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青年前期
第53話 画策
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「そう! そこ、そこ。さらに強く……あ……」
アルギナはいつも傍に侍らせている少年たちに身体中をマッサージさせてご満悦であった。
実際には揉む力も弱くあまり効かないが、揉み返しがくることもないし、何より彼らに触れられているという高揚感に包まれる。
他の少年たちも相変わらず無言で優雅に扇をひたすらあおぎ続けていた。
しかし国中の美しいと評判の少年たちを搔き集め、ちやほやされて、いい気分になっても何か物足りないし、目の保養にはなっているがちっとも満たされない。
彼に会った時のような衝撃を感じないのだ。
五年前、アルギナの前に突如現れた薬屋の少年。
あの完璧な美しさを持つ彼が今頃、さらに眩しいほど成長している姿を思い浮かべるだけで顔が紅潮してしまう。
いい年をして自分の顔がポッと赤くなったのを、傍にいる少年らに見られるのが恥ずかしくて、アルギナはそそくさと手持ちの扇で顔を隠した。
彼は数十年に一人出るか出ないかの逸材だったのだろう。
祭りに便乗してこの国から脱出し、一度は術師を放って亡き者にしようと企てたが、情報屋が加勢してそのまま連れて行ってしまった。
もう二度とあのような愛しい子には出会えないのかもしれない……。
「……アルギナ様!」
せっかくのいい気分で愛しい子のことを思い出しているところへ、むさ苦しい顔をした兵士の男が扉をいきなり開けて、アルギナの元へと駆け寄ってきた。
傍にいる少年たちはアルギナの前に来ると、挨拶代わりにその手の甲にキスをするのだが、このむさ苦しい男だけには絶対にされたくない。
その男が手を握ろうとしたので、「何だ? 早く要件を申せ」と急せかせるような言葉を放った。
「そっ、それが……」
兵士はチラッと傍にいる少年たちに目を移した。
それは彼らに聞かれたくない都合の悪い話をするためだということを、アルギナはすぐに悟り、一気に表情が険しくなったかと思うと、手で合図を送って傍にいる少年たちを後ろに下らせる。
そして兵士はごくりと唾を飲み込み、一呼吸おいてから話しだした。
「………驚かないでください。姫君が国外に逃走いたしました」
アルギナは思わず口元を覆っていた扇を床にパサッと落としてしまう。
彼女のことは極限られた兵士と神官しかその存在を知らない。
十五年間も塔に幽閉していたのに、何ゆえ今頃になって。いやそれよりもこの国の秘密が他国に漏れ出したりでもしたら……。
これまでの努力が何もかも水の泡になってしまう。
「ええーい、あの従者の色男は何をしていたのだ!? ただ匿っていた訳ではないぞ!」
「彼は必ず連れ戻すと言い残して、姫君を追っていったようです」
アルギナの動揺と怒りは頂点に達し、全身でわなわなと震えだす。
とにかく一旦落ち着かねばと、落としてしまった床に落とした扇を拾おうと手を伸ばしたら、巨体の肉が一気に片方に寄ってしまい、横になっていた長椅子から床にズドーンとずり落ちてしまった。
「アっ、アルギナ様! 大丈夫ですか?」
後頭部を強く打ちつけたアルギナは、自身の視界にチラチラと星のようなものが見えていた。
もの凄い音が部屋中に響き渡り、一瞬床が揺れたように思ったため、一度下がった少年たちも驚いて遠くから心配そうにこちらの様子を伺っている。
「すぐに兵士を捜索に向かわせよ。私も同行するから唐車も併せて用意しろ!」
恥ずかしさから怒鳴り散らすアルギナに兵士は思わず問いかけた。
「へっ? アルギナ様も向かうのですか。今までは国外に出るのをあれほど嫌がっておいでだったのに、どういう風の吹き回しで?」
アルギナの蛇のような目は兵士の問いかけに対して、すぐ横に視線をそらされた。
その顔は心なしか頬を赤く染めているような気がしたため、兵士は自分の問いかけが地雷を踏んだのではないかと内心冷や冷やしていた。
だが、じつのところさすがに気が咎めるからだ。
十五年間も塔に幽閉され、大人しく読書しかしていない少女の行動範囲なんてたかが知れている。さくっと見つけ出して、後は愛しい子の捜索にすり替えようと画策していたのだ。
情報屋の指令所はバミルゴより北にあるという。
兵士たちを公然と動かせるまたとない機会。
彼女を捜索するために伴った兵士を以てすれば簡単に見つけられることだろう。
そうしたらもう二度と離したりはしない。
ずっと傍において思う存分愛でるのだ。
床に寝転がったままグフグフと不気味な笑い声が洩れるのを、兵士はただ怯えながら見ていた。
その後、バミルゴの兵士たちとアルギナを乗せた唐車は、二人の目撃情報から北へと進路を向けた。
アルギナはいつも傍に侍らせている少年たちに身体中をマッサージさせてご満悦であった。
実際には揉む力も弱くあまり効かないが、揉み返しがくることもないし、何より彼らに触れられているという高揚感に包まれる。
他の少年たちも相変わらず無言で優雅に扇をひたすらあおぎ続けていた。
しかし国中の美しいと評判の少年たちを搔き集め、ちやほやされて、いい気分になっても何か物足りないし、目の保養にはなっているがちっとも満たされない。
彼に会った時のような衝撃を感じないのだ。
五年前、アルギナの前に突如現れた薬屋の少年。
あの完璧な美しさを持つ彼が今頃、さらに眩しいほど成長している姿を思い浮かべるだけで顔が紅潮してしまう。
いい年をして自分の顔がポッと赤くなったのを、傍にいる少年らに見られるのが恥ずかしくて、アルギナはそそくさと手持ちの扇で顔を隠した。
彼は数十年に一人出るか出ないかの逸材だったのだろう。
祭りに便乗してこの国から脱出し、一度は術師を放って亡き者にしようと企てたが、情報屋が加勢してそのまま連れて行ってしまった。
もう二度とあのような愛しい子には出会えないのかもしれない……。
「……アルギナ様!」
せっかくのいい気分で愛しい子のことを思い出しているところへ、むさ苦しい顔をした兵士の男が扉をいきなり開けて、アルギナの元へと駆け寄ってきた。
傍にいる少年たちはアルギナの前に来ると、挨拶代わりにその手の甲にキスをするのだが、このむさ苦しい男だけには絶対にされたくない。
その男が手を握ろうとしたので、「何だ? 早く要件を申せ」と急せかせるような言葉を放った。
「そっ、それが……」
兵士はチラッと傍にいる少年たちに目を移した。
それは彼らに聞かれたくない都合の悪い話をするためだということを、アルギナはすぐに悟り、一気に表情が険しくなったかと思うと、手で合図を送って傍にいる少年たちを後ろに下らせる。
そして兵士はごくりと唾を飲み込み、一呼吸おいてから話しだした。
「………驚かないでください。姫君が国外に逃走いたしました」
アルギナは思わず口元を覆っていた扇を床にパサッと落としてしまう。
彼女のことは極限られた兵士と神官しかその存在を知らない。
十五年間も塔に幽閉していたのに、何ゆえ今頃になって。いやそれよりもこの国の秘密が他国に漏れ出したりでもしたら……。
これまでの努力が何もかも水の泡になってしまう。
「ええーい、あの従者の色男は何をしていたのだ!? ただ匿っていた訳ではないぞ!」
「彼は必ず連れ戻すと言い残して、姫君を追っていったようです」
アルギナの動揺と怒りは頂点に達し、全身でわなわなと震えだす。
とにかく一旦落ち着かねばと、落としてしまった床に落とした扇を拾おうと手を伸ばしたら、巨体の肉が一気に片方に寄ってしまい、横になっていた長椅子から床にズドーンとずり落ちてしまった。
「アっ、アルギナ様! 大丈夫ですか?」
後頭部を強く打ちつけたアルギナは、自身の視界にチラチラと星のようなものが見えていた。
もの凄い音が部屋中に響き渡り、一瞬床が揺れたように思ったため、一度下がった少年たちも驚いて遠くから心配そうにこちらの様子を伺っている。
「すぐに兵士を捜索に向かわせよ。私も同行するから唐車も併せて用意しろ!」
恥ずかしさから怒鳴り散らすアルギナに兵士は思わず問いかけた。
「へっ? アルギナ様も向かうのですか。今までは国外に出るのをあれほど嫌がっておいでだったのに、どういう風の吹き回しで?」
アルギナの蛇のような目は兵士の問いかけに対して、すぐ横に視線をそらされた。
その顔は心なしか頬を赤く染めているような気がしたため、兵士は自分の問いかけが地雷を踏んだのではないかと内心冷や冷やしていた。
だが、じつのところさすがに気が咎めるからだ。
十五年間も塔に幽閉され、大人しく読書しかしていない少女の行動範囲なんてたかが知れている。さくっと見つけ出して、後は愛しい子の捜索にすり替えようと画策していたのだ。
情報屋の指令所はバミルゴより北にあるという。
兵士たちを公然と動かせるまたとない機会。
彼女を捜索するために伴った兵士を以てすれば簡単に見つけられることだろう。
そうしたらもう二度と離したりはしない。
ずっと傍において思う存分愛でるのだ。
床に寝転がったままグフグフと不気味な笑い声が洩れるのを、兵士はただ怯えながら見ていた。
その後、バミルゴの兵士たちとアルギナを乗せた唐車は、二人の目撃情報から北へと進路を向けた。
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