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第29話 赦しの魔女
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カイルの姿が見えなくなるまで見送った後。リュネは踵を返して村の中へと帰った。
さあここからは、リュネだけの戦い。勝機は薄いが、まだ、無くしていない。
(大丈夫。独りで戦うのではないから)
ざくざくと大股で進む。と、きゃあ、と悲鳴が聞こえた。廃墟の群れをかき分けるように走る。
「何をしているの!?」
「魔女さま……!」
武装した『魔女討伐隊』らしき集団が、武器を携えて村人を取り囲んでいる光景が見えた。食料や物資を運ぼうとしていたのだろうか、村人の周辺には壊れかけの箱がいくつか転がっている。
魔女、という呼び名に、討伐隊は雰囲気を変えた。まるで、獲物がかかったときの狩人のように。
だから——だからあえて、リュネは高らかに、声を張り上げて手を掲げた。
「魔女はここよ! 他の住民に危害を加えることは、わたしが赦さない!」
「魔女だ!」
「気をつけろ。魔女は人心を操るぞ!」
揃いの鎧を身につけた、仰々しいまでの隊員がリュネの周辺を取り囲む。彼らの様子からして、討伐隊のリーダー……ルシアンを喪ったことは、まだ共有されていないのだろう。
(あるいは、それでもなお手柄を立てようとしているのか……)
いずれにせよ、時間稼ぎに使うには少し厳しい。どうしたものか。
「魔女さまに何をする!」
村人のひとりが、討伐隊に向かって鍬を掲げた。危ない——と思った矢先に、鎧で固められた手が男の腹を殴りつける。
「黙れ、この悪魔崇拝者共め!」
「おやめなさい!」
駆け寄ろうとしたリュネに、討伐隊はより一層警戒を強めた。
が、そこに割って入ったのは馬が駆ける足音と、息の上がった青年の声だった。
「勅命です! 勅命です!」
来た! リュネは叫び出しそうになるのを抑えて、彼の方を向く。汗だくの青年はこちらを見ると、安堵をいっぱいに顔に広げ、馬から降りた。
「すみません……とても遅くなってしまいました」
「いいえ。急いでくれてありがとう。内容を」
「はい。アルノ家魔女討伐隊の方々へ……えっ、王家より……?」
王家?
その言葉に討伐隊も困惑し始める。なにせ、リュネでさえ、内心動揺し通しだったから。
けれど——これで納得がいった。領主宛に伝令を向かわせたのが数日前。嘆願が、王家にまで届いていたのなら、この速度は追い風以外の何物でもない。
「他領地での越権行為を今すぐ停止せよ、との事です」
さしもの討伐隊も、この勅命には困惑しているようだ。ルシアンのことを呼ぶ声や、ただただ喚いている者もいる。やっていられない、と乱暴に兜を叩きつける者さえいた。
疑問の声があちこちで上がる中、リュネは向けられた剣の切っ先を、ゆっくり手で落としてやる。
「……ということで、ここから先の、この村含むわたしへの暴力行為は、あなたたち自身の選択として受け取りますけれど」
その場合、わたしはあなたたちを赦すことはない。
そこで彼らも、空気が変わったことを理解せざるを得なかったのだろう。村人たちは思い思いの武器を構えて彼らを睨みつけ、討伐対象は一歩も引く気がない。
何より、正義だと思っていた行為は、王という最も正しき人から不当だと下された。
きっと彼らとて、好んで破壊や略奪を行っていたのではないだろう。その証拠に、銀の鎧の男たちはひとり、またひとりと武器を地面に落としていく。
結局、彼らはかつての自分と同じように、自らの意思で選べなかった者たちなのだ。
けれどそれを強く責めても仕方がない。
リュネはおどおどと顔を突き合わせる彼らに向かって、冷静に、威厳のある口調で言葉を続けた。
「分かりました。あなたたちの行いを赦しの魔女として、わたしは赦します……ただし、審判院には報告させてもらうわ」
「公爵の命令だったとしても、わたしが赦したとしても、あなたたちの振る舞いは不法で、間違ったものよ。その意識もなく呑気に赦された、なんて思わないで」
赦しの魔女はすべてを赦さない。
けれど、相手の未来を赦すことに変わりは無い。
長く、長く続けてきた『赦し』に、討伐隊は言い返す余地すら無かったらしい。鎧の集団は、来た時とは打って変わった様子で、静かに村から引き上げて行った。
「魔女さま!」
「ああ、無事で本当に良かった」
「しかし、王からのお言葉だなんて……」
彼らが居なくなると、待ちきれないといったばかりに、村人たちがリュネを取り囲む。
森で待機している者たちにも、今ごろきっとこの村の平穏が取り戻されたことは伝わっているだろう。
大きな障害に立ち向かった後、真っ先に思うのは強い安堵感と達成感。それを証明するように、特に若い村人たちの顔は明るく、生き延びたことを心から喜んでいるようだった。
が、
「全部焼けちまったなあ」
「ああ。クソっ、あいつら、食料も根こそぎ持っていきやがって」
「この村はこれからどうなるのでしょう……」
年を経た者たちはそうはいかない。事実、村の崩壊は酷いもので、元通りに戻すには、想像もできない苦労と時間が必要になることは分かるのだ。
いっそ、赦さずに賠償を求めれば。そんな声さえ聞こえたところで、リュネはすっと息を吸った。
赦しの魔女の『赦し』の鉄則。
相手の未来を信じて赦すこと。
闇雲にすべてを赦すわけではないこと。
そして——
「……今からすることは、おばあちゃまには黙っていて欲しいの」
焼けた灰の残る地面に触れる。取り囲んでいた村人たちを遠ざけて、リュネは目を閉じた。
(討伐隊を赦す、という選択に発生する責任を……わたしは、果たすわ)
「一体何を……」
ざわめく村人たち。けれどすぐにその声は途絶えた。目の前で起きる超常現象に、声を出すことすら忘れてしまったから。
魔女の奇跡、最大級。
リュネは地面に魔力を流し、繊細かつ大胆に村の再生を行う。触れた地面は光を放ち、風が地面の底から湧き上がってくる。
髪を結ぶ紐はちぎれ、浮かぶ汗さえ引き剥がされ、息すら忘れるほどの集中に、村のすべては時間が戻るように直っていく。
壊れた建物は形を取り戻す。焼けた地面からは草が芽吹く。折れた木は葉を茂らせ、鳥たちのさえずりが帰ってくる。
襲撃によって失われたものは、人命以外のすべてが魔力によって補われていくのだ。
平衡感覚が途切れ途切れになる。吐き気がする。倒れかけたリュネは、両手でその身体を支えた。まだ再生は終わっていない。手の感覚が無くなって、耳に聞こえる音が雑音じみてきても、なおやめない。
(これでわたしは……みんなの事も……わたしの『赦し』も守れる)
ふと、視界に見知らぬ人影が見えた。いや、見知らないわけがない。
豊かな黒い髪を結い上げ、豪華なドレスを着た、金色の目をした幼い子。重圧と役割にがんじがらめだった、むかしむかしの『わたし』——セレスティアだ。
(……ねえ、セレスティア。わたし、やっぱりまだあなたの行いを赦せそうにはないの)
黒髪の少女は悲しそうな目でリュネを見る。
(でも、あなたを赦すために関わってきた、たくさんの大切な人や愛しい人と出会えたことは、本当に、心から良かったって思ってる)
彼女がいなかったら、出会うことも無かったかもしれない。あるいは、今ほど大切に、愛おしく思うことなんてなかったかもしれない。
だからね。
リュネは佇む少女に、めいいっぱいの微笑みを渡す。
「……ありがとう。セレスティア」
豪華なドレスに身を包んだ少女は、ほっとしたように笑みを浮かべる。
それからその姿は、まるで空気に溶けるように見えなくなった。
そしてそれが、村の再生が完了したことと、自分の意識が落ちていくことの合図だった。
世界の理を曲げる力。
老婆の言っていたことは真実だ。滅びた村は再生し、死んだ人間と対話を交わす。
だからきっと老婆の言う通り、代償も深刻なほど大きいのだろう。
「魔女さま!」
「誰か! 魔女さまが倒れちゃった」
「落ち着け、まだ息はある!」
遠ざかる。何もかもが。ぼやけた声と四肢の感覚の中で、リュネはふっと息を吐く。張り詰めていた全身の力が解け、胸には安堵がただ広がっていた。
(カイル……もう、心配することは何も無くなった、わ……)
意識がゆらゆらと落ちていく。
それは長い長い冒険の果てに、家のベッドに飛び込んだような。穏やかで深い眠りが、身も心も包んでくるみたいだった。
さあここからは、リュネだけの戦い。勝機は薄いが、まだ、無くしていない。
(大丈夫。独りで戦うのではないから)
ざくざくと大股で進む。と、きゃあ、と悲鳴が聞こえた。廃墟の群れをかき分けるように走る。
「何をしているの!?」
「魔女さま……!」
武装した『魔女討伐隊』らしき集団が、武器を携えて村人を取り囲んでいる光景が見えた。食料や物資を運ぼうとしていたのだろうか、村人の周辺には壊れかけの箱がいくつか転がっている。
魔女、という呼び名に、討伐隊は雰囲気を変えた。まるで、獲物がかかったときの狩人のように。
だから——だからあえて、リュネは高らかに、声を張り上げて手を掲げた。
「魔女はここよ! 他の住民に危害を加えることは、わたしが赦さない!」
「魔女だ!」
「気をつけろ。魔女は人心を操るぞ!」
揃いの鎧を身につけた、仰々しいまでの隊員がリュネの周辺を取り囲む。彼らの様子からして、討伐隊のリーダー……ルシアンを喪ったことは、まだ共有されていないのだろう。
(あるいは、それでもなお手柄を立てようとしているのか……)
いずれにせよ、時間稼ぎに使うには少し厳しい。どうしたものか。
「魔女さまに何をする!」
村人のひとりが、討伐隊に向かって鍬を掲げた。危ない——と思った矢先に、鎧で固められた手が男の腹を殴りつける。
「黙れ、この悪魔崇拝者共め!」
「おやめなさい!」
駆け寄ろうとしたリュネに、討伐隊はより一層警戒を強めた。
が、そこに割って入ったのは馬が駆ける足音と、息の上がった青年の声だった。
「勅命です! 勅命です!」
来た! リュネは叫び出しそうになるのを抑えて、彼の方を向く。汗だくの青年はこちらを見ると、安堵をいっぱいに顔に広げ、馬から降りた。
「すみません……とても遅くなってしまいました」
「いいえ。急いでくれてありがとう。内容を」
「はい。アルノ家魔女討伐隊の方々へ……えっ、王家より……?」
王家?
その言葉に討伐隊も困惑し始める。なにせ、リュネでさえ、内心動揺し通しだったから。
けれど——これで納得がいった。領主宛に伝令を向かわせたのが数日前。嘆願が、王家にまで届いていたのなら、この速度は追い風以外の何物でもない。
「他領地での越権行為を今すぐ停止せよ、との事です」
さしもの討伐隊も、この勅命には困惑しているようだ。ルシアンのことを呼ぶ声や、ただただ喚いている者もいる。やっていられない、と乱暴に兜を叩きつける者さえいた。
疑問の声があちこちで上がる中、リュネは向けられた剣の切っ先を、ゆっくり手で落としてやる。
「……ということで、ここから先の、この村含むわたしへの暴力行為は、あなたたち自身の選択として受け取りますけれど」
その場合、わたしはあなたたちを赦すことはない。
そこで彼らも、空気が変わったことを理解せざるを得なかったのだろう。村人たちは思い思いの武器を構えて彼らを睨みつけ、討伐対象は一歩も引く気がない。
何より、正義だと思っていた行為は、王という最も正しき人から不当だと下された。
きっと彼らとて、好んで破壊や略奪を行っていたのではないだろう。その証拠に、銀の鎧の男たちはひとり、またひとりと武器を地面に落としていく。
結局、彼らはかつての自分と同じように、自らの意思で選べなかった者たちなのだ。
けれどそれを強く責めても仕方がない。
リュネはおどおどと顔を突き合わせる彼らに向かって、冷静に、威厳のある口調で言葉を続けた。
「分かりました。あなたたちの行いを赦しの魔女として、わたしは赦します……ただし、審判院には報告させてもらうわ」
「公爵の命令だったとしても、わたしが赦したとしても、あなたたちの振る舞いは不法で、間違ったものよ。その意識もなく呑気に赦された、なんて思わないで」
赦しの魔女はすべてを赦さない。
けれど、相手の未来を赦すことに変わりは無い。
長く、長く続けてきた『赦し』に、討伐隊は言い返す余地すら無かったらしい。鎧の集団は、来た時とは打って変わった様子で、静かに村から引き上げて行った。
「魔女さま!」
「ああ、無事で本当に良かった」
「しかし、王からのお言葉だなんて……」
彼らが居なくなると、待ちきれないといったばかりに、村人たちがリュネを取り囲む。
森で待機している者たちにも、今ごろきっとこの村の平穏が取り戻されたことは伝わっているだろう。
大きな障害に立ち向かった後、真っ先に思うのは強い安堵感と達成感。それを証明するように、特に若い村人たちの顔は明るく、生き延びたことを心から喜んでいるようだった。
が、
「全部焼けちまったなあ」
「ああ。クソっ、あいつら、食料も根こそぎ持っていきやがって」
「この村はこれからどうなるのでしょう……」
年を経た者たちはそうはいかない。事実、村の崩壊は酷いもので、元通りに戻すには、想像もできない苦労と時間が必要になることは分かるのだ。
いっそ、赦さずに賠償を求めれば。そんな声さえ聞こえたところで、リュネはすっと息を吸った。
赦しの魔女の『赦し』の鉄則。
相手の未来を信じて赦すこと。
闇雲にすべてを赦すわけではないこと。
そして——
「……今からすることは、おばあちゃまには黙っていて欲しいの」
焼けた灰の残る地面に触れる。取り囲んでいた村人たちを遠ざけて、リュネは目を閉じた。
(討伐隊を赦す、という選択に発生する責任を……わたしは、果たすわ)
「一体何を……」
ざわめく村人たち。けれどすぐにその声は途絶えた。目の前で起きる超常現象に、声を出すことすら忘れてしまったから。
魔女の奇跡、最大級。
リュネは地面に魔力を流し、繊細かつ大胆に村の再生を行う。触れた地面は光を放ち、風が地面の底から湧き上がってくる。
髪を結ぶ紐はちぎれ、浮かぶ汗さえ引き剥がされ、息すら忘れるほどの集中に、村のすべては時間が戻るように直っていく。
壊れた建物は形を取り戻す。焼けた地面からは草が芽吹く。折れた木は葉を茂らせ、鳥たちのさえずりが帰ってくる。
襲撃によって失われたものは、人命以外のすべてが魔力によって補われていくのだ。
平衡感覚が途切れ途切れになる。吐き気がする。倒れかけたリュネは、両手でその身体を支えた。まだ再生は終わっていない。手の感覚が無くなって、耳に聞こえる音が雑音じみてきても、なおやめない。
(これでわたしは……みんなの事も……わたしの『赦し』も守れる)
ふと、視界に見知らぬ人影が見えた。いや、見知らないわけがない。
豊かな黒い髪を結い上げ、豪華なドレスを着た、金色の目をした幼い子。重圧と役割にがんじがらめだった、むかしむかしの『わたし』——セレスティアだ。
(……ねえ、セレスティア。わたし、やっぱりまだあなたの行いを赦せそうにはないの)
黒髪の少女は悲しそうな目でリュネを見る。
(でも、あなたを赦すために関わってきた、たくさんの大切な人や愛しい人と出会えたことは、本当に、心から良かったって思ってる)
彼女がいなかったら、出会うことも無かったかもしれない。あるいは、今ほど大切に、愛おしく思うことなんてなかったかもしれない。
だからね。
リュネは佇む少女に、めいいっぱいの微笑みを渡す。
「……ありがとう。セレスティア」
豪華なドレスに身を包んだ少女は、ほっとしたように笑みを浮かべる。
それからその姿は、まるで空気に溶けるように見えなくなった。
そしてそれが、村の再生が完了したことと、自分の意識が落ちていくことの合図だった。
世界の理を曲げる力。
老婆の言っていたことは真実だ。滅びた村は再生し、死んだ人間と対話を交わす。
だからきっと老婆の言う通り、代償も深刻なほど大きいのだろう。
「魔女さま!」
「誰か! 魔女さまが倒れちゃった」
「落ち着け、まだ息はある!」
遠ざかる。何もかもが。ぼやけた声と四肢の感覚の中で、リュネはふっと息を吐く。張り詰めていた全身の力が解け、胸には安堵がただ広がっていた。
(カイル……もう、心配することは何も無くなった、わ……)
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