心の鍵は開かない〜さようなら、殿下。〈第一章完・第二章開始〉

詩海猫(8/29書籍発売)

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その騒ぎが体調に影響したのか、収束から数刻後にフィオナが産気づいた。
この状態のフィオナを一人にしておくのは危険だと判断し、室内に付き添いを置いていたことが功を奏した。
半刻ごとに紗の中の眠るフィオナの様子を確認していた側付きが気付き、いち早く医師が呼ばれた。
産み月まで二ヶ月近い早産である。

元々後宮から医師や看護者は同行してきており、隣室に滞在していたので慌てて呼ぶ必要はなかったが何もかも早すぎた。
皇帝に慌てて手紙鳥を送り、医師やその手伝い以外は部屋から追い出された。
母体が健康とは言い難い状態での早産に、エリス夫人はじめ周囲はドアの外で青褪めて待つしかなかったが、出産自体は思いのほか早かった。
皇城にいるフェアルドが手紙を受け取って青くなり、とるものもとりあえず厩舎に駆け込んで馬に鞍を付けている間に“無事出産“の知らせが同じく手紙鳥で飛んできた。

フィオナは男の子を出産した。





*・゜゚・*:.。..。.:*・*:.。. .。.:*・゜゚・*

「あ!あれ食べたい」
初めて見る城下の屋台で売られている食べ物に目を輝かせては、その方向にフェアルドをぐいぐいと引っ張り回す。
フェアルドは苦笑しながらも連れて行かれた先の食べ物を購入し、フィオナが食べやすい状態にして渡してやるとフィオナは嬉しそうに頬張った。
美味しそうに食べるフィオナを見ているだけでフェアルドは幸せだったが、
フィオナは突然「あ、こんなに食べたら太っちゃう……」と食べる手を止めた。
「食べ過ぎちゃダメって言われてたんだった……」
「侯爵に?」
「みんなに。太ったらドレスが入らなくなるし、何より殿方の前で食べることに集中したりするのは淑女失格だって……」
シュンとするフィオナに(フィオナの為ならカロリーの低いデザート付きフルコースだって作らせるし、太っていても俺は気にしないから問題ないのだが……)と思いつつ、「そんなこと気にしなくていい。子供は成長するためにいっぱい食べるのが仕事だよ」
とフィオナの頭をぽんぽんすると、フィオナは嬉しそうにフェアルドを見上げ、
「フェアルド様も食べる?これすっごく美味しいの」
「分けてくれるのかい?それとももうひとつ買ってこようか?」
「半分こ。はい、あーん」
フィオナはフェアルドに食べさせようと、背伸びをして小さな手を伸ばした。

*・゜゚・*:.。..。.:*・*:.。. .。.:*・゜゚・*

泣きたいぐらい幸せな光景は覚醒と共に闇の中に溶けた。

「夢か……」
私室のソファで微睡んでいたフェアルドはむくりと起き上がって乱れた髪を退けて額に手をやる。
(あれはいつだったろう、今世で出逢って一年目くらいだろうか__フィーがあれだけ小さいのだから)

昔の夢。
もう永劫に訪れない、フィーが屈託なく笑う夢___明日にはフィオナが戻って来る。
生まれたばかりの我が子と共に。
どれだけ俺を恨んでいるだろうか、怒っているだろうか。
こんな俺との間に生まれた子も憎んでいるだろうか?
「結界が、上手く作用した様で良かった……」
前世で強力な魔法使いだったおかげか、魔法が廃れてしまった現在いまでもある程度魔法の行使が出来、今回はそれが役に立った。
「どうか、今世こそは生きてくれ……」





出産から二ヶ月後、フィオナが迎えられたのは前回と違い皇城の正門だった。
正門から城の正面まで近衛がずらりと整列し、フィオナの乗った馬車が前をゆっくりと通りすぎると頭を下げる。
そうして城の玄関ホールにはフェアルドが立ち、その後ろに両翼のような形で家臣たちが整列していた。
凱旋将軍を迎えるかのような光景に、側付き達は驚愕の声をあげるが、
「子供を産む前と、産んだ後でこんなに違うのね……」
フィオナはベールの下で忌々しげに吐き捨てた。

今日もフィオナは全身をベールで覆っているが、色は前回と違い白だ。
喪が明けたことで黒を纏う必要もベールで隠す必要もないのだが、出迎えの人数が多すぎて“これだけの人数に顔を晒すのは好ましくない“とフェアルドが指示した為にこうなった。
出迎えの指示を出したのもフェアルドなのだが、フィオナはいちいち突っかかることはもうしなかった。

「フィオナ妃殿下、並びに第一皇子殿下ご到着でございます」
と扉が開いた途端差し出されたフェアルドの手に応えること無く、フィオナは我が子を両手に抱いたまま馬車を降りた。
それを見た周囲はハッと息を呑むが、
「良く戻って来てくれた、フィオナ妃。それに我が子よ」
とフェアルドがベールに口付けると、
「彼女こそがこの皇城で“ランタナ“を名乗り皇妃となる女性、次期皇太子の母であり国母となるフィオナ・ラナンキュラス・ランタナだ。東国トーリアの王女セレーネと南国ナーリャの王女ソレイユは既に国元へ帰した。尚、トーリアの王女には皇族への暴行・侮辱行為が、ナーリャの王女には皇族暗殺未遂の嫌疑がかかっているゆえ両国へは今後きっちりした対応を取らせるつもりだ。今後フィオナ妃と皇子に手を出す者に私は寸分も容赦しない、心して仕えよ」
とひと息に言うと、皆が一斉に頭を下げ、
「御意に」
「心してお仕えします、妃殿下、並びに未来の皇太子殿下」
と言った声が続き__フィオナは呆れた。
(このひとただ子供が欲しかったただけなんじゃ?)と。



前回と同様、部屋までのエスコートはフェアルドが買って出ていたがフィオナはひと言も話さなかった。
フェアルドも無理に話しかけることはせず、子を抱いたままのフィオナがゆったり歩けるよう気を使いながら案内されたのは、驚いたことに後宮でなく皇城の一室だった。





























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