デルタトロスの子どもたち ~曖昧な色に染まった世で奏でる祈りの唄~

華田さち

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青年前期

第81話 小さな炎

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「カイ!切りがない。父さんが言っていた狼の習性は獲物を群れで追い詰めることだ。俺が囮になるから、とにかく狼たちを一か所に集めろ!」
 ヒロはカイに指示を出した後、馬を走らせ真っ暗闇の森の中を更に突き進む。
 カイとテルウはその後ろで、二手に分かれ素早く狼たちの外側へと回り込んだ。

「ピュー!」

「ビュウ、ピュウピュ!」

 二人は笛言葉で合図を取り合い、その周波数域を微妙に変化させた音を狼に向けて放ち、徐々に誘導しはじめた。

「ほお、あれが使えるのか?」
「あれとは母上?」
「笛言葉だよ。その昔はあちらこちらで聞こえたセプタ人達の伝達手段だ」
 ササはその音色を懐かしむように、目を閉じて聞き入っている。
 そして横にいるタイガは、自分が思い描いていた結末を覆しそうなこの三人の行動に、眠気も一気に吹き飛び、いつの間にかササよりも数歩前にのめり出してじっと成り行きを見つめていた。

(いいかヒロ、狼たちは獲物に狙いを定めたら、まずその獲物を群れから孤立させる。そしてリーダーが前方に待ち伏せし、後方から残りの狼が獲物を挟み撃ちにするのだ。だからそのリーダーを確実に見つけることが先決だ)

 最も尊敬する養父ダリルモアの教えが今もヒロの心の中に息づく。
 そんな父の思いを知るためにも、森の女王、白き神まで辿り着かなくては。
 ヒロは先頭を走りながら、リーダー格の狼を探すべく、さらに神経を研ぎ澄ませてあちこち視線を動かした。

 自分の走るスピードに合わせて、数匹の狼たちがピッタリと同じ速度を保ちながら周りを取り囲んでいる。
 彼らはその周りを左右に行ったり来たりしながらしつこく追いかけ、確実に馬の体力を消耗させようとしていた。

 もうすでにこの馬も限界だ。いちかばちか賭けてみるか?

 ヒロは馬の手綱を引いて、急に左へと馬首を向けて走り出す。その時、追ってきた数匹の狼が同じように左へと向かったのだが、一匹だけは後方に留まっておりゆっくりとその方角を見つめていた。

 ついに見つけた!あいつに間違いない!

「ビュー!」
 ヒロは追ってきた黒狼の追跡を撒こうとして、その笛言葉を右にある何本かの大木へ飛ばして、自分はさらに先へと馬を走らせた。

 頼む、効いてくれ。

 そんなヒロの祈りが通じ、狼たちはその笛言葉が鳴った方向へとうまい具合に走り去っていった。

 カイとテルウが誘導する狼たちは走りながら一箇所に集まりつつあった。その数ざっと三十頭ほど。
 彼らが目指すのはリーダー格の狼と挟み撃ちにする狙いを定めた獲物であり、囮のヒロだった。

「母上!彼ら、一人が囮になって、一か所に狼たちを集めるつもりだ!」
 そう叫ぶタイガは、すでに身を乗り出すどころか、信じられないといった面持ちで丘の上から予想外の成り行きを呆然と眺めているだけだった。

 持久力ではこちらが圧倒的に勝るはずだ。
 もうすでに馬も人も体力は限界のはずなのに、たった三人で、あれだけの狼を操っている。いやそれ以前に彼らは森にかなり精通していた。
 何故だ?殆ど人が踏み入れないはずなのに。

 自分の知らない世界からやって来た突然の侵入者。
 そしてその内の一人は、母であるササの乳を飲んで育った自分の乳兄弟であるという。
 自分と同じ、白き神の生命力を与えられたもの……。

 身を乗り出し興味ありげなタイガの様子を見たササは、満足そうに目を細めている。

 囮となったヒロは背後からリーダー格の狼に近寄り、馬の手綱を引いてその場に立ち留まる。
 するとその狼の後ろからカイやテルウの誘導により集められた狼たちが現れた。
 彼らは口から大量の涎を垂らしながら、狩猟本能に従い獲物を捕食するためにじりじりと間合いを詰めてくる。
 そしてその獲物を最終的にはこの山脈のヒエラルキーの頂点に君臨する森の女王に捧げるのだ。

「いい子だね。少し怖いかもしれないけど大丈夫だよ」
 そう声をかけながら、ゆっくりと優しく馬の身体を撫でて安心させてやると、馬もその声に落ち着いたのか耳を動かし、感情表現をして首を傾ける。

 ヒロはシキの強く、美しく輝いている姿を思い浮かべた。
 離れていても絶えず力を与えてくれる彼女の姿。

 彼女にできて自分にできないはずがない。

 父さんや母さん、行方不明になってしまった家族や、ベガを失いやり切れない思い。
 共にありたいと願う、シキと再び離れ離れになってしまった苦しい気持ち。
 そして荒廃した国で貧しい生活を送る民を見た時の無力感。
 自身の内面にある、やるせない嫌な感情が体の奥底から湧き上がり、何とも言えない奇妙な感じがして、背筋がむず痒くなりぶるっと震えた後、ヒロの眼が突如赤く光り出した。

 そして狼たちが束になって飛び掛かって来た時、その手の平に真っ赤に燃え盛る小さな炎が生まれたのだった。
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