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青年前期
第50話 先生
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「お茶が入りましたよ」
リヴァは野原の木陰に寝ころんで、読みかけの本を顔の上に置いたままうたた寝しているシキを覗き込んで見ていた。
そして深い溜息をつき、首を左右に振りながら
「こんな所でうたた寝なんて、やんごとなきお方のなさることではありませんな……」と諭したにもかかわらず、彼女は一向に起きる気配がない。
もしかすると朝稽古で厳しく指導しすぎたのかもしれないと猛省し、仕方なく抱きかかえ寝所に運ぼうと手を伸ばしたら、カチッと小さな音がした。
彼の猫のような目は、眩しさを感じたように反射的に嘘だろという目つきに変わったが、またすぐ元に戻した次の瞬間、彼女は仰向けに寝ている状態から大きく足を振り上げて起き上がり、リヴァ目掛けて一気に剣を振り下ろしてきた。
キーンという金属と金属がぶつかり合う、神経まで響くような音は野原中に鳴り渡る。
振り下ろされた剣を素早く鞘から抜いた剣でリヴァは受け止め、次は右下からそして左からの攻撃も受け流し、剣を押し返してシキは数メートル後ずさりする。
暫くの間、二人は見合ったまま動かなかった。
野原を風がすーっと突き抜けてシキの銀色の髪を揺らし、リヴァの後ろで結んでいる黒髪が揺れ、ふと二人の息がピタリとあった時、リヴァは思いきり走りながら彼女に剣を振り下ろした。
シキは身を低く屈めてから剣を躱し、素早く彼の背後に回り込む。そしてそこからくるり、くるりと回転しながら、まるで演舞でも披露するかのように右、そして左からとリヴァに何度も剣を振るい続けた。
彼はその表情を一切変えることなく、剣でその攻撃を全て受け止めその金属音が止むと、ぐぐぐっと二人で鍔競り合いを演じていた。
シキの翠色の瞳が鋭くじっとリヴァを見つめているのを彼は感じ取り、至近距離に見える白い顔があまりにも綺麗で思わず目を細めてしまうが、そこはじっと我慢する。
そしてこれで最後にしないとまたお茶が冷めてしまうと、シキの右下から左肩へ掬い上げるように剣を振り上げ、リヴァは彼女の剣を上に飛ばした。
弾き飛ばされた剣は空中高く舞い上がり、弧を描くように回転しながら落下し地面に突き刺さる。
さあ終わりですよ、お茶、お茶。
リヴァが剣を鞘さやにカチリと納めたにもかかわらず
「やぁーっつ!」
彼女はリヴァの顔の位置まで足を上げて、蹴り技を放った。
……嘘だろ。また?
しかもそんな可愛らしい声出して……。
彼はシキが蹴った足を顔の前で両手をクロスして受け止めた。
ふふんと笑った彼女は、もう一度ジャンプしながら回し蹴りをしてリヴァが身を少し後ろに仰け反った時に、正拳を右、左、そして右から目にも止まらぬ速さで打ち込むがそれを彼は軽々と躱していく。
クルっと回転してシキが裏拳を放った時に、リヴァが手首を掴みそのまま背中から身動きできないようにガシッと抱きしめた。
「まったくあなたという人は、うたた寝していると見せかけて攻撃をしかけるとは、なんと姑息な手段を考えるのでしょう!」
腕の中でクスクス笑い出した彼女は、
「残念またやられたわ。最初はいけると思ったのに、ねえ怒らないで先生」
とその腕の上にそっと腕を絡めて、子どもが素直に謝罪するように上目遣いで甘えるように言った。
「……ふっ、先生か」
(ねえ二人で、ここから出て行きましょうよ。先生にも言って)
(出て行ってどうするの?)
(どこかで夫婦になって生活するの。沢山の子どもたちに囲まれて……)
初めての朝を迎えた日に彼女がそんな事を急に言い出した。
あのまま、二人で出て行ってどこかで夫婦になっていたとしたら、今頃、あなたみたいな子どもたちに囲まれて全く別の人生を歩んでいたのだろうか?
(あいつはどうするの?)
(内緒に決まっている……もしも知られたら、あなた間違いなく殺されるわ……)
リヴァの脳裏に去来したのは、扉を開けた途端二人の前に立ちはだかった大勢の兵士達だった。
泣き叫ぶ彼女を押し倒し、口を塞ぎ、暴力に訴えようとした、あのカルオロンの「赤」の将校たち……。
彼らさえ目の前に現われなかったら、彼女を永遠に失うことにはならなかったのに。
「大丈夫? なんだか苦しそうだけど……」
シキの翠色の瞳は心配そうにリヴァの顔を覗き込んでいた。
「……ええ、大丈夫ですよ。あなたの著しい成長を感じて、少し昔を思い出していただけです」
いけないな。この人は知性に優れているからすぐにでも勘づかれてしまう。
「そう、それならいいけど……」
シキはリヴァの腕に抱きついてほっと安堵の溜息をついた。
リヴァは野原の木陰に寝ころんで、読みかけの本を顔の上に置いたままうたた寝しているシキを覗き込んで見ていた。
そして深い溜息をつき、首を左右に振りながら
「こんな所でうたた寝なんて、やんごとなきお方のなさることではありませんな……」と諭したにもかかわらず、彼女は一向に起きる気配がない。
もしかすると朝稽古で厳しく指導しすぎたのかもしれないと猛省し、仕方なく抱きかかえ寝所に運ぼうと手を伸ばしたら、カチッと小さな音がした。
彼の猫のような目は、眩しさを感じたように反射的に嘘だろという目つきに変わったが、またすぐ元に戻した次の瞬間、彼女は仰向けに寝ている状態から大きく足を振り上げて起き上がり、リヴァ目掛けて一気に剣を振り下ろしてきた。
キーンという金属と金属がぶつかり合う、神経まで響くような音は野原中に鳴り渡る。
振り下ろされた剣を素早く鞘から抜いた剣でリヴァは受け止め、次は右下からそして左からの攻撃も受け流し、剣を押し返してシキは数メートル後ずさりする。
暫くの間、二人は見合ったまま動かなかった。
野原を風がすーっと突き抜けてシキの銀色の髪を揺らし、リヴァの後ろで結んでいる黒髪が揺れ、ふと二人の息がピタリとあった時、リヴァは思いきり走りながら彼女に剣を振り下ろした。
シキは身を低く屈めてから剣を躱し、素早く彼の背後に回り込む。そしてそこからくるり、くるりと回転しながら、まるで演舞でも披露するかのように右、そして左からとリヴァに何度も剣を振るい続けた。
彼はその表情を一切変えることなく、剣でその攻撃を全て受け止めその金属音が止むと、ぐぐぐっと二人で鍔競り合いを演じていた。
シキの翠色の瞳が鋭くじっとリヴァを見つめているのを彼は感じ取り、至近距離に見える白い顔があまりにも綺麗で思わず目を細めてしまうが、そこはじっと我慢する。
そしてこれで最後にしないとまたお茶が冷めてしまうと、シキの右下から左肩へ掬い上げるように剣を振り上げ、リヴァは彼女の剣を上に飛ばした。
弾き飛ばされた剣は空中高く舞い上がり、弧を描くように回転しながら落下し地面に突き刺さる。
さあ終わりですよ、お茶、お茶。
リヴァが剣を鞘さやにカチリと納めたにもかかわらず
「やぁーっつ!」
彼女はリヴァの顔の位置まで足を上げて、蹴り技を放った。
……嘘だろ。また?
しかもそんな可愛らしい声出して……。
彼はシキが蹴った足を顔の前で両手をクロスして受け止めた。
ふふんと笑った彼女は、もう一度ジャンプしながら回し蹴りをしてリヴァが身を少し後ろに仰け反った時に、正拳を右、左、そして右から目にも止まらぬ速さで打ち込むがそれを彼は軽々と躱していく。
クルっと回転してシキが裏拳を放った時に、リヴァが手首を掴みそのまま背中から身動きできないようにガシッと抱きしめた。
「まったくあなたという人は、うたた寝していると見せかけて攻撃をしかけるとは、なんと姑息な手段を考えるのでしょう!」
腕の中でクスクス笑い出した彼女は、
「残念またやられたわ。最初はいけると思ったのに、ねえ怒らないで先生」
とその腕の上にそっと腕を絡めて、子どもが素直に謝罪するように上目遣いで甘えるように言った。
「……ふっ、先生か」
(ねえ二人で、ここから出て行きましょうよ。先生にも言って)
(出て行ってどうするの?)
(どこかで夫婦になって生活するの。沢山の子どもたちに囲まれて……)
初めての朝を迎えた日に彼女がそんな事を急に言い出した。
あのまま、二人で出て行ってどこかで夫婦になっていたとしたら、今頃、あなたみたいな子どもたちに囲まれて全く別の人生を歩んでいたのだろうか?
(あいつはどうするの?)
(内緒に決まっている……もしも知られたら、あなた間違いなく殺されるわ……)
リヴァの脳裏に去来したのは、扉を開けた途端二人の前に立ちはだかった大勢の兵士達だった。
泣き叫ぶ彼女を押し倒し、口を塞ぎ、暴力に訴えようとした、あのカルオロンの「赤」の将校たち……。
彼らさえ目の前に現われなかったら、彼女を永遠に失うことにはならなかったのに。
「大丈夫? なんだか苦しそうだけど……」
シキの翠色の瞳は心配そうにリヴァの顔を覗き込んでいた。
「……ええ、大丈夫ですよ。あなたの著しい成長を感じて、少し昔を思い出していただけです」
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「そう、それならいいけど……」
シキはリヴァの腕に抱きついてほっと安堵の溜息をついた。
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