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13.草薙の剣編

第91話(1186年2月) 呪いと神器

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 霧の神社の倉の中に赤い煙が充満していく。

――この煙、因幡国で法眼様が自分を失ったときと同じだ!

「蓮華ちゃん、息を吸っちゃダメだ!」

 ビュン! 熊若の前に何かが飛んできた。熊若が針剣で叩き落す。
 床に鍵を持った安倍国道のちぎれた腕が転がった。

 ガシャ!ガシャ! 唸り声をあげて蓮華が暴れだす。左手を繋いでいる残り1本の鎖がちぎれるのは時間の問題だった。

――鎖を切られたら、僕の力じゃ止められない。外に出た蓮華ちゃんは大量の兵を殺すだろう。しかし、いくら強くてもいつかは力尽きて討たれる。そうなるぐらいなら!

 熊若はもう1本の針剣を抜くと二刀になった。蓮華に向かって走る。
 
「針剣、全開放! 飛剣――篠突く雨!」

 左手に持った仕込み針剣が柄だけを残し、無数の針に分かれて蓮華に襲い掛かる。
 それを高速で払いのける蓮華。

「目を覚ませ! 蓮華ちゃん!」

 右手に握りしめた針剣が蓮華の口に突き刺さる!

 しかし、針剣は貫くことはなく、熊若は蓮華に弾き飛ばされた。
 もがき苦しみ始める蓮華。

「ハッカを吸うんだ。思いっきり!」

 蓮華の口には浅黄色の布が押し込まれていた。
 熊若は近くの鎖を蓮華に巻き付けていく。

 倉からは国道の姿は消えていた。

――――――――――――――――――――――――――――――――

 倉から大量に吐き出される煙に紛れて、隻腕になった国道が歩いていた。
 前に鎧兜をつけていない男が現れる。

「安倍国道様ですね」

 国道はびくりとした後、相手をみて安堵した。

「おお、中原殿か。話がわかりそうな男で助かった。頼む、私を見逃してくれ。そなたは元はといえば私と同じ公家。野蛮な坂東武者とは違う。もっと高い官位が欲しくはないか? 私が法皇に口添えをして必ず実現させてやる」

「官位? 公家が作ったものに興味は無い」

 広元が静かに太刀を抜く。

「待て! 武器を作っていたぐらいで死罪は重いとは思わんか? それに私を殺せば法皇が黙っておらぬぞ。そうだ! 流罪なら喜んで受ける! だから!」

 広元は鼻で笑った。

「大罪を胸に抱いているではないか――神器を隠し持った罪、貴様が頼りにしている法皇もさぞかしお怒りになるだろう」

「違う! これは!」

「死してなお、朝敵として歴史に刻まれる。それが貴様が行った非道への報いだ。安倍家が、陰陽師が栄えることはもう二度とない。時代は変わるのだ」

「私の人生を賭けた結果が朝敵……。そんな、そんな馬鹿なことがあっていいものか! もしや、私を罠にかけたのは熊若ではなく――」

 そこで、国道の言葉は途切れた。
 国道の首がゴロリと落ちる。
 広元は国道の血で染まった草薙の剣を手に取ると侮蔑の眼差しで眺めた。

「馬鹿げたことだ。この古びた剣が無いだけで、天皇の正統性に法皇が不安を抱いてる。権威付けのために作った装飾品が、数百年を経て天皇家を縛る物に化ける。貴様は神器を名乗る呪物ではないのか?――新しい世には呪物はいらぬ」

 広元は草薙の剣を大きく振り上げた。大きな庭石を見る。

「呪わば、呪え」

 庭石に叩きつけられた剣は、真っ二つに折れた。

――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 後に『陰陽師の変』と呼ばれる、霧の神社での激闘が終わった。
 陰陽師たちはわずか数名を除いて最後まで戦い続けたため、源氏側の死傷者も膨れ上がった。特に倉から煙が出てからは、手斧を持った因幡衆が異常な強さを発揮した。

「義経が見つからぬだと! もう1度隅々まで調べろ! こちらは化け物どもに1000もの兵を傷つけられたのだぞ。このままでは引き下がれぬ」

 梶原景時が叫んでいると、伝令がやってきた。

「1つだけ調べていないところがあります。あの倉です。中原様が入ることを禁じておりまして――」

 景時は広元がいる場所に走っていった。

「中原殿、義経が見つからぬ! いると言っていたではないか?」

「断言して突入の号令をかけたのは私ではない。梶原殿だ。私は義経が持っていた武器の鍛冶場があるとしか言っておらぬ。そして、それはあった」

「――確かにそうだが」

「もう手柄は手に入れたはずだ。負傷した兵の手当を優先させるべきかと思うが」

「その倉の中に義経が潜んでいるかもしれん。見分させてもらう」

 広元は手で景時を制すると、鋭い目で睨んだ。

「ここにはいないと言っている。景時殿は幕府政所別当・中原広元の言葉が信じられぬというのか」

「い、いや、そういうわけでは……」

 怯んだ景時に広元は言う。

「あの奥に安倍国道の死体がある。近くには神器らしき剣もあった。私は興味が無いので捨て置いたが――」

「かたじけない」

 景時は奥に向かって走り出した。

「おい! わしが行くまで待て! お前らごときが触るんじゃない!」


 倉の前から景時がいなくなると、広元は鉄扉を静かに開けた。
 そこには鎖と包帯に巻かれた女と熊若が寄り添うように眠っていた。

――たいした男だ。この私を駒として使うとはな。

 鉄扉を閉めると、広元は大声で叫んだ。

「政所別当・中原広元が命ずる! 今後、何人たりともこの倉に近づくことを許さぬ!」
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