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第一章【少年よ冒険者になれ】

47・若いうちは苦労を買う

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 レンダとイヴァンに別れを告げ、三人は学術学校を後にした。短い時間ではあったが、イヴァンとはすっかり仲が良くなり、テレスとボードにとってパーティメンバー以外の初めての友達ができた。別れ際に「今日は本当にありがとう。兄貴にもテレスたちのことを話しておくよ!」と興奮したようにまくし立てていた。イヴァンの兄は二人とも騎士団に所属しているので、冒険者向けの仕事を都合してくれる可能性も生まれたことになる。これは非常にありがたかった。もちろんそれがなくても、友達ができたことで二人は上機嫌であった。
 その後、アリスと合流したり、トーニャに報告と今後のスケジュールの確認をしたりと、その日は随分忙しく過ごすことになった。ここまで休みなく活動を続けていただけあって、さすがに疲労の色が濃くなってきたことに気が付く。街に戻ってやるべきことを終えた安堵感も原因の一つだろう。しばらく休暇を取ることをテレスが提案した。

「よーし! 沢山食べるぞ!」
「買い物しようかな。お金も少しは余裕があるし」
「わたしはどうしましょう。うーん、魔法の練習はしておかないと……。あとお洗濯も」

 急な休みは嬉しいものである。テレスも二,三日は寝て過ごしたい気分だった。街についてもまだまだ知らない場所だらけなので、散策も楽しみたい。他のメンバーも各々やりたいことがあったようなので、話し合いの結果、五日間は完全な休みにしようということになった。

 最初の二日間、テレスは予定通り、本人なりにだらだらと過ごした。冒険者にとって切り離せないものとして、足の痛みがある。これだけ様々な場所に出向き、戦闘で素早く動いていれば仕方のないことである。冒険者管理所の壁にも「冒険はまず足腰から」という張り紙があったが、それも大いに納得できた。
 ゆえに、近くの浴場に通って足の痛みを癒しつつ、傷んだ靴を直した。だらだらといっても何かをしていないといられないところがいかにもテレスらしい。他のメンバーにも新しい靴を一足買って、傷んだ靴は置いていってもらった。テレスにとっては造作もないことだが、皆の分の靴ももちろん修繕した。これまでに戦闘や冒険での経験値のせいか、さらにテレスの器用さには磨きがかかったようで、以前よりもアイテムを作ったり直したりする技術が上がっていることがわかった。

 四日目、足の疲れも癒えたころ、街の散策に出た。以前は目的地が明確にあったために素通りしていた通りも、今回はじっくりと見て回ることができた。商業施設が多く集まる区画に来ると、聞きなれた声が聞こえてくる。

「これもうまい! うん! これも最高!!」
「いやぁ、兄ちゃん、いい食いっぷりだね!!」

 周りに観客を集めるほどの食いっぷりを見せているのは、彼以外にいないだろう。屋台の前にあるベンチでひたすらに串焼きを食べ続ける姿は、どこかすがすがしさすらあった。

「やあ、ボード。楽しんでるね」
「あ、テレス! これ美味しいよ! ほら!」

 大量に積まれた串焼きを差し出され、テレスもほおばる。

「うん! おいしい!!」
「でしょー!?」
「はは、もしかして兄ちゃんも大食いが得意なのかい?」
「いえいえ、これは彼の専売特許ですよ」
「だよな! いやぁ、こんなにいい食いっぷりのお客さんは初めてだ! おかげで今日は午前中で店じまいになりそうだよ」

 店主の気のいいおっちゃんも上機嫌である。もちろん腕に自信はあるのだろうが、目の前でこれだけ美味しそうに、しかも大量に食べてもらえるのは素直に嬉しいのだろう。
 結局テレスもこの屋台で食事を済ませた。肉中心の食事は普段なら重たさを感じるところだが、外の空気が味付けをしてくれているのか、普段よりもかなり多く食べてしまった。
 その後、腹ごなしにいろいろな店を回ることにした。武器や防具はもちろんだが、生活用品や私服など、この街にしかないものは多い。流行が生まれるのもここからなので、田舎の少年たちにとってはいつ来ても見回る時間が足りなくなるのだ。
 日用品をある程度買い集め、武器や防具の少し高級な店にも顔を出した。今はまだ買うことは叶わないが、冒険者として成り上がれば話は別だ。まあ、テレスは背が小さくボードは大きすぎるので、結局トーニャにオーダーメイドね頼むことが多くなりそうなのだが。
 一通り用事は済んだところで、流行の服を取り揃えている店が並ぶ通りに出た。

「うわー、これ、なんでこんな変な形なのに高いんだろうね」
「確かに……防御力もないし動きづらそうだし」

 二人にはファッションは少し早かったようである。それでも、服を見ながらあーでもない、こーでもないと喋るのは楽しいものだった。カーデルト城の近くに住んでいれば、これが年頃の少年少女たちの日常なのだろう。テレスはふと、村にいた、街から店を出している人々のことを思い出す。幼少期にこの都会で過ごしている記憶があると、あの村での生活は退屈で地味に感じたに違いない。彼らとはあまり仲良くはなれなかったが、テレスも今更ながら気持ちが少し理解できたような気がした。
 色々な店で物色していると、見慣れた二人の姿がテレスの目に飛び込んできた。アリスとリプリィである。だが、本人たちだと確認できるまで少し時間がかかった。それは、冒険時とは全く違った装いだったからである。

「あ、テレス。珍しいね、こういうお店なんて」
「うん。せっかくの休みだからね。普段見ないものも見ておこうかと思って」

 アリスとリプリィは女の子らしい恰好で買い物を楽しんでいたようだ。こう見ると、そこらへんにいる若い女の子たちと何も変わらないんだな、とテレスは感じた。もっとも、テレスが少しでもオーラを感じようとすれば、二人の力は一般人とはかけ離れているわけだが。

「二人とも、今日はなんていうか、お洒落だね」
「えぇー、そうですか?」
「あ、あははは! もう、テレスったら!」

 お嬢様のように口を手で隠すリプリィと大げさに笑いながらテレスの肩をバンバンと叩くアリス。対照的なリアクションだが、同じように照れているのは間違いないようだ。そしてテレスは、アリスから受けた毒をひっそりと解毒した。

「ボードさんもファッションに興味あるんですか?」
「僕? うーん。合うサイズがもともと少ないからな~、僕は」
「そうなんですか、あっちに大きいサイズの服がありますよ?」
「え? どこどこ!?」

 そういって、リプリィとボードは店の奥に入っていった。テレスにお洒落と言われ、リプリィもいつもよりテンションが高いようだ。そしてテレスは気が付く。久しぶりにアリスと二人きりになってしまったことに。胃が心臓を押すような緊張が一気に押し寄せてくる。これまでの冒険の日々は常に一緒に行動していたが、ここ数日は散発的にしか顔を観なかったこと、そして、現在の女の子らしい装いも少年をそうさせた一因だろう。

「ア、アリスはどんな服が好みなの?」
「え、えーと、そうね。今まであんまりお洒落とかする暇や余裕がなかったから。いろいろな服に興味あるかな」
「……そっか」

 目の前に広がるワンピースやブラウス。それらはアリスにとって宝の山なのだろう。そして、テレスは今更ながら思う。アリスの過去を断片的にしか知らないことに。ペイン家はくだんの呪いによって没落した貴族だ。それくらいの知識はテレスにもある。そういった一部の負の過去を知っているだけに、聞きそびれてしまっていたのだ。そんな思いがグルグルとして、少し場を沈黙が横切った。

「あ、でも。こういった小物も興味あるかも」
「へ、へー。革製品だね。うん。アリスに似合いそう」

 沈黙を破ったのはアリスだった。話題が進んだことでテレスは救われたと同時に、また彼女の過去を知るチャンスを逃してしまった。

「よし、じゃあこれは僕のおごり」

 アリスが気に入った、赤い革のブレスレット。今は少しでもアリスが楽しんでくれるように、少年なりの思いやりであった。

「え、いいの? ありがとう!!」

 満面の笑みで、本当に心の底から嬉しいという表現をしてくれる。

「お安い御用さ」

 これは本当にテレスにとっては安い買い物であった。値段のことではない。お釣りがいくらあっても足りないような笑顔を見ることができたのだから。
 なんとなく雰囲気がいいときには、大抵それを邪魔する事態が訪れるものである。ふとテレスが店から見える広場に目をやると、さきほどの賑わいとは少し違った、何かざわついているような空気が感じ取れた。

「あれ? 何かあったんですか?」

 丁度店の奥から戻ってきたボードとリプリィも空気の違いを感じ取る。

「わからない。行ってみよう」

 テレスの言葉に皆うなずいて、広場の中央にある大きな掲示板へと近づく。周りのざわつきでよく聞こえないが、中央にいる数人の男女が何かを訴えているらしい。

「個人依頼か。あんまりうまみもないしな」
「ああ、どうせただの家出だろうよ。ほっときゃ帰ってくるって―の」

 輪の一番外側の男たちの話からすると、どうやら子供の捜索願いらしい。

「お、冒険者の少年たちかい? 興味あるならどうぞ」

 テレスたちの存在に気が付いた男たちは、そういって中へ通してくれた。

「お願いします! うちのバカ息子を探しに行ってください!」
「よろしくお願いします!」

 テレスたちが輪の先頭に出ると、四人の中年の男女が皆に呼び掛けている。

「我々中流階級の個人依頼なんてなんの得にもならないことは重々承知です! それでも、どなたか勇気のある方! お願いします!」

 この国では、冒険者たちは冒険者管理所を通した仕事で評価される。それ以外の仕事で名をあげることも可能だが役所のお墨付きがなければ疑われても仕方がないのだ。もちろん、テレスたちが現在行っている依頼も個人だが、北の騎士団が関わっている以上、同じくくりにはならない。
 ともかく、話をしっかりと聞いてみないことにはどうにもならない。テレスは三人に視線を送り、皆のうなずきを確認してから声をかける。

「あの、よければ詳しくお話を聞かせてもらえますか?」
「おお。冒険者さんですか!」
「はい。僕らでお手伝いできることがあるなら、と思いまして」

 そうテレスが言うが早いか、皆に訴え出ていた四人がテレスの元へと涙ぐみながら集まってくる。その勢いに圧倒されたが、それだけ追い込まれてのことだろう。四人を落ち着かせながら話を聞くことにした。
 まず、この四人は捜索してほしい二人の少年の両親で、昨日の朝冒険者管理所の依頼を受けたまま、少年たちが帰らないという。本来なら当日の昼前には帰還する程度の依頼だったそうだ。そして、少年らが冒険に出た経緯を聞くと、テレスとボードには聞き覚えがある話が出てきた。
 なんでも、少年らは剣術学校の生徒だったが、カツアゲをしているところを冒険者に咎められたあげく捕まってしまったのだそうだ。当然学校は退学。被害を受けていた人たちへの慰謝料と被害額を支払うために、仕方なく簿王権者になることにしたらしい。昨日のうちに帰ってこなかった時点で冒険者管理所に相談に行ったが、捜索するなら依頼を出してくださいと言われてしまったという。

「俺が言い過ぎたんです。やっとこさお金を貯めて剣術学校に入れてやったのに、なんてざまだ! と、大人げなく罵声を浴びせてしまって……」
「私も同じようなもんですよ。本当にただの家出ならいいいんですが……とにかく心配で。冒険者管理所を通していたら、受理されるまでの間にも、子どもたちが……」

 あの少年たちだ。イヴァンをカツアゲし、テレスとボードに軽くひねられた、かのカツアゲ君らである。あれからこってり絞られるであろうことは予想できたが、退学になって冒険者登録までしていたわけだ。流石歴史ある剣術学校である。生徒に対して容赦がない。もっとも、彼らが訴えているというのも影響している可能性はあるのだが。
 ともかく、話を聞いているうちにテレスとボードの冷汗は尋常ではなかった。自分たちの起こしたことが、ここまで大きくなっているとは。もちろん、少年たちのカツアゲを止めたことに未練はないが、この両親たちの必死な訴えを見ると、責任を最後まで取りたいという気持ちになった。

「あの、その二人を捕まえたの、僕らなんです」

 そういうと、四人は驚いた表情を浮かべたまま硬直した。これは、依頼を受けるどころか、理不尽な慰謝料を請求されかねない、とテレスは思ったが、結果は反対であった。

「そうでしたか。息子の蛮行を止めてくださって、ありがとうございました! 本来なら父である俺がしっかり見ていてやらないといけない立場なのに……」
「私も、本当にありがとうございました」

 二人の奥さんたちも、心から礼を言ってくれた。こんなにできた両親の元、どうやったらあんなことが出来るのか。かえってあの二人の少年に怒りが沸いたが、テレスがすべきことはすでに一つだった。

「彼らの失踪には少なからず僕らが関与しています。僕らがその依頼、引き受けます」

 そういうと、四人はようやく顔に明るさが戻り、涙ながらにありがとう、と何度も礼を言った。
 その瞬間、テレスは背後に異様な力を感じ取る。

「その話、俺も混ぜてもらおう」

 真っ赤な鎧を身にまとい、燃えるような赤い髪をした青年がそこにはいた。底が見えないほどの力、テレスはそう形容するしかなかった。同じ力でも、カゼキリはその力をできるだけ隠そうとするのに対し、彼は違う。すべてさらけ出しているのに、底が見えない。テレスにとってなんとも不気味な男であった。
 彼はブルクハルト・ハンゼンと名乗った。ハンゼン家といえば、剣の名家である。名を聞いて、彼の不気味なほどの力に納得がいった。
 彼は剣術学校の出身で、西の騎士団に所属しているらしい。何かざわついていると思って近づいてみれば、自分の後輩が困っているという話が出たので、こうして名乗り出たそうだ。
 もちろん、実力者がそばにいてくれるなら断る理由はない。こうしている間にも、二人の少年の体力が摩耗している可能性もあるのだ。ブルクハルトとは二十分後に落ち合う約束を交わし、一度準備に戻った。

 それから、急いで宿に戻ったテレスたちだが、ボードの盾はメンテナンスでトーニャに預けてあるので、しかたなく木の盾を再度持ち出すことにした。

「ねえ、本当にわたしたち、行かなくていいの?」

 アリスとリプリィが心配そうだが、これはテレスとボードの問題であった。それに、あのブルクハルト。非常に頼もしい存在だが、実力と共に目的も見えてこない。あまり女の子たちを連れていく気にはなれなかった。

「大丈夫。今回は僕らに任せて、二人はゆっくり休暇を楽しんじゃってよ」
「そうそう。ちょちょいっと終わらせて来るからさ。そんで、皆で夕飯を食べよう」

 ボードも頼もしくなったものである。一抹の不安を抱えながらも、それをふっきるように、少年たちは集合場所へと急いだ。
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