転生したら魔女狩りの世界だった件。嫌なので全力で抗います〜絶望少女と魔王達〜

なないろすらいむ

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四章 永遠の夜編

第30話 天使の去った街

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 瓦礫が撤去され、見通しの良くなった神殿前の広場に、カラート・シャムスの生き残った住民たちが集められていた。
 
 彼らの視線の先、神殿の階段の最上段には、褐色の肌を持つ異国の軍神ムルガンと、その隣に立つ一人の女性――ロクサーナの姿があった。
​ ざわめきが広がる。
 
「あの女は、裏通りの薬師じゃないか?」

 「なぜあんなところに?」
 
​ ムルガンが一歩前に出ると、広場は水を打ったように静まり返った。アダムスを退けた圧倒的な武威。それが、言葉なくして民衆を圧倒する。
 
​​「聞け、カラート・シャムスの民よ」
 
​ よく通る声が響く。
 
​「教会は去った。ウリエルもカシムも、もういない。今日よりこの街は、我がアガスティア連邦国の保護下となる。
 だが、俺はここには常駐できない。代わりに、この街の全権をある者に託す」
 
​ ムルガンはロクサーナを促した。
 彼女は一瞬だけ躊躇いを見せたが、広場の隅で見守るミツキたち、そして胸元のパズズの印に勇気づけられ、毅然と前へ出た。
 
​「……薬師のロクサーナよ」
 
​ 彼女が名乗った、その瞬間だった。
 
「ふざけるな!」
 
 静寂を切り裂くような怒号が飛んだ。
 群衆の一部――白装束の残骸を纏った、ウリエルの熱心な信徒たちが、充血した目で叫び声を上げた。
 
「貴様ら異教徒が! よくもウリエル様を殺したな!」
「教会を追い出して、これからどうやって生きていけばいいんだ!」
「この人殺し! 悪魔!」
 
 罵声は瞬く間に伝播し、不安を抱えていた市民たちも同調し始める。
 
「そうだ! カシム様もいない、教会もない、俺たちは見捨てられたんだ!」
 
「しかも、その女は疫病を撒いた魔女じゃないか!」
「出て行け! この街から出て行け!」
 
 殺気立った男たちが石を握りしめ、今にも演台へ駆け上がろうとする。
 暴動寸前。ミツキたちが武器に手をかけようとした、その時。
 
​「……浅ましいわね」
 
​ 冷徹な声が、熱狂した広場の空気を凍りつかせた。
 ロクサーナだった。
 彼女は飛んでくる石つぶてを避ける素振りすら見せず、杖を石畳に突き立てて群衆を睨みつけた。
 
​「罵りたければ罵りなさい。……でも、その前に現実を見なさい」
 
​ 彼女は杖で、広場にいる子供たちを指し示した。
 
​「あなたたちが崇めていたウリエルの『太陽の儀式』。……あれは、その子供たちを『穢れ』と断じ、生きたまま焼き殺すための儀式だったのよ」
 
​「嘘をつくな!」
 
 信徒の一人が叫ぶ。

 「ウリエル様は我らを救済するために……!」
 
​「救済? 笑わせないで」
 
​ ロクサーナは鼻で笑い、残酷な事実を突きつけた。
 
​「私の護符を持っていた子供たちは、確かに高熱にうなされ、苦しんだわ。……けれど、誰一人として死んではいないはずよ」
 
​ その言葉に、怒号が少しだけ淀む。
 
​「私が配った護符には、魔王パズズ様の『守護』が込められていた。それは、いかなる害意も、神の炎すらも跳ね返す『無敵』の加護。
  あの子たちが苦しんでいた高熱……それは病気じゃない。幼い体が、焼き殺そうとする神の炎を拒絶し、強大すぎる加護の熱量に耐えようとした、その代償(副作用)に過ぎないわ」
 
​ 広場に、重苦しい沈黙が落ちた。
 ロクサーナは、信徒たちの目を真っ直ぐに見据えて告げた。
 
​「あなたたちが縋った神は、子供を灰にしようとした。……私が契約した悪魔は、病を与えてでも命を繋ぎ止めた。
――さあ、答えなさい。あなたたちにとっての『救い』は、どちらだったの?」
 
​ 誰も、答えられなかった。
 怒りに震えていた信徒の手から、石が転がり落ちる。
 群衆の中にいた母親の一人が、はっとした顔で自分の子供を抱きしめた。
 
​「……そういえば。あの日、火刑台に連れて行かれそうになったあの子が……兵士の手を弾き返した……?」
 
「神官様が『火が通じない、穢れが強すぎる』と気味悪がって、神殿の奥の牢に放り込んだんだ……。まさか、守られていたのか……?」
 
​ パズズの疫病が、単なる病気ではなく、物理的に死を遠ざける「最強の鎧」だった事実。
 それを理解した瞬間、人々の怒りは行き場を失い、代わりに深い葛藤と、認めざるを得ない現実感が広がっていく。
 
 神は殺そうとし、悪魔が守った。
 その事実が、狂信者たちの信仰を根底からへし折ったのだ。
 
​「……なんてことだ。俺たちは、守られていたのか……」
 
​ 誰かの呟きが、波紋のように広がった。
 感謝するには苦しすぎた。だが、憎むには結果が救いすぎた。
 その複雑な感情を受け止めながら、ロクサーナは声を張り上げた。
 
​「そして――今、その脅威は去ったわ!」
 
​ 彼女は、広場の隅にいるミツキたちの方へ手を差し伸べた。
 
​「智天使ウリエルは討ち取られ、教皇アダムス率いる教会軍は、この街から完全に撤退した。
 ……それを成し遂げたのは、私ではない。そこにいる、旅の魔女たちよ!」
 
​ 一瞬の静寂。
 そして――爆発のような歓声が巻き起こった。
 
​「おおおおおおっ!!」
 
「あんたたちがやってくれたのか!」
 
​ 人々がミツキたちに駆け寄る。
 薄汚れた服を着た老婆が、エリシェヴァの手を取って涙を流す。
 若い男たちが、ルークの肩を叩いて称賛する。
 
​「ありがとう! ありがとう!」
 
「魔女様万歳! 解放者様万歳!」
 
​ それは、これまで「異端」「穢れ」として石を投げられてきた彼女たちが、初めて浴びる「祝福」の声だった。
 
​「え、えへへ……そんな、大げさだよ」
 
​ ミツキは照れくさそうに頭を掻くが、その表情は晴れやかだ。
 ルークも「……ふん、悪くない気分だな」と口元を緩め、エリシェヴァは感極まって涙ぐんでいる。
 ライラは、誇らしげに胸を張った。
​ その光景を見届けたロクサーナは、静かに頷くと、再び民衆に向き直った。
 
​「……私は清廉潔白な聖女じゃない。目的のためなら毒も使う『魔女』よ」
 
​ 彼女はムルガンから託された短剣を、静かに胸元へ引き寄せた。
 
​「あなたたちに許しは請わない。けれど、約束するわ。これからは、毒ではなく盾として、この命に代えてもこの街を守り抜く。 
 ――彼女たちが取り戻してくれたこの自由を、二度と教会になど奪わせないために!」
 
​ 力強い宣言。
 今度は、迷いのない拍手が広場を包み込んだ。
 かつて絶望し、治癒を捨てた魔女が、英雄たちの後押しを受け、今度は指導者として街を守るために立ち上がる。
​ こうして、カラート・シャムスは教会の支配を脱し、新たな時代へと歩み出したのだった。


 ――――


 ロクサーナの力強い宣言に、広場は割れんばかりの拍手と歓声に包まれていた。
 恐怖の夜は去り、新たな指導者が立った。人々が互いに抱き合い、未来への希望を語り始めた、その時だった。
 
​ バリバリバリッ……!!
 
​ 突如、広場の上空の空間が、ガラスが割れるような甲高い悲鳴を上げた。
 雲ひとつない青空に、どす黒い亀裂が走り、そこから底知れぬ深淵の冷気が溢れ出す。
 
​「な、なんだ!?」
 
「また敵か!?」
 
​ 民衆の歓声が悲鳴に変わる。ミツキたちも反射的に武器を構えた。
 亀裂が広がり、そこから「何か」が舞い降りてくる。
 
 漆黒の翼。禍々しい魔力。それは間違いなく、上位の悪魔――
 
​「……はぁーあ。また休日出勤ですか。そうですか」
 
​ ――そんな、やる気のないぼやきと共に降り立ったのは、一人の少年だった。
 
​ トッサカンと同じくらいの年格好。
 漆黒の燕尾服をピシッと着こなし、白手袋をはめているが、その背中の黒い翼は疲れ切ったように垂れ下がっている。
 何より特徴的なのは、整った顔立ちの下に刻まれた、深くて濃い**「目の下のクマ」**だった。
 
​「げっ……メフィスト!?」
 
​ トッサカンが、嫌そうな顔で叫ぶ。
 
 少年――メフィスト・フェレスは、死んだ魚のような目でトッサカンを一瞥し、深々とため息をついた。
 
​「……奇遇ですね、トッサカン。お前がのんきに人間界で遊んでいる間、こっちはラマシュトゥ様の始末書作成と、各方面への謝罪回りで徹夜続きですよ。……代わってくれます?」
 
​「い、いやだよ! 君はルシファー様の直属だろ!?」
 
​「ええ、直属ですとも。名誉ある『使い魔』ですよ。……24時間365日、呼び出しがあれば即対応。『魔界に労働基準法はないのか』と訴えたら、『我こそが法だ』と一笑に付されましたがね……!」
 
​ メフィストはギリギリと歯ぎしりをし、虚空に向かって毒づいた。
 
​「あの引きこもり魔王め……! 自分は玉座でワイン片手に高みの見物で、面倒事は全部僕に丸投げ……! 『子供を返す感動的なシーンだから、お前行ってこい』じゃないんですよ! こっちは有給消化中だったのに!」
 
​「あ、あの……?」
 
​ あまりの剣幕に、ミツキが恐る恐る声をかける。
 メフィストはハッとして、瞬時に「営業用スマイル」を貼り付けた。
 
​「おっと、失礼しました。人間のお客様の前でしたね」
 
​ 彼は優雅に一礼する。その所作は完璧だが、目の奥は笑っていない。
 
​「初めまして。私は魔王ルシファー様の忠実なる使い魔、メフィスト・フェレスと申します」
 
​ 彼はパチンと指を鳴らした。
 すると、背後の亀裂から、光の泡に包まれた子供たちがふわりと降りてきた。
 ラマシュトゥに攫われていた、街の子供たちだ。
 
​「……っ! ああ、あの子は……!」
 
「坊や!」
 
​ 広場にいた親たちが、狂ったように駆け寄る。子供たちは目を覚まし、親の顔を見ると、わっと泣き出して抱きついた。
 
​「主(ルシファー)の命により、ラマシュトゥ様が拉致した子供たちを返還いたします。……あの方の不手際により、皆様には多大なるご迷惑と、僕への残業をおかけしました」
 
​ メフィストは淡々と事務的に告げる。
 
​「ラマシュトゥ様の身柄は、我々が管理します。……ああ、その後の監査と報告書作成も僕がやるんですけどね。ははは、死にたい」
 
​ メフィストは涙を拭う仕草をした後、ふと表情を引き締めた。
 その瞳が、ミツキを射抜く。
 そこには、先ほどまでのコミカルな色はなく、深淵を覗くような冷徹な光が宿っていた。
 
​「……さて。『翁の巫女』殿」
 
​「えっ……あたし?」
 
​ メフィストは、ミツキの足元へ音もなく歩み寄ると、耳元でだけ聞こえる声で囁いた。
 
​「……我が主(ルシファー)は、貴女を見ておられますよ」
 
​「……!」
 
​「翁の描く筋書きと、天上神の描く秩序。……貴女がどちらを壊し、どちらを選ぶのか。あるいは――」
 
​ メフィストは口元を吊り上げ、意味深に言葉を濁した。
 
​「……まあ、せいぜい足掻いてください。貴女が世界をひっくり返してくれれば、僕のブラックな労働環境も少しは変わるかもしれませんからね」
 
​ 彼はパッと身を離すと、再び疲れ切った社畜の顔に戻った。
 
​「では、僕はこれで。……はぁ、帰ったら次はアスタロト様の報告書か……。休みが欲しい……」
 
​ 重い足取りで空間の裂け目に戻っていくメフィスト。
 彼が消えると同時に亀裂は閉じ、空には抜けるような青空と、太陽だけが残された。
 
​「……変な人、だったね」
 
​ ライラがポカンと呟く。
 ミツキは、彼が最後に残した言葉の冷たさを反芻しながらも、戻ってきた子供たちを見て、小さく笑った。
 
​「うん。でも……約束通り、みんな帰ってきた」
 
​ 子供たちの帰還。
 それは、ムルガンとロクサーナの新体制にとって、これ以上ない祝福のしるしとなった。
 
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