第一側妃様には“こんな貧相な小娘に夢中だなんて、フェアルド様の好みは変わっていらっしゃるのね!“と面と向かって言われましたし__本当に、陛下は嘘つきですわ」
「フィオナ!」
侯爵は咎めるような声をあげるが娘の後半の言葉に引っかかりを覚えた。
「っ__第一側妃に、面と向かって……?」
(顔を合わせていないのではなかったか?てっきり与えられた東の宮で暴言を言っているのを聞き咎められたのかと思ったが、面と向かってだと?)
「ええ。皇帝陛下の私室に監禁されている時にいらしたわ。陛下の忘れ物を届けにいらしたとか」
「っ、」
(何をやっているんだあ奴は!?)
侯爵はしばし混乱した。
「こうなることがわかっていたなら、後宮から出さなければ暗殺団などあちらも送りようがなかったでしょうに、わざわざ隙を作って襲う機会を作らせるなんて、本当に悪趣味な方」
というフィオナの非難に言い返せなかった。
侯爵は青褪め、フィオナの頭の奥で、また何かがぱきんと音をたてて割れた。
158
あなたにおすすめの小説
復讐のための五つの方法
炭田おと
恋愛
皇后として皇帝カエキリウスのもとに嫁いだイネスは、カエキリウスに愛人ルジェナがいることを知った。皇宮ではルジェナが権威を誇示していて、イネスは肩身が狭い思いをすることになる。
それでも耐えていたイネスだったが、父親に反逆の罪を着せられ、家族も、彼女自身も、処断されることが決まった。
グレゴリウス卿の手を借りて、一人生き残ったイネスは復讐を誓う。
72話で完結です。
四人の令嬢と公爵と
オゾン層
恋愛
「貴様らのような田舎娘は性根が腐っている」
ガルシア辺境伯の令嬢である4人の姉妹は、アミーレア国の王太子の婚約候補者として今の今まで王太子に尽くしていた。国王からも認められた有力な婚約候補者であったにも関わらず、無知なロズワート王太子にある日婚約解消を一方的に告げられ、挙げ句の果てに同じく婚約候補者であったクラシウス男爵の令嬢であるアレッサ嬢の企みによって冤罪をかけられ、隣国を治める『化物公爵』の婚約者として輿入という名目の国外追放を受けてしまう。
人間以外の種族で溢れた隣国ベルフェナールにいるとされる化物公爵ことラヴェルト公爵の兄弟はその恐ろしい容姿から他国からも黒い噂が絶えず、ガルシア姉妹は怯えながらも覚悟を決めてベルフェナール国へと足を踏み入れるが……
「おはよう。よく眠れたかな」
「お前すごく可愛いな!!」
「花がよく似合うね」
「どうか今日も共に過ごしてほしい」
彼らは見た目に反し、誠実で純愛な兄弟だった。
一方追放を告げられたアミーレア王国では、ガルシア辺境伯令嬢との婚約解消を聞きつけた国王がロズワート王太子に対して右ストレートをかましていた。
※初ジャンルの小説なので不自然な点が多いかもしれませんがご了承ください
思い出さなければ良かったのに
田沢みん
恋愛
「お前の29歳の誕生日には絶対に帰って来るから」そう言い残して3年後、彼は私の誕生日に帰って来た。
大事なことを忘れたまま。
*本編完結済。不定期で番外編を更新中です。
離婚した彼女は死ぬことにした
はるかわ 美穂
恋愛
事故で命を落とす瞬間、政略結婚で結ばれた夫のアルバートを愛していたことに気づいたエレノア。
もう一度彼との結婚生活をやり直したいと願うと、四年前に巻き戻っていた。
今度こそ彼に相応しい妻になりたいと、これまでの臆病な自分を脱ぎ捨て奮闘するエレノア。しかし、
「前にも言ったけど、君は妻としての役目を果たさなくていいんだよ」
返ってくるのは拒絶を含んだ鉄壁の笑みと、表面的で義務的な優しさ。
それでも夫に想いを捧げ続けていたある日のこと、アルバートの大事にしている弟妹が原因不明の体調不良に襲われた。
神官から、二人の体調不良はエレノアの体内に宿る瘴気が原因だと告げられる。
大切な人を守るために離婚して彼らから離れることをエレノアは決意するが──。
私たちの離婚幸福論
桔梗
ファンタジー
ヴェルディア帝国の皇后として、順風満帆な人生を歩んでいたルシェル。
しかし、彼女の平穏な日々は、ノアの突然の記憶喪失によって崩れ去る。
彼はルシェルとの記憶だけを失い、代わりに”愛する女性”としてイザベルを迎え入れたのだった。
信じていた愛が消え、冷たく突き放されるルシェル。
だがそこに、隣国アンダルシア王国の皇太子ゼノンが現れ、驚くべき提案を持ちかける。
それは救済か、あるいは——
真実を覆う闇の中、ルシェルの新たな運命が幕を開ける。
【完結】不貞された私を責めるこの国はおかしい
春風由実
恋愛
婚約者が不貞をしたあげく、婚約破棄だと言ってきた。
そんな私がどうして議会に呼び出され糾弾される側なのでしょうか?
婚約者が不貞をしたのは私のせいで、
婚約破棄を命じられたのも私のせいですって?
うふふ。面白いことを仰いますわね。
※最終話まで毎日一話更新予定です。→3/27完結しました。
※カクヨムにも投稿しています。
【完結】あなたを忘れたい
やまぐちこはる
恋愛
子爵令嬢ナミリアは愛し合う婚約者ディルーストと結婚する日を待ち侘びていた。
そんな時、不幸が訪れる。
■□■
【毎日更新】毎日8時と18時更新です。
【完結保証】最終話まで書き終えています。
最後までお付き合い頂けたらうれしいです(_ _)
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる