デルタトロスの子どもたち ~曖昧な色に染まった世で奏でる祈りの唄~

華田さち

文字の大きさ
53 / 81
青年前期

第53話 画策

しおりを挟む
「そう! そこ、そこ。さらに強く……あ……」

アルギナはいつも傍に侍らせている少年たちに身体中をマッサージさせてご満悦であった。
実際には揉む力も弱くあまり効かないが、揉み返しがくることもないし、何より彼らに触れられているという高揚感に包まれる。
他の少年たちも相変わらず無言で優雅に扇をひたすらあおぎ続けていた。
しかし国中の美しいと評判の少年たちを搔き集め、ちやほやされて、いい気分になっても何か物足りないし、目の保養にはなっているがちっとも満たされない。

彼に会った時のような衝撃を感じないのだ。

五年前、アルギナの前に突如現れた薬屋の少年。
あの完璧な美しさを持つ彼が今頃、さらに眩しいほど成長している姿を思い浮かべるだけで顔が紅潮してしまう。
いい年をして自分の顔がポッと赤くなったのを、傍にいる少年らに見られるのが恥ずかしくて、アルギナはそそくさと手持ちの扇で顔を隠した。

彼は数十年に一人出るか出ないかの逸材だったのだろう。
祭りに便乗してこの国から脱出し、一度は術師を放って亡き者にしようと企てたが、情報屋が加勢してそのまま連れて行ってしまった。
もう二度とあのような愛しい子には出会えないのかもしれない……。

「……アルギナ様!」

せっかくのいい気分で愛しい子のことを思い出しているところへ、むさ苦しい顔をした兵士の男が扉をいきなり開けて、アルギナの元へと駆け寄ってきた。

傍にいる少年たちはアルギナの前に来ると、挨拶代わりにその手の甲にキスをするのだが、このむさ苦しい男だけには絶対にされたくない。
その男が手を握ろうとしたので、「何だ? 早く要件を申せ」と急せかせるような言葉を放った。

「そっ、それが……」

兵士はチラッと傍にいる少年たちに目を移した。
それは彼らに聞かれたくない都合の悪い話をするためだということを、アルギナはすぐに悟り、一気に表情が険しくなったかと思うと、手で合図を送って傍にいる少年たちを後ろに下らせる。

そして兵士はごくりと唾を飲み込み、一呼吸おいてから話しだした。
「………驚かないでください。姫君が国外に逃走いたしました」

アルギナは思わず口元を覆っていた扇を床にパサッと落としてしまう。
彼女のことは極限られた兵士と神官しかその存在を知らない。

十五年間も塔に幽閉していたのに、何ゆえ今頃になって。いやそれよりもこの国の秘密が他国に漏れ出したりでもしたら……。
これまでの努力が何もかも水の泡になってしまう。


「ええーい、あの従者の色男は何をしていたのだ!? ただ匿っていた訳ではないぞ!」
「彼は必ず連れ戻すと言い残して、姫君を追っていったようです」

アルギナの動揺と怒りは頂点に達し、全身でわなわなと震えだす。
とにかく一旦落ち着かねばと、落としてしまった床に落とした扇を拾おうと手を伸ばしたら、巨体の肉が一気に片方に寄ってしまい、横になっていた長椅子から床にズドーンとずり落ちてしまった。

「アっ、アルギナ様! 大丈夫ですか?」

後頭部を強く打ちつけたアルギナは、自身の視界にチラチラと星のようなものが見えていた。
もの凄い音が部屋中に響き渡り、一瞬床が揺れたように思ったため、一度下がった少年たちも驚いて遠くから心配そうにこちらの様子を伺っている。

「すぐに兵士を捜索に向かわせよ。私も同行するから唐車も併せて用意しろ!」

恥ずかしさから怒鳴り散らすアルギナに兵士は思わず問いかけた。
「へっ? アルギナ様も向かうのですか。今までは国外に出るのをあれほど嫌がっておいでだったのに、どういう風の吹き回しで?」

アルギナの蛇のような目は兵士の問いかけに対して、すぐ横に視線をそらされた。
その顔は心なしか頬を赤く染めているような気がしたため、兵士は自分の問いかけが地雷を踏んだのではないかと内心冷や冷やしていた。

だが、じつのところさすがに気が咎めるからだ。
十五年間も塔に幽閉され、大人しく読書しかしていない少女の行動範囲なんてたかが知れている。さくっと見つけ出して、後は愛しい子の捜索にすり替えようと画策していたのだ。

情報屋の指令所はバミルゴより北にあるという。
兵士たちを公然と動かせるまたとない機会。
彼女を捜索するために伴った兵士を以てすれば簡単に見つけられることだろう。
そうしたらもう二度と離したりはしない。
ずっと傍において思う存分愛でるのだ。
床に寝転がったままグフグフと不気味な笑い声が洩れるのを、兵士はただ怯えながら見ていた。

その後、バミルゴの兵士たちとアルギナを乗せた唐車は、二人の目撃情報から北へと進路を向けた。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

悪徳貴族の、イメージ改善、慈善事業

ウィリアム・ブロック
ファンタジー
現代日本から死亡したラスティは貴族に転生する。しかしその世界では貴族はあんまり良く思われていなかった。なのでノブリス・オブリージュを徹底させて、貴族のイメージ改善を目指すのだった。

真祖竜に転生したけど、怠け者の世界最強種とか性に合わないんで、人間のふりして旅に出ます

難波一
ファンタジー
"『第18回ファンタジー小説大賞【奨励賞】受賞!』" ブラック企業勤めのサラリーマン、橘隆也(たちばな・りゅうや)、28歳。 社畜生活に疲れ果て、ある日ついに階段から足を滑らせてあっさりゲームオーバー…… ……と思いきや、目覚めたらなんと、伝説の存在・“真祖竜”として異世界に転生していた!? ところがその竜社会、価値観がヤバすぎた。 「努力は未熟の証、夢は竜の尊厳を損なう」 「強者たるもの怠惰であれ」がスローガンの“七大怠惰戒律”を掲げる、まさかのぐうたら最強種族! 「何それ意味わかんない。強く生まれたからこそ、努力してもっと強くなるのが楽しいんじゃん。」 かくして、生まれながらにして世界最強クラスのポテンシャルを持つ幼竜・アルドラクスは、 竜社会の常識をぶっちぎりで踏み倒し、独学で魔法と技術を学び、人間の姿へと変身。 「世界を見たい。自分の力がどこまで通じるか、試してみたい——」 人間のふりをして旅に出た彼は、貴族の令嬢や竜の少女、巨大な犬といった仲間たちと出会い、 やがて“魔王”と呼ばれる世界級の脅威や、世界の秘密に巻き込まれていくことになる。 ——これは、“怠惰が美徳”な最強種族に生まれてしまった元社畜が、 「自分らしく、全力で生きる」ことを選んだ物語。 世界を知り、仲間と出会い、規格外の強さで冒険と成長を繰り広げる、 最強幼竜の“成り上がり×異端×ほのぼの冒険ファンタジー”開幕! ※小説家になろう様にも掲載しています。

スライム退治専門のさえないおっさんの冒険

守 秀斗
ファンタジー
俺と相棒二人だけの冴えない冒険者パーティー。普段はスライム退治が専門だ。その冴えない日常を語る。

人質5歳の生存戦略! ―悪役王子はなんとか死ぬ気で生き延びたい!冤罪処刑はほんとムリぃ!―

ほしみ
ファンタジー
「え! ぼく、死ぬの!?」 前世、15歳で人生を終えたぼく。 目が覚めたら異世界の、5歳の王子様! けど、人質として大国に送られた危ない身分。 そして、夢で思い出してしまった最悪な事実。 「ぼく、このお話知ってる!!」 生まれ変わった先は、小説の中の悪役王子様!? このままだと、10年後に無実の罪であっさり処刑されちゃう!! 「むりむりむりむり、ぜったいにムリ!!」 生き延びるには、なんとか好感度を稼ぐしかない。 とにかく周りに気を使いまくって! 王子様たちは全力尊重! 侍女さんたちには迷惑かけない! ひたすら頑張れ、ぼく! ――猶予は後10年。 原作のお話は知ってる――でも、5歳の頭と体じゃうまくいかない! お菓子に惑わされて、勘違いで空回りして、毎回ドタバタのアタフタのアワアワ。 それでも、ぼくは諦めない。 だって、絶対の絶対に死にたくないからっ! 原作とはちょっと違う王子様たち、なんかびっくりな王様。 健気に奮闘する(ポンコツ)王子と、見守る人たち。 どうにか生き延びたい5才の、ほのぼのコミカル可愛いふわふわ物語。 (全年齢/ほのぼの/男性キャラ中心/嫌なキャラなし/1エピソード完結型/ほぼ毎日更新中)

前世と今世の幸せ

夕香里
恋愛
【商業化予定のため、時期未定ですが引き下げ予定があります。詳しくは近況ボードをご確認ください】 幼い頃から皇帝アルバートの「皇后」になるために妃教育を受けてきたリーティア。 しかし聖女が発見されたことでリーティアは皇后ではなく、皇妃として皇帝に嫁ぐ。 皇帝は皇妃を冷遇し、皇后を愛した。 そのうちにリーティアは病でこの世を去ってしまう。 この世を去った後に訳あってもう一度同じ人生を繰り返すことになった彼女は思う。 「今世は幸せになりたい」と ※小説家になろう様にも投稿しています

地獄の業火に焚べるのは……

緑谷めい
恋愛
 伯爵家令嬢アネットは、17歳の時に2つ年上のボルテール侯爵家の長男ジェルマンに嫁いだ。親の決めた政略結婚ではあったが、小さい頃から婚約者だった二人は仲の良い幼馴染だった。表面上は何の問題もなく穏やかな結婚生活が始まる――けれど、ジェルマンには秘密の愛人がいた。学生時代からの平民の恋人サラとの関係が続いていたのである。  やがてアネットは男女の双子を出産した。「ディオン」と名付けられた男児はジェルマンそっくりで、「マドレーヌ」と名付けられた女児はアネットによく似ていた。  ※ 全5話完結予定  

双五、空と地を結ぶ

皐月 翠珠
ファンタジー
忌み子として生まれた双子、仁梧(にこ)と和梧(なこ)。 星を操る妹の覚醒は、封じられた二十五番目の存在"隠星"を呼び覚まし、世界を揺るがす。 すれ違う双子、迫る陰謀、暴かれる真実。 犠牲か共存か─── 天と地に裂かれた二人の運命が、封印された星を巡り交錯する。

処理中です...