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14.奥州の落日編
第95話(1187年8月) 迷いの王
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藤原秀衡の居館・大広間
秀衡は豪族たちに向かって「奥州・出雲同盟成立」を宣言した。
貴一が目で「知っていたのか」と問いかけるが、義経は首を振る。
「あの、秀衡殿のこれは……」
さあさあ、と秀衡は有無を言わせずに貴一を上座に連れて行った。
豪族たちから少し離れた上座に、左から秀衡の嫡男の泰衡、秀衡、貴一、義経の並びで座る。着座の際、秀衡は貴一の耳元で「後で話す。だから今は黙っててくれ……」とささやいた。
――まあ、同盟を結んだところで、出雲と奥州。距離が離れていれば意味も無いか。
貴一は盛り上がった祝賀ムードをぶち壊す気にもならず、酒を楽しむことにした。酔いが回ってからは、次々と挨拶に来る豪族たちに、いざとなれば出雲軍が黒旗をはためかせて助けにくる、などと隣に座っている義経が心配するようなリップサービスまでしていた。
「スサノオ殿、二人で話そう」
秀衡は息子の泰衡の肩に手をつくと立ち上がった。泰衡は秀衡を支えようとしたが、
「次期当主まで席を離れてどうする。おぬしはここにいよ。義経と仲を深めるがよい」
そう言って、貴一を奥に連れていった。
秀衡の部屋は以前に来た時と同じだった。20畳ほどの広さの部屋はすべて金箔が貼ってあり、中央にはテーブルと椅子があった。部屋中に宝物が飾られている。
ただ、目の前にいる男だけが変わっていた。奥州の王者ではなく、老いた病人に。
「ツラそうだ。相当無理をして元気に振舞っていたのですね。そこまでして周りに病を隠しているのに、なぜ俺にその姿を見せるのですか」
ゼイゼイと肩で息をする秀衡に貴一は言った。
「わしの嘘に付き合ってくれた礼だ……」
「いずれ豪族たちにもバレますよ。同盟の真偽ではなく、結んだところで意味のない同盟だということが」
「今、鎌倉はあからさまに奥州に圧力をかけてきている。豪族たちの中に広がる不安を取り除くのが王としての務めだ。例え、気休めだとしても……」
秀衡は鎌倉からの圧力について貴一に話した。その中でも秀衡が最も憤慨しているのが、今まで毎年1000両の金を朝廷から要求されていたが、頼朝が東大寺再建のために3万両寄越せと言ってきたことだった。
「なぜ、3万両を出さなかったのです?」
貴一は同調することなく、冷めた声で言った。
意外な返答に秀衡の息が荒くなる。
「そんな大金払えるか! ハァ、ハァ……。断らせるための無理難題だ。どうせ大半が鎌倉の懐に入るだけで、また別の圧力が来るに違いない」
「秀衡殿は昔、俺に言った。金こそが兵だと。1000両を要求されたときに、5000両を納めて勢威を示したのがあなただった。それが奥州藤原家の強さだった。鎌倉の狙いは攻める口実だけじゃない。朝廷に奥州がケチになったと思わせることだ。金の切れ目が縁の切れ目。朝廷内に奥州をかばう者がいなくなる。私財を減らしてでも倍額払うべきでしたね。そうすれば鎌倉は奥州の力の底が見えず、恐れたと思いますよ」
「そんな……」
「それにね。鎌倉は金を中抜きなどしませんよ。武家は金よりも欲しいものがある。それは土地だ。『一所懸命』。武士の中で流行っている言葉です。一カ所の土地だろうと命を懸ける。そういう奴らなのです」
「そんな……」
「金の力を信じたなら、金に殉じるべきだった。だが、あなたは金の力を信じ切れなかった。義経を匿い武力に縋りついた。信じぬ者は救われぬ。奥州藤原家は滅ぶしかない」
「わしは、どうすればいい……。教えてくれ」
「あなたは最後に金じゃなく、武力を選んだ。ならば、覚悟を決めればいい。跡継ぎを義経にするんだ。義経と鎌倉を攻めれば藤原家が生き残る可能性はまだ残っている」
「鎌倉を攻める……。そんな危険なことはできぬ。藤原家は争いを避けることで繁栄してきた。だから源氏にも平家にも加担しなかった!」
「違うね。あなたは変化に怯えていただけだ」
秀衡の息遣いがさらに荒くなる。
「あなたは治世の名君だった。だけど、乱世の名君ではなかった」
「無礼な……。わしは奥州の王だ。それ以上、申すと殺す……」
「あなたには決断できない。俺を殺すことさえも――」
貴一は椅子から立ち上がった。
「待て……、待ってくれ!」
「さようなら、迷いの王」
ガシャン! 貴一の部屋から出ると、人の倒れこむ音がした。
―――――――――――――――――――――――――――――――――――
平泉・義経屋敷
数日後、秀衡が重い病に倒れ、今後は嫡男の泰衡が政治を行うことが発表された。
義経は貴一に木刀を打ちこみながら聞いた。
貴一は両手に棒を持ち、義経と蕨姫の稽古相手をしている。
「病とはいえ、秀衡殿が死ぬ前に権力を息子に渡すとは思わなかった」
「違う。決断と覚悟を放棄したのさ。息子に押し付けてね。これで、秀衡は名君のまま死ねる。ずるい男だよ」
貴一は義経の木刀を跳ね飛ばした。
「義経、早馬を貸してくれ。十三湊の安倍高俊に使いを送りたい」
秀衡は豪族たちに向かって「奥州・出雲同盟成立」を宣言した。
貴一が目で「知っていたのか」と問いかけるが、義経は首を振る。
「あの、秀衡殿のこれは……」
さあさあ、と秀衡は有無を言わせずに貴一を上座に連れて行った。
豪族たちから少し離れた上座に、左から秀衡の嫡男の泰衡、秀衡、貴一、義経の並びで座る。着座の際、秀衡は貴一の耳元で「後で話す。だから今は黙っててくれ……」とささやいた。
――まあ、同盟を結んだところで、出雲と奥州。距離が離れていれば意味も無いか。
貴一は盛り上がった祝賀ムードをぶち壊す気にもならず、酒を楽しむことにした。酔いが回ってからは、次々と挨拶に来る豪族たちに、いざとなれば出雲軍が黒旗をはためかせて助けにくる、などと隣に座っている義経が心配するようなリップサービスまでしていた。
「スサノオ殿、二人で話そう」
秀衡は息子の泰衡の肩に手をつくと立ち上がった。泰衡は秀衡を支えようとしたが、
「次期当主まで席を離れてどうする。おぬしはここにいよ。義経と仲を深めるがよい」
そう言って、貴一を奥に連れていった。
秀衡の部屋は以前に来た時と同じだった。20畳ほどの広さの部屋はすべて金箔が貼ってあり、中央にはテーブルと椅子があった。部屋中に宝物が飾られている。
ただ、目の前にいる男だけが変わっていた。奥州の王者ではなく、老いた病人に。
「ツラそうだ。相当無理をして元気に振舞っていたのですね。そこまでして周りに病を隠しているのに、なぜ俺にその姿を見せるのですか」
ゼイゼイと肩で息をする秀衡に貴一は言った。
「わしの嘘に付き合ってくれた礼だ……」
「いずれ豪族たちにもバレますよ。同盟の真偽ではなく、結んだところで意味のない同盟だということが」
「今、鎌倉はあからさまに奥州に圧力をかけてきている。豪族たちの中に広がる不安を取り除くのが王としての務めだ。例え、気休めだとしても……」
秀衡は鎌倉からの圧力について貴一に話した。その中でも秀衡が最も憤慨しているのが、今まで毎年1000両の金を朝廷から要求されていたが、頼朝が東大寺再建のために3万両寄越せと言ってきたことだった。
「なぜ、3万両を出さなかったのです?」
貴一は同調することなく、冷めた声で言った。
意外な返答に秀衡の息が荒くなる。
「そんな大金払えるか! ハァ、ハァ……。断らせるための無理難題だ。どうせ大半が鎌倉の懐に入るだけで、また別の圧力が来るに違いない」
「秀衡殿は昔、俺に言った。金こそが兵だと。1000両を要求されたときに、5000両を納めて勢威を示したのがあなただった。それが奥州藤原家の強さだった。鎌倉の狙いは攻める口実だけじゃない。朝廷に奥州がケチになったと思わせることだ。金の切れ目が縁の切れ目。朝廷内に奥州をかばう者がいなくなる。私財を減らしてでも倍額払うべきでしたね。そうすれば鎌倉は奥州の力の底が見えず、恐れたと思いますよ」
「そんな……」
「それにね。鎌倉は金を中抜きなどしませんよ。武家は金よりも欲しいものがある。それは土地だ。『一所懸命』。武士の中で流行っている言葉です。一カ所の土地だろうと命を懸ける。そういう奴らなのです」
「そんな……」
「金の力を信じたなら、金に殉じるべきだった。だが、あなたは金の力を信じ切れなかった。義経を匿い武力に縋りついた。信じぬ者は救われぬ。奥州藤原家は滅ぶしかない」
「わしは、どうすればいい……。教えてくれ」
「あなたは最後に金じゃなく、武力を選んだ。ならば、覚悟を決めればいい。跡継ぎを義経にするんだ。義経と鎌倉を攻めれば藤原家が生き残る可能性はまだ残っている」
「鎌倉を攻める……。そんな危険なことはできぬ。藤原家は争いを避けることで繁栄してきた。だから源氏にも平家にも加担しなかった!」
「違うね。あなたは変化に怯えていただけだ」
秀衡の息遣いがさらに荒くなる。
「あなたは治世の名君だった。だけど、乱世の名君ではなかった」
「無礼な……。わしは奥州の王だ。それ以上、申すと殺す……」
「あなたには決断できない。俺を殺すことさえも――」
貴一は椅子から立ち上がった。
「待て……、待ってくれ!」
「さようなら、迷いの王」
ガシャン! 貴一の部屋から出ると、人の倒れこむ音がした。
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平泉・義経屋敷
数日後、秀衡が重い病に倒れ、今後は嫡男の泰衡が政治を行うことが発表された。
義経は貴一に木刀を打ちこみながら聞いた。
貴一は両手に棒を持ち、義経と蕨姫の稽古相手をしている。
「病とはいえ、秀衡殿が死ぬ前に権力を息子に渡すとは思わなかった」
「違う。決断と覚悟を放棄したのさ。息子に押し付けてね。これで、秀衡は名君のまま死ねる。ずるい男だよ」
貴一は義経の木刀を跳ね飛ばした。
「義経、早馬を貸してくれ。十三湊の安倍高俊に使いを送りたい」
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