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第一章【少年よ冒険者になれ】

30・ウサギとカエルとヤナギモリ

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 街道を離れ、ヤナギモリの東側付近の平原で野宿をした一行は、日が昇ると同時に出発の準備を始めていた。冒険中の食材や物資を運ぶのはその多くをボードが担ってくれていたので、各々に疲労の色は見えない。晩の料理はテレスが担当したが、いつも通りの絶品で皆の舌をうならせた。特にカゼキリは大変感激して、手放しで褒めたたえたほどだ。これまでの道中でもアドバイスを与えたり励ます言葉をかけていたが、この食事に対してが最も本音らしく感じたのはテレスにとって若干不服であった。それでも「冒険中の食事は成功率を左右する程、とても重要だよ」というカゼキリの言葉にまんざらでもなかった。

「うん、この道を進もう」

 カゼキリが誘導した道は街道から随分と離れていた。情報によると、大型のカエルと遭遇した冒険団はこのあたりの道から森へ入ったらしい。テレスも透原鏡とうげんきょうを装着して、あたりを調べてみる。

「大当たりみたいですね」
「何かわかったのかい?」
「ええ、これはうちの爺さんからもらった、詳しく力を見られるゴーグルなんですけれど、小さな動物が大量に通った形跡と、大きな魔物の残存魔力がありますね」
「へえ、便利だね、それ」

 少しだけ、と強調したのはカゼキリの前だからだ。信頼に置ける人ではあるが、初対面の印象からすべてを話すことは避けているのだ。因みに、以前透原鏡を使用したときよりも更に調べられることが増えていることにも気が付いた。鬼や魔物と戦った恩恵だろうか。もっと調べてみたいのはやまやまだが、それは今やるべきことではない。

「まあ、多少魔力を使わないと見えないので、常時使っているわけにはいかないんですけれどね」
「それでも十分だよ。しばらくはこの道を進んでみよう」

 そうして一行は、獣道のような荒れた道を進んで行く。途中何匹か小さな魔物と戦った。腐葉土に足をとられて少し戦いにくさを感じたが、素早いアリスやもともとあまり動かないリプリィにとってはあまり問題はなかった。

「ふう、今のところは大きな気配はないみたいだね」

 少し広い場所に出ると、先頭を進んでいたカゼキリがテレス達に振り返る。これを合図だと感じたテレスは「そうですね」と返事をしつつも透原鏡を装着し、魔力を込める。先ほどよりも残存魔力が濃い。左の道は……反応が薄い、だが、右の道はさらに濃密な魔力を感じた。

「右、かい?」
「右、ですね」

 長いことパーティを組んでいるかのように、お互いの心が読み取れる。これはそれぞれ相手の腹を探ってきた結果だろう。もちろん、テレス自身、腹芸でカゼキリに勝てるとは思わないのだが。

「ってことは、そろそろね」
「お肉、お肉」
「カエルじゃないといいですねぇ」

 二人のリーダーとは違い、三人は呑気なものである。だが、三人とも無駄に緊張すると体力を使ってしまうタイプなことを考えると、このくらいリラックスしてもらっていた方がいいのかもしれない。特に、今回はカゼキリがいるのだ。安心度で言えば、冒険というよりも旅行の気分なのだろう。
 そして、更に進むこと三十分。ついに大きな反応を捉えた。

「カゼキリさん、何かがいます。大きな魔力反応が五百メートルほど先に」
「ビンゴ、だね」

 テレスの透原鏡の先には禍々しい大きな魔力と、小さな生命反応が多数確認できた。これは予想通り、動物としてのウサギかカエルを連れた、魔物としてのどちらかのようだ。

「本当に、大きなほうはお任せしても?」

 思ったよりも大きな反応だっただけに、テレスも一応確認する。

「愚問だね。カエルかウサギなら問題ないよ」

 その言葉を合図に、各々身構えつつ進む。果たして、そこには大きなウサギ型の魔物が鎮座していた。金色の毛を纏い、大きな角を携えたそれは、何故だか金属製の爪を装着している。そしてその周りには、大量のジューシーウサギがまるで金色の一角ウサギをあがめるように群れている。

「では予定通り」
「うん、始めよう!」

 まずはテレスたちが道を外れ、木々の中に身を隠す。カゼキリは道の真ん中を突っ切っていきなりウサギに切り込む。体に傷をつけられ怒ったウサギは、魔力をだだ漏れにしながらカゼキリへ反撃をする。しかし、そのすべてが空を切る。空振りした爪は周りの木を一刀両断するのだから、かなりの攻撃力である。一連の攻撃が終わったところで、カゼキリはウサギの鼻っ柱を蹴り上げる。たまらずウサギは唸り、更にカゼキリへの集中を増す。

「ま、こんなところでしょ。ほら、ウサギちゃん、ついておいで」

 そうして、カゼキリはウサギの攻撃を避けつつ、徐々に後退していく。戦いやすい開けた場所まで誘導するつもりなのだ。テレスたちの横辺りを通るときに、ウインクまでしてみせた。

「すっご……」

 彼の冷静な戦闘ぶりに、アリスが思わずこぼす。

「あんなにあっさりと魔物を誘導できるのか。はは、やっぱりレベルが違うね」

 テレスも感心しきりである。

「テレスさん、ウ・サ・ギ」

 離れていたリプリィが、小声で口の形を大きく変えながらウサギの方を指さす。テレスもアリスも危うく本来の目的を忘れるところであった。ただ、ボードだけはカゼキリよりも肉に興味がいっていたようで、すでによだれをたらしながら集中している。テレスとアリスは向きあい、頷き、リプリィにサインを送る。
 ウサギ狩りの始まりである。

 まずはテレスが土壁の魔法を放ち、ウサギの逃げ道を減らす。ウサギは四つあるうちのどれかの逃げ道から逃げるわけだが、そのうち二つは罠である。片方は出てくるウサギをアリスがナイフで次々に毒にしていく。もう片方は出てきたところをボードがシールドバッシュ討ち取る。もちろん、これで狩れるウサギは四分の一程度である。だが、テレスたちはあえてそうしている。というよりも全てを狩ってしまうと、絶滅してしまったりしばらく個体を増やすまで肉にありつけなくなったりするので、狩のルールで半分以上は獲ってはいけないと決まっているのだ。多めに逃がしているのはそれでも十分な収穫になる上、カエルや他の大型の魔物に対して身動きをとりやすくする目的もある。
 そうして十分なウサギが獲れたところで、テレスは土魔法を解除する。カゼキリが後退した先ではまだ戦闘音が鳴っている。その間にテレスはアリスが仕留めたウサギの毒を解除し、他のメンバーはボードが持っている大きな鞄にウサギをどんどん詰め込んでいく。この鞄にはテレスが冷気の魔法をかけた石をいれてあるので、肉が傷みにくくなる。このあたりがテレスが器用と言われる所以ゆえんだろう。

「あれ、何匹かまだ残ってるね」

 土壁の魔法は解除したが五匹ほどのウサギがまだ残っている。どうやら、先ほどの金色の一角ウサギの方へ行きたいが、テレスたちが怖くて固まっているらしい。ウサギの中にも信仰心が厚いものがいるのだろうか。作業はすでに終えていたので、このウサギも狩ることが出来なくはないが、もう十分だろう。
 テレスがそう思った刹那、ゾワッと背筋に寒気を感じる。

「みんな、離れよう! 何かくる!」

 テレスもそうは言ったものの、何故か気配が定まらない。そのため、どちらへ散ればいいか一瞬判断が遅れた。

「上よ!」

 アリスの声に反応して、皆がその場を離れる。ドシーンッという大きな音を立てて降りてきたのは、蝙蝠こうもりのような翼の生えた巨大なカエルだった。

「ボード、アリス、戦闘準備! リプリィは荷物を守ってくれ!」

 テレスが大きな声を上げる。一拍おいて皆が動き出す。始動が遅かったが、カエルは例の五匹のウサギを凝視していて、その間に体勢を整えることが出来た。

「テレス、やるんでしょ」
「ええ、逃げないの? カエルはあんまり美味しくないのに」
「カゼキリさんがいるところまで後退することもできるけれど、最悪の場合挟み撃ちにされる。こちらの戦闘音が聞こえれば、あっちも異変に気付いてくれるはず」

 三人が向きあい、頷く。すると、カエルはしばらく見つめていたウサギを長い舌で五匹まとめて丸のみにしてしまった。

「ああ、将来のお肉が~!」
「言ってる場合? 来るわよ!」

 威嚇するように翼を広げたあと、今度は鋭く閉じて一気に突進してくる。つい先日までなら臆して逃げるしかなかった大物だ。だが、今は使える手札が沢山ある。まずはオーソドックスにボードが前へ出て盾を構える。お得意のシールドバッシュだ。カエルは少しよろめいたが、あまり効いていない。

「テレス、僕の盾が効かないよ~」
「ボード、そのまま続けて! ダメージを稼ぐ必要はないから。アリス!」
「任せて!」

 テレスの合図と同時に、アリスが弓矢を連射する。的が大きいこともあり、それらはすべてカエルを通過する。全くダメージはないため、カエルはまるで笑うかのように「ケロケロ」と鳴いた。そして口を膨らませたかと思うと、ボード目掛けて透明の液体を噴出する。

「うわぁ!!」

 驚いたボードは情けない声を出すが、その液体はボードに届くことはなかった。テレスの土壁が間に合っていたのだ。もともと、カエルは毒を持っている種類が多い。こういった攻撃は事前に予測できていたのだ。そして、ゆえにアリスの毒があまり効かないことも。

「このまま続けるよ!」

 テレスの掛け声に各々返事をして、少し不安になりながらも各々の役割を全うする。カエルもカエルで自分の攻撃がうまくいかないことに対して、徐々に怒りを帯びてきている。特に、攻撃するたびに盾で跳ね返してくるボードに集中する時間が長くなってきている。そして、体が徐々に赤みを帯びて、翼も広がってくる。

「アリス、翼を!」
「わかった!」

 カエルは毒を含んだ体液も、伸びる舌も手足も武器である。だが、テレスが一番危惧しているのは奴の翼だった。テレスが炎の魔法でカエルの顔付近を襲う。ダメージは殆どないが、嫌がるそぶりを見せて体をよじる。顔の反対側にむけて、アリスが素早く突っ込み、カエルの後ろをとる。そして、いつもの連撃を始める。ダメージがない上に体が小さいため、自身が攻撃されていることにすら気が付かない。もちろん、奴を怒らせてボードやテレスに怒りを集中させていることが土台になっているのだが。
 しばらく攻防を続けていると、翼をカッと開いて大きく飛躍する。だが、肝心の翼が上手く動かない。アリスの毒が効いているようだ。バランスを崩してそのまま落ちてくる。頭から落ちてそのままひっくり返る。柔軟な体とはいえ、高く飛んだ上にあの巨体だ。流石にダメージがあったらしい。バランスを崩したのも、翼だけでなく全身に少し毒が回っていることも影響しているのだろう。

「リプリィ!」
「はい!」

 少し前から気持ちを落ち着けて魔力を集中していたリプリィは、すでに魔法を放つ準備ができている。所謂、このパーティの必勝パターンが全てそろったわけだ。

「いきます!」

 テレスたちが避難したことが確認できると同時に、リプリィの杖から細く素早いレーザーのようなエネルギー体が発射される。そしてそれは、一瞬でカエルの体を真っ二つに焼き切った。
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