転生したら魔女狩りの世界だった件。嫌なので全力で抗います〜絶望少女と魔王達〜

なないろすらいむ

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四章 永遠の夜編

第17話 休憩の時間

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​「……もう、何が何だか……」
 
​ミツキの疲弊しきった呟きに、それまで楽しそうに傍観していたベルゼブブが、ふっと笑みを消した。
 
​「やれやれ。冗談はここまでのようだね」
 
​ベルゼブブは立ち上がると、狂乱するラマシュトゥへとゆっくりと歩み寄った。
 
​「あかちゃん! あかちゃんをよこしなさい!」
 
ラマシュトゥがトッサカンに向かって影を伸ばそうとする。
 
​「ラマシュトゥ」
 
ベルゼブブが、低く、しかし神としての威厳を込めた声で呼びかけた。
 
「もう、おやめなさい。あなたの子供は、もうどこにもいない」
 
​「うるさい! わたしのあかちゃんはここに――」
 
​「――お眠りなさい、ラマシュトゥ」
 
ベルゼブブは、その場にそぐわないほど優しく、穏やかな声で詠唱した。
 
「『豊穣』は命を育む力。そして、命を『休ませる』力でもある」
 
​ベルゼブブがそっと手をかざすと、彼の掌から、エリシェヴァの治癒魔法とは比べ物にならないほど濃密な、淡い緑色の光の粒子が溢れ出した。
それはまるで、春の陽だまりのような、温かく眠気を誘う光だった。
 
​「あ……あか……ちゃ……」
 
光の粒子を浴びたラマシュトゥは、あれほど激しかった憎悪と狂気が嘘のように急速に鎮まっていき、その瞳から狂気の色が薄れ、焦点が合わなくなっていく。
 
​「…………」
 
やがて彼女は、夫であるパズズの腕の中で、糸が切れたように意識を手放し、静かな寝息を立て始めた。
 
​「……ベルゼブブ……すまない」
 
パズズは、腕の中で眠る妻の顔を見下ろし、疲弊しきった声で礼を言った。
 
​「……昔の君なら、こんな力(荒療治)は使わなかっただろうにね」
 
ベルゼブブは、かつての同僚(地主神)にだけ見せる、悲しげな瞳で応えた。
 
​「……さて」
 
ベルゼブブは魔王たちの騒動が一段落したのを見て、広間の隅で疲弊しているミツキたちに向き直った。
 
「君たちも、アダムスとの戦いで消耗しただろう。トッサカン、彼らに休める部屋を」
 
​「あ、はいはい! こっちに仮眠室があるから使ってよ!」
 
トッサカンが一行を案内しようとする。
 
​「待って」
 
ミツキは、アダムスとの激戦で傷ついた体に鞭打ち、壁に寄りかかったままムルガンに問いかけた。
 
「その前に、聞きたいことがあるの。……ラマシュトゥは、どうなるんですか? 掟を破って人間界に降臨した……罰を受けるんじゃ……」
 
​ミツキの問いに、ライラたちも不安げに魔王たちを見つめる。
トッサカンも「そうですよムルガン様!」と話を続けた。
 
​「僕を『あかちゃん』呼ばわりして追いかけ回して! ルシファー様が黙ってないでしょ!」
 
トッサカンが(ミツキとは別の理由で)詰め寄ると、広間の隅で壁に寄りかかっていたムルガンが、疲れたように(しかし冷徹に)答えた。
 
​「……そうだな。パズズは『妻を守る』という大義名分があったが、ラマシュトゥの狂乱は擁護できん」
 
​「やっぱり!?」トッサカンが顔を輝かせる。
 
 「じゃあ、コキュートス(永久監獄)行きですか!?」
 
​「いや、それはない」
 
ムルガンは即答した。
 
「彼女の狂気の原因は、天上神が彼女の子供を殺したことにある。ルシファーもその経緯は知っている。……情状酌量の余地あり、として、コキュートス行き(最下層の牢獄)まではいかないだろう」
 
​「えー、甘くない?」
 
​「だが」とムルガンは続けた。
 
「掟は掟だ。何の罰もなし、というわけにもいかん。……おそらくは、堕天使達の管理下にある城で、数百年単位の『幽閉』といったところだろうな。彼女の狂気が完全に癒えるまで」
 
​「数百年……」
 
その途方もない時間の長さに、ミツキたちは言葉を失う。
 
​「……ベルゼブブ……」
 
パズズが、眠る妻を抱きしめたまま、苦しげに友人の名を呼んだ。
 
「……それでいい。それが……ラマシュトゥにとって、一番の『救い』だ……」
 
​「……そうだね」
 
ベルゼブブも、いつもの笑みを消し、静かに頷いた。
 
​「……じゃあ、ロクサーナさんは」
 
ミツキがおずおずと尋ねる。主であるパズズも罰を受けるのだとしたら。
 
​「私は構わないわ」
 
ロクサーナは、主の傍らで毅然として言った。
 
「パズズ様が罰を受けるのなら、契約者である私も従うまでよ」

 ​「……さて、話は済んだかな」
 
ベルゼブブは、ミツキたちに向き直った。
 
「君たちも早く休みたまえ。アダムスは一時的に退けたとはいえ、まだ何も解決していないのだから」

​ミツキたちは頷くと、トッサカンに案内された仮眠室で、ようやく休息に入ることができた。
 
​「……ミツキ、ルーク。動かないで。二人とも消耗が激しいわ」
 
エリシェヴァが、アダムスとの激戦で傷ついたミツキとルークに、治癒魔法をかけていた。緑色の温かい光が、二人の疲労を癒していく。
 
​「ごめん、エリシェヴァ……助かる」
 
「……ああ。恩に着る」
 
ミツキとルークは、壁にぐったりと寄りかかっている。
 その隣では、セレスティアが父ヴィクラムに寄り添い、自らの力の正体(ネファスの魔女ではない)を告げられた衝撃に、まだ戸惑っているようだった。
 
ライラは、無事に保護されていた子供たちを集め、アイン・アル・ハヤトで手に入れたパンや干し肉を分け与えていた。
 
​「……ロクサーナさんも、大丈夫ですか?」
 
ミツキは、治癒魔法を受けながら、仮眠室の入り口で主(パズズ)の元へ戻ろうとしていたロクサーナに声をかけた。
 
​「ええ。私は前衛には立っていなかったから」
 
ロクサーナは、エリシェヴァの治癒魔法を一瞥し、冷ややかに、しかしどこか羨むように言った。
 
「……便利な力ね。ベルゼブブ様の『豊穣』の権能は。あらゆる傷を癒やし、命を育む」
 
​「……ロクサーナさんの力も、すごかったです」
 
ミツキが答える。
 
「神官兵たちの生気を吸い取る……あれが、パズズの力なんですね」
 
​「ええ」ロクサーナは、主がいるであろう広間の方を見つめた。
 
「私の魔法は、パズズ様の権能……『疫病』と『飢餓』の側面を借り受けた、『生命力を枯らす』力よ」
 
​「……」
 
エリシェヴァは、治癒の手を止めずに尋ねた。その声には、純粋な疑問が込められていた。
 
「どうして……あなたは、パズズ様と契約したのですか?」

「何が言いたいのかしら?」
 
ロクサーナが、エリシェヴァを睨む。
 「だって……!」エリシェヴァは言葉を選んだ。

 「あなたの力は、私の『治癒』とは正反対。人を……苦しめる力です。あなたは、本当は薬師なのに。どうして、そんな悲しい力を選んだのですか?」

 ​「……私も、昔はあなたと同じだった」

 ロクサーナは静かにエリシェヴァの問いに答えた。
 
「え……?」
 
​「私も、元はただの治癒師だった。病に苦しむ人を救いたくて、薬草を学び、医学を学んだわ。……このカラート・シャムスに来るまではね」
 
彼女の声に、押し殺した苦悩が滲む。
 
​「この街は、ウリエルの『太陽の儀式』に支配されていた。私の力など、何の役にも立たなかった。病気は『穢れ』とされ、治そうとすれば『異端』とされ、救うべき患者は次々と『生贄』として火刑台に送られていったわ」
 
​「……」
 
エリシェヴァは、聖レクス市での自分の姿をロクサーナに重ね合わせ、息を呑んだ。
 
​「理想だけでは、誰も救えなかった。治癒魔法は、神官たちの炎の前では無力だったのよ」
 
ロクサーナは、パズズへと視線を戻した。
 
​「……そんな時、私はパズズ様の声を聞いた。彼は、私と同じ『絶望』を抱えていた。妻を狂わされ、天上神に全てを奪われた魔王。……彼は私に『取引』を持ちかけた」

 ロクサーナは、パズズへと視線を戻した。
 
​「……そんな時、私はパズズ様の声を聞いた。彼は、私と同じ『絶望』を抱えていた。妻を狂わされ、天上神に全てを奪われた魔王。……彼は私に『取引』を持ちかけた」
 
​ロクサーナは、自嘲するように笑った。
 
​「私は選んだのよ。エリシェヴァ。
……無力な『治癒』を捨て、たとえ疫病という呪いであっても、子供たちを確実に『守護』できる力を。
  パズズ様と契約し、この『生命を枯らす』力を得た時、私はもう、あなたのような『理想』を語る資格を失ったのよ」
 
​「ロクサーナさん……」
 
「だから、あなたの力(治癒)が眩しいわ。……私にはもう、できないことだから」
 
 そう言って、ロクサーナはミツキたちに背を向け、再び主(パズズ)と眠るラマシュトゥの元へと戻っていった。

 ​「……エリシェヴァは飢饉から村を救うため、ロクサーナさんは儀式から子供を救うため……か」
 
それまで黙って剣の手入れをしていたルークが、静かにミツキを見つめた。
 
​「……ミツキ。君に一つ聞かなければならないことがある」
 
「……なに?」
 
ルークの真剣な声に、ミツキはゴクリと唾を飲んだ。
 
​「あのアダムスとの戦いの最後。君が放った『破壊の権能』。……あれは、ただの攻撃じゃなかった」
 
ルークの隻眼が、ミツキを射抜く。
 
​「君は、パズズから与えられた『狂気の権能』の影響を受けていたな? あの時の君は、怒りに思考を乗っ取られていた。
 ……まるで、アーリヤをイブリースに支配された時のような、危うい気配がした」
 
​「……っ!」
 
ミツキは、アダムスを木っ端微塵にしたあの瞬間の、赤黒い怒りを思い出す。
​ライラも心配そうにミツキを見つめた。
 
「ミツキさん。正直私も怖かった。あの時のミツキさん、なんだかいつものミツキさんじゃないみたいで。いくら敵だからってあんな攻撃の仕方……」
 
​「……ごめん」
 
ミツキは、仲間たちの心配そうな視線から逃れるように俯いた。
 
「あの時、みんながやられて……セレスティアさんも殺されそうで……あたしも、カッとなって……」
 
​「カッとなった、か」
 
ルークは深いため息をついた。
 
「ロクサーナは、この街の絶望を見て『治癒』を捨てたと言った。……君は、何を捨ててその力を振るう?」
 
​「え……?」
 
​「君は、僕らが知らない『別の世界』から来たんだろう?」
 
ルークは、ミツキの過去に踏み込んだ。
 
「君が、その『翁』とやらを使徒として、アダムスと戦う理由。アダムスを前にして、我を忘れるほどの怒りに囚われる理由。
 君の『過去』には、一体何があったんだ?」
 
​ルークの真っ直ぐな問いに、エリシェヴァも、ライラも、息を呑んでミツキの答えを待つ。
ミツキは、仲間たちの視線を受け、笑顔を引きつらせた。
 
​(あたしの……過去……)
 
脳裏をよぎるのは、この世界の記憶ではない。ビル、アスファルト、鳴り響くクラクション、そして――冷たく、無機質な病室の天井。
 
​「あたしは……その……」
 
ミツキは言葉を濁し、俯いた。
 
「あたしのことなんて、大した話じゃないよ。それより、ほら、ウリエルの作戦を……」
 
​「ミツキ」
 
ルークが、逃がさないとばかりに声を強める。
 
​「――ルーク、待って」
 
​その重い空気を遮ったのは、エリシェヴァだった。
 
​「え……エリシェヴァ?」
 
「ミツキの言う通りよ。今は、ウリエルの作戦を考えるのが先。それに」
 
エリシェヴァは、ミツキの目の下に浮かんだ濃い隈(くま)を、優しく指でなぞった。
 
​「ミツキは、アダムスとの戦いで一番消耗してる。時間停止でライラたちを逃がして、最後の『破壊の権能』でも、すごく精神を使ったはずよ。……そんな状態で、無理に過去の話をさせるのは、酷だわ」
 
​「……っ」
 
ルークも、エリシェヴァの冷静な指摘に、我に返ったように言葉を呑んだ。
 
「……すまない。焦りすぎた」
 
​ミツキは、エリシェヴァの助け舟に、感謝するように小さく頷いた。
 
​「大丈夫」
ミツキは無理やり笑顔を作った。
 
「休んでなんかいられないよ。アダムスが戻ってくる前に、ウリエルを倒さないと……」
 
​「いいえ、ミツキ」
 
今度はロクサーナが、主(パズズ)たちの元から戻ってきて、冷徹に告げた。
 
「アダムスを異次元に飛ばしたムルガン様も、魔力を使い果たして消耗している。それはアダムスも同じはず。彼が異次元から自力で戻るには、まだ時間がかかるわ」
 
​ロクサーナは、ミツキの顔を真っ直ぐに見据えた。
 
「あなた、忘れたの? 翁の権能は、精神を蝕むのでしょう? ましてや『狂気の権能』の影響下で『破壊の権能』を使った。
 ……今のあなたが一番危険な状態よ。足を引っ張られたくなければ、少しでも頭を休めなさい」
 
​「ロクサーナさん……」
 
そのぶっきらぼうな言葉には、彼女なりの合理的な気遣いが込められていた。
 
​「……わかった。ありがとう、みんな」
 
ミツキは、仲間たちの優しさを受け入れ、ようやく肩の力を抜いた。
 
「……少しだけ、休む。……少しだけ、眠るよ」
 
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