転生したら魔女狩りの世界だった件。嫌なので全力で抗います〜絶望少女と魔王達〜

なないろすらいむ

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五章 文明の魔王編

第15話「廃棄」の記録

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ヴィクラムが最初の妻を娶ったのは、彼がまだ十八歳の時のことだった。
 
 家柄も良く、美しく、従順な妻。誰もが羨む結婚生活の始まりだった。
 
 だが、その幸福な時間は長くは続かなかった。
​ 一年が過ぎ、二年が過ぎても、妻の腹が膨らむことはなかった。
 三年が経つ頃には、屋敷の中には重苦しい空気が漂い始めていた。
 ヴィクラムにとって「結婚」とは、自身の優秀な血を後世に残すための事業であり、妻はそのための「器」でしかない。
 機能しない器に対する彼の視線は、日に日に冷ややかなものへと変わっていった。
 
​ そんなある日のことだった。
 不運なことに、妻が外出先で野盗に襲われるという事件が起きた。
 護衛は殺され、妻は乱暴され、身も心もボロボロになって屋敷へと帰還した。
 
​「あぁ、なんてことだ……。可哀想に、怖かっただろう」
 
​ ヴィクラムは、震える妻を優しく抱きしめた。
 涙を流し、自身の不浄を詫びる彼女に対し、彼は「君は何も悪くない、ゆっくり休みなさい」と囁き、自室へと送り届けた。
 
 その振る舞いは、悲劇に見舞われた妻を支える、慈悲深い夫そのものだった。
 
​ ――だが。
 
​ 妻が去り、静まり返った書斎で一人になった瞬間、ヴィクラムの表情から「悲しみ」が抜け落ちた。
 彼はふと、壁に掛けられた大きな鏡の前に立った。
 そこに映っているのは、妻を案じる男の顔ではない。
 状況を計算し、損得を弾き出す、爬虫類のように冷たい目をした男の顔だった。
 
​「……待てよ?」
 
​その時、彼の中に、ある一つの閃きが走った。
 それは、常人ならば決して至ることのない、おぞましくも合理的な悪魔の囁きだった。
 
​(……妻は穢された。他の男に触れられ、傷物にされた)
 
​ ヴィクラムは鏡の中の自分に向かって、口角を吊り上げた。
 
​(ならば――これは好機ではないか?)

 このサントーン・カーシャヘルと言う国において、神官たちの定める法は絶対だ。
 彼らが説く教義によれば、
 『不浄なる交わりを経た女は、例えそれが不可抗力であったとしても、家に災いをもたらす穢れとなる』とされている。
 この国特有の、被害者すら罪人と見なす狂った倫理観。
 だが、今のヴィクラムにとって、それは渡りに船だった。
 
​ 子供を産まない役立たずの女。
 離縁するにも、正当な理由がなければこちらの外聞に関わる。
 だが、「不貞」や「不浄」を理由にできるなら話は別だ。
 野盗に襲われたという事実は、妻が「穢れた」という証明になる。
 穢れた妻を断罪し、処刑することは、家の名誉を守るための正当な権利行使になり得るのではないか?
 
​「……そうだ。そうすれば、堂々と『次』を迎えられる」
 
​ 鏡の奥で、ヴィクラムの理性が音を立てて崩れ去った。
 壊れた玩具は捨てて、新しい玩具を買えばいい。
 そんな子供じみた無邪気さと、法を逆手に取る狡猾さが融合し、彼の中で一つの結論が出された。
 
​「ご苦労だったね、愛しい妻よ。……君の最後の役目は、私のために死んで席を空けることだ」
 
​ その夜、ヴィクラムは生まれて初めて、心の底から嬉しそうに笑った。
 それが、後に続く血塗られた系譜の、最初の引き金だった。


 ――そして、最初の処刑は終わった。
1人目の妻は断末魔を上げる間もなく首を跳ねられ地面に転がり、広場に集まった群衆は、不浄な妻を断罪したヴィクラムに対し、同情と称賛の眼差しを向けた。
 
「被害者である夫が、家の名誉を守るために泣いて馬謖を斬った」
 
 そう演出された悲劇は、皮肉にも彼の「高潔な貴族」としての評価を高める結果となったのだ。
​ 味を占めたヴィクラムにとって、もはや妻の命など、羽ペンのインクほどの重みもなかった。



 ――ヴィクラムが二人目の妻を迎えたのは、彼が二十一歳の時のことだった。
 
 最初の妻よりも若く、健康で、家柄も申し分ない。
 誰もが「今度こそは」と祝福する、新しい結婚生活の始まりだった。
 
 だが、その期待も長くは続かなかった。
 
 一年が過ぎ、二年が過ぎても、やはり新しい妻の腹が膨らむことはなかった。
 三年が経つ頃には、ヴィクラムの眼差しは、期待から明確な「殺意」へと変わっていた。
 
​ 彼は二十四歳になっていた。
 
 焦りがあった。周囲の同年代の貴族たちは、既に二人、三人と跡継ぎを設けている。
 なのに、なぜ自分だけが。
 なぜ、自分の種が芽吹かないのだ。
 
​(……いや、私が悪いのではない)
 
​ 彼は冷めた目で、お茶を啜る妻を見つめた。
 
​(畑が悪いのだ。この女もまた、不毛な荒野だったのだ)
 
​ 一度目の処刑で、彼の中の倫理のタガは完全に外れていたのだ。
 人を殺すことへの躊躇いは、もう微塵もない。
 あるのは、「不良品をどう処分して、次はどこのメーカー(家)から新品を取り寄せるか」という事務的な思考だけだった。
 
​「……君には失望したよ」
 
​ ある夜、彼は妻に告げた。
 前の妻のように、襲われたわけでもない。不貞を働いた証拠もない。
 だが、今の彼には「真実」などどうでもよかった。
 
​「三年経っても子ができないのは、君の胎内に悪霊が棲みつき、私の種を食い殺しているからだ。……君は呪われている」
 
​「そ、そんな……! 私は何も……!」
 
​「黙りなさい。呪われた女を家に置いておくわけにはいかない。家門に災いが及ぶ前に、浄化せねばなるまい」
 
​ それはあまりにも適当で、一方的な理屈だった。
 だが、この街では家長の言葉は絶対であり、この国の神官とのコネクションを強めつつあった彼に逆らえる者はいなかった。
​ こうして、二人目の妻もまた、処刑場へ送られ生きたまま土に埋められる事となった。
 
 罪状は「家門を呪詛で汚した罪」
 ヴィクラムはその死を悼むフリすらせず、刑が執行されたその日のうちに、次の見合い写真の束を広げ始めていた。


 ――ヴィクラムが三人目の妻を迎えたのは、二十五歳の時のことだった。
​ 前の妻の血も乾かぬうちに迎え入れた新しい妻。
 だが今度こそ、運命は彼に味方したかに見えた。
 結婚からわずか数ヶ月で、妻が懐妊したのだ。
​ ヴィクラムは狂喜した。
 ついに、我が家の悲願が達成される。
 私の優秀な種が、ようやくふさわしい土壌を得て芽吹いたのだ、と。
 彼は膨らんでいく妻の腹を愛おしげに撫でながら、まだ見ぬ息子に「最強の家督」を継がせる夢想に浸った。
​ そして、運命の日が訪れた。
 産声が屋敷に響いた。
 
​「……おぎゃあ……おぎゃ……」
 
​ だが、その声はあまりにも弱々しかった。
 期待に胸を躍らせて寝室に入ったヴィクラムは、産婆から差し出された赤ん坊を見て、凍りついた。
 
​「……女児、でございます。それに、少しお体が弱いようで……」
 
​ 産まれたのは、娘だった。
 しかも、透き通るように肌が白く、呼吸も浅い。誰の目にも、長くは生きられないであろうことが分かるほどの虚弱児だった。
​ ヴィクラムの中で、張り詰めていた期待の糸が、プツンと音を立てて切れた。
 
​(……女? しかも、こんな壊れかけの品が?)
 
​ 落胆は、瞬く間に激しい憎悪へと変わった。
 彼は完璧主義者だ。自身の最高傑作であるはずの遺伝子から、このような「失敗作」が産まれることなど、プライドが許さなかった。
 
​(ありえない。私がこんな脆弱な生命を生み出すはずがない)
 
​ 彼は震える妻を見下ろし、吐き捨てた。
 
​「……貴様。どこの馬の骨と寝た?」
 
​「え……? あなた、何を……」
 
​「白を切るな! 私の高貴な血から、このような役立たずの娘が産まれるはずがない! これは私の種ではない。不義密通の証拠だ!」
 
​ それは完全な言いがかりであり、狂人の妄想だった。
 だが、もはや彼を止められる理性は残っていなかった。
 
​「汚らわしい。親子共々、処分してやる」
 
​ 翌日、広場にはまたしても処刑台が組まれた。
 罪状は「不貞」。
 ヴィクラムは、手足を縛られ川に投げ込まれる泣き叫ぶ妻と、何も知らずに眠る赤ん坊を、冷徹に見下ろしていた。
 
​ ――だが。
 
 処刑が終わった後、ヴィクラムは肌を刺すような違和感を覚えた。
​ かつて、最初の妻を処刑した時、民衆は彼を「名誉を守った悲劇の夫」として称賛した。
 しかし今回は、誰も拍手を送らなかった。
 変わりに広場を埋め尽くしたのは、重苦しい沈黙と、ヒソヒソと交わされる陰湿な噂話だけだった。
 
​「……またか? これで三人目だぞ」
 
「いくらなんでも死にすぎじゃないか?」
 
「しかも今回は、赤ん坊まで……」
 
「本当に奥様が悪かったのかしら。あのお屋敷、なにかおかしいんじゃ……」
 
​ 疑いの視線。恐怖の色。
 それは明確に、ヴィクラムという男の異常性を嗅ぎつけ始めていた。
 
(……チッ。愚民どもが)
 
​ ヴィクラムは舌打ちし、逃げるように屋敷へと戻った。


 ――――


 三度目の「葬儀」から数日が過ぎたある日のこと。
 ヴィクラムの屋敷は、騒然とした空気に包まれていた。
​ ドカドカと押し入ってきたのは、白い法衣に身を包んだ数名の男たち――教会の「浄化官」たちだった。
 彼らは挨拶もそこそこに、屋敷のあらゆる部屋を開け放ち、書斎の引き出しをひっくり返し、まるで犯罪者のアジトを暴くかのような手荒さで家宅捜索を始めたのだ。
 
​「無礼な! 貴様ら、ここをどこだと思っている!」
 
​ ヴィクラムは顔を真っ赤にして怒鳴り散らした。
 彼はこの街の名士であり、貴族だ。下級神官ごときに土足で踏み込まれる謂れはない。
 
​「私は被害者だぞ! 不義密通を働いたふしだらな妻と、その不浄な子供を始末しただけだ! これは我が家の名誉を守るための正当な儀式だった!」
 
​「名誉、ですか。……三度も続けば、それはもう『趣味』に見えますがね」
 
​ 冷ややかな声が、玄関ホールに響いた。
 その瞬間、荒々しく動き回っていた浄化官たちの手が止まる。
 彼らは一斉にその場に膝をつき、深く頭を垂れた。
 まるで、神そのものが降り立ったかのような恭しさで。
​ 開け放たれた扉から、一人の男がゆっくりと姿を現した。
 
​「……な、貴方様は……」
 
​ ヴィクラムは息を呑んだ。
 その男は、あまりにも「美しすぎた」。
 滑らかな肌は陶器のように白く、整いすぎた顔立ちは、職人が丹精込めて作り上げた彫像のよう。
 纏っている空気は人間のものではなく、どこか無機質で、それでいて圧倒的な威圧感を放っている。
 
​ このサントーン・カーシャヘルの実質的な支配者。
 教皇アダムスと同じく、天上神によって創造されたとされる「超人」。
 
―― 聖太守マヌ。
 
​「やぁ、ヴィクラム卿。騒がしくしてすまないね」
 
​ マヌは薄い唇に笑みを浮かべたが、その瞳は氷のように冷徹だった。
 彼はヴィクラムの目の前まで歩み寄ると、まるで汚いものでも見るかのように、鼻先で小さく笑った。
 
​「どうやら、不満があるようだね。……でも、分かるよ。自分の所有物に傷がついたり、別の誰かの手垢がついていたりしたら、捨てたくなる気持ちはね」
 
​「そ、そうです! 聖太守様ならばお分かりいただけるはず! 私は、穢れを排除しようと……」
 
​「うんうん、分かる。君のその、潔癖なまでの『正義感』は素晴らしい」
 
​ マヌは芝居がかった仕草で頷いた。
 だが、次の瞬間、その声音から一切の感情が消え失せた。
 
​「――でもさ。あまり大っぴらに『魔女ではない女』を処刑されると、困るんだよねぇ」
 
​「……は?」
 
​「ここでの騒ぎは遠くの教皇様(アダムス)の耳にも届く」
 
​ マヌはヴィクラムの肩に、ポンと手を置いた。
 ただそれだけの動作なのに、ヴィクラムの膝が震え、全身から冷や汗が噴き出した。
 その手からは、人間には持ち得ない、絶対的な質量の「圧力」が伝わってきたからだ。
 
​「あの人は煩いかからねぇ。『秩序を乱すな』『法を守れ』って。君のその安っぽい『公開処刑』ごっこのせいで、ボクまでお説教されるのは御免なんだ」
 
​「あ……ぅ……」
 
​「今回は見逃してあげるよ。証拠不十分だ。……でも、次はない」
 
​ マヌは興味を失ったようにヴィクラムから手を離すと、跪く部下たちに向かって軽く手を振った。
 
​「もういいよ。引き上げだ。ここは、死の臭いが強すぎて鼻が曲がりそうだ」
 
​ 聖太守は踵を返し、風のように去っていった。
 浄化官たちもそれに続き、嵐のような家宅捜索は唐突に終わりを告げた。
​ 残されたのは、荒らされた屋敷と、恐怖と屈辱に震えるヴィクラムだけ。
 彼はガタガタと震える膝をつき、床に崩れ落ちた。
 
​(……終わった)
 
​ この国の支配者から、直接釘を刺されたのだ。
 もはや、不貞や呪いによる「公開処刑」という便利なカードは使えない。
 次の妻が子供を産めなくても、あるいはまた女が産まれても、もう「処刑」という手段でリセットすることはできないのだ。
 
​「……クソッ! どうすればいい……!」
 
​ 逃げ道を塞がれたヴィクラムの顔が、苦悶に歪んだ。
 
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