転生したら魔女狩りの世界だった件。嫌なので全力で抗います〜絶望少女と魔王達〜

なないろすらいむ

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三章 業火の魔王編

第10話 精神世界での戦い

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――沈む。
 焼け焦げた世界から、暗く冷たい深淵へと。

 ミツキがアーリヤに触れた瞬間、視界は一気に塗り替えられた。
 周囲を満たすのは水底のような静けさ。
 耳を澄ませても、迷宮の轟音も魔王たちの咆哮も届かない。

 代わりに広がるのは、灰色の空と、ひび割れた大地。
 そこに無数の黒鎖が走り、一本一本が地平線の果てまで伸びている。

 その鎖の中心に――少女がいた。
 膝を折り、細い肩を震わせ、手足を鎖に繋がれたまま。
 瞳は虚ろで、炎に焼かれた残響のような影がその身を覆っていた。

「……アーリヤ!」
 
 ミツキは駆け寄った。

 顔を上げた少女の唇が、かすかに動く。
 
「……どうして……来たの……」
 
 声は震え、消え入りそうだった。

「あなたを助けに来たの。もう大丈夫、外ではみんなが時間を稼いでくれてる。だから――」

「無理だよ……!」
 
 アーリヤの声が、鋭く割れた。
 
「私は……イブリースに体を奪われて……街を焼いた……! 全部、私のせいなんだ! 助けられるわけ、ない……!」

 少女の背後で、黒炎が揺らめく。
 まるで彼女の絶望に呼応するように、鎖はきしみ、さらに彼女を締め上げた。

 ミツキは拳を握りしめ、叫んだ。
 
「違う! あなたはまだここにいる! さっきだって、必死に『やめて』って声をあげてたじゃない! あれはイブリースじゃなく、アーリヤの心だよ!」

 震える少女の瞳に、微かに光が戻る。
 だが同時に、深淵の奥から低い声が響いた。

『――無駄な事を』

 黒炎の影が立ち上がる。
 それは巨大な焔の仮面を戴いた異形。イブリースの精神の投影――絶望そのものが、ミツキの前に姿を現した。
黒炎の影が立ち上がった。
 その姿は曖昧で、時に獣、時に巨人、時に焔の翼を持つ魔王のように揺らめく。
 ただ一つ確かなのは、その瞳だけだった。紅蓮に爛々と燃え、人を焼き尽くす憎悪に満ちている。

『……人間の小娘が、ここまで踏み込むとはな』
 
 低い声が精神世界全体を震わせる。
 
『だが、この娘の心は既に我のもの。どれだけ鎖を引きちぎろうと、残るのは灰だけだ』

 アーリヤは鎖の中で震えながら顔を伏せた。
 
「……あたしは……壊した……全部……」

「違う!」
 
 ミツキは一歩、影へと進み出る。剣を抜くことはせず、ただ声を放つ。
 
「焼き尽くしたのはあんた――イブリース! アーリヤは苦しんでるだけ! 今だって抵抗してるじゃない! だから私はここに来たんだ!」

『抵抗だと?』
 
 影が笑った。炎の裂け目から黒煙が溢れ、鎖をさらに締め付ける。
 
『では問おう。娘は何人焼いた? 何人を泣き叫ばせ、地に伏せた? ……その腕で、声で、体で』

「……っ」
 
 アーリヤの目から涙が零れ落ちた。
 
「やめて……! 言わないで……!」

『これが現実だ。お前は罪人だ。人を焼いた焔は、もう消せぬ』
 
 影の声が低く響く。
 
『救いなど無い。あるのは絶望だけ――』

「――ある!」
 
 ミツキの叫びが響いた。
 
「罪があるからって、人が消えていい理由にはならない! もしそうなら……私だって生きちゃいけないはずだ!」

 影が一瞬だけ動きを止めた。
 その隙にミツキはアーリヤの方へ手を伸ばす。

「アーリヤ! あなたはまだ生きてる! 苦しんでる! それなら――やり直せる!」

 鎖に縛られた少女が、ゆっくりと顔を上げる。
 その瞳に宿るのは、絶望の奥に隠れた微かな希望の光。
 
 『やり直すだと? 甘いな、人間。罪を背負った者に未来など無い。あるのは過去の記憶と、終わらぬ苦痛だけだ!』

 咆哮と共に鎖が鳴動する。アーリヤの体に絡みつく鎖はさらに締め付け、少女は呻き声を上げた。

「……っ、ああああっ!」

「やめて!」
 
 ミツキは駆け寄り、剣を構える。だがその剣は斬撃ではなく光を帯び、炎の闇を押し返すように輝いた。

「罪を消すなんてできない! でも――生きて償うことはできるはずだよ!」
 
「……ミツキ……?」
 
 アーリヤがかすかに名を呼ぶ。

『償いだと? この娘の炎に焼かれた者は戻らぬ! 涙も、叫びも、灰に変わった! その重みを背負って歩む? 弱き人間が、そんなことに耐えられるはずがない!』

「耐えられるかどうかじゃない!」
 
 ミツキは影を睨み返し、叫んだ。
 
「歩きたいと思うかどうかなの! それを決めるのはあんたじゃない、アーリヤ自身だ!」

 刹那、光と影が衝突した。
 ミツキの剣からあふれる生命の光が、イブリースの黒炎と激突し、精神世界に轟音が響き渡る。
 炎と光がせめぎ合い、空間がひび割れていく。

『小娘がぁぁあああっ!』
 
 影が咆哮する。炎の竜が形を取り、ミツキへと噛みつこうと迫る。

「……アーリヤ!」
 
 ミツキは剣を振るうのではなく、鎖に縛られた少女へと手を差し伸べた。
 
「選んで! 絶望に沈むか、それとも……未来に進むか!」

 ――その声に応えるように、アーリヤの胸の奥で何かが脈打った。
 鎖を締め付ける黒炎に、ひびが入る。

「……あたし……!」
 
 アーリヤが震える声で言葉を紡ぐ。
 
「まだ……生きたい……! 生きて、償いたい……!」

 瞬間、鎖が光を帯びて砕け散った。
 アーリヤの身体を覆っていた闇が剥がれ落ち、イブリースの影が苦悶の咆哮を上げる。

「――あの台座を見て!あの、部屋の中央にある大きな台座!」

アーリヤは鎖に縛られながらも必死に身体を動かしミツキにジェスチャーをする。
そこには虚空に浮かぶ巨大な石板が、赤黒い光を脈打ちながら轟音を立てていた。炎を吐き出し、近づく者を拒むように空間そのものを焦がしている。中央には紅と金に輝く紋章が浮かび上がっていた。

(台座……そして中央にあるのはシギル?)

「あれが私とイブリースの契約を縛っているの!あれを破壊すればイブリースは私の体に留まらず離れるしか無い筈!」
 

『だまれ、小娘!余計な事を…』

「させないっ!」

ガキン!
 
アーリヤに手を下そうとするイブリースをミツキが剣で止める。イブリースが反撃する様に黒炎の火球をミツキに飛ばしたが、それに答える様にミツキは生命の権能を解き放つ。紅の光が奔り、黒炎を押し返した。
 イブリースが一瞬蹌踉めいた隙をついてミツキは石板へと全力疾走した。

 『うっ……も……きつい……か……も』

天井からトッサカンの疲弊した声が聞こえる。ふと砂時計に目をやると砂はもう殆ど落ちかけていた。

『させるかああああああっ!』

石板が大量のイブリースの黒炎に包み込まれる。猛烈な熱気が立ち込め地獄の業火の様な炎が広がる。それは真っ赤に染まり、岩は溶け出し木は皆灰と化した。

(もう時間がない――此処は力ずくで……!)

「だあああああああああああっ!」

 ミツキは生命の権能を最大限まで解放し炎の中を一直線に駆け抜ける。黒炎が何度もミツキの肌を肉を焼いたが全て一瞬で回復していった。
 炎で身体が焼かれる度に激痛が走るがそれでもミツキは足を止める事はなかった。

 (ハァ……ハァ……ついた…)

ミツキはなんとか石板の前に辿り着くと中央のシギルを奪い、渾身の力で剣を振り抜いた。
 紅光が石板に突き刺さり、轟音と共に亀裂が走る。

『やめろおおおお!』
 
 イブリースが突進する。炎の巨躯となりミツキを押し潰さんと迫る。

「これで……終わりだああああっ!」
 
 振り返らず、全てを賭けて剣を押し込んだ。
 ――石板が砕け散る。
瞬間、光の奔流が精神世界を満たした。
 イブリースの咆哮が虚無に木霊し、その巨躯は崩れ落ちていく。

「お……のれ……我が……核が……!」

 鎖が音を立てて消滅した。解き放たれたアーリヤがその場に崩れ落ち、震える瞳でミツキを見上げる。

「 ……ありがとう……」

 その声が闇に溶けたとき、頭上から轟音が響いた。

――『持たないっ! もう限界だ!』

 トッサカンの声。迷宮を維持する力が尽き、精神世界ごと崩れ落ちていく。

「っ……!」

 ミツキは咄嗟にアーリヤの手を掴んだ。
次の瞬間、強烈な光が全てを呑み込み――彼女たちは現実へと引き戻される。

――現実へと引き戻されたミツキたち。
 赤砂に覆われた瓦礫の街は、静寂に沈んでいた。
 さきほどまで迷宮で荒れ狂っていた炎も咆哮もなく、ただ乾いた風だけが頬を撫でていく。

「……っはぁ、はぁ……」
 
 ミツキは地面に膝をつき、荒い呼吸を整えた。身体の芯まで削られるような消耗感。けれど、隣に視線を向けた瞬間、胸の奥に熱が灯る。

「アーリヤ……!」

 そこに倒れていた少女が、かすかに瞼を震わせていた。
 焦点を結ぶその瞳には、もう黒炎の影はなかった。

「……ここ……は……」
 息を詰まらせるような声。けれどその響きは、確かに彼女自身のものだった。

 次の瞬間。

「アーリヤ!」
 
 叫びながら駆け寄ったのはライラだった。涙をこぼしながら、ためらいもなく彼女を抱きしめる。

「……ライラ……?」
「そう、私だよ! やっと……やっと戻ってきてくれた!」

 アーリヤの唇が震え、目尻から涙が零れる。
 
「……あたし、もう二度と……会えないと思ってた……」
「バカ……そんなことないよ。だって、こうして……」
「うん……生きて、会えた……」

 二人は互いを確かめるように抱き合い、その肩を震わせた。
 長い絶望の底から這い上がった少女の顔には、確かな希望の光が戻っていた。

 ミツキはその光景を見つめ、胸に安堵を覚える。
 そこへルークとエリシェヴァもよろめきながら合流した。

「……やっと、終わったのか」
 
 剣を杖代わりにし、ルークは苦笑を浮かべる。
 
「ふふ……でも、無茶しすぎよ。みんなボロボロじゃない」
 エリシェヴァはそう言いながらも、治癒の光を試みたが、力尽きて光はすぐに掻き消えた。
 
「……ごめんなさい、もう……」
「いいよ。ここまで来れただけで十分だ」
 
 ミツキは首を振り、微笑んだ。

 そしてアーリヤが、震える声を絞り出した。

「……あんた達が私を助けてくれたんだね……。本当にありがとう。
――ねえ、これから……私も、一緒に歩いていけるのかな」
 ミツキが顔を上げ、力強く頷く。
 
「もちろん! 私たちは仲間だよ」

 アーリヤは目を閉じ、小さく笑った。
 
「ありがとう……。もし許されるなら……あたしも、あんたたちと一緒に……ついて行きたいな。もう二度と……炎なんかに囚われずに、どこまでも……」

 その声には迷いがなく、未来を夢見る少女のものだった。
 瓦礫の街に、ほんのひととき、確かな希望が灯った。
 
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