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第一章【少年よ冒険者になれ】

16・ヤナギモリ、再びの強敵

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 一行はヤナギモリ前の集落で一泊した後、例の深い森へと入っていった。前日負ったテレスの傷(心の)は、先日集落の宿でアリスに勇気をもらったことを思い出したことで、自然と癒えていた。
 前回の一人旅と違い、今は三人パーティーなので、盗賊に襲われる危険性はぐっと低くなる。そもそも盗賊は魔法で攻撃されることが苦手である。特に森の中で魔法に長けたものに襲い掛かると、炎の範囲魔法で焼き払われた上、当の本人は水のバリアでゆうゆうと道を進んで行ってしまう、という盗賊対処法が確立されているからだ。
 テレスレベルの魔法では炎というより小さな火球しか放てず、その効果は期待できないが、高価な杖を持っているだけで相手にとっては脅威になる。
 最も、ここの盗賊は先日カゼキリたちに何人か捕縛されたそうなので、しばらくは大人しくしているだろう。あとは先日のような大型の魔物にさえ出会わなければ、安全性を高く保てそうだ。

「ううう、暗くて怖いです」

 リプリィが怯えながらアリスの服を引っ張っている。

「大丈夫よ、またゴリラが出てきたって、楽勝なんだから」

 テレスとしてはそれはごめんである。そもそも、今まで大型の魔物に出会ったり、それらしき存在を感知したことすらなかったのだ。そうそうあっては困る。

「なんだか、アリスと一緒にいると、また大きな魔物に会えそうな気がしてくるから不思議だよ」
「そう? 退屈しなくていいでしょ」
「うう、大きな魔物、怖いです」

 どちらかと言うと、怖いのは大きな魔物より、戦闘中の混乱によるリプリィの暴発なのだとテレスは言いかけたが、心の中に留めておいた。
 そもそも、テレスはリプリィにある種の期待を持っていた。今回の最終目的はフェリアを回復させるために制御機能の高い杖を作ることだが、この杖さえあればリプリィは化ける可能性があるのだ。魔力は十分にあるのだから、制御さえできれば、歴史に名を遺す魔導士になれる、かもしれない。そのリプリィと知り合いとなれば、自分たちのパーティにも箔がつく上、必要とあらば仕事を手伝ってもらえるからだ。
 まだ始まったばかりの冒険者生活だからこそ、未来が無限に広がっているように感じる。暗い森の中でも、彼の心と足取りは軽やかであった。しかし

「……ちょっと止まろう」
「え、なんですかなんですか」
「はいはい、落ち着いて。どうしたの」
「アリス、本当に君と一緒だと退屈しなそうだよ」

 テレスの例の力は、はっきりと大きな魔物の姿を捉えていた。前回のゴリラ程ではないが、中型以上はありそうだ。
 本来なら、危険をやり過ごすために迂回したり身を隠したりを考えるのだが、テレスには試したいことがあった。

「二人とも、落ち着いて聞いて。ちょっとだけ大きめの魔物がいる」
「ええ、大きな魔物ですか」

 早速リプリィがうろたえる。

「大丈夫よ、まだ遠いでしょ?」
「うん。そもそも、向こうは気が付いてすらいないよ」
「で、当然、戦うのよね」

 なぜか自信満々で且つ好戦的なアリスに、苦笑いしつつもテレスはしっかりと頷く。それに呼応して彼女も満面の笑みを返す。

「ええ、逃げられないんですか? 逃げましょうよ」
「大丈夫だって。テレス、作戦は?」
「うん、まず、リプリィは僕の後ろで戦況を見つめてもらう。やることはただ一つ。僕が合図したら敵に向かって魔法を放つだけだ」
「い、いやですよ、無理でう~」

 混乱し過ぎて噛んでいる。しかし、テレスとアリスもそうだが、リプリィにはしっかりと戦闘の経験値を積んでもらわないと、今回の最終目的にはたどり着けない。そんな予感がテレスの中にあるのだ。
 その後、敵がこちらに気が付いていないことを利用して、作戦を練る。簡潔で自信に危険が及ばないであろうそれに、ようやくリプリィも渋々ながら承諾した。

 アリスが木の上に登って、高い位置で移動する。テレスとリプリィは道をそのまま進み、魔物を肉眼で確認できるところまで近づく。
 今回は大型の山羊である。牧場にいる可愛い山羊ではなく、目つきは凶悪で、角は鉄のような金属製の鈍い輝きがある。頭突きでもくらえば、ひとたまりもないだろう。オーラは赤色と青、そして魔物特有の黒いものがうずまいている。これは、力と速さが大きいことを示している。カゼキリたちのようにオーラが混じっていないのは、人間のように速さを力にしたり、力を速さにすることが苦手だからかもしれない。基本的に魔物の方が、オーラが原色に近いことが多いのはそのせいだろう。
 まずは、例の杖を使って遠くから地面に魔法をかける。その数は三つ。それを敵に気づかれないように少しずつかけていく。もっとも、テレスにとってはこれでも全力なのだが。それをかけ終えたら、敵により近づき、植物の魔法で相手の足元に絡ませる。
 敵はようやくこちらに気が付き、なんだこのチビスケどもは? とでも言わんばかりの表情で睨み付けてくる。リプリィが思わず怯んで一歩、二歩と後ずさりする。

「大丈夫だから。落ち着いて。動くとかえって危険になる」

 そう言われて歩みをようやく止める。大型の山羊は方向転換しようと体を動かすが、足元が見えていなかったのかいともたやすく横転する。少々驚いた様子をみせつつも、眼光は鋭くテレスとリプリィへ向けられる。しかし、その隙に、アリスが山羊の背中へ向けて切り込む。そのスピードは凄まじく、山羊の背中はどんどん変色していく。しかも、ダメージがないために山羊は何故自身の体調が悪くなっていくのかわからないでいる。
 が、しかし、ついに山羊は足に絡みついた蔦や木の根を力づくで断ち切り、強烈な背筋を使って態勢を立て直す。

「アリス!」

 テレスが声をかけたことで、アリスは連撃をやめ、テレスたちの方へと移動を始める。それを見た山羊は体を引きずりながらも、アリスを追い始める。

「あのままあそこでも仕留められそうなのに」

 追いついたアリスは口を尖らせる。

「まあまあ、今回はそれじゃ駄目なんだ。今後のためにも、ね」

 テレスはニコッと笑顔を返す。いつも勢いで押し切るアリスもなんとなく丸め込まれてしまう。
 そう、確かに先ほどの状況で光の魔法を使って視界を奪ったり、土や木の魔法で今一度転ばせたりすれば、徐々にアリスの毒で弱らせていくこともできる。しかし、今回はこれでは駄目なのだ。
 この場所に至るまで、実のところ、リプリィは全くと言っていいほど役に立っていなかった。もちろん、テレスの魔法やアリスの毒で事足りるほどの魔物しか出なかったのもあるが、なんといってもリプリィから積極性を感じられないのだ。それもそのはず。彼女はシスターとして育て上げられたのであり、攻撃魔法を使った戦闘などは経験がないのだ。これはこの依頼を完遂することにおいては、必ず足かせになる。これは必要な措置なのだ。
 三人は話し合っていたポイントまで戻り、山羊をおびき寄せる。テレスは予めかけておいた三つの魔法に修正を加えていく。そして、山羊がポイントに到達したところで、そのすべての魔法が発動する。次の瞬間、大きな音を立てて、山羊は落とし穴に嵌って動けない状況になっていた。
 テレスがかけた三つの魔法。その一つ目は地に張り巡らされた木の根を腐らせることである。こうすることで地盤が緩む。二つ目は、土の魔法で地下に空洞をつくり、周りの土は圧縮する。三つめは沢山の余った土に水を加えて粘土のようにして、底なし沼のような地形にすること。これで、落とし穴の完成なわけだ。
 事実、このトラップは効果的であった。山羊の強力な脚力をもってしても、沼に力が吸収され、這い出ることができない。顔だけが地上に出ている、なんとも滑稽である。
 すかさずアリスが山羊の後頭部に連撃を加え始める。

「よし、予定通り。リプリィ。とどめは君がさすんだ。制御された魔法じゃなくて、強力なやつを頼むよ。
「いや、わたしの魔法が当たるわけ、ないじゃないですか。小さな魔法ならともかく。大きいのはきついです」
「杖があるぶん、いつもよりはコントロールできるはずだよ。それに、アリスの毒が利いてくれば、どれだけ近づいても大丈夫なのだから」

 この会話の間にも、アリスの連撃は止まらない。しかも、これまでの経験が生きてきたのか、その速さに磨きがかかったように思える。

「リプリィ。今回の依頼をちゃんとこなすには、君の力が必要なんだ。外したっていい。失敗してもいい。もしそうだとしても、君が一歩進んだことだけは誰にも否定できないし、させない。君のお父さんにだって、ね」

 この言葉で、リプリィの記憶が鮮やかに蘇る。一家の恥だとないがしろにされ続けたこと。捨てるように修道院に送りつけられたこと。まだ適年齢じゃなかった彼女に、フェリックスが援助し、なんとか修道女とし仕えることができたこと。変わりたいと思ってフェリアの治療チームに志願したこと。毎日のように失敗したこと。厳しく叱ってくるけれど、決してチームから外さずに見守ってくれたオルガやリッツのこと。
 どこか、その初めて守られた環境に浸かりきって、このままでいい、新しいことは怖いと決めつけている自分がいた。自分自身と向き合ってみると、そのことがよく分かった。

「……やって、みます」

 リプリィが決意したころには、山羊の抵抗もスローモーションになり、様々なバッドステータスが発動していることがわかる。体力はまだまだありそうだが、標的としては申し分ない。

「いいかい、まずはこの距離から。僕が放つ光に乗せるつもりでやってみよう……アリス!」

 声をかけると、アリスが山羊と距離を取る。リプリィは目を瞑って、テレスが山羊の頭へと飛ばしている光を感じ取る。その集中が極限に達し、彼女の魔力の矛先が山羊へと真っすぐ伸びた瞬間を、テレスは見逃さなかった。

「今だ」

 カッと目を見開いたリプリィは、杖から巨大な火球を放つ。その強大な魔法はテレスの光をレール代わりにして、真っすぐ山羊へと飛んでいった。そしてそれは大きな音を立ててあっという間に山羊を燃やし尽くしてしまった。

「すっご……」

 あまりの威力にアリスはへたり込む。

「うん。この一撃でかなり相手の体力を奪えるだろうとは思っていたけれど、まさか倒し切っちゃうとは、ね」
「ふぅ……で、出来ました!! 出来ましたよテレス君! アリスさん!!」

 無邪気に喜ぶリプリィの先に、国を代表する魔導士の未来が見えた気がした。

「よくできたね、リプリィ」
「凄いじゃない! リプリィ!」
「……はい!!」

 何はともあれ、彼女が今出せる勇気と力を目いっぱい出した。こういう子は成功したときにしっかり褒めることが必要だと、テレスは考え、逆にアリスは何も考えず、二人はリプリィを満足いくまで褒めちぎるのだった。
 リプリィが一番お姉さんなのだけれど。
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