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三章 業火の魔王編
第2話 廃墟の探索
しおりを挟む砂漠の熱風は街の奥へ進むにつれ、異様な重さを帯びていった。
ただ暑いだけではない。空気が、まるで焦げ付いた何かを抱え込んでいるようだった。
瓦礫の間を縫うように歩きながら、ミツキは額に滲む汗を拭った。
生命の権能はまだルークとエリシェヴァを支えているが、その代償が確実に頭の奥を圧迫している。
「……この街はおかしい」
低く呟くと、ルークが頷いた。
「自然災害や魔物の襲撃だけじゃ説明がつかない。
破壊の向きも、焦げ跡の残り方も、意図的すぎる」
その言葉を裏付けるように、路地の先に半壊した建物が現れた。
かつては交易商の事務所だったのだろう。
焼け落ちた木製棚、崩れた天井、壁に残る幾何学模様――だが、その奥に、不自然に“守られた”空間があった。
ミツキが瓦礫をどけると、倒れた机の陰から紙束が現れた。
煤にまみれ、角は焦げているが、文字はまだ読める。
「……取引記録?」
視線を落とした瞬間、ミツキの喉が詰まった。
「男性、二十五歳、銀貨四百」
「女性、十六歳、銀貨六百」
――人の値段だった。
「……奴隷帳簿ね」
エリシェヴァの声が震えた。
指先が紙を握りしめ、今にも破れそうになる。
ルークは帳簿を受け取り、素早く目を走らせる。
「金額、年齢、人数……かなり組織的だ。
それに、この記号……」
紙面の端に刻まれた紋様を指でなぞり、彼女は顔を上げた。
「この街の有力貴族が使っていた家紋だ。
つまり、裏で奴隷売買を主導していたのは――」
「……貴族、ってこと?」
ミツキの問いに、ルークは無言で頷いた。
重苦しい沈黙が落ちる。
この街は、ただ焼かれたのではない。
腐っていた。
その時だった。
街の中心部から、地鳴りのような低い振動が伝わってきた。
「……っ!」
三人は顔を上げ、急ぎ足で開けた広場へ向かう。
そこで目にした光景に、言葉を失った。
無数のクレーター。
砂岩の地面は抉れ、縁は黒くガラス状に溶けている。
熱と衝撃が、一点に集中して叩きつけられた痕跡だった。
「……これ、ただ事じゃないわ」
エリシェヴァが息を呑む。
ルークは膝をつき、焦げ跡に触れた。
「魔物の仕業だけじゃない。
上級悪魔……いや、魔王級の力が使われている」
その言葉に、ミツキの心臓が強く跳ねた。
「……イブリース」
思わず口をついて出た名に、ルークがゆっくりと頷く。
「可能性は高い。
これほどの破壊、そして人の怨嗟……契約の代価としては十分すぎる」
クレーターの奥、崩れかけた建物の外壁に、かろうじて残った紋章が見えた。
鷹を模した意匠。風化した文字。
「……ザビール家」
ミツキが呟く。
ルークは帳簿と紋章を見比べ、確信を込めて言った。
「奴隷売買を行っていた貴族。
そして、その果てに“何か”を呼び出した。
この街が焼き尽くされた理由は、そこにある」
エリシェヴァは唇を噛みしめ、拳を握った。
「……生き残りがいるなら、真実を知っているはずよ」
三人の視線が、自然と同じ方向を向く。
街の中心。
砂漠の中に聳え立つ、巨大な宮殿。
かつての権力と富の象徴は、今や赤黒い炎の残滓に包まれていた。
「答えは……あそこだね」
ミツキはそう言い、頭を襲う重さに耐えながら、一歩踏み出した。
宮殿へと続く大通りは、もはや街路としての機能を失っていた。
砕けた石畳、引きずられた血の跡、黒く煤けた建物の残骸――かつて人々が行き交い、交易と祈りが交錯した場所は、今や死の記録だけを刻み込んでいる。
ミツキは剣を構え、瓦礫の陰から現れる魔物を次々と斬り伏せていた。
一体一体は脅威ではない。だが数が多い。
生命の権能によってルークとエリシェヴァを守り続けている代償が、確実に彼女の精神を削っていた。
(……重い)
頭の奥に、鈍い圧迫感が広がっている。
息を吸うたび、思考がわずかに遅れる感覚があった。
「……生き残りはいない」
ミツキがそう呟くと、ルークが周囲を見回しながら短く息を吐いた。
「少なくとも、この辺りには。
ここまで徹底的に潰されているのは不自然だ。
魔物の暴走というより……見せしめに近い」
エリシェヴァは草木魔法を展開し、路地の奥を探るが、反応はない。
彼女の緑の瞳には、拭いきれない不安が宿っていた。
その時だった。
ミツキは、はっきりと“違和感”を覚えた。
――暑い。
今までとは質が違う。
生命の権能で耐えているはずの熱が、皮膚の表面ではなく、内側から灼いてくる。
「……待って」
思わず足を止めると、ルークとエリシェヴァが振り返る。
「上……来る」
その瞬間――
――ギャアアアアァァッ!!
空を引き裂く咆哮が街に轟いた。
赤黒い影が上空から急降下し、瓦礫を吹き飛ばしながら地面に叩きつけられる。
衝撃波が石畳を砕き、砂塵が舞い上がった。
巨大な翼、赤く燃えるような眼、金属のように硬質な鱗。
その姿を見た瞬間、ルークの顔色が変わる。
「……ワイバーンだ。
それも――ヴァルハラを襲った個体と同型!」
「そんな……どうして、ここに……!?」
問いを投げる暇はなかった。
ワイバーンは大きく息を吸い込み、次の瞬間、灼熱の炎を吐き出す。
爆風が街路を薙ぎ払い、瓦礫が宙を舞った。
ミツキは反射的に跳び退き、熱波を紙一重でかわす。
(……直撃したら)
一瞬、死の想像が脳裏をよぎる。
生命の権能があっても、無事で済む保証はない。
「散開! 正面から受けるな!」
ルークの叫びと同時に、三人は動いた。
彼女は側面へ回り込み、剣で鱗の継ぎ目を狙う。
「左翼だ! 動きが鈍い!」
エリシェヴァは即座に反応し、砂地から蔓を伸ばす。
「拘束する! 今よ!」
緑の蔓が脚に絡みつき、ワイバーンの動きが一瞬止まる。
だが次の瞬間、炎に焼かれ、何本も弾け飛んだ。
「っ……!」
それでもエリシェヴァは歯を食いしばり、次々と蔓を生み出す。
「まだ……いける……!」
その隙を逃さず、ミツキが正面から踏み込んだ。
「――はあぁっ!」
破壊の権能を込めた一撃が胸部を砕く。
赤黒い光が弾け、鱗が粉砕された。
だが、ワイバーンは倒れない。
尾の一撃がミツキを弾き飛ばし、地面に叩きつけた。
肺から空気が押し出され、視界が一瞬白くなる。
「ミツキ!」
エリシェヴァの治癒の光が飛び、裂けた皮膚が塞がっていく。
同時にルークが首元へ深く斬り込み、ついにワイバーンは大きくよろめいた。
最後は、ミツキの一撃だった。
心臓部を貫かれ、巨体が崩れ落ちる。
地面が震え、砂塵が舞い上がる。
静寂。
荒い呼吸だけが、焼けた街に響いた。
「……終わった、のよね……?」
エリシェヴァの声は、まだ震えている。
ルークはワイバーンの鱗を拾い上げ、苦々しく呟いた。
「間違いない。
ヴァルハラの災厄と“同じ系統”だ」
安堵が、ほんの一瞬だけ三人を包んだ。
――だが、それは錯覚だった。
次の瞬間、空気そのものが燃え上がった。
街の中心から、紅蓮の竜巻が立ち上る。
砂は熔け、瓦礫はガラス状に変形し、世界が歪んでいく。
「……魔法が、効かない!?」
ルークの衝撃波は、炎に触れた瞬間、掻き消えた。
「私の治癒も……草木も……!」
エリシェヴァの魔法も、炎に呑まれて消える。
ミツキは歯を食いしばった。
生命の権能は限界に近く、頭が割れるように痛む。
「……この炎、次元が違う……!」
制限解除が脳裏をよぎる。
だが今使えば、戻れない。
「ミツキ、無理をするな!」
ルークが前に出るが、炎の壁は容赦なく迫る。
その時――
轟音と共に、世界が裏返った。
炎が遠ざかり、視界が歪む。
三人の身体は“引き抜かれる”ように宙へ放り出された。
気づけばそこは、現実ではない場所だった。
青白い霧、虹色の空、色鮮やかなタイル。
神殿を思わせる、静謐で異質な空間。
「……ここは……?」
エリシェヴァが呟いた、その前に。
一人の少年が立っていた。
黒髪に赤の縁取り、赤い瞳。
緑と金の衣装を纏い、楽しげに笑っている。
「いやぁ、ほんとギリギリだったね」
軽い口調で、彼は言った。
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