デルタトロスの子どもたち ~曖昧な色に染まった世で奏でる祈りの唄~

華田さち

文字の大きさ
71 / 81
青年前期

第71話 両天秤

しおりを挟む
 アルギナは、鳩が豆鉄砲をくらった様な顔で目の前にいるシキを見つめたまま、苦しんでいるテルウをパッと手放した。

 嘘だろ! あのアルギナが素直に従った!
 大神官よりも位が高いってあの子は一体何者なんだ!?
 カイは手放され、ゲホゲホと咳き込んでいるテルウの元に急いで駆け寄る。

「これはこれは、約束を破り、塔から逃げ出した姫さまではありませんか? こんなところでお目にかかるとは」
 そう嫌味っぽく言うと、アルギナの傍にいる兵士たちが一斉に後ずさりし、皆一様に膝をついて首を垂れた。

 姫さま、だって? ………そうか、だからアルギナが従うわけだ。
 それなら彼女に従者がいるのも納得できる。
 カイがテルウの傍でアルギナの言葉をじっと聞いていた時、彼らを探しにきたリヴァが大勢のバミルゴ兵士たちを見つけてシキの元に駆け寄り、庇うようにアルギナの前に立った。

「おい色男? お前がついていながらなんて様だ」
「彼は一切関係ないわ、私が勝手に国外に出たのよ」
「これではお母上の身の上が案じられますなあ?」

「だったら何? 私の大切な人たちに危害を加えたりすれば、このままバミルゴへは戻らないだけよ。アルギナ、あなたは人の一番弱いところに踏み込んでくる。だったら私だって同じように利用させて貰う。あなたの大事な愛しい人に少しでも手が触れたらどうなるか考えた方がいいわ!」

「塔の中で大人しく読書だけしているのかと思いきや、妙な知恵をつけられましたなあ、姫さま? 誰に入れ知恵されたのやら」

 そう言って、チラッと冷たい目をしてリヴァの方を見たあと、手持ちの扇を兵士から渡され、すぐに開いてあおぎだした。
 しかしそのあおぎ方は通常と違い、猛烈な速さで小刻みにあおぎ、明らかに動揺したような様子を見せているのである。

 そしてテルウの顔を見てから、シキの顔を見て、またテルウの顔を見る。
 自らの欲望と国家の秘密、両天秤にかけ圧倒的に後者優勢だと判断したのか、
「そこまで言い切るなら彼らに手を出さない代わりに、もう二度と今回のように国外には逃げ出さないと彼らに向かって誓えますか?」
 とシキに面と向かって訊いた。


「………………ええ、誓うわ。二度と出ないと」
 がっくりと肩を落として、淋しそうに下に視線を向ける。

「今後こんなことに二度とならないよう警備をさらに強めるからな」

 リヴァはそんな彼女の感情を察し、すぐに肩に手を当て自分の方に抱き寄せ、アルギナにリヴァは問いかけた。
「立場はあれど、彼女は十五歳の女の子なのに、あの塔に閉じ込めることに何の意味があるのだ?」
 しかしアルギナは何を今更とでも言いたそうな顔をして、
「人ではないだろう。少なくともこの国では。お前が傍にいて一番知っているはずだ」
 そう言い切ってから、兵士に唐車を持ってくるように指示を出した。

 おいヒロ! 彼女、俺たちを庇って二度と国外に出ないって言っているぞ。
 こんな大変な時にもかかわらず、どうしてお前は幸せそうな顔してグースカ寝ていられるんだ?

 カイのそんな気持ちをものともせず、ヒロはまったく起きる気配を見せない。
 それどころかムニャムニャと何か言いながら、口角をあげてニヤついている顔を見せてくると思わず叩き起こしたくもなり、頬をギュウっとつねったが無駄だった。

 すぐに真っ黒な唐車が横付けされて、兵士たちは慌ただしく動き周るなか、ツカツカとアルギナがテルウの方に向かって歩いてきた。

「私はまだ完全に諦めたわけじゃないぞ、愛しい子」
 そして御羽黒を施した、前歯を見せてニヤリと笑った。

「うえ! 絶対にお前のところにだけは行かないからな、いい加減諦めろ!」
 テルウは捨て台詞を吐きながら、アルギナのお歯黒姿に怯えてカイの後ろに隠れた。

 アルギナが唐車に乗り込んだ後、
「さあさあ、姫さまバミルゴに帰りますよ。こちらにいらしてください」
 と扇で顔を隠して下を向くと、動き回っていた兵士たちは彼女が乗り込むため、踏み台を準備し御簾を上げて待ち構えている。

 そして最後にシキはカイの近くに来て、ヒロのことを寂しそうに見つめた。
「カイ、目が覚めたら彼に伝えて。約束のこと覚えていてくれて嬉しかったって。あなたが進むべき道を見つけてくださいってね……」
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

異世界帰りの少年は現実世界で冒険者になる

家高菜
ファンタジー
ある日突然、異世界に勇者として召喚された平凡な中学生の小鳥遊優人。 召喚者は優人を含めた5人の勇者に魔王討伐を依頼してきて、優人たちは魔王討伐を引き受ける。 多くの人々の助けを借り4年の月日を経て魔王討伐を成し遂げた優人たちは、なんとか元の世界に帰還を果たした。 しかし優人が帰還した世界には元々は無かったはずのダンジョンと、ダンジョンを探索するのを生業とする冒険者という職業が存在していた。 何故かダンジョンを探索する冒険者を育成する『冒険者育成学園』に入学することになった優人は、新たな仲間と共に冒険に身を投じるのであった。

前世と今世の幸せ

夕香里
恋愛
【商業化予定のため、時期未定ですが引き下げ予定があります。詳しくは近況ボードをご確認ください】 幼い頃から皇帝アルバートの「皇后」になるために妃教育を受けてきたリーティア。 しかし聖女が発見されたことでリーティアは皇后ではなく、皇妃として皇帝に嫁ぐ。 皇帝は皇妃を冷遇し、皇后を愛した。 そのうちにリーティアは病でこの世を去ってしまう。 この世を去った後に訳あってもう一度同じ人生を繰り返すことになった彼女は思う。 「今世は幸せになりたい」と ※小説家になろう様にも投稿しています

そのご寵愛、理由が分かりません

秋月真鳥
恋愛
貧乏子爵家の長女、レイシーは刺繍で家計を支える庶民派令嬢。 幼いころから前世の夢を見ていて、その技術を活かして地道に慎ましく生きていくつもりだったのに—— 「君との婚約はなかったことに」 卒業パーティーで、婚約者が突然の裏切り! え? 政略結婚しなくていいの? ラッキー! 領地に帰ってスローライフしよう! そう思っていたのに、皇帝陛下が現れて—— 「婚約破棄されたのなら、わたしが求婚してもいいよね?」 ……は??? お金持ちどころか、国ごと背負ってる人が、なんでわたくしに!? 刺繍を褒められ、皇宮に連れて行かれ、気づけば妃教育まで始まり—— 気高く冷静な陛下が、なぜかわたくしにだけ甘い。 でもその瞳、どこか昔、夢で見た“あの少年”に似ていて……? 夢と現実が交差する、とんでもスピード婚約ラブストーリー! 理由は分からないけど——わたくし、寵愛されてます。 ※毎朝6時、夕方18時更新! ※他のサイトにも掲載しています。

地獄の業火に焚べるのは……

緑谷めい
恋愛
 伯爵家令嬢アネットは、17歳の時に2つ年上のボルテール侯爵家の長男ジェルマンに嫁いだ。親の決めた政略結婚ではあったが、小さい頃から婚約者だった二人は仲の良い幼馴染だった。表面上は何の問題もなく穏やかな結婚生活が始まる――けれど、ジェルマンには秘密の愛人がいた。学生時代からの平民の恋人サラとの関係が続いていたのである。  やがてアネットは男女の双子を出産した。「ディオン」と名付けられた男児はジェルマンそっくりで、「マドレーヌ」と名付けられた女児はアネットによく似ていた。  ※ 全5話完結予定  

双五、空と地を結ぶ

皐月 翠珠
ファンタジー
忌み子として生まれた双子、仁梧(にこ)と和梧(なこ)。 星を操る妹の覚醒は、封じられた二十五番目の存在"隠星"を呼び覚まし、世界を揺るがす。 すれ違う双子、迫る陰謀、暴かれる真実。 犠牲か共存か─── 天と地に裂かれた二人の運命が、封印された星を巡り交錯する。

処刑された勇者は二度目の人生で復讐を選ぶ

シロタカズキ
ファンタジー
──勇者は、すべてを裏切られ、処刑された。  だが、彼の魂は復讐の炎と共に蘇る──。 かつて魔王を討ち、人類を救った勇者 レオン・アルヴァレス。 だが、彼を待っていたのは称賛ではなく、 王族・貴族・元仲間たちによる裏切りと処刑だった。 「力が強すぎる」という理由で異端者として断罪され、広場で公開処刑されるレオン。 国民は歓喜し、王は満足げに笑い、かつての仲間たちは目を背ける。 そして、勇者は 死んだ。 ──はずだった。 十年後。 王国は繁栄の影で腐敗し、裏切り者たちは安穏とした日々を送っていた。 しかし、そんな彼らの前に死んだはずの勇者が現れる。 「よくもまあ、のうのうと生きていられたものだな」 これは、英雄ではなくなった男の復讐譚。 彼を裏切った王族、貴族、そしてかつての仲間たちを絶望の淵に叩き落とすための第二の人生が、いま始まる──。

【本編完結・番外編追記】「俺は2番目に好きな女と結婚するんだ」と婚約者が言っていたので、1番好きな女性と結婚させてあげることにしました。

As-me.com
恋愛
ある日、偶然に「俺は2番目に好きな女と結婚するんだ」とお友達に楽しそうに宣言する婚約者を見つけてしまいました。 例え2番目でもちゃんと愛しているから結婚にはなんの問題も無いとおっしゃりますが……そんな婚約者様はとんでもない問題児でした。 愛も無い、信頼も無い、領地にメリットも無い。そんな無い無い尽くしの婚約者様と結婚しても幸せになれる気がしません。 ねぇ、婚約者様。私は他の女性を愛するあなたと結婚なんてしたくありませんわ。絶対婚約破棄します! あなたはあなたで、1番好きな人と結婚してくださいな。 番外編追記しました。 スピンオフ作品「幼なじみの年下王太子は取り扱い注意!」は、番外編のその後の話です。大人になったルゥナの話です。こちらもよろしくお願いします! ※この作品は『「俺は2番目に好きな女と結婚するんだ」と婚約者が言っていたので、1番好きな女性と結婚させてあげることにしました。 』のリメイク版です。内容はほぼ一緒ですが、細かい設定などを書き直してあります。 *元作品は都合により削除致しました。

処理中です...