心の鍵は開かない〜さようなら、殿下。〈第一章完・第二章開始〉

詩海猫(8/29書籍発売)

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ナスタチアム侯爵邸 4

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セシルの影響で少しだけ部屋から出るようになったフィオナだが、やはり他の家人__特にナスタチアム侯爵夫妻とは相変わらず話そうとしなかった。

声をかけたところで、「何か御用ですか?侯爵様」と言われて落ち込むだけなので遠目にセシルと話しているのを見守るに留め、フィオナの産み月も近くなってきた頃、侯爵邸に暗殺団が侵入した。
夜中に裏門の門兵を倒し、速やかに邸に侵入を果たしたのは手練れプロだろう。
だが、侯爵邸には警備兵だけでなく魔法による警報装置とも呼べるものが張り巡らされていた為、直様不法侵入者に気付き、侵入者のいる場所に邸の手練れ達が集結した。
この魔法は邸の床に陣を書き込み、記録された人間以外がそこを歩くと警報が鳴り響いて危険を知らせるというもの。
陣は絨毯等で隠されているので目に見えず、また使用人にも執事などごく一部の者しか知らされていなかった。

暗殺団は数が多かったが、これは分が悪かった。
ナスタチアム侯爵家個人の警備・護衛騎士は元々数が多く、質も高い。
加えて今は皇帝フェアルドの号令一下、ランタナ皇国の騎士達が邸内を、王宮の警備兵が邸外を、そしてラナンキュラス公所有の騎士団はフィオナ個人の護衛に就いていた。

大人数の方が陽動でフィオナのみを狙ってきたのは団の中でも精鋭の二人であったが、フィオナの部屋にバルコニーからの侵入を試みた二人は絶句した。
「なっ……!」
上がってきた木の枝から顔を上げるとそこには「待ってました」とばかりに自分に向かって矢をつがえている女性騎士がおり、その向こう__部屋の外にも中にも女性騎士の姿があり、ターゲットの姿も確認できないまま暗殺者は矢に打たれて高い木から真っ逆さまに落ちた。

念のため木の上に顔を出すタイミングをずらしたもう一人は、(なんだよ、あの警備は?ターゲットの姿も見えやしねぇ、情報が漏れてたか?どっちにしろ引いた方が良さそうだ)と舌打ちしながらするすると音もなく木から降りたがそこには、
「遅かったな、お前が最後だ」と大剣を構える騎士がいた。
その後ろにも鍛えられた体躯の騎士が並び、男は敗北を悟った。
その瞬間、首が飛んだ。

フィオナはこのことを知らされていなかったが、あれだけの大捕物(しかも自分の周りに人のバリア)で邸を騒がせたのだ、気が付かないはずがない。
彼女らを問い詰め、「皇帝陛下のご命令です」と聞いたフィオナは、
「暗殺団が来るとわかってて?」
(後宮を出したということは__あゝそうか、つまり)
「囮に使われたってこと……」
フィオナのどこか上の空の呟きに、
「妃殿下!違います」
「私たちは“念のため“に陛下から護衛を任じられただけでございます!」
女性騎士たちは慌てて言い募るが、
(あれだけ言っても後宮から出そうとはしてくれなかったのに、急に里帰りを認めたのはそういうわけ……)
「最低……」
ボソッと漏らした呟きに女性騎士たちは青ざめて報告に走った。

報告を聞いたナスタチアム侯爵はフィオナの元を訪れ、
「フィオナ、陛下はそんなお方ではない。今回の事は陛下が万が一を考えて騎士たちを送ってくださったのだ。お前に危害が及んではいけないと」
「では侯爵閣下もご存知でしたのね?暗殺団が私を狙ってくると」
「いや、知らせがあったのはつい先日だ。第二側妃が妙な動きをしていると、お前に危険が及ぶかもしれないと火急に手紙鳥を送ってくださった。遅れて騎士団を送ったとも。だからこそ大事に至らなかったのだ」

手紙鳥は名前通り紙に書いた手紙が鳥型になって宛てられた持ち主の元まで飛んでいくというもので、普通の鳥よりもずっと早い。
この国には昔は当たり前にあった魔法がほとんど廃れていて、僅かに残るのみだ。
使える者もごく僅かで、行使できる魔法も僅か。
せいぜい急を知らせる手紙鳥や持ち主を悪い想念から守るお護りや、重いものの軽量化といった程度の魔法が残るのみだ。
何もフェアルドが手配したものだが、今回のような大掛かりな結界魔法は侯爵は初めて見た。

手紙には第一側妃がフィオナに暴言を吐いたので対処するつもりなこと、第二側妃は後宮に来てからこれといった動きがなかったもののフィオナが実家に下がってからわかりやすく色目を使って来ており、何かきな臭い事を企んでいるらしいことなどが書かれていた。
最後に「フィオナを頼む、すまない」とも。
次いで王宮から追加の騎士団が到着したからこそ、水も漏らさぬ警護体制になったのだ。
フィオナには元々ラナンキュラスの騎士団が帯同していたが、侯爵家だけでは無理だったろう。
今回の敵は暗殺者ではない、だったのだから。
もちろん一個師団というわけではないが個人の暗殺に百人近い人数は異常だ。
しかも統制が取れていたからただのごろつきの集まりなどではない。

「まあ。それではこの騒ぎは第二側妃のソレイユ様が私を狙って?先に嫁しておられた側妃様二人は“形式上迎えただけで時期を見て国に帰す事を本人たちも納得しているから気にしなくて良い“と仰っておいででしたのに。第一側妃様には“こんな貧相な小娘に夢中だなんて、フェアルド様の好みは変わっていらっしゃるのね!“と面と向かって言われましたし__本当に、陛下は嘘つきですわ」
「フィオナ!」
侯爵は咎めるような声をあげるが娘の後半の言葉に引っかかりを覚えた。
「っ__第一側妃に、面と向かって……?」
(顔を合わせていないのではなかったか?てっきり与えられた東の宮で暴言を言っているのを聞き咎められたのかと思ったが、面と向かってだと?)
「ええ。皇帝陛下の私室に監禁されている時にいらしたわ。陛下の忘れ物を届けにいらしたとか」
「っ、」
(何をやっているんだあ奴は!?)
侯爵はしばし混乱した。
「こうなることがわかっていたなら、後宮から出さなければ暗殺団などあちらも送りようがなかったでしょうに、わざわざ隙を作って襲う機会を作らせるなんて、本当に悪趣味な方」
というフィオナの非難に言い返せなかった。

侯爵は青褪め、フィオナの頭の奥で、また何かがぱきんと音をたてて割れた。




























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